第18話「春のめざめ」





 1941年から1942年にかけての冬は、イギリスにとってかつてない寒い冬となっ

た。燃料の節約が叫ばれ、暖房が極限まで切りつめられたからである。公共の施

設には暖を取ろうとする国民が用もないのにたむろして、業務に支障をきたすケー

スも生じた。

 アメリカが参戦してから、少なからぬアメリカ人が海を越えてイギリスに渡っ

てきた。彼らはアメリカ人としては普通の−現下のイギリスでは贅沢極まりない−

食事を取り、イギリス人の眉をひそめさせた。

 実際、Uボートは最高の戦果を挙げていた。もともと造船国でなかったアメリ

カは驚くべき速度で造船能力を高めており、船腹の損失を埋めることはできたが、

船員を生産することはできなかった。アメリカでは沿岸警備隊からの商船乗組員

派遣が検討され、イギリスでは漁船乗組員の度重なる徴用で、漁獲高の減少が深

刻な問題となり始めた。しかしこの状況は、アメリカが新たな対策を取ってくる

までの短期間しか続かないものと、経験豊かなUボート艦長たちは見ていた。

 だから、U4126が特殊装置を積んで、スコットランドのイギリス艦隊の主要泊地、

スカパ・フローへ赴くよう命じられたとき、艦長は少なからず残念がったのであ

る。それから取って返して中部大西洋の狩り場に着いた頃には、狩りの季節は終

わっているであろう。





 その日のスカパ・フローは久しぶりの快晴だった。3月になればだんだん天候は

回復してくるが、それにしても今日は天気が良かった。停泊している艦船では、

遅れ続けていた各種の補修作業が急ピッチで進められていた。

 乗組員たちがくたくたになって寝静まった夜更け、空襲警報のサイレンが不運

な彼らをたたき起こした。

 鈍いエンジン音が東から近づいていた。直ちに夜間戦闘機が離陸態勢に入った

が、今から離陸したのでは迎撃に間に合いそうになかった。なお悪いことに、こ

の比較的安全な空域はアメリカ空軍の戦闘機部隊に委ねられており、イギリス空

軍のレーダーシステム管制官からアメリカ空軍の飛行隊長に発進指示を出すため

の手順が、十分試されていなかった。

 ドイツ機は正確に泊地を目指してきた。U4126が泊地の入り口近くに短波発信ブ

イを流し、計器飛行してきた爆撃隊を誘導したのである。艦船が順次対空射撃を

開始して、かえって目標の所在を教える形になったが、ドイツの爆撃も高空から

の水平爆撃だったので、なかなか命中しなかった。

 500キロ爆弾の大きな水柱が、対潜警戒のため湾口に向かっていた駆潜艇の進路

を妨害した。舵を大きく切ったところで、墜落するユンカース双発爆撃機が駆潜

艇のブリッジをかすめ、操舵室が主翼の直撃を受けて粉砕されてしまった。コン

トロールを失った駆潜艇は巡洋戦艦フッドの船腹に突っ込んで水線下装甲を破り、

フッドを航行不能に陥れた。これが、当夜の唯一にして最大の戦果であった。

 チャーチルはフッドの災難も憂慮したが、別のことも憂慮した。ドイツがこの

時期にこんな攻撃をしたことは、イギリス海軍を封じ込め、上陸を成功させると

言う強い意思表示に思えたからである。





 十分な補給、独伊空軍の航空優勢、そしてイタリア海軍の艦砲射撃と好条件を

揃えた枢軸リビア軍は、年明けから大攻勢を開始した。ロンメルはぼやきの手紙

を毎日夫人に書き送りながら再びハルファヤ峠を這い登り、地上掃射用の機銃ポッ

ドを釣り下げたメッサーシュミット戦闘機が忙しく砂漠を往還した。

 エチオピアのイタリア軍が降伏したことで、連合軍地上部隊は兵力的には増強

されていたが、イギリス本国の戦況が悪くて戦闘機の補充が得られず、積極的な

行動は取りづらかった。モーデル、ロンメル、リュットヴィッツは相競って前進

し、イタリア製装備のみを持つアリエテ戦車師団は、総合的な移動力の不足を露

呈して取り残された。双方共に膨大な弾薬を費消しつつ、戦いの焦点は徐々に東

へと移り、問題のエル・アラメインに近づいてきていた。





 ドイツ空軍は冬の間にも戦闘機部隊を増やし、イギリス海峡から南イングラン

ド上空にかけて、有利な態勢を築いていた。ドイツ空軍はもし望めば、狭い空域

から数時間にわたってイギリス機を追い出すことができるようになった。しかし、

大陸の様子を偵察しようとするイギリス機から、要港や飛行場の様子を隠しおお

せるほどには、その優位は大きくなかった。イギリス指導部は、ドイツ軍は5月の

声を聞くと同時に上陸を行える、という見方を固めていた。

 ドイツ軍は最近、イギリスの内陸部にドイツ軍の軍服を着た人形を盛んに落と

していた。そのたびに地元の警察、時には駐留部隊が捜索に駆り出された。もし

イギリス軍が奔命に疲れて反応しなくなれば、ドイツ軍は本物の工作員を降下さ

せるであろう。





 ヒトラーの机の上には、4冊の最新の報告書が並んでいた。ヒトラーはそれをぼ

んやりと眺めていた。すでに要点は頭の中に入っていたが、どれ1冊として、ヒト

ラーの最大の懸念に答えてくれていなかった。

 1冊は、ヨードルOKW作戦部長からのもので、イギリス上陸作戦に関する陸・海・

空の準備状況を取りまとめたものであった。もちろん情報は高度に抽象化されて

いて、もし実際に問題点があったとしても、それをこの報告書から読み取ること

は無理であった。

 別の1冊は、長らくヒトラーが兼任してきた役職を継いで、新しく国防大臣になっ

たカイテル元帥からのものであった。軍需生産に関する権限がシュペーアに集中さ

れているため、カイテルの権限はそれほど大きいとは言えない。しかも長い国防

大臣不在の間に国防省の権限は航空省に食い荒らされているので、カイテルの報

告書は長い割りに中身がなかった。

 カイテルの占めていたOKW幕僚総監の座は空席となっている。この曖昧で重要な

地位を巡って、水面下での工作が盛んに行われていることはヒトラーも承知して

いたが、知らぬ顔を決め込んでいた。実際、この地位を占める者は三軍の調整に

全面的な責任を持つべきであり、それを許さないのであれば、このような役職は

置くべきではなかった。

 もう1冊は、トート機関の長に専念しているトート博士からのものであった。東

部国境では、少ない資材をやりくりしてかなり強固な陣地が作られ、不測の事態

に備えていた。これもまた、一見したところ問題点の発見できない報告であった。

 最後の1冊は、カナリス国防軍情報部長からのもので、ソビエト国境地帯の航空

偵察と非合法諜報活動の結果をまとめたものであった。ソビエト軍の国境への移

動は着着と進んでいた。

 では、ソビエト軍は自ら行動に移るのか?

 報告書は何も述べていなかった。

 ヒトラーにできることは何もなかった。ヒトラーは次第に貴重になってきてい

る、本物のコーヒーを飲み干した。今朝から4杯目であった。

 コーヒーは復権を切望するゲーリング国家元帥の私的なプレゼントであった。ヒ

トラーは念のため、自分で飲む前に、金魚と犬と親衛隊員に毒味をさせた。





 1942年5月1日。イギリス国民は今年のメーデーに、それぞれの立場なりに、どっ

さりと仕事を宛がわれていた。だから、起きていることを要求されない立場の国

民は、次の朝まで異変を知ることはなかった。

 この夜、いくつかのグループが、相次いで異変に気づいたので、どれが最初で

あったか明らかにすることは難しい。高速機雷敷設艦マンクスマンは、いつもの

ようにカレー港外への夜間機雷敷設を行おうとして、かつてないほどの密度のS

ボート(小艦艇を攻撃するためのドイツの小型高速艇で、連合軍側ではEボート

と呼ぶことが多かった)に反撃された。ルール工業地帯への夜間爆撃に出動した

イギリス爆撃機隊は、好天にもかかわらずほとんど迎撃を受けず、海岸近くに無

数の光点が明滅していることに気づいた。ドイツの大型艦艇の動向を見張ってい

たイギリス潜水艦は、それらが一斉に移動を開始したことを、相次いで打電して

きた。

 夜も眠らず昼寝して、という言葉はチャーチルのためにあるようなものである。

午睡を決して欠かさないくせに、チャーチルの就寝は遅かった。そのチャーチル

の寝入りばなを、秘書官たちは勇を振るってたたき起こした。

 チャーチルが着替えを終えるころ、決定的な知らせがもたらされた。執拗に爆

撃を受けながら、なお大部分の機能を保っていたイギリス空軍のレーダー網が、

イギリスへ低速・低高度で近づく多数の飛行物体をとらえたのである。

 この機影の正体は、ひとつしか考えられなかった。ドイツ空挺部隊を運ぶ、ユ

ンカース輸送機である。





 ブリュッセルに司令部を置いたドイツA軍集団司令部は、イギリス上陸作戦の

最高司令部といってよい存在であった。司令官には気難しいボック元帥が座って

いたので、上陸船団司令官のルーゲ海軍少将はひとときも気が休まらなかった。

 ドイツ始まって以来の大船団を急ごしらえで編成し、運用するのは、困難を越

えておよそ不可能な仕事であった。間違った港へ着いて港湾の責任者と揉め事を

起こしている船があるかと思うと、上陸前夜に衝突事故を起こして全損する船も

あった。間違った部隊を乗せた船もあったし、架空の船が書類に載っていて、部

隊を載せるべき船が存在しないケースもあった。これらすべての異常事態の処理

を、誰かが決裁しなければならなかった。陸軍は海軍をなじり、海軍は陸軍に顔

をしかめたが、どちらも相手に対して命令権があるわけではなかった。結局、高

位の人間が仲裁して、個別に妥協点を見つけるしかなかった。

 輸送計画には最低5%の余裕を含むように、様々なレベルの計画者に指示してあっ

たが、その余裕は上陸6時間前にはすっかりなくなっていた。第一波には連隊レベ

ルでの積み残しが出る見込みで、船団が無事帰投して第二波以降が送り出せるか

になると、誰にも分からなかった。

 ルーゲはこの30分で少なくとも50回は面会を申し込まれていた。すでに面会順

序を管理する専任の副官が指定されていて、この副官に連絡がつくまでに10分程

度の待ち時間が出ていた。

 A軍集団参謀長・パウルス中将の忙しさは、それに比べればいくらかましであっ

た。パウルスの元には、陸軍の師団長や軍団長から、海上輸送にまつわる不手際

への抗議が寄せられていたが、パウルスはそれらすべてに、ルーゲの裁定は最終

的なものである、と短く返答していた。

 ルーゲもパウルスも、大きなうねりを全身に感じていた。ドイツ軍は今、海を

渡りつつある。





 戦艦キング・ジョージ5世と同型艦デューク・オブ・ヨークは、厳重な対潜護衛

のもとに、スカパ・フローから英仏海峡へと向かった。旧式戦艦群を後に残して

の強行軍であった。

 英仏海峡の入り口を目前にして、レーダーは大型艦船の接近を告げた。今朝に

限って、イギリスに余分な航空機は1機もない。危険を冒して、キング・ジョージ

5世から水上偵察機が飛び立った。

 報告が入った。ティルビッツであった。シャルンホルストとグナイゼナウもい

た。海峡において雌雄を決するべく、ドイツ海軍もすべての力を出しきろうとい

うのである。

 キング・ジョージ5世の最新の同型艦アンソンがインド洋を指して出撃してしまっ

たのが悔やまれた。プリンス・オブ・ウェールズを日本軍に沈められ、傷ついた

イギリス連邦軍の士気を維持するためには、なにかシンボル的な戦力をインド洋

方面に派遣する必要があった。その一方で、真珠湾の損失を埋めるためにアメリ

カがアイスランド海域から旧式戦艦3隻を太平洋に送った後、イギリスの旧式戦艦

をもって穴を埋めなければ、輸送船団や護衛艦隊に絶望が生まれる危険があった。

そこでキング・ジョージ5世級のうち最も新しいアンソンは、慣熟訓練を兼ねてイ

ンド洋方面に旅立っていったのである。



 両艦隊は接近し、やがて遠距離の同航戦が始まった。双方とも、海峡に向かっ

て進みつつ、すべての主砲を相手に向けて射ち合った。水柱がひとつ、またひと

つと上がったが、高速で移動しているために、なかなか命中弾が出なかった。ア

イスランド沖海戦(第10話参照)で駆逐艦の肉薄雷撃に苦杯をなめたドイツ海軍

は、ドルニエ水上攻撃機を護衛につけていて、これが駆逐艦を掃射して好射点か

ら追い払った。彼我の戦闘機が乱舞する中での危険な低空飛行によって、ドイツ

高海航空艦隊は1年余に渡って培った機体とクルーのストックを、恐ろしい速度で

費消した。

 ついに互いの舷側に命中弾が出た。ティルビッツもキング・ジョージ5世も黒煙

を引きながら、死の航海は続いた。ピラニアが血の匂いに群がるように、あとか

らあとから彼我の航空機がやってきて、おぞましい饗宴に参加した。



 空母グラーフ・ツェッペリンは、ティルビッツの50キロばかり後方を走ってい

た。断続的にティルビッツの状況が入るにつれ、艦橋では激論が続いていた。

「新兵器を使うなら、今です、博士」リピッシュ博士は気の進まない様子だった。

「移動する目標にあれを使うのは、無謀すぎる。時速30ノットの目標など、まっ

たく試したことがないのだぞ」「テストは今すればいいじゃありませんか」砲術

長は熱っぽく説いた。「艦長、どう思われますかな」博士は力なく艦長を見やっ

た。

「やりましょう、博士。責任は私が取ります」艦長は重々しく言い切った。「コ

メート発射準備。微速回頭、左二点」

 艦橋全体が魔法にかかったように動き出した。「コメート1号、カタパルトへ固

定。2号から8号、後甲板で待機。点火サーキット、セーフティロック解除」砲術

長がきびきびと指示する。中央と後部の2基のエレベータが忙しく上下し、ライト

グレー一色の凶凶しい機体を甲板へと送り出す。やがて艦の中央に、即席の壁が

引き起こされ、固定された。

「コメート1号、発射準備完了」砲術長は言った。「うむ」艦長ははるか前方を指

差して叫んだ。「発射ああああ」「発射ああああ」砲術長は発射レバーをがくん

と倒した。

 爆炎が長いグラーフ・ツェッペリンを満たすかと思われた。中央の壁から上方

に誘導された噴煙は高く吹き上がった。コメートは特別に延伸されたカタパルト

のレール上を滑り、次第に加速しながら水平に飛んで行った。

 続いて2号が位置につく。「発射ああああ」しかし今度は失敗であった。艦を離

れて間もなく、コメート2号は航法制御に失敗して大きく傾き、海面に叩き付けら

れた。青白い閃光に続いて轟音が艦橋の窓ガラスを震わせる。「くっ、ひるむな

ああ」艦長が怒号する。3号、4号と発射は続けられ、艦橋と後ろ甲板の緊張は途

切れることがない。実際、ロケットに使われている液体燃料はきわめて危険なも

ので、艦上で爆発させれば母艦そのものがどうなるかわからなかった。

 ついに8発のコメートが艦を離れた。それ以外の攻撃兵器は積んでいなかった。

貴重な大型艦にこれ以上の液体燃料を積むことに、上層部が踏み切れなかったの

である。水上飛行機も積めなかったから、着弾状況は他の艦から聞くしかなかっ

た。

 電信員が艦橋に駆け上がってきた。艦長は渡された電信内容を一瞥して、「伝

令、これを読め」と命じた。居合わせた全員が、持ち場で全身を耳にしていた。

「ティルビッツ、リュチェンス中将より、グラーフ・ツェッペリン艦長へ。貴艦

の目覚しい攻撃はドイツ海軍の歴史に長くとどめられるであろう。しかし残念な

がら、ロケットは5発とも目標に命中しなかった」

 砲術長は、皆が自分を見ないようにしていることに気づいた。皆がひとつの疑

問を持っていて、それを口にできないでいた。

 あとの2発はどこへ飛んだんだ?





 砲戦の舞台が南に移るに連れて、彼我の基地航空隊から戦艦への攻撃が増加し

ていたが、この点ではドイツの優勢が明白になってきていた。イギリスは大型機

とそのパイロットを雷撃機から大型爆撃機に回していたから、目の前に好餌がい

ても、それを追う猟犬がもはやいなかったのである。

 ドイツ機に戦艦の真横を占めさせてはならなかった。そのことはイギリス駆逐

隊もよくわかっていた。わかっていたが、Uボートの脅威もまた、彼らの頭から

去っていなかった。だからイギリス駆逐艦は戦艦に先行する横陣を取って対潜警

戒を優先させ、対空防御に適した輪形陣を取らなかった。

 キング・ジョージ5世の艦尾に火災が起こった。ハインケル雷撃機の放った魚雷

が、ついに艦尾に命中したのである。舵の機構が破壊され、回避運動ができなく

なってしまった。ドイツ艦隊はすかさず、砲撃をキング・ジョージ5世に集中させ

た。

 シャルンホルストとグナイゼナウは思い切って増速した。接近して止めを刺そ

うというのである。デューク・オブ・ヨークが接近させまいと斉射を繰り返す。

ティルビッツに乗り組んだ空軍連絡士官がマイクに飛びついて付近のドイツ機を

呼び出し、デューク・オブ・ヨークへの牽制攻撃を要請するが、応える友軍機が

いない。すべての可動機は、上陸部隊の世話を焼くのに忙しく、ちっぽけな戦艦

のことなどかまっている余裕がなくなってきている。

 キング・ジョージ5世への着弾が始まった。主砲塔が高い角度からの直撃を受け、

火柱を吹き上げた。鈍い音を立てて砲塔外壁の右半分が舷側をこすり、海に滑り

落ちた。

 シャルンホルストもまた、中央ブロックに火災を起こし、黒煙をなびかせて走っ

ていた。火災に巻き込まれた機銃座が時折、弾薬と共にはじけ飛んでいた。

 どちらも退くことができなかった。英仏海峡を目指す死のレースは、いつ終わ

るとも知れなかった。





 フランス西部・ロリアンのUボート部隊司令部では、デーニッツがいつもの通

り仕事をしていた。英仏海峡に何が起こっていようと、我々は大西洋上に注意を

集中せよ、とデーニッツは部下たちに指示していた。

 Uボートから刻々と通信が入り、淡々と処理されて行った。スタッフたちは見

かけ上まったく冷静で、デーニッツの目や耳の届くところで上陸作戦のことを口

にする者はいなかった。

 スタッフたちは知っていたのである。デーニッツは部下たちに家族の一員のよ

うに接したが、それは単なる比喩ではなかった。長女ウルスラの婿も、次男ペー

ターも、Uボートに乗り組んで大西洋上にいた。

 そして、長男クラウスはとりわけ危険なSボートに乗り組んで、上陸作戦に参

加していた。大義はどうあれ、存じ寄りの安否は気になるし、自分の割り当て分

を超えた心配をしてみても始まらない。

 デーニッツも、スタッフたちも同じ気持ちだった。





 イギリスが恐れ、ドイツが待ち望んでいたユンカース急降下爆撃機の群れが、

海を越えてついに姿を現した。

 急降下爆撃機は、誘導ミサイルなどのない当時、着弾を正確にするための工夫

であった。爆弾を積んでほとんど垂直に急降下し、爆弾そのものに十分な相対速

度を与えたあと、爆弾を離して機首を引き起こす。

 いいことずくめに聞こえるが、そうではなかった。急降下の際にかかる強い加

速度に耐えるため、機体は頑丈に作らなければならなかった。そのため普段の速

度は落ち、戦闘機の格好の餌食となった。また、機首を引き起こすとき極端に速

度が落ちるので、そこを対空砲に狙われることも多かった。高度な訓練を受けた

パイロットをあまりにも急速に損耗するため、最近では急降下爆撃機部隊は縮小

されていた。そして対艦攻撃という、急降下爆撃ならではの任務のために温存さ

れてきたのである。それを守る戦闘機も、追い払う戦闘機も、空には姿がなかっ

た。

 イギリス艦の対空砲は激しく機銃弾を打ち上げた。ドイツ戦艦の主砲塔では砲

撃の一時中止が言い渡され、懸命に重い砲弾を操作していた砲手たちがあたりか

まわず倒れ込んでしばしの休息を取った。そして木の葉が舞い落ちるように、1機

また1機と急降下爆撃機はイギリス戦艦を襲った。

 戦艦はかなりの速度で動き続けていたから、デューク・オブ・ヨークへの爆撃

はなかなか当たらなかった。しかし舵の利かないキング・ジョージ5世の動きは予

測しやすい。舷側には最も厚い対空砲の弾幕が張られるようになっていたが、弾

薬が心細くなってくると射撃頻度が鈍ってくる。程なく至近弾が出て、舷側に破

口が生じた。

 キング・ジョージ5世は砲撃を続けていた。最も接近しているシャルンホルスト

がもっぱら目標になっていた。シャルンホルストもすでにいくつかの破口を生じ

て、艦体が傾き始めていた。

 キング・ジョージ5世が火柱を吹き上げた。急降下爆撃機の爆弾が主砲塔のひと

つを直撃し、揚弾筒の下の弾薬が引火したのである。ほとんど同時に、キング・

ジョージ5世からの最後の斉射がシャルンホルストの舷側を直撃し、致命的な浸水

を起こした。

 今日に限って、救いの手となるべき小艇は、周囲には1隻もなかったし、これか

ら到着する望みもなかった。





 ドイツ軍は、マーゲイトからポーツマスまで200キロを越える海岸のあちらこち

らに、延べ9個師団を一斉に上陸させた。いや、正確には、させようとしていた。

機雷、英仏海峡の速い潮の流れ、イギリス艦艇の果敢な攻撃、沿岸からの砲撃が

組み合わさって、実態の把握は困難であった。

 ドイツ空軍は空を支配していたが、その支配は陸にまでは及ばなかった。混乱の

中では、緊密な空陸の協力など望むべくもなかった。空軍は陸軍の言うことはいち

いち聞くまいと腹を括っていた。その代わり、軽装の戦闘機や軽爆撃機がイングラ

ンドの奥深く飛んで、ロンドン周辺の交通網に盛んに銃爆撃をかけ、南イングラン

ドへの増援を阻んだ。

 陸軍と海軍は沿岸の脅威を自分たちで処理しなければならなかった。急造された

小艇が、Uボート用の短砲身88ミリ砲や戦車用の短砲身75ミリ砲を頼りなげに据え

て、沿岸の小規模な砲台を射程に捉えようと懸命に接近した。

 期待された潜水戦車はもともと数も少なかったし、ドーバー方面に集中的に配置

されていたから、多くの戦区では戦車無しで事を運ばねばならなかった。

 兵士たちに決められることといったら、走る速さくらいのものであった。彼らは

可能な限り速く走ったが、それでも十分ではなかった。海岸に多く配置されている

カナダ兵は、第1次大戦以来ほとんどの部隊が実戦を経験しておらず、戦車を伴う

機動には不慣れだったが、固定陣地に入っている限り侮れない敵手だった。

 海岸は狭い。いったん崩れ立ったほうが負けであった。どこか一点が崩れれば、

それが連合軍全体を浮き足立たせると思われた。





 シュトラッサー中尉は、指示に反して携行した短機関銃を大事に抱えて、着地と

同時に生け垣へと飛び込んだ。幸い、生け垣は薔薇ではなかった。

 中隊長の姿を認めて、兵士たちが慎重に近づいてきた。その民家にはまだ住人が

いたが、身振りで追い出すしかなかった。ずっと手を上げて行くんだぞ、と誰かが

声をかけたが、中年の夫婦にドイツ語が分かったかどうかは定かでなかった。

 ドイツ空挺部隊の兵士にとって、一般市民といえども油断がならなかった。イギ

リスはすっかり準備ができていた。降下兵用に下ろされてくる武器のコンテナがし

ばしば奪われ、時にはドイツ兵に対して実際に中身が使われた。降下後の再集合は

今までになく困難であった。

 ドイツの降下部隊はドーバー市の西側一帯に降下していた。ドーバー市を確保す

れば、補給も安定するし、戦線を作って重砲を揚陸できる態勢が整う。少なくとも

この地域で橋頭堡を打ち立てなくては、上陸作戦全体が失敗というしかない。

 降下兵はいくつかの飛行場を占領し、特別に空輸の訓練を受けたヘルマン・ゲー

リング空挺師団を迎え入れる手はずであった。しかし最も警戒の厳重な地域に降下

することになったドイツ空挺部隊は、小集団を作って、あるいはしばしば自分ひと

りで、自分の身を守ることが精一杯であった。







 ドーバー近くの海岸にいくつか設けられた足場の上の砲台は、ドイツ戦闘機の格

好の掃射の的となった。フォッケウルフ戦闘機や最新のメッサーシュミット戦闘機

の20ミリ砲は、1940年当時のメッサーシュミット戦闘機のものと違って銃身が長く、

かなりの厚さの防弾板を打ち抜くことができた。しかし大半のドイツ機は陸軍兵士

たちの期待をよそに、海岸にはわずかにとどまるだけで、すぐに内陸部に獲物を見

つけに行ってしまった。

 歩板が次々に下ろされ、兵士たちは上陸用舟艇から命懸けで走った。舟艇そのも

のが格好の目標であり、早くそこから離れなければならなかった。舟艇はスクリュー

を逆回転させて海岸を離れることになっていたが、量産を図って機関出力をぎりぎ

りに抑えたため、離床できずにそのまま撃破される例が相次いでいた。

 ドイツ軍は潜水戦車を200両近く用意していたが、訓練地ほど平坦ではない海底の

地形のために、多くの戦車が立ち往生したり、横転したりした。エンジンの給排気

のためのシュノーケルはあったが、乗員のための換気設備はなかったから、水中で

もたつくことは死に直結した。戦車を載せた舟艇はイギリス砲台の優先目標となっ

たから、船ごと爆沈する戦車もあった。

 いくつかの舟艇は、上陸部隊の代わりに28センチロケット弾のランチャーを載せ

ていた。有効射程はわずか4キロで、照準も大雑把にしかつけられなかったから、

イギリス兵とドイツ兵の双方にとって危険な兵器であった。それでもこの巨弾は多

くのドイツ兵士にとって決定的に重要なものを戦場に持ち込んだ。煙である。破壊

することの難しいいくつかの砲座が、煙によって視界を奪われ、最後にはドイツ兵

の手榴弾や短機関銃によって制圧された。

 上陸の予定は遅れていたが、止まってはいなかった。パウルスは思い切って、最

も西側の上陸部隊を撤収させ、支援の努力を南東イングランドに集中した。芸のな

い正面攻撃であったが、ドーバー市域が制圧されて港から重装備が陸揚げできるよ

うになると、戦局は安定するはずであった。

 正午近くなって、空の状況が変わり始めた。燃料切れで帰投するドイツ機が増加

した反面、イギリス全土からかき集められた航空機が上陸地点上空に相次いで到着

したのである。





 ドイツ空挺部隊を迎撃するカナダ軍は混乱から立ち直り、組織だった反撃ができ

るようになっていた。もっとも重火器と観測班との連絡はまだ完全に確保されてお

らず、指揮官たちの経験不足もあって、火力の集中ができなかった。各師団の榴弾

砲は現在地の民家の屋根などから観測を行って、海岸へ射撃を加えていた。だから

今のところ空挺部隊の直接の敵は、小火器に限られていた。

 シュトラッサーは冬の間、目の回るような速成講習を受けて中尉に昇進し、中隊

長という立場がおぼろげながら分かるようになっていたが、人を働かせる仕事とい

うものに、まだシュトラッサーは感覚がなじまなかった。

 投下されてくる武器弾薬のストックは猛烈な勢いで費消され、補充が間に合わな

い。通信兵は6名も確保したのに、使える無線機が1台もない。こんな心配をするよ

り、外に出て戦いたかった。自分が敵弾にさらされるより、部下を敵弾にさらして

いるほうがよほどいたたまれなかった。

「中尉殿、ラジオがありました」中隊本部に残していた通信兵が民家の奥から声を

かけた。戦況が分かるかもしれない。スイッチを入れると真空管が徐々に暖まり、

人の声が聞こえてきた。

「リリー・マルリーン!」通信兵が思わずうなった。BBCはたまたま、リリー・マル

レーンを流していたのである。

 シュトラッサーはしばし呆然と、その聞き慣れたドイツの歌に聞き惚れた。

 歌詞は聞き取れなかった。英語であった。





「増援はまだ前線に届かんのか」チャーチルは冷静さを保とうと努めていたが、完

全には成功していなかった。

 空挺部隊は消極的だが重要な効果をイギリス軍に及ぼしていた。彼らが降下した

地域には、ロンドン方面からドーバー市に至る唯一の鉄道が通っていた。空挺部隊

の兵士の中で、幸運にも軽機関銃の入った装備箱を拾い上げた者は、それを使って

増援や補給を妨害し、上陸部隊のために貴重な時間を稼ぎ出していた。

 どこの国でも、交通網は首都から放射状に延びている。鉄道であれ道路であれ、

南東イングランドに移動しようとすれば、いったんロンドンに入らなければいけな

かった。ドイツ空軍は徹底的に交通網を叩いていた。無数の損傷個所は、それぞれ

数時間で復旧する程度のものであったが、同時に無数の損傷が起きると、ひとつひ

とつ復旧していかないと次の復旧地点に器材を運べなかった。そして復旧用の車両

が無防備な天井をドイツ機にさらし、道路上の残骸を増やす結果となっていた。



「かねてから小官が指摘しておったところですが」電話口の南東方面司令官・モン

トゴメリー中将は憤懣を首相にぶつけた。チャーチルはモントゴメリーがそういう

男だと知っていたから、腹を立てる様子を見せなかった。「カナダ軍の指揮官たち

は適切に彼らの戦力を運用しておりません。特に戦車部隊の移動が極端に遅く、反

撃の努力に見合った戦果を得ることを妨げております」

 イギリスの南東イングランド方面にはカナダ軍の5個師団がおり、うち2個師団は

かなり機械化が進んでいた。カナダ陸軍は本国の危急に応じて急拡大したため、予

備士官を動員して高級指揮官として補さざるをえず、(近代的な尺度で)迅速な移

動をさせると、指揮官の経験不足と知識の古さを露呈した。

 歩兵は混雑した道路を避け、田園を歩いて行軍し始めていたが、重火器は道路に

頼るしかなかった。戦車を前面に立てて歩兵と協力させなければならなかったが、

指揮官が明確な指示を出していなかったので、重火器と戦車が共に渋滞に巻き込ま

れ、しばしば一緒にドイツ機の掃射を浴びる始末であった。





 ようやくイングランド北部やスコットランドから飛来したアメリカの戦闘機群が

見たものは、混沌として敵味方の区別がつかない戦場であった。兵士たちはどれも

これも、同じような鉄兜をかぶった同じような粒に見えた。編隊指揮官たちは、地

上の管制官としばし不毛なやり取りを交わしたのち、海岸線へ飛んで増援を妨害す

ることにした。

 海岸では中小の舟艇がせわしなく接岸と離床を繰り返しており、アメリカ軍の12.7

ミリ機銃にとって格好の目標であった。砂と煙と船の破片が跳ね飛び、不運なドイ

ツ軍の非装甲車両は次々と炎上した。ドイツの小艇は対空機銃や軽機関銃で応戦し

たが、撃墜はほとんど望めなかった。

 上陸初日の正午を回ったころ、互いに重火器が使えない、不安定な均衡が作り出

された。機関銃と白兵戦突撃が死傷者を破滅的な速度で増加させた。

 カナダ軍も1940年にイギリスに展開して以来、急速に様々なことを学んでいた。

若い士官たちは、職業軍人として十分な訓練を受けていたから、彼らの指揮するい

くつかの抵抗拠点はドイツ軍の攻撃をよく支えていた。

 しかしドイツの下級士官や下士官は層が厚く、実戦の洗礼を受けていっそう抜け

目なくなっていた。





 シュトラッサーは、ドイツ陸軍兵士の軍服をこれほど懐かしく思ったことはなかっ

た。上陸部隊がようやく空挺部隊に追いついて来たのである。もっとも彼らも重火

器を持たない先遣隊で、無線連絡が取れないのは相変わらずであった。

 中隊本部が急に騒がしくなった。上陸部隊の負傷者が運び込まれたのである。そ

れに紛れるように、中尉の肩章をつけた薄汚れた男が入ってきて、「ここの指揮官

は誰だ」と言った。

 男は中隊長だったが、上陸時にはぐれた兵士もいて、実戦力は100人ほどになっ

ているらしかった。「とにかくこの集落からトミー(イギリス兵)を追い出そう。

機関銃は何丁ある」「MGが4丁、FGが6丁」「さすが空軍さんは豪勢だな」シュトラッ

サーは答えなかった。空挺部隊にしか配られていない軽機関銃(FG42)は少々重いの

で、必ずしもありがたがられていなかった。

「こちらで突撃隊を編成する。機関銃を支援に貸してくれるか」シュトラッサーは

同意した。イギリス兵のいそうな建物を集中射撃で制圧しておいて、突撃隊に飛び

込ませようというのである。当然飛び込む部隊の損害は大きいから、これは気前の

よい申し出であった。

 陸軍の中隊長はにやりと笑った。「今夜は代わってもらうからな」「今夜?」

「飛行場を占領するんだろう」シュトラッサーは言われるまでそのことを忘れてい

た。夜に部隊の大部分を移動させても大丈夫なように、集落全体を日のあるうちに

しっかり確保して置こうというのであった。

 頼りになる指揮官のようである。シュトラッサーは正直なところ、ほっとした。





 補給を終えたドイツ空軍機がイギリス上空にまた戻ってきて、制空権の行方は混

沌としていた。ティルビッツはデューク・オブ・ヨークに加え、追いついて来たイ

ギリス旧式戦艦群を海峡の入り口で食い止める格好となり、どちらの艦隊も地上の

戦況に大きな影響を与えられずにいた。

 カナダ軍は移動にもたついて、制空権を回復した数時間を有効に使えなかった。

海岸における連合国空軍の圧力が弱まった夕刻になると、いよいよドイツ軍の戦車

部隊と自走砲兵が展開を始めた。

 ようやく出撃位置についたカナダ軍とイギリス軍の戦車部隊であったが、ここで

イギリス連邦軍に共通する悪癖が露呈された。戦車と歩兵が緊密に協力できず、戦

車だけで前進してしまう傾向があるのである。

 歩兵の対戦車近接兵器は、この時期から急速に発展する。カナダ軍はその洗礼を

真っ先に浴びることになった。





 短いが激しい戦闘の末、集落はふたつのドイツ軍中隊が占拠するところとなった。

数人の偵察隊を広い範囲に送れるようになった結果、やっと無線機の入ったケース

が1個投下されているのが見つかった。シュトラッサーは飛行場攻撃に加わるよう

命じられ、前進の準備に慌ただしかった。

「グラナートビュクセが見つかりました」別の偵察隊が吉報をもたらした。この状

況では貴重な火力である。陸軍さんに先に見つけられたら、黙って使われていただ

ろう。区処は先任曹長に任せて、シュトラッサーは戦術地図に目を戻した。飛行場

襲撃は例によって夜通し続くだろうから、明るいうちにできるだけ地形を頭に入れ

ておく必要があった。

 間もなく、陸軍兵士が中隊本部に駆け込んできた。イギリス戦車が接近している

ので、対戦車兵器での応援を頼むというのが、くだんの中隊長のメッセージであっ

た。幸運は長続きしない。シュトラッサーはため息を吐いて、グラナートビュクセ

と射手を支援に充てるよう先任曹長に命じた。



 カナダ戦車はまばらに射撃を加えてきていたが、ドイツ軍の兵士たちはまだ所在

をつかまれていなかった。重火器がないので、手榴弾の届く至近距離までおびき寄

せないと、戦車に対処する方法がない。歴戦の下士官たちが、極度の緊張下にある

兵士たちをよく抑えていた。

 空挺部隊から、細長い兵器を抱えた兵士が差し向けられ、生け垣を伝って村から

忍び出たのを、多くの兵士が目の隅にとらえた。それは小銃に似ていた。実際、小

銃用の特殊な空包をそのまま使って、弾丸を打ち出す兵器であった。

 カナダ戦車部隊はしびれを切らし、1台が先行して村に接近してきた。兵士たちは

無言で、手榴弾の位置を手で確かめた。

 ぽん! 乾いた音が響いた。小さなものが戦車の側面に飛んだ。命中したところ

がほんのわずかの間、白く光った。

 砲塔がわずかに持ち上がり、その隙間から煙とわずかな炎が噴き出した。同じも

のが、圧力で押し開けられた砲塔のハッチからも吹き出した。低く大きく、はぜる

ような音がした。戦車は停止し、誰も出てこなかった。

 後方の戦車の砲塔が一斉に回り、射点と思しい生け垣に向いた。こうしたとき、

絶対に走り出してはならないとドイツ兵士は訓練されていた。戦車に見つかれば必

ず撃たれると。しかし緊張に耐え切れない兵士がひとり、身ひとつで村へ逃れよう

と走った。戦車は同軸機銃(主砲の脇にある機関銃)から銃弾を吐き出し、その目

的を果たした。しかし、同種の兵器を警戒して、戦車隊は村への接近をためらった。





 成型炸薬弾と呼ばれる対戦車用の弾丸は、このころドイツによって実用化された。

装甲板を高速で貫くのではなく、表面を高熱で溶かすタイプの弾丸で、発射装置を

小型化できるので歩兵用の対戦車兵器に特に向いていた。





 イギリスで午後の戦闘が続いていたころ、モスクワはすでに夕闇に閉ざされてい

た。厚い壁に守られ、こうこうと電灯の点いたその部屋は、牢獄に似ていた。

「そろそろ宣戦布告をする必要があるかと思いますが、書記長」来客は何気なくそ

れを口にした。スターリンも何気なく、その話題を受け流した。「それに関しては、

我々が発表文を用意している。我々の攻撃が始まってから、速やかに発表されるで

あろう」

「しかし、あの、書記長」来客は慌てた。「宣戦布告無しの攻撃ということになり

ますと、議会が援助に同意しませんかと」

「それは君たちの問題だ」スターリンは悠然と言った。「我々は援助を必要として

いる。それは認めよう。だが君たちも、我々を援助することを必要としている」ス

ターリンは武芸者が刀の鯉口をきらめかせるように、威圧的な視線を送り、すぐに

口調を和らげた。「ここは太平洋ではないのだ。我々はドイツと国境を接している。

我々とドイツの間には、本当に隠しておけるものなど、何もない。国境に集めた精

鋭を先制攻撃の危険にさらすのは、馬鹿だけだ」

 ルーズベルト政権にとって、ドイツや日本の宣戦布告なき攻撃を散々非難した後、

ドイツに対してそれを敢えて行った国を援助することは、ひどく困難な課題であっ

た。しかしスターリンの言う通り、一貫してイギリスへの肩入れを行ってきたルー

ズベルト政権が、イギリスを救う最後の手段を放棄するとすれば、それは外交上の

致命的な失策を認めたことになるし、太平洋戦線におけるイギリス連邦諸国との協

調関係もゆるがせることになる。ルーズベルト政権の崩壊につながるに留まらず、

アメリカは東半球におけるすべてを失うことになるであろう。

「問題はない。注射のようなものだ。すぐに終わるよ」スターリンは言ったが、そ

の目は既に来客から離れていた。





 ティルビッツの主砲塔で、射撃を続けているものは、もはやひとつだけになって

いた。イギリス駆逐艦の魚雷による浸水を相殺するため、弾薬庫への注水を余儀な

くされていたのである。デューク・オブ・ヨークはグナイゼナウと接近戦の末これ

を屠ったものの、すべての主砲塔を沈黙させられて北方へ待避し、イギリス旧式戦

艦クイーン・エリザベスは横転沈没、リベンジは垂直に近い角度で落下した一群の

砲弾にタービンを貫かれて、北海へ漂い出たまま交戦の機会を失った。

 すでに艦首上甲板と水面の高度差は1メートルを切っており、上陸部隊の支援に赴

ける可能性はなかった。艦首は、ベルギーの海岸に向けられた。

 ティルビッツの最期はあっけなかった。大陸の要港近くにイギリスが盛んに敷設

した機雷のひとつが艦首付近に触れ、ティルビッツから最後の浮力を奪った。急速

に傾斜を増す艦内で、リュチェンス中将は持たされたヒトラーの写真をびりびりと

破り捨てると、自らの体を舵輪に巻き付けた。





 イギリスは気候の割に高緯度にあるため、5月の昼間は長い。それが暮れれば移動

が容易になるものと、ドイツ軍も連合軍も期待していた。

 どちらも思惑通りには行かなかった。夜間の接岸は舟艇同志の衝突の危険がある

ため能率が悪かったし、ドイツの夜間戦闘機と軽爆撃機はおぼろげな明かりを頼り

に交通妨害を続けた。陸軍に急っつかれて、戦術空軍は効果が望めないと知りなが

ら、アメリカ機をドイツ軍の移動妨害に出したが、ブリーフィングに十分な時間が

かけられず、交通の要所を抑えることができなかった。





 ようやくドイツ戦車が戦線に現れて、空挺部隊の士気は上がった。

 ルッチャーは旧式化したチェコスロバキア製戦車に短砲身75ミリ砲を備える、歩

兵部隊支援用の小型突撃砲である。突撃砲だから砲塔はなく、主砲を撃つ向きを変

えるときは車体ごと回さなければならない。前部と側面の装甲板が強く傾斜した不

思議な形状をしていたが、これは総統の強い示唆によるものだと、シュトラッサー

は噂で聞いたことがあった。

 迫撃砲による準備射撃が始まった。夜襲の主攻勢地点を誤らせるよう、着弾の中

心は少しずらせる手はずになっていた。シュトラッサーの中隊は主攻勢を担当する。

ほどなく大隊本部から伝令が来て、3両の突撃砲(当時の突撃砲は3両で1個小隊)が

シュトラッサーの指揮下に入った。

 戦車と違って突撃砲は支援兵器だから、歩兵の前でなく後をついて進撃し、必要

が生じたときに支援するのが基本的な用兵であった。自然、シュトラッサーは突撃

砲の横を歩くことになった。ルッチャーは小型なので、上に乗りたくても乗れるス

ペースがない。

 銃声に続いて、甲高い連続発射音が響き始めた。軽機関銃が参加する、本格的な

銃撃戦になったらしい。各小隊から報告が届き始めた。カナダ軍は戦車を持ってい

るらしかった。

 カナダ軍は1日の実戦経験で多くのことを学んでいた。若い士官たちは命令があろ

うとなかろうと、歩兵部隊と戦車部隊が互いに組を作って、指揮序列は勝手に作れ

ないものの即席の了解関係を作り、互いの行動を知らせあった。飛行場の守備隊に

も戦車部隊が含まれていて、今度は歩兵に守られていたから、対戦車兵器の使える

距離まで近づくことが容易ではなかった。

「突撃砲兵! 他に方法がない」シュトラッサーはルッチャーの上で前方を見つめ

る小隊長にささやいた。突撃砲はエンジンを止めているので、シュトラッサーの声

も届く。「小隊をまとめ、先頭に立って突破してもらいたい」「そう来ると思った

よ。5分後でどうだ」「結構」ちらりと時計を見たシュトラッサーは即座に答える

と、自分も突撃に参加したくなる興奮を抑えて、必要な指示を伝令兵に持たせた。

最も先行する小隊に、突撃砲について前進するよう命じた。突撃に参加しない小隊

には中隊予備から重機関銃班を加えて火力支援を命じ、最後の小隊は予備として、

突撃隊に続いてゆっくりと前進するよう命じた。

 あっという間に、周囲の3ヶ所からエンジン音が聞こえてきた。突撃砲が移動を始

めたのである。すでに準備射撃で攻勢の意図を示した以上、急がないと敵の予備が

攻勢地点に集まってくる。

 こうした場合、突撃砲そのものは相手の砲火を引き付けてしまう。効果がないと

分かっていても、動転した敵兵が軽火器を戦車に向けることもある。戦車の上に歩

兵が乗って敵陣に飛び込むのは、成功すれば良いが、歩兵が壊滅する危険も高い。

ほんのわずかの距離を置いて続いたほうが無難である。突撃砲の小隊長が攻撃のリー

ドタイムを5分しか取らなかったのはそのためであった。

 銃声が激しくなり、敵陣にいくつか爆発炎が見え、すぐに消えた。どちらかの手

榴弾の爆発であろう。突撃砲の発射音も聞こえた。

 不意に、周囲が明るくなった。カナダ軍の榴弾砲が照明弾を撃ったのである。

 最初に送り込んだ小隊は、敵が布陣する高みを越えて突撃していった後らしく、

視界になかった。後に続かせた小隊が前進中の姿をあらわにされ、一斉に地面に伏

せた。カナダ軍の機関銃と、その機関銃を沈黙させようとするドイツ軍の機関銃が、

精一杯の唸りを上げた。

 闇が唐突に戻って来た。それを追うように、カナダ軍の迫撃砲弾が、先ほどドイ

ツ兵が位置を暴露したあたりに飛来した。小隊との連絡は途絶しているから、どれ

ほどの被害が出ているかは分からなかった。

 突撃砲小隊から無線が入った。周辺の機関銃座は制圧したが、戦車が接近してい

るらしかった。シュトラッサーは最後の小隊に前進指示を出し、中隊本部も前進さ

せるよう本部班長に命じた。





 パウルス中将は疲れていたが、気分は悪くなかった。空挺部隊からは有利な報告

が届いていた。ドーバー市は市民を守るために無防備都市を宣言したが、港湾施設

にはイギリス軍の小部隊が立てこもっていて、排除のための戦闘が続いていた。か

なり大きな領域が確保できそうであった。西に上陸したドイツ兵は撤収が間に合わ

ず、連隊単位の降伏部隊を出していた。戦争には付き物の犠牲だとパウルスは思っ

た。もしそのことにマイナスの感情を持つとしたら、海岸全体で今日命を落とした

兵士たちのことを思えば、パウルスの胸は張り裂けるに違いなかった。

 指揮下の陸軍部隊には同情を覚えないパウルスであったが、ルーゲ少将に対して

は個人的に同情していた。ドイツ海軍は今日一日で、保有するすべての戦艦を失っ

たのである。ルーゲとそのスタッフが消沈しているのが傍目にも分かり、陸軍と空

軍のスタッフは彼らに何くれとなく気を遣っていた。

 明日になれば、陸上の状況は目に見えて好転する。パウルスはそう確信していた。





 マイソフは眠い目をこすりたかったが、態度が悪いといってまた上官に殴られる

のがいやで、我慢していた。ウクライナから応召してきたのは3週間前である。教官

は兵士の心得としては銃の扱い方を教えてくれただけで、後はなんのかんの理屈を

つけて新兵を殴っていた。最近は殴るのが面倒になってきたのか、あまり殴られな

くなってきたが、何か物を尋ねる間柄になれたとは思えなかった。

「これより小隊は出発する。銃弾を受け取れ」今までの演習で使ったのと同じくら

いの実包が配られようとしているのが、小隊長の背後にある弾薬の量から知れた。

いったい何をさせられるのだろう?

 尋ねてはいけなかった。何かを知っているものは長生きできなかった。スターリ

ンはこのことを知っているのだろうか? それも知ってはいけないことなのだろう

か?

「ちゃんと聞かんか」マイソフに怒号が飛んだ。考え事をしていてつい目をこすっ

てしまったのだ。小隊長の怒号は、あとで分隊長に殴られる確実な予兆であった。

やかり、ものを考えるとろくなことはなさそうである。





 ロンドンではまだ砲声は聞こえなかったが、飛行機のエンジン音は途切れること

がなかった。警察は市中の警備を兼ねて街頭に多くの警官を送り出し、渋滞を避け

るため自動車による外出を控えるよう触れ回っていて、部屋の窓を開ければそれら

の音と声が聞こえてくるはずであった。

「この数字は理解できない。イギリス空軍は1日で半減したというのか」イギリス軍

のアラン・ブルック陸軍参謀総長は、空軍からの報告書をくしゃくしゃに握り締め

た。バウンド海軍軍令部長の表情には、もはや生気が感じられなかった。ポートル

空軍参謀総長は、アラン・ブルックをいらだたしげにちらりと見たが、口では何も

言わなかった。黒板の前で立ち往生したポートルの部下の苦境を救ったのは、国防

大臣付き参謀長のイズメイ陸軍大将であった。「まあ、彼の説明を聞こうではない

か、ジェントルメン」

 空軍の参謀将校は、精一杯手短に説明しようとしたが、報告内容は短く納まる性

質のものではなかった。今日のイギリス空軍の出撃回数は通常の1週間分を上回り、

膨大な燃料が消費されたのに引き換え、ドイツ空軍の交通破壊によって、イングラ

ンドの各基地への燃料補給が進まなかった。イギリス本土へのドイツ空軍の圧力が

上陸直前になっても緩まなかったため、イギリス戦闘機隊は迎撃時間を短縮するた

め、海岸近くの基地に重点配備されていたが、それらの飛行場は大損害を受け、戦

闘機隊は整備や燃料補給のキャパシティを無視して、とりあえず降りられる飛行場

に降りるしかなかった。空軍の報告書が言っていたのは、明朝を期して南東イング

ランドへ出撃できる機体が昨日の半数だということなのである。

 比較的後方に配置されていたアメリカ空軍は比較的状況が良かったが、土地鑑が

ない上、イギリス陸軍との協力の手順が確立していないため、単独で出撃させ、目

標を彼ら自身に選ばせるしかなかった。

 陸軍は夜の間に前進し、態勢を立て直そうとしていたが、逆にホーンチャーチ飛

行場を失いかけており、最前線では受け身に回っていた。モントゴメリー中将はロ

ンドンをドイツ軍から守る防衛線の構築を優先させ、ドイツ軍の追い落としはその

次の目標とすべきだと具申してきていた。

 海軍は多くの主力艦を一気に失ったうえ、シンガポール沖に続いて航空機による

戦艦攻撃の威力を見せ付けられることとなった。主力艦による英仏海峡への突入は

もはやリスクに見合う戦果を望めなかった。

 チャーチルは無言で軍人たちのやり取りを聞いていた。チャーチルの現状判断は、

時々刻々の報告によってすでに形を成していたから、チャーチルは感情を爆発させ

ようとしなかった。それどころか、チャーチルが何の作戦上の指示も出そうとしな

いことに、司令官たちは不気味さすら感じていた。

 ひととおりの質疑が終わった後のタイミングを捉えて、チャーチルはついに口を

開いた。「ジェントルメン、こんなときにこのような話題は似つかわしくないよう

に思われるが、王室には少々早い避暑の旅に出て頂くことをお勧めしようと思う」

 チャーチルは、なお自分に集まる視線を振り払うように言った。「それだけだ。

ジェントルメン。それだけだ」





 ドイツとソビエトの国境は、夜明け前の静けさに包まれていたが、国境を守るド

イツ軍部隊は警戒を厳にするよう特に命じられていた。何が起こりつつあるかは想

像するしかなかったが、多くの部隊では士官が交代で、昼も夜も国境の監視に加わっ

ていた。

 だから、多くのドイツ軍人が、後に同じ光景の記憶を共有することになった。

 東の地平線にようやく赤い帯が生じるころ、無数の風切り音が、国境のソビエト

側からかすかな光の筋と共に頭上に近づいてきて、轟音と閃光に変じるその瞬間を。



<ヒストリカル・ノート>



 舟艇の最前方に歩板を取り付け、これを下ろして上陸部隊が一斉に走り出すスタ

イルの上陸用舟艇は、第1次大戦でイギリスが大規模な上陸作戦を行った際、現地の

才覚で作り出されたのが最初とされています。これがないと、兵士たちは長い時間

をかけて少しずつ降りなければならず、兵士の長い列と舟艇自体が格好の目標になっ

てしまいます。なお日本陸軍の大発動艇は、この種の舟艇として大量生産された最

初の器材であったとも言われています。日本陸軍は、報道写真に上陸用舟艇の姿が

写っていると必ず検閲で不許可にしていたようです。

 突撃砲兵にとって幸運なことに、シュトラッサーは3両の突撃砲が互いに支援でき

るよう、全部を一度に投じました。後方に1両残せなどと命じていたら、攻撃の成否

はともかく、突撃砲が撃破される可能性は増したでしょう。





第19話「アドルフ・ヒトラー連隊西へ」



 ドイツ軍がドーバー海峡を渡ってから1週間が経過した。ドイツはいまや、南東イ

ングランドの支配地域を大きく広げていたが、その支配地域の広がりに補給と増援

が追いつかず、戦線は停滞しつつあった。連合軍も戦線を立て直し、カナダ軍は高

級指揮官の多くを更迭して戦意を取り戻していた。ロンドン前面の守りは、さすが

に堅い。

 ドイツ軍にとって補給など様々な障害はあったが、その万難を排して西側に攻勢

を発起することが必要になってきていた。西側から連合軍の戦線を突破して行動の

自由を取り戻し、別の角度からロンドンに迫るのである。





 ヒトラーはディートリッヒが苦手だった。この男は何かというとおっちゃんの知

らない昔話を持ち出すものだから、ひどく応対に困るのであった。親衛隊の将官に

しては、ヒムラーのことをほとんど話に出さないのも奇妙であった。

 最近ではおっちゃんにも、親衛隊内の、というよりナチス政権内の事情が分かっ

てきた。ヒトラーと早くから行動を共にしてきた幹部たちは、NSDAPの旗色が良く

なってから参加した党員よりも格上で、わがままを言っても通るのであった。ヒム

ラーは官僚組織を冷酷に運営する才能があって、いまや親衛隊の中に警察組織全体

を飲み込んで支配していたが、ヒトラーの個人的なボディーガードをもって任じて

きたディートリッヒには、この新参者が自分の風上に立っていることが我慢ならな

いのである。ヒムラーにそれがわからないはずはなかったが、古参闘士中の古参闘

士であるディートリッヒを表立って左遷するわけにも行かず、ディートリッヒの指

揮するアドルフ・ヒトラー連隊は親衛隊内で浮き上がった存在になっていた。

 ディートリッヒは、他のSS部隊がアドルフ・ヒトラー連隊のことを、行進がうま

いだけの役立たずだと蔑視していることを知っていた。戦闘親衛隊全体が、国防軍

からアマチュア扱いされていることも知っていた。だからディートリッヒは、どう

しても自分の連隊を率いてイギリス上陸作戦に参加したくて、たびたびヒトラーに

直訴していた。

 結局ヒトラーはため息を吐いて、アドルフ・ヒトラー連隊を上陸第2陣に加え、

攻撃任務につけるよう、ハルダー元帥に口を利いた。





 マイヤー少佐は、自分の大隊長車をしげしげと眺めていた。受領してから慣熟す

る暇もなく上陸準備に追われたので、まだ装甲兵員輸送車というものがマイヤーに

は珍しかった。ごつごつと薄い装甲板に囲まれた装甲兵員輸送車は、大砲で撃たれ

ればひとたまりもなかったが、機関銃などは防ぐことができた。自分が有力な砲を

持っていないことが、かえって相手の対戦車砲などから身を守る面もあった。自分

の防御力が弱い対戦車砲は、小さな目標に発砲して、発見され反撃されたらひとた

まりもないからである。

 アドルフ・ヒトラー連隊の中で、この装甲兵員輸送車に乗れるのは、3個大隊の

うちの1個に過ぎなかった。しかしひとつの大隊全体がこの車両を与えられている

例は、全ドイツ軍の中で10個大隊にも及ばなかった。上陸用舟艇の増産を優先して、

この種のものは後回しにされてきたからである。

 いまや歩兵はこれに乗って、戦車のすぐ後を移動できるようになった。対戦車砲

などの戦車に強く歩兵に弱い目標は、これによって短時間で制圧できる。だからこ

の兵器は、戦車師団の自動車化歩兵連隊にこそふさわしかった。その装甲兵員輸送

車をヒトラーに掛け合って強引に分捕り、頭から湯気を出して追いすがるように抗

議したグーデリアンに「戦車と組み合わせて使用すべきだというなら、我々に戦車

を与えよ」と啖呵を切り、本当に最新鋭の4号戦車を5両だけだがせしめてしまった

のは、もちろん師団長のディートリッヒ少将である。

 実際、戦車部隊の増設を抑制したおかげで、各師団の保有戦車の内容はかなり良

くなってきていた。長砲身75ミリ砲を備えた新型の4号戦車F型も、ほぼ全師団に1個

中隊分が行き渡り、いくつかの独立大隊も作られていた。

 エンジン音に振り返ると、フランス軍から捕獲したノーム・ローン製オートバイ

が到着したところで、埃だらけになった運転手が、マイヤーの副官に何かを渡して

いた。中身を一瞥した副官は、すぐマイヤーにそれを見せた。

 前進命令である。ヘイスティングスから平坦な南イングランドを横断してブライ

トンを通過し、ポーツマスを指向する。たぶん陽動なのであろうとマイヤーは考え

た。栄光の親衛隊がおとりになっている間に、本物の兵士に南西からロンドンに迫

らせようと国防軍は考えているのだ。ならばその策に沿って、本当にポーツマスま

で行ってしまえば、主攻と助攻は入れ替わってしまうであろう、とディートリッヒ

がつぶやいているようにマイヤーは感じた。それにしては支援に当たる砲兵が少な

いようだが、と口の中でつぶやきながら、マイヤーは中隊長たちを参集させるよう

副官に命じた。





 ビットマンは新しい戦車が気に入っていたが、イングランドの道は気に入らなかっ

た。狭くて、戦闘以外の原因でしょっちゅう渋滞に巻き込まれた。これはイングラ

ンドの道路関係者に対する不当な非難というべきであろう。首都から放射状に延び

た幹線に比べて、どうしてもそれを横につなぐ方向の道路は数も車線も少なくなる

からである。アドルフ・ヒトラー連隊は西へ西へと進んでいた。

 ビットマンは軍曹になったばかりで、突撃砲の乗員として訓練を受けていたが、

たまたまアドルフ・ヒトラー連隊に4号戦車F型が配備されたので、車長として突撃

砲でなく戦車を受け取ったのである。

 5両の戦車小隊は、マイヤーの自動車化大隊に先行していた。ドイツ軍での基本と

しては、戦車は歩兵より先行するが、突撃砲は砲兵の一部だから歩兵より後を進む。

隊列の先頭を走るのはビットマンにとっても初めての経験で、ここが戦場でさえな

ければ気持ちいいドライブと言えたであろう。

 ビットマンは砲塔の上のハッチを開けて、周囲に油断なく目を配っていた。イギ

リス軍の防衛線に触れても良いころである。ビットマンたちのさらに前を、貴重な

装甲兵員輸送車が1台、罠の弾き役として進んでいた。

 聞きなれたドイツ機関銃の発射音が前方で響くのと同時に、レシーバーから切迫

した呼び出しの声が聞こえてきた。イギリス軍を発見したらしい。ちょっとした集

落に入りかけていた装甲兵員輸送車が、大慌てでバックしてきたかと思うと、後部

の扉が開いて歩兵が走り出た。

 ハッチを閉じかけたビットマンは、不吉な砲声を聞きつけて、また少し頭を持ち

上げた。高初速の砲らしい。戦車か、でなければ対戦車砲があるらしかった。小隊

長からすぐに注意を促す交信が入った。

 各自発砲が許可されたが、どうもまずい状況である。相手は身を隠していて、砲

なのか戦車なのか決断がつかない。それによって込める弾の種類が違ってくるので

ある。

「ビットマン、集落に接近せよ」小隊長の指示が入った。やれやれ、小隊長から見

ても自分は味噌っかすらしい。ビットマンは前進を命じると、賭けをしようと腹を

決めた。「徹甲弾を装填、発射待て」対戦車砲だったらそのまま徹甲弾を撃ち放し

て、次弾のために時間を稼ぐしかないと思われた。

 のそのそとビットマンの戦車は進んでいく。

 ぐわん! 割れ鐘のような音が車内を満たした。一番厚い前面装甲に敵弾を受け

て、跳ね返したものの、音と衝撃はどうしようもなかったのである。続いて聞きな

れないエンジン音が響いて、疑問は解決した。戦車だ。「停車」叫んだビットマン

は危険を冒してハッチを跳ね上げた。緑色の見慣れない戦車である。「9時、徹甲

弾、急いで回せ」4号戦車の砲塔は動力で回るが、このころからの生産型は、装填手

がハンドルを人力で回して加速することができた。至近距離からの射撃である。敵

戦車が続けて撃っている音がするが、どうやら停車せずに撃ち放しているらしい。

「発射」ビットマンの戦車からの初弾は、見事に敵戦車の側面を撃ち抜いた。間も

なく小隊の僚車も発砲して、数発の弾丸が敵戦車の諸処に穴をうがった。

 無線が一度ににぎやかになっていた。相手は中隊級(15両程度)の戦車隊らしいが、

装甲や砲の威力はこちらが上で、敵の損害の方が多いようだった。3両の敵戦車が

ドイツ軍の戦車めがけて接近してきて、それらがすべて撃破されてしまうと、敵戦

車隊は撤退して行った。

 追いついて来たマイヤーの歩兵大隊が集落の確保に当たっている間に、ビットマ

ンたちは撃破された敵戦車を検分した。アメリカ陸軍の白い星のマークをつけた戦

車には2種類あった。小さい方は37ミリ級の砲を積んだ軽戦車、大きい方は75ミリ級

の砲を持ったずんぐりした戦車であった。75ミリという口径はビットマンの戦車と

同じだが、砲身が短いので装甲を貫徹する力が弱く、ビットマンはかろうじて助かっ

たものらしかった。着弾個所には醜いくぼみが出来ており、その前面装甲板の裏側

に座席のある無線手は、アメリカ戦車を見に行こうともせず、言葉もなく自分の運

命の決定結果を凝視していた。

 再び前進命令が出たとき、ビットマンの小隊の戦車は3両になっていた。1両はキャ

タピラに敵弾を食らったためにつなぎ替えに時間がかかり、もう1両は砲手が慌てて

操作したものか、薬莢が砲に詰まって取り出せなくなってしまった。

 もしドイツ軍が追い払われていたら、2両とも損失につながっていたかもしれない。

ビットマンは勝利というものの紙一重の危うさを強く感じていた。





 パットン中将はひどく不機嫌で、司令部に当てられた小学校の職員室をうろうろ

と用もなく行ったり来たりしていたので、幕僚たちは士官学校の入学試験でも受け

るときのようにびりびりしていた。古巣のアメリカ第2戦車師団の先遣隊がドイツ軍

の先遣隊と遭遇して、一方的な敗北を喫したのである。

「ああもう、中隊全員を1発ずつぶん殴ってやりたいくらいだ」幕僚たちはその台詞

を昼からこれで4回聞かされていた。パットン将軍が好ましくない状況を描写するボ

キャブラリーはかなり豊かであったが、その蓄積もこの猛烈な消費率に耐えられな

かったのである。

 南スコットランドの駐屯地から急派された第2戦車師団は、ドイツ軍の弱い脇腹を

突くべく、攻撃準備のために戦線を引き継いだばかりであった。それが逆に押し戻

されているのでは話にならない。

 パットンの直情径行は今に始まったことではない。ホワイトハウスからダウニン

グ街に、欧州派遣アメリカ軍のトップ人事について打診があった際、チャーチルが

「性格は問わないから有能な司令官を寄越すように」と特に念を押してくれたので、

この人事が決まったようなものであった。そのチャーチルも戦争がなければとても

首相には選ばれそうにない人物だからお互い様であるが。

 パットンの心の炎は、多少歪んだプロセスを経てではあるが、アメリカ派遣軍に

浸透しつつあった。





 アメリカ軍の主力とぶつかって、アドルフ・ヒトラー連隊の前進は止まった。

 アドルフ・ヒトラー連隊は普通の歩兵連隊よりは支援火力が充実していたが、そ

れにも限度があったし、軍司令部は陽動としか考えていないので砲兵を余計に配属

していなかった。総合的に優勢なアメリカ軍に対して、あくまで攻撃意図を達する

なら、士気の高さを頼んで夜襲をかけるほかなかった。

 車両による夜襲は、エンジン音でそれと気づかれることがある。そこで、戦車小

隊とマイヤー大隊の一部が街道沿いに陽動攻撃を仕掛け、少し遅れて歩兵が側面か

ら突撃してアメリカ軍陣地に取り付くことになった。

 ドイツ軍にはひとつ誤算があった。パットンに急っつかれたアメリカ軍もまた、

戦車部隊を中心とする夜襲を企図していたことである。





 小隊長の号令で、追いついて来た2両を含め、5両の4号戦車は一斉に榴弾を発射す

ると、アメリカ軍の布陣する小高い丘を目指して動き出した。すぐ後ろに10両の装

甲兵員輸送車が追随していて、アメリカ軍の機関銃座にぎりぎりまで接近して歩兵

を飛び出させる手はずであった。

 ビットマンのヘッドホンからは、断続的に小隊長からの指示が入ってきていた。

キャタピラの擦れ合う音とエンジンの音が背景に加わって、車中の会話はほとんど

聞き取れないほどであった。その中で、細く高い音を真っ先に聞き分けた砲手が、

ビットマンを大声で呼んだ。

 聞き返す間もなかった。爆発音と地響きは、少なくとも105ミリ級の大口径砲の

砲弾が飛来したことを示していた。近い−ひどく近い。「街道を下りろ」小隊長の

指示は的確だったが、それでも遅すぎた。一斉に飛来した砲弾は、街道を次々と直

撃した。その轟音と競うように、小隊長は何事かを怒鳴っていたが、そのヘッドホ

ンからひときわ高い轟音が響いて、ビットマンは思わずヘッドホンを跳ね飛ばした。

ハッチを開けて外に身を乗り出すと、天井のぽっかり沈んだ1両の4号戦車が、小さ

な爆発を繰り返しながら燃えているのが目に入ってきた。小隊長車は不運にも、薄

い上部装甲を直撃されたのであった。

「退却だ」最先任の曹長が無線で指示を出した。アメリカ軍の様子がおかしい。ド

イツ軍の接近に気がついたというより、あらかじめ何かを策していたようである。

砲兵隊と連絡のつくのが早すぎる。

 答えはすぐに出た。前方から複数のキャタピラ音が聞こえてきたのである。ビット

マンは操縦手に怒鳴った。「後退だ。反転するな」速度は劣っても、この状況で装

甲の薄い側面や背面を見せることは危険であった。ビットマンの戦車は少し高い街

道から後退して、民家の生け垣に尻から突っ込んだ。これによってかえって車高が

低くなり、弾には当たりにくくなったが、どうやら何かに引っかかって動けなくなっ

たようであった。

「エンジンを止めろ」指示を受けて車内に静けさが戻ると、ビットマンは落ち着き

を取り戻した。戦車を放棄しても軍法会議にはかかりそうにない状況だったが、奇

襲を食わせるチャンスでもあった。ハッチから身を乗り出したまま、ビットマンは

戦況の推移を見守った。

 アメリカ戦車は20両以上いるようだった。他の4号戦車は応射していなかった。

1両の4号戦車が、アメリカ戦車が次々に浴びせる戦車砲を後部のエンジンに受けて

炎上し、ぱらぱらと乗員が飛び出した。その炎に、近くにいたもう1台が照らし出

され、集中砲火を浴びてキャタピラを切られた。無謀にも砲塔を回して反撃しよう

としたその4号戦車は、続いて数発の命中弾を浴び、砲塔に食らった1発が主砲をが

くんと不自然に前傾させ、砲塔の回転を止めた。

 アメリカ戦車は勝ち誇って前進して来る。その影が炎上するドイツ戦車の炎に照

らし出された瞬間、ビットマンは発射を命じた。

 長砲身75ミリ砲の砲弾は7kg近い。それを懸命に持ち上げての給弾が続く。程なく

3両のアメリカ戦車が炎上し、街道にはかなり明るい光の帯が出来た。

 ビットマンのいる方向はすぐ知れ、アメリカ戦車はそこをめがけて射撃を加えて

きた。しかし街道の水準からすると、ビットマンの戦車は車体を土に埋めたような

位置関係になっていて、なかなか命中しない。逆にビットマンに砲炎を視認されて

さらに1両が破壊される始末である。

 パニックを起こしていた兵員輸送車の歩兵たちも気を取り直し、遠巻きに炎上す

る戦車の光が届かぬよう展開して、グラナートビュクセを構えた。丘から下りて来

たアメリカ歩兵たちも同様に対抗したから、夜間の銃撃戦になった。

 ドイツ軍の攻撃が失敗したのは明白であったが、双方の戦車の残骸で街道が通れ

なくなったことで、アメリカ軍の攻撃もまた所期の目的を達しなかった。連隊の主

力は急を聞いて攻撃を中止し、あわてて退却を始めていたが、戦車戦闘と歩兵戦闘

では時間軸の目盛りがまったく違っているから、ビットマンたちがもうしばらくこ

こを死守しなければ連隊主力が捕捉され壊滅する。少し気を落ち着けたビットマン

は、そう状況を整理した。

 アメリカ軍は奇襲攻撃を命じられていたから、照明弾を撃つことを思い付くまで

に、多少時間がかかった。しかし遭遇から20分後、ついにアメリカ歩兵部隊のある

下士官が、それを撃った。

 戦場は赤裸々に照らし出された。アメリカ戦車の砲塔が一斉に回り、ビットマン

の戦車を指して止まった。ビットマンはあわててハッチを閉じ、砲塔に潜りながら

神に祈った。

 照明弾が消えるまでに、砲塔への着弾は少なくとも3発あった。うち2発は幸運に

も主砲防盾の一番厚いところに当たったが、1発はキューポラ(戦車長用ハッチの

基部で、横長の覗き穴があり、小高くなっている)に当たって跳ね飛び、ハッチを

開かなくした。その間、ビットマンたちはじっと身を潜めているしかなかった。

 不意に周囲に暗さが戻ってきた。照明弾が燃え尽きたらしい。「脱出」ビットマ

ンはかすれた声で叫び、砲塔横のハッチからひねり出されるように外へ出た。15秒

後、4発目の命中弾が主砲防盾を割って車室に飛び込み、弾薬を誘爆させて、開かな

くなった戦車長用ハッチを上空へ跳ね散らした。

「戦車兵、こっちだ」大声で呼ぶ声に誘われて、ビットマンたちは走った。道路脇

の生け垣の陰に、一群の兵士がいた。そこへ飛び込むと、指揮官らしい男が声をか

けた。「心配したぞ、戦車兵。いい仕事だ」夜目で階級章が分からない。「ありが

とうございます、その・・・」「第1大隊長、マイヤー少佐だ」「これは失礼いた

しました。ビットマン軍曹であります」マイヤー大隊長は部隊の最先頭に立ちたが

るという噂は聞いたことがあったが、それを目の当たりにして、ビットマンはまご

ついた。マイヤーはビットマンを忘れたように叫んだ。「ヒルマン、第2中隊に伝令。

攻撃開始位置まで後退せよ。第1中隊は大隊本部と共に後退を援護する。行け。ラン

ケは第3中隊に伝令・・・」名を呼ばれた兵士が次々に生け垣を離れていく。最後に

はマイヤーだけが残ってしまうのではないか、とビットマンは妙な錯覚にとらわれた。

「ビットマン」自分の名前が呼ばれて、ビットマンは我に返った。「お客さんには

おもてなしをしなければならんが、あいにくコーヒーを切らしていてな」マイヤー

はビットマンの手を取ると、何かをじゃらじゃらと握らせた。小銃弾であった。マ

イヤーの大隊本部班長が心得顔で、ビットマンに小銃を差し出した。「使い方は、

分かるな」マイヤーの口調は質問ではなく、断定であった。

 ビットマンは聞こえないようにため息を吐くと、胸のポケットに小銃弾を詰め込

んで、大隊本部の護衛についた。





 アメリカ軍の攻勢意図が明らかになってくると、ドイツ軍の上級司令部も軍団直

轄部隊を派遣して、戦線の補強にかかった。連隊主力は戦闘しつつ後退し、アドル

フ・ヒトラー連隊は一夜にして保有戦車5両のうち4両を全損した。

 しかしこの間に、ドイツは戦車と支援火力を集中して北西方向に戦線の一部を食

い破り、ロンドンの南西地区に取りつく構えを見せていた。ロンドンを一旦ドイツ

の手に渡し、その突出を咎めることが兵理に適っていたが、イギリスを取り巻く政

治状況はそれを許さなかった。いまやイギリスの運命は多くの同盟国と連邦国、そ

して中立国が握っており、それらはロンドンが攻抜されたと聞けば一斉に離反する

のではないか、と懸念するイギリス高官は多かった。すでにアメリカですらイギリ

ス戦時公債の起債は困難になっていた。

 かくして連合軍は、ロンドンの喪失を引き延ばすために、海岸に近い防衛線を放

棄して全体に北上することを強いられ、ドイツは上陸直後の危機を脱したのであっ

た。





「この若者か? わしを救ってくれたのは、この若者か?」ビットマンの頭をぐり

ぐりとなでこすっているのは、ディートリッヒ連隊長である。戦闘親衛隊の信用失

墜を懸念するヒムラーの思惑で、攻勢の失敗は不問に付され、かえってアメリカの

攻勢を失敗させたことを激賞する宣伝記事が、ドイツの様々なメディアに送られて

いた。ビットマンは確かに、ディートリッヒの個人的な面目をも保ったのである。

 ビットマンは繰り返し写真を撮られ、長いインタビューを受けたが、あとでメディ

アに載った記事はまったくそれらを無視したものであった。ある記事などは、ビッ

トマンの4号戦車が街道上に立ちはだかり、雨と降り来るアメリカの砲撃を装甲板

で跳ね返しつつ、その無敵の主砲で18両のアメリカ戦車を次々に葬る様を感動的に

描いていた。そしてビットマンを指してこのように呼んだ。「街道上の怪物」





 ロンドンの北東に位置するケンブリッジ駅は、スコットランドへ逃れようとする

市民でごった返し、駅員たちは大小のトラブル処理に追われて駅務室に帰る暇もな

かった。しかしこんなときでも、駅務室には忘れ物が届けられるし、忘れ物を尋ね

る客もまた現れるのである。ブラインドの下りた問い合わせ窓口の前で、彼らは辛

抱強く駅員が現れるのを待っていた。

「失礼ですが」そうした紳士のひとりが、もうひとりに話しかけた。「そのトラン

クは私のものではありませんかな。このトランクがあなたのものであるように」

「おお、これは。するとあなたがトルキーンさんですか」呼ばれた紳士はにっこり

と右手を差し出した。「初めて御意を得ます、オードリーさん。それと私はトール

キンです」互いに、取り違えたトランクの名札を読んでいたから、自己紹介は必要

なかった。

「中をご覧になられましたかな」トールキンに問われて、オードリーは曖昧に微笑

した。肯定と取ったトールキンは続けた。「小説を書いておりましてな。このトラ

ンクの中身をなくしたら大変困っておったところです」「ずいぶん長い小説をお書

きなのですね」トランクはひどく重く、ぎっしりとノートやタイプ用紙の束が詰まっ

ていた。「このトランクに入っておるのは設定資料です。小説は別のトランクに入っ

ております」トールキンは声を低くした。「入り切りませんでな」オードリーは上

品に笑って受け流した。

「あなたの創作もいずれ出版なさるのかな」言われたオードリーは顔を赤くした。

「ご覧になりましたか」「いやこれは失礼しました」トールキンもまた、トランク

を開けてみて、取り違えに気づいたに違いない。

「息子に聞かせている話なのです。同じ話をしないと、息子が矛盾を指摘するもの

ですから」「それは良いことをなさっておりますな。失礼を重ねるようですが、牧

師様ですかな」オードリーは牧師のみなりをしていた。「ケンブリッジシャーの教

区牧師をしております」「それはそれは。疎開のお世話が大変でしょう」オードリー

は苦笑した。「子供をアメリカに逃がすべきかどうか尋ねられるのが、一番つらい

ですね」トールキンは悲しげにうんうんと肯定した。

 ドイツ軍の空襲が激しくなった1940年から、子供をロンドン近郊から田舎へ疎開

させることは盛んに行われていた。しかしたくさんの子供を載せてアメリカに向かっ

た客船がUボートに撃沈される事件があってから、国外への疎開はほとんど言い出

されなくなった。それを再び考えなければならないところまで、イギリスは来てい

る。最近のUボートは上陸作戦支援を優先されて、空からの協力を受けられなくなっ

ているが、防御と襲撃のために駆逐艦を激しく消耗しているイギリスにも弱みがあっ

て、大西洋の事情は上陸作戦開始後も好転していなかった。

「ひどい時代ですが、平和になったらまた会いましょう」トールキンは手を差し出

しながら、詠うように言った。「では、王がお帰りになるまで」

 オードリーは一瞬戸惑ったが、すぐににっこりと右手を差し出した。「さよう、

王がお帰りになるまで」



 この夜、イギリス国王ジョージ6世はラジオを通じて、スコットランドに拠って徹

底抗戦のシンボルとして留まることを選び伝えると共に、皇位継承権第一位のエリ

ザベス王女をアメリカに留学させることを発表した。



<ヒストリカル・ノート>



 この作品に登場する4号戦車F型は、史実のF2型です。長砲身4号戦車の配備状況

は史実より半年ほど進んでいます。しかしソビエト戦車との実戦を経験していない

ため、装甲を厚くする処置は逆に史実より遅れ気味です。

 シャーマン戦車の75ミリ砲は初期型のT34と同程度の威力で、ドイツの長砲身75

ミリ砲には及びませんでしたが、まったく歯が立たないということはなかったはず

です。

 装甲兵員輸送車の生産と配備は、史実よりかなり(1年くらい)進んでいます。



 オードリー牧師がこのころ持っていた原稿は、要らない紙の裏側に書かれたもの

で、機関車の簡単なスケッチも含まれていたと言われますが、たぶんそれはかなり

ラフなものであったと思われます。なぜならオードリー牧師の童話が1945年に出版

されるとき、彼は画家の絵柄が気に入らず、最もお気に入りの機関車であるトーマ

スをお話に出さないことにしてしまったからです。トールキンはこのころには「ホ

ビット」の作者として知られていたはずですから、実際にふたりが出会えば、オー

ドリーは相手が誰だか分かったかもしれません。





第20話「父帰る」



 ロンメルは不機嫌であった。ここのところずっと不機嫌であった。司令部中隊の

人間は参謀長から兵卒まで、ロンメルに雷を落とされないようぴりぴりと気を遣っ

ていた。

 マルコはロンメルの人となりが最近ようやくわかってきた。周囲の兵士たちは、

アフリカ戦線の戦況が膠着しかかっていることが、ロンメルの気を滅入らせている

のだと思っていた。マルコは真の理由に気づいていたが、軽々しく口に出来るもの

ではなかったので黙っていた。

 イギリス上陸とソビエトからの宣戦によって、ドイツにはいきなりふたつの大き

な戦線が出来た。そのことが人々の耳目をアフリカ戦線から逸らしているのが、ロ

ンメルには忌々しかったのである。

 ロンメルは骨の髄まで職業軍人であった。職業軍人として、その成果について世

間の賛嘆を受けたいという気持ちが、きわめて強いのである。





 イギリス軍は長い遅滞戦闘を終えて、エル・アラメインに腰を落ち着けようとし

ていた。エル・アラメインは、車両の通りづらいカッタラ低地と地中海に挟まれた

地峡で、リビアからエジプトに侵攻してカイロを目指す場合、攻防の焦点となる地

勢であった。

 イギリス軍は安定を必要としていた。ドイツのイギリス本土上陸作戦が始まった

ことに呼応して、エジプトからアフガニスタンにかけての民族運動家や現地将校団

が不穏な動きを示したため、イギリス中東総軍は豊富であったはずの予備をオーキ

ンレックの指揮下からもぎ取って、これも貴重極まりない輸送器材を動員して各地

へ急派しなければならなかった。トラックや輸送機がイギリス第8軍の手元に補給物

資を満載して戻ってくるまで、エル・アラメインの天険が戦線を支えてくれるはず

であった。





 いったん安定してしまうと、戦線は空虚なものであった。

 敵の歩兵が見えても、防御側は可能な限り引き付けて奇襲射撃を加えることを考

えるから、小火器の機械的な最大射程がいつも決定的な意味を持つわけではない。

しかしこれ以上遠くだと撃っても意味がない、という経験的な距離はあって、ドイ

ツ軍の場合、軽機関銃で1200メートル、小銃で750メートルとされていた。さらに、

1000人以下の歩兵部隊が持っている最大の武器である迫撃砲は、各国とも2〜3キロ

メートルの射程を持っていた。従って、互いに相手の射程外に主防衛線を引こうと

すると、2〜3キロメートルの間隔が開いてしまうのである。

 それは無人の野ではなかった。相手の陣地の配置と動向を探ろうとする偵察隊と、

それを阻み、あるいは誤認させようとする前哨隊が腹を探り合い、時に小規模だが

凄惨な遭遇戦が起こった。地雷の存在も考えに入れれば、静かなこと以外は危険地

帯の条件をすべて満たしていた。

 もし平坦なアフリカの砂漠地帯の戦線に、超長射程の兵器が現れ、これらの陣地

構造を射抜いてしまったらどうなるであろうか。弓なりに遠くへ弾を飛ばせば射程

が14キロメートルに及び、3キロメートル先から平射すればほとんどの戦車の正面装

甲を貫通する。そんな兵器が登場すれば、圧倒的な猛威を振るうに違いない。

 アフリカ戦線におけるドイツの88ミリ対空砲は、そのような兵器であった。



「補給物資は足りているかね。弾薬とか、白い塗料とか」マンシュタインは新型自

走砲ホルニッセの88ミリ砲に描かれた白い筋を見ながら言った。砲の周りの白い輪

は、太いものが2本、細いものが6本に達していた。

 ホルニッセは、4号戦車の車台に88ミリ対空砲を積んだ対戦車自走砲であった。

防弾板に囲われているが天井はなく、砲は左右にはほとんど回らず、仰角は取れる

ものの対空用の照準装置がないので、対空砲としては使えない。

「対戦車砲弾は足りておりますが、榴弾による間接砲撃の要請が多くなっておりま

して、自衛用の弾丸すら残すのが困難になっております」中隊長は正直に答えた。

ホルニッセ自走砲は試作段階の兵器で、アフリカ戦線に9両の増加試作型が送られ、

臨時編成の対戦車中隊に配属されて実戦テストを受けていた。火砲として総合的に

あまりにも便利なので、配属された側ではつい色々な任務を頼んでしまうのである。

「それは私の責任だな。榴弾の安定供給については、すでに参謀本部に特段の配慮

を要請してある」中隊長はかろうじて、上官の前で露骨にいやな顔をするのをこら

えた。もちろん彼は対戦車戦闘に専念したいのである。マンシュタインはこんな時、

自説を曲げることは決してなかったが、説得の手間は惜しまなかった。「エル・ア

ラメインの地勢上、徹底的な砲撃の集中が必要なのだ。他の砲兵部隊も追々到着す

る」

 マンシュタインは参謀本部に対して、砲兵隊−それもできればグラスヒュプファー

かヴェスペのような自走砲−の増援と、何よりも弾薬の補充を要求し続けていた。

機動の余地がない以上、エル・アラメインの攻防は火力のみで決まるとマンシュタ

インは考えたのである。

 今回の攻勢は、敢えて北アフリカが夏季に向かおうとするころ発起された。これ

はイギリス上陸作戦と呼応して、動揺したイギリス連邦軍を一気にエジプトまで追

いつめようとするものであったが、直後のソビエトの宣戦によってどちらの動揺が

大きいのかわからなくなってしまった。あるいは総統は、イギリス勢力圏すべてを

ドイツが掌握する可能性を示すことによって、ソビエトの参戦を誘ったのではない

か。マンシュタインは最近そんな考えをもて遊んでいたが、ソビエトに対する先制

攻撃の利点を放棄して、敢えて先に撃たせることの利益が思い浮かばなかった。彼

に出来ることは、命令通りエル・アラメインを突破してカイロに迫る算段をするこ

とだけであった。

 ドイツ軍全体の規模からすれば、リビアに展開している兵力はせいぜい5%といっ

たところである。全戦線が騒然とする中でその小さな部分が攻勢に出たからといっ

て、補給物資そのものが調達できない、ということは有り得なかった。問題は物資

の輸送手段にある。最も近い整った港であるトブルクから、すでにエジプト国境を

越えてずいぶん深く侵入しているので、トラック輸送の効率が悪くなってきている。

いま航空機材はイギリス本土方面にすべて振り向けられているから、陸軍の裁量で

なんとか物資輸送の余力を作らないと、マンシュタインの要求する量の弾薬は届か

ない。これが参謀本部の返答であった。

 マンシュタインは、総統の突飛なアイデアに賭けてみる決心を固めていた。





 ソビエト軍の侵攻に遭ったドイツ軍は大方の予想に反して、プロイセン王国の故

地である東プロイセンを放棄して退却する一方、ルーマニア方面にまず増援を送っ

た。これは当時のドイツの生命線であるプロエステ油田を防衛するための措置で

あったが、国民はもとより、陸軍の将校団はこの指揮に不満をくすぶらせていた。

プロイセン王国以来の地主貴族の末裔(実際には分家を繰り返し、わずかな土地し

か所有していない一家も多かった)であるユンカーたちは、東プロイセンに友人や

親族が必ず住んでいたからである。

 東部戦線におけるドイツ軍の指揮は、北方・中央・南方の3つの軍集団を束ねる東

方総軍のルントシュテット元帥が取っていた。ルントシュテットの将校団における

個人的な存在感によって、かろうじて不満の噴出が避けられていたとも言える。

 この重大なときに、ヒトラーは兵器試験場にいた。



 新型戦車は、泥を跳ね飛ばし、時速35キロで失踪して見せた。専用の砲塔がまだ

完成していないために、車体の上には長砲身(43口径)75ミリ砲を備えた4号戦車

の砲塔が据えられていた。ヒトラーはにこにこと満足げに振る舞った。

 東部戦線では、4号戦車F型と3号駆逐戦車の43口径75ミリ砲が圧倒的な威力を見せ、

弾薬切れになるまではソビエト戦車を寄せ付けなかった。この砲がヒトラーの強い

後押しで前線に大量投入されたことは知れ渡っており、前線では「総統砲」と呼ば

れていた。

 増加試作型として、4号戦車砲塔を備えた20両の新型戦車が順次完成し、各地の戦

車学校部隊に送られてテストされる手はずになっていた。この戦車のための貨車製

作を担当するヘンシェル社と、艀製作を担当するマジルス社のスタッフも、走行試

験に招かれていた。

 ドイツのほとんどの野戦架橋器材は、20トンまでの荷重にしか耐えられない。23

トンに達した4号戦車の最新生産型が通ること自体、すでに無理があった。ましてや

この新型戦車は40トン近くになる予定なのである。既存の橋も、このような重さに

堪えられるようにはなっていなかった。ヒトラーはこの荷重に堪える組み立て式の

艀を制式化するよう命じて、本体に潜水機能をつけようとする意見を抑えた。

 幅も問題であった。4号戦車は、ドイツ国有鉄道が使っている貨車の幅にぴたりと

合わせて作られていた。だからヒトラーは、新戦車の寸法に合わせて早めに専用貨

車を生産するよう示唆したのである。

「新型砲については、現在鋭意準備中です」説明に当たっている技術士官は、この

重大なポイントにヒトラーが関心をほとんど示さないので戸惑っていた。実際、最

初の専用砲塔では、43口径75ミリ砲がそのまま使われる手はずになっていた。この

ころドイツ軍は50ミリ戦車砲と75ミリ戦車砲に相次いで長砲身の新型を導入し、前

の型との砲弾の互換性が失われたため、弾薬生産計画は著しく混乱していた。ヒト

ラーはここに新しい砲を持ち込みたくなかった。

「現在ドイツは戦時下にある。信頼性、量産性、整備の容易さを残し、残りの要求

は我慢せねばなるまい」ヒトラーは要人たちに聞こえるように言った。具体的な問

題に埋没しがちな開発作業の中で、トップが原則を繰り返し吹き込んでやることに

は、大きな意義がある。若い技師たちはこの「ささやかな」要求に少しがっかりし

ているように見えないでもなかったが、各研究チームの指導的な技師たちは、この

要求に理があると思っているようであった。

「総統、レオパルドの量産が開始されるまでに、どれだけのご猶予をいただけます

か」ヘンシェル社の主任技術者が勇を振るって質問したが、居並ぶ国防軍の関係者

は一様に顔を強張らせた。納期をトップに勝手に緩められたり縮められたりしては

彼らの立場がない。ヒトラーはその心の動きを読み取ったように、苦笑混じりの視

線をひとわたりさせた。

「この戦車がなくとも、戦争に勝てる自信はある」ヒトラーは静かに、決然と言っ

た。「しかしながら、来年の春にはレオパルドが各師団に行き渡るようになってお

れば、非常に幸いである。東部戦線の動きが鈍る冬の間に、十分な生産が行われね

ばならない。前線は新型機材を常に待望しているが」ヒトラーは全員が聞き耳を立

てていることを確認した。「量産試作の手順を省略して、生産ラインを混乱に陥れ

るくらいなら、3号戦車を増産した方がまだましであろう」

 砲声がヒトラーの言葉を遮った。新戦車レオパルドが、停車しては射撃するデモ

ンストレーションに入ったのである。

 ヒトラーはもう何も言わず、レオパルドの機動を見つめ続けた。





 マンシュタインの来訪を受けたとき、ロンメルは何ら不吉なものを予想していな

かった。彼のアウグスタ師団は、少々補給物資にぴいぴいしていたが、概ね良い状

態で、過酷な攻撃任務も遂行する能力があった。

「済まないが、君を解任しなければならない」いきなりマンシュタインに言われて、

ロンメルはしばらく無言であった。まったく理解不能な申し出であった。衝突らし

い衝突があったわけでもない。失敗があったわけでもない。

 マンシュタインは、話を続ける代わりに、一通の封書を取り出した。ヒトラーか

ら受け取ったもの(第17話参照)である。「君に落ち度が何一つあったわけではな

いのだ、将軍。これを読んでもらえば、私の真意も分かって頂けると思う」



マンシュタイン上級大将



 この手紙はドイツ国防軍最高司令官である私から貴官に宛てた私信であり、命令

書ではない。しかしながら、陸軍総司令官ハルダー元帥およびムッソリーニ統領閣

下はこの手紙の写しを所持している。私はマンシュタイン将軍が必要と認めた相手

に対し、この私信を示すことを許可する。

 枢軸軍がエジプトに前進し、エル・アラメイン、あるいはカイロ近郊に達したと

き、貴官は枢軸軍の補給状況を好転させ、必要なだけの弾薬あるいは機材を調達す

る絶対的な必要に迫られるかもしれない。そのような事態を打開するため、貴官は

補給物資の使用率の特に高い将軍について、その任を解き帰国させることが適当だ

と考えるかもしれない。

 貴官がそのような意向を持ったとき、それを実現させる手続は、一般的に定めら

れており、今回の事例を例外と考えるべき理由はない。私はそのような手続に政治

家として、またドイツ国防軍最高司令官として介入する意志のないことを、ここに

言明する。



                   アドルフ・ヒトラー(署名)



 名指ししてはいないが、明らかにロンメルを念頭に置いた文面であった。ロンメ

ルは大戦が始まったころヒトラーの護衛責任者をしており、総統の知己を得ている

ことを利用して、不利な扱いを逃れようとする可能性があった。この手紙はそれを

完全に封じ込めるものであった。

「すでに参謀本部には君を離任させる許可を得て、後任の発令を要請している。君

と一緒に、アウグスタ師団の歩兵の半数も帰国させる予定だ。それだけの人数の食

糧を浮かせることが出来れば、十分な弾薬を輸送することができる」マンシュタイ

ンの冷静な説明は続いていたが、ロンメルはもう聞いていなかった。





「悪いニュースです、首相。オーキンレック将軍が防衛線を後退させ始めました」

イズメイ大将はチャーチルに不吉な事態を報告した。「エル・アラメインでは長期

の防戦が可能ではなかったのか」チャーチルはイズメイを鋭く見た。「ドイツ軍は

我々の予想を越える火砲を短期間で調達して、地雷原を掘り返して前進してきまし

た。ロンメル将軍が更迭された模様です」「ナイルデルタの防衛は可能かね」「海

軍の支援がありますので、大丈夫だとオーキンレックは伝えてきています」

 エジプトのアレキサンドリア港は、いまや東地中海におけるイギリス海軍最後の

要港と言ってもよかった。そこに封じ込められた戦艦は、ナイル川下流域の戦闘に

支援を与えることが出来る。枢軸国空軍が基地を前進させて来ても、ナイルデルタ

の整った航空基地を圧倒して優勢を勝ち得ることは困難であろう。

 イズメイは、ロンドン周辺の戦況が安定していることを説明した。ソビエト軍の

攻勢にもかかわらずドイツ軍に目立った動揺は見られないが、英米加連合軍の反撃

準備は整いつつあり、1週間もすれば流れが変わり始めるであろう。

「そこが最も問題なのだ、将軍」チャーチルは言った。「ヒトラーは攻勢の限界を

予見できるくらい、考える時間が十分にあったはずだ。なぜヒトラーはあえてドイ

ツ海軍のすべてをつぎ込んで、上陸などを仕掛けてきたのだ」イズメイは曖昧に微

笑した。憶断で物を言うことは、チャーチルが最も嫌うところである。もちろんそ

れは、チャーチル自身が憶断を口にしないということではなかったのだが。





 ヒトラーは、ロンメルをローマで出迎えた。

「済まんな」右手を差し出すと同時に、ヒトラーは言った。ムッソリーニも同席し

ての会見である。アウグスタ師団の兵士たちを迎えて盛大な凱旋行進が行われ、ロ

ンメルの首には今もらったばかりの柏葉付き騎士十字章が輝いている。

「有能な軍団長というものは、いろいろなところで必要とされているものなのだ。

君も知っての通り、私はフランスに勝利した後、少々気前良く軍団長を昇進させす

ぎたのでな」機嫌を取られていることが分かっていながら、ロンメルは多少感情の

鋭鋒を鈍らせた。

「次の任地は決まっているのですか」ロンメルが問うと、ムッソリーニとヒトラー

は顔を見合わせ、まずムッソリーニが、そしてヒトラーがつられて笑い出した。

「いや、失礼した、将軍」ムッソリーニはまだ顔に笑いを残していた。「噂に聞く

通りの人であったもので」ムッソリーニはどこかいそいそと右手を差し出し、ロン

メルと握手した。

 着席したロンメルが何か言おうとしたとき、ヒトラーが割り込んだ。「君は装甲

軍団を率いることになる。それ以上のことは今は言えん。君にはもっと差し迫った

用事があるからだ」ヒトラーはゆっくりした口調になった。「国は戦禍を受けても

山や川は残る、と古代中国の詩にある。我々がいくら忙しくしていても、季節は巡

り、子供は成長する。ある時期でなければ、子供の心に残らない事柄というのは、

あるのだ」

 ヒトラーは机の上の書類挟みをロンメルに手渡した。ホテルの予約証らしいものが

顔を覗かせている。「3日後にベルリンへ帰国したまえ。新しい任務については、そ

のとき伝えられよう。それまでは奥さんとお子さんに対して、君の成すべきことを

したまえ」

「ひとつ質問してよろしいでしょうか、総統」ロンメルは言った。「総統は最初か

ら、このような形で私を帰国させるお積もりだったのですか」

「人間は出世すると、悪事も働かねばならんのだ」ヒトラーは言った。「君の資質

は東部戦線で最も必要とされている。私はこの展開をそれほど意外と思っていない

ことは認める。さらに言えば、年内にもう一度君の叙勲式典を行うことになったと

しても、私はまったく驚かない」

 ロンメルの表情は硬かった。ヒトラーは言外に、近いうちの昇進の可能性はない、

と言っているように聞こえたからである。

 事実、その通りであった。



 クララ=ペタッチは美しい女性であった。ムッソリーニはヒトラーに、その子供

を引き合わせた。

「トミオとつけたのや。どっちの国でも通るようにな」男の子を抱いたクララは関

西弁がわかるわけもなく、きょとんとしている。「富雄かいな」ヒトラーは苦笑し

た。

「頼むでえ」子供の顔を覗き込むヒトラーの背後で、ムッソリーニが真剣な声音で

言った。「あんたんとこだけが頼りやからな」





 マンシュタインは圧倒的な火力でエル・アラメインの重厚な防御陣地を突破し、

ナイル・デルタのすぐ手前で態勢を整えた。

 ベルリンから届く指令は、最近急に弱気になってきていた。マンシュタインはカ

イロを制圧する自信があったが、エル・アラメインを突破してから補給が滞りがち

になっていたし、何よりも空軍が前進してこないので、折角の戦機をイギリス空軍

の介入で逃すことが度重なっていた。

 総統はこの状況をどう総括するつもりなのだろう?

 全世界が、それを知りたがっていた。



<ヒストリカル・ノート>



 この作品に登場するホルニッセは、史実の同名の兵器が積んでいた88ミリ砲よ

り短い、在来型の主砲を積んでいます。このため重心が前に偏らず、史実のホル

ニッセのように特別に延長された車体を使う必要がありません。ただ砲尾を省ス

ペース型に改める必要があったかもしれず、この場合空軍の88ミリ対空砲との弾

薬の互換性はなくなります。

 史実でこれと同じ砲を積んでいたタイガーI戦車は、やはり時々砲兵代わりに間

接砲撃に加わるよう配属先から命じられたようです。この砲は対戦車戦闘のため

のものなので榴弾はあまり供給されておらず、いちいち応じていると歩兵などに

出会ったとき撃つ榴弾がなくなる危険がありました。

 新戦車レオパルドは、史実で試作に終わったVK3601とほぼ同じ車両です。4号戦

車と比べて車体は大きく、装甲は分厚くなっています。ただエンジン出力が重く

なった車体を動かすには不足で、主力戦車として高速で長時間走るには、VK3601

の側面装甲をもう少し削る必要があるでしょう。

 タイガーI型戦車の初期型には、実際に潜水装置がつけられました。





第21話「全師団、逃げろ!」



 歩兵師団の補給参謀を務める中佐は、ドーバー市に進出したドイツ第7軍司令部

にやってきた。中佐の知り合いのペムゼル少将がここで参謀長をしている。軍と師

団の間にはさまる軍団は戦闘に専念する司令部で、補給に関しては軍と師団が直結

しているといっても良かった。もし可能ならば便宜を図ってもらおうと思ったので

ある。上陸から2ヶ月近く経過し、師団のあらゆる物資が不足し始めていた。

 ペムゼルは短い友人としての挨拶の後、「少し歩かないか」と席を立った。用件

は言わなくとも分かっている、とその顔には書かれていた。どうやら、少将を訪ね

て来た知り合いは、自分が初めてではないらしい。



 ペムゼルは中佐を伴って、ドーバー市の港湾地区にやってきた。

「あれがわかるか」ペムゼルは、ドイツ陸軍兵士の一団を指差した。一団といって

も3、4名の兵士が長い棒と水準儀を持ってあちこちと走り回っているに過ぎない。

「測量部隊だ。港の地図を作っている。それも、ひどく急いでな」確かに、間接部

門の兵士たちにしては、移動の際に小走りなのがどこかいつもと違う。

「港と主な鉄道駅の地図を作るために、ドイツ中の測量部隊が集まっているようだ。

地図作成の対象はA軍集団司令部から直々に指定されていて、我々には説明すらな

い。加えてあれだ」ペムゼルは、荷役作業中の貨物船を指差した。「何を積み込ん

でいると思う」「積み込んでいるのですか」中佐は思わず問い返した。あらゆる補

給物資が欠乏し、荷役用の器材がドイツ軍全体のボトルネックになりかねないとき

に、占領地からの積み出しとは。

「あらゆる種類の戦略物資だ。特に石油製品とゴムだな。占領地からの接収には親

衛隊が動いていて、これまた何も教えてくれん」中佐は状況を反芻した。確かにイ

ングランド南部には良港が多く、ドイツ軍の侵攻時に処分しきれなかった戦略物資

が多少は残っている。いずれは接収するに越したことはないが、なぜ、今なのか。

中佐は考え込んでしまった。

 ペムゼルは、わずかに苦笑して、声を落とした。「いいか、これは友人としての

言葉であって、上司としての言葉ではないぞ。あまり先の、補給の心配は、するな」

 中佐は目を見張って、ペムゼルを見た。ペムゼルはもう何も言わず、古い知り合

いの消息の話をしながら、司令部に向かって歩き始めた。





 東部戦線では、ソビエト軍がおびただしい損害を出しつつ前進していた。東部戦

線におけるドイツ空軍は常勝に近いが少数だった。ソビエトが占領している東ポー

ランドやリトアニアに接している東プロイセンからはドイツ系住民が逃げ出し、補

給路を渋滞させた。各地で歩兵、砲兵、そして突撃砲が粘り強く戦いながら、毎日

のように後退していた。

 各歩兵師団はカノン砲として、2門ずつの88ミリ対空砲を宛がわれていた。これは

ソビエトのKV-I重戦車やT34中戦車を遠距離から撃破できる数少ない兵器で、しばし

ばソビエト軍の戦車部隊を叩きのめして攻勢を停滞させた。いくつかの部隊は、対

戦車砲は発見されたら移動しなければならないことを学んでいたが、別のいくつか

の部隊は学んでおらず、その代価を払った。ソビエト軍の無線器材は不足していた

が、砲炎を視認し、あるいは伝令が走って、急ごしらえの砲兵陣地を遠距離砲撃が

見舞った。いったんそうなったら、88ミリ対空砲のような重い砲を迅速に移動させ

る方法はなかった。

 ソビエトとの国境を守る各歩兵師団には、余分な機関銃中隊がいくつか配属され

ていた。それらはポーランドから捕獲した機関銃や、チェコスロバキア製の鈍重な

機関銃を装備していた。各機関銃チームの指揮官はガンベルトに鉄のハンマーを釣っ

ていて、用途を聞かれても笑って答えなかった。部隊が撤退を余儀なくされるとき、

指揮官たちは無言でハンマーを取り出し、惜しげもなく機関銃を叩き潰すと、弾帯

を腰か肩に巻いて立ち去った。

 ドイツ軍の戦車師団は、戦線の後方で、出撃命令をじりじりと待っていた。東方

総軍司令官・ルントシュテット元帥が攻撃を命じる、そのときを。





 OKHから来たその士官がシュタウフェンベルク少佐と名乗ったので、ヒトラーは

思わずまじまじとその顔を見返してしまった。たしか、1944年のヒトラー暗殺計画

の首謀者である。

 シュタウフェンベルクは、そんなことにはかまわず重大な用件を切り出した。

「連合軍が先ほど、ロンドンを無防備都市とすることを宣言しました」無防備都市

の宣言は、都市住民と建造物を戦禍から守るための措置で、その地域には戦闘部隊

を置かないという一方的な通告である。「ハルダー元帥閣下は、イギリス時間で明

日午後8時を期して、シュトルテベッカー作戦を発動することにつき、総統のご同意

を求めておられます」

「連合軍はドイツ軍を前進させたあと、全面的な反撃に移ることを意図しているの

か」「OKHはそのように判断しております」前進時にはどうしても重装備の展開が遅

れ、攻撃に弱くなる。首都を占領する政治的な意義の重さを考えると、すぐに奪還

できる自信がなければ、連合軍はロンドンを手放さないのではないかと思われた。

「よろしい。許可する」総統は短く言った。「私は明日深夜まで、すべての予定を

キャンセルして、総統官邸に留まる。アフリカ戦線に状況を説明する手段は、すで

に講じられているのか」「私自身が、復命後直ちにアフリカに飛びます」ヒトラー

は明快な説明に満足した。この男を敵に回さずに済んで良かった。

 ヒトラーは、明日が6月22日なのに気づいた。史実におけるソビエト侵攻開始から

ちょうど1年である。





 6月22日の昼過ぎから、イングランド南部のドイツ占領下のすべての港で、陸揚げ

作業のペースが落ちた。明らかな陸上要員の怠慢に対して、陸上の司令部が抗議を

受けたが、それらはすべて曖昧に受け流された。各種の上級司令部は、目立たぬよ

う時間をずらして警戒態勢に入ったが、目ざとくそれに気づいて、いろいろな手段

で連合軍に連絡を取ったイギリス民間人は多かった。連合軍はそれを、ドイツの攻

勢の兆しと受け取った。彼らはそれを予期していたので、特段の対策を取らなかっ

た。

 日本の感覚でいうとやや高緯度のイングランドでは、夏至に近いこの時期の午後

8時は、だいたい日没の時間である。日没を期して、フランス沿岸の港に留め置かれ

ていた船舶と舟艇が、一斉に離岸してイングランドの港や海岸を目指した。これは

異常なことだったが、フランス・レジスタンスが断片的に寄越した情報がスクリー

ニングを受け、数時間後にその異常さが明らかになるまで、連合軍はこのことに気

づかなかった。

 ここ数日見られなかったドイツ爆撃機の大編隊が、まだ明るさの残るイングラン

ドの空に姿を現した。一部は北部イングランドのリバプール港に向かい、残りはロ

ンドン北方の連合軍戦線の少し内側を、あまり高くない精度で爆撃した。これも、

連合軍の予想のうちに入っていたが、結局チャーチルに異常を知らせる第一報は、

この爆撃を警戒するレーダー局からもたらされた。



「ナチが本土に戻っているだと」チャーチルは葉巻の火を丁寧に消すと、身を乗り

出した。「は、ドーバー市周辺の基地を飛び立った爆撃機編隊が、我が陸軍部隊の

集結地周辺を爆撃した後、ドーバー海峡を越えてフランス方面に飛び去ったケース

が、現在までに少なくとも3件確認されています」電話を握ったままチャーチルがう

なり声を上げたところへ、秘書官があたふたと駆け込んできて、イズメイ大将の来

訪を告げた。ドイツが主防衛線を後退させているという前線からの報告を伝えてき

たのである。

 これをどう考えたら良いのか、チャーチルにも思案がなかった。チャーチルは生

まれて初めて、次のヒトラーの演説を待ち遠しく思った。



 ドイツ軍は20万人以上をイギリス本土に送り込んでいた。撤退は時間がかかり、

1週間の間に多くの悲劇と、1万人を超えるドイツ軍捕虜を生んだが、その規模を考

えれば概ね順調に進み、重火器の多くも無事にドーバー海峡を渡ることができた。

 撤退作戦の完了直後、ヒトラーはラジオ演説で、この作戦を説明した。

「ドイツ人は主として陸で暮らす民族である。我々は国力のすべてを挙げて上陸船

団を仕立て上げ、ブリテン島への上陸を果たしたが、これは我々の限界を示すもの

である。連合軍の予想を越えた敢闘と、ソビエトの不愉快な不意打ちが我々の最も

楽観的な予想の実現を妨げたが、その楽観的な予想においても、我々の補給能力が

我々をスコットランドの北端にまで達せしめるとは、考えられていなかったのであ

る。

 我々が欲したことは、イングランドがいわゆる大陸反抗の基地として機能するこ

とを、長期間に渡って妨げることである。我々は南イングランドの諸港において、

港湾機能と物資の備蓄機能に重大な打撃を与えた。我々が持っている爆撃機の数は、

私はドイツ総統として率直に認めるが、このような任務を徹底的に果たすには不足

であった。一方我々は優秀な兵士を数多く持っていたので、私は彼らがその任務を

果たすよう、必要な措置を取らせたのである。

 冷たい海水に身をさらし、異国の地で倒れ、あるいは捕虜となったドイツ軍兵士

とその家族に、私は大きな責任を感じている。しかし彼らの尊い努力は、西部戦線

を安定させ、平和への条件を作るために費やされたのである。そのような目的のた

めでなければ、私はこのような、最終的に撤退で終わることが予想される作戦を許

可しなかったであろう。

 今やいわゆる連合軍は、その主要な戦場をドイツの東にのみ持っている。アメリ

カとイギリスはこの戦線では副次的な意義しか持たないであろうし、他の戦域に主

要な戦場を作ろうとする試みは長期間を要するであろう。連合軍と我が枢軸の盟邦

が直接戦闘を行っている地域は、他に北アフリカしかないが、私はこの戦域に展開

する友軍が防衛に有利な地域へ撤退するよう、必要な命令をすでに発している。

 私はここでアメリカとイギリスの国民に問い掛けたい。連合国の中で唯一、他国

の国境を侵して戦争に参加した国に援助し、その国土にあなたがたの子弟を送るこ

とが、あなたがたの願いにかなう戦争であるのかどうか。西ヨーロッパにおける平

和を実現し、東ヨーロッパにおける平和を回復するために協力することが、我々に

とって最善の道ではないのか」

 チャーチルは演説を終わりまで聞いていなかった。彼は手近の秘書官に声をかけ

た。「イーデン(外務大臣)にすぐ官邸に来るように伝えてくれ。ああ、いや、私

が外務省に行った方がいい。そのほうがすぐにクリップス卿(駐ソ大使)に電報を

打てるからな」彼にはいまや、することが山ほどあった。





 ドイツ軍がイギリス撤退を開始した頃まで、少しさかのぼる。

 ネーリングはエジプトからの撤退を命じるために、自らモーデルの司令部を訪れ

ていた。「後拒はリュットヴィッツが務める。君の師団はイギリスの鉄道を破壊し

つつ、迅速にトブルクまで後退してもらいたい。交代の師団が来るそうだ」

 モーデルは不機嫌を顔に出していた。カイロ占領の栄光をモーデルは夢に見てい

たのである。少し、ほんの少し気前良く補給を得られれば、それは可能だとモーデ

ルは信じていた。

 ネーリングは苦笑した。「マンシュタイン上級大将が、君の昇進を推薦された。

ドイツに帰れば大将で軍団長だ。忙しくなるぞ」モーデルの表情が、モーデル自身

も恥ずかしくなるほど露骨に変化した。「ああ、いや、本官は」

 アフリカ戦線は、こういうタイプの指揮官を必要としないものに変質していくで

あろう。ネーリングは、そのような戦域を委ねられた自分を、束の間哀れんだ。





 ルーマニアの農民たちは、少し違う制服を着たドイツ軍の一団を、うさんくさげ

に迎えた。ドイツの総統の名前がついた部隊なら、強い部隊に違いないが、それに

してもどこかがさつで疲れた様子なのはどうしたことか。

 アドルフ・ヒトラー連隊は、イギリスから真っ先に撤退してきたが、ほとんど休

息する間もなくルーマニアに投入された。ソビエト軍の進撃の勢いがなかなか止ま

らず、プロエステ油田防衛のために新しい部隊が必要とされたのである。例によっ

て、精鋭戦車部隊はポーランドでの反攻作戦のために集結中で、独立連隊のため重

火器をあまり持たないアドルフ・ヒトラー連隊は、捨て石であった。

 割り当てられた戦区は、鉄道の駅を中心とする3キロ四方ほどの区域であった。

この区域を死守しろというのである。この鉄道がソビエト軍の手に落ちると、ルー

マニア中央部とドイツの陸路は途絶えてしまう。ルーマニア軍とドイツ軍は山がち

のルーマニア東部でソビエト軍を食い止めつつ、じりじりと後退していた。その後

退に先回りして防備を固めよというのが、アドルフ・ヒトラー連隊への命令であった。

 イギリスでの失敗で戦車を取り上げられたアドルフ・ヒトラー連隊は、それでも

最新の3号駆逐戦車(長砲身の突撃砲のこと−第11話参照)14両を割り当てられてい

た。ビットマンは曹長に昇進し、1個小隊(4両)を任されている。



 丘の上に陣取った先遣隊から急報があったころ、一部の中隊はまだ塹壕を掘り終

えていなかった。先遣隊がすっかり算を乱して丘を駆け下りて来て間もなく、丘の

上からソビエト歩兵が姿を現した。

 多い。あとからあとから、息を切らせて突進してくる。準備砲撃がなかったのは、

丘の向こうのドイツ軍の位置が分からなかったせいであろう。偵察隊を出しての前

哨戦を抜かした、大雑把な突進である。あるいは、ひどく損害を受けた師団で、ま

るごと罠の弾き役に使われているのかもしれない。ソビエト軍は損害を受けた師団

に兵士を補充するよりも、新しい師団を編成することを選ぶ傾向があり、全体とし

て優勢な状況でも師団単位の全滅部隊が生じることがあった。

 一部の中隊が待ちきれずに機関銃を撃ち出した。距離が遠すぎ、ソビエト兵には

ほとんど命中しなかった。

 大口径砲弾が降り始めたのはその時だった。どうやらソビエト軍の観測班が丘の

上に陣取ったらしい。砲撃はドイツ軍とソビエト軍をひとまとめに叩きのめした。

悲鳴を上げて逃走するソビエト兵が、何人か友軍に撃たれるのが、ドイツ軍陣地か

らも見えた。





 ドイツ軍はイギリス方面から引き抜かれた空軍部隊の援護を受け、ついにポーラ

ンドで全面的な反攻に転じた。グーデリアン上級大将が北方から、クライスト上級

大将が南方からワルシャワ方面のソビエト軍を包囲すべく、戦車の大群を率いて出

撃した。どこの国でも首都は交通の中心だから、部隊と補給物資はどうしてもここ

に集まるのである。

 ドイツ軍はケチケチしなかった。外国製機関銃はいつのまにか前線から姿を消し、

MG34機関銃の甲高い発射音が間断なく響き渡った。前線を支え続けて来た歩兵師団

は消耗し崩壊の瀬戸際に来ていた。誘いの隙が本物の隙になる刹那の反撃であった。

 グーデリアンは自ら戦車兵たちを駆り立てた。慎重で紳士的なクライストにはクー

ゲルブリッツ(球電)クルトと異名を取るクルト・ツァイスラー大佐が参謀長とし

てつき、クライストが決して出さないような様々な無茶な命令を起草した。彼らの

下で、ロンメルも、そして少し遅れてモーデルも装甲車に乗ってポーランドの平野

を疾駆した。

 ソビエト軍の将軍たちは、最初に敗北を報告する人物になることを嫌った。それ

は非軍事的だが、ひとしく絶対的な死に直結する可能性が高かった。上級司令部が

対策を講じるべき時間は空しく失われて行った。ドイツ空軍は東部戦線でも戦術空

軍に徹し、ソビエト軍の移動、補給、そして偵察を妨害した。スターリンが事態に

気づいたとき、彼に出来たことは、新しい部隊で戦線の穴をふさぐことだけであっ

た。包囲された20万を超えるソビエト兵は、補給の欠乏とパニックによって、もは

や包囲を突破するだけの行動力を失っていた。

 春以来ドイツ各地に急ピッチで新設されてきた歩兵師団が、消耗した師団の戦区

を肩代わりすべく、陸続とドイツ東部国境の各駅で列車から下りてきていた。1940

年以来営々と国防軍兵器局が蓄積してきた予備の重器材は、これらを編成するため

にすっからかんに吐き出された。黒海からバルト海までをひとつながりにした鉄の

ローラーが、単調で冷酷な音を立てて、東向きに輪転を始めていた。そしてドイツ

の装甲部隊は、波から跳ね上がる飛魚のように、大小の包囲の波紋を描いては閉じ、

また描いては閉じていた。





 ソビエト軍独特の120ミリ迫撃砲の巨大な砲弾は、アドルフ・ヒトラー連隊の頭上

を途切れることなく横切っていた。周囲のルーマニア軍砲兵部隊との連絡はつかな

かった。ルーマニア軍は通信器材の不足に苦しんでおり、砲兵1個中隊について弾着

観測班をひとつしか置けないのが普通であったため、弾丸も必要以上に使ってしま

うことが多かったし、小規模な戦闘には砲兵の支援が得られなかった。

 ビットマンのいる駆逐戦車中隊は連隊の戦区全体に散らばっていたが、敵の弾幕

が濃いために駆逐戦車から周囲が見えず、有効な支援が出来ずにいた。着弾がおび

ただしいために通信も聞き取れなかった。

「装甲………がこちらに向かって発進した。北方では友軍の大攻勢が始まっている。

もう少しの辛抱で………は………になる」ビットマンの耳にはディートリッヒ連隊

長の声が途切れ途切れに届いていた。

 ディートリッヒは士官としての専門的な訓練を受けたことがない。迅速で決まり

きった指示を出さなければならないとき、このことは大きく響いた。人間としての

統率力や一般的な頭の良さとはまた違った問題であった。上級司令部から渡される

地図の上の、部隊を示す戦術記号が読めなければ、命令を正しく理解することは不

可能だし、その命令を敷延し具体化していく指示が遅れるのは当然のことである。

いま流れている訓話も、どこか具体性に欠けていた。

 ビットマンは通信が切れると、危険を冒して上部ハッチを開けた。カーキ色(ソ

ビエトの軍服の色)の無数の点が遠景に見えた。動いているものも、もう動いてい

ないものもあった。

 3号駆逐戦車は75ミリ砲弾をわずか44発しか持っていない。しかもその大半は徹甲

弾で、歩兵に対して効果のある榴弾は貴重であった。どのタイミングでそれを使う

か、配属先の指揮官であるマイヤー少佐も迷っているに違いなかった。

 ふとビットマンは線路の上に目をやった。線路の上を走るように改造された、フ

ランス製のパナール装甲車が、いつのまにかやって来ている。中から出てきた3人ほ

どの兵士が、カニの突き出した目のような砲隊鏡を抱えていることにビットマンは

気づいた。ビットマンは即座にハッチを閉じると、マイヤー少佐に連絡を入れた。

戦車を盾に使ってでも、あの兵士たちは守ってやらなければならない。



 数分後から、最初は途切れ途切れに、やがて間断なく、ソビエト軍のものより遥

かに正確な砲撃が、ソビエト軍の突撃ルートに落ちて来るようになった。ソビエト

軍の砲撃と比べると小口径の砲らしかったが、兵士をひるませるだけの威力はあっ

た。遮るもののない地形では、飛び散る砲弾の破片は直撃と同様に致命的であった。

 それと前後して、連隊がもともと持っていた81ミリ迫撃砲が、丘の尾根に沿って

煙幕弾を撃った。幸運にもソビエト軍の弾着観測班の視界を遮ったらしく、飛来す

るソビエトの砲弾が減少した。それを見たマイヤーは、ドイツ軍の前線近くに伏せ

ているソビエト兵を掃討するため、駆逐戦車を前進させるようビットマンに命じた。

 ビットマンは不機嫌に小隊各車に隠れ場所から出るよう伝えると、装填手に機関

銃を構えさせ、自分も戦車長用ハッチから身を乗り出した。このころの3号駆逐戦

車は、車内にMG34機関銃を持ってはいるが、射手を守る防弾板の類はまったくなかっ

た。よく訓練された戦車兵は、このようなことで危険に身をさらすには貴重すぎる。

「済まんな、ビットマン」謝ってもらって済むものではない。

 えっ?

 ビットマンが振り向くと、駆逐戦車の後部にはマイヤー少佐その人と、見覚えの

ある大隊本部班の面々が勝手に乗ってきていた。

「では、行こうか」マイヤーは澄まして言った。



 幸いにしてビットマンたちは敵の砲撃も味方の砲撃も受けず、ソビエト軍の攻勢

は撃退された。歩兵たちは塹壕を掘り広げるのに忙しかった。今日発砲して位置を

暴露した機関銃は、今日のうちに出来るだけ移動させておかなければならない。ビッ

トマンは新しい待機場所に駆逐戦車を移動させると、そこが使えなくなったときの

移動先を探すために、散歩に出かけた。

 鋭い汽笛にビットマンが振り向くと、今日の勝利の立役者が駅を離れていくとこ

ろであった。装甲列車である。角張った装甲板に覆われ、所々に短い砲身を突き出

した丸い砲塔が乗っている。機関車は損害を受け難いよう、編成の中央にあって、

もこもこと煙を吐いている。

 装甲列車は、75ミリ程度の旧式砲や捕獲砲を乗せた砲塔をいくつか、貨車に載せ

た旧式戦車を1、2両、そして降車して戦車と共に戦う歩兵を載せた、戦闘用の列車

である。さっき姿を見せていたパナール装甲車は、偵察のために各装甲列車に2両ず

つ配属されているもので、それが弾着観測班を運んできていたのである。装甲列車

自身は姿を現すことを避けて、5キロほど向こうから砲撃を加えていたのであった。

 蒸気機関車は走り始めが遅い。ルーマニアの夕日を浴びて、無蓋貨車から降車戦

闘班の兵士たちが盛んに手を振っていた。装甲列車は徐々にスピードを上げて、ビッ

トマンたちの守る駅を離れて行った。





第22話「世界の中心、あるいは世界の片隅で」



「我が大巡(重巡洋艦のこと)が大湊に3隻も並ぶと壮観だな」重巡摩耶に座乗し

た第5艦隊司令長官・細萱中将は、先に入港した高雄、愛宕、鳥海の3隻を眺め渡

して、穏やかに言った。艦長以下のスタッフは接岸準備に余念がなく、長官の感

慨に口を挟もうとしない。

 数日前に入港した空母龍驤、準鷹、そして瑞鶴は、すでに岸壁を離れて陸奥湾

内に投錨している。明後日には軽巡洋艦名取と8隻の駆逐艦が入港し、補給を受け

ることになっているから、時間は無駄に出来なかった。

 大湊警備府に籍を置くすべての海軍軍人は、造船科だろうと砲術科だろうと、

息つく間もなく様々な用事を片付けなければならなかった。要港部から警備府に

ようよう昇格したばかりの小さな基地に、戦地のぴりぴりした空気を載せて、主

力艦隊が入港してきたのである。糧食の補給から病院の手配まで、およそ用務の

種の尽きることはなかった。

 青森県大湊は津軽海峡を間近にした軍港で、日本海軍が要港部以上の司令部を

置いている軍港の中では最北端であった。津軽海峡と宗谷海峡の監視・防衛が主

な任務であり、中国方面や南太平洋方面の情勢が緊迫するにつれ、この港に出入

りする艦はせいぜい軽巡洋艦止まりになっていた。

 ソビエトがドイツを攻撃したことが、状況を一変させた。日独伊三国同盟の規

定によれば、加盟国が第三国から攻撃を受けた場合、残りの加盟国はその第三国

に宣戦する義務があった。ソビエトによるドイツ攻撃はまさにこのケースであり、

中国ではたちまち空陸の衝突が始まった。ソビエトもまた、そのことを知った上

で戦端を開いたからである。

 日ソ中立条約のもとでは、ソビエト国旗を掲げた貨物船は、民生品を積んでい

る限り、シベリアとアメリカを自由に往復できた。ところがソビエトと日本が戦

争状態に入り、アメリカがソビエトを援助する姿勢を見せたことで、北太平洋は

にわかに世界大戦の焦点となっていた。





「何もございませんが」警備府長官は決まり文句を慇懃に並べて見せると、艦隊

の歓迎会開会を告げた。

 陸軍中将の肩章をつけた人物が警備府司令長官のすぐ隣の席次で相伴している

ことに、細萱は気がついた。若い士官たちがそちらを見ながら、下座の方で無遠

慮にひそひそと話している。それが目に入らぬわけではあるまいに、その陸軍中

将は端然と銚子を持って立ち上がると、細萱のもとに挨拶にやってきた。

 彼は、弘前留守第57師団(師団が戦地に出動している間、徴兵・訓練などの事

務を司る組織)の師団長であった。「まことにご苦労様でございます」留守師団

長は丁寧に細萱をねぎらった。あとで聞くと、どうにもこうにも烹炊設備が足り

ないので、留守師団から器材と人を借り、そのために留守師団長を歓迎の宴席に

呼ばないと義理が立たなくなったのであった。

「大陸の方が大変だということで、近衛師団をスマトラから呼び戻すそうですな」

留守師団長は重大な話を酒席でぽろりと漏らした。「海軍さんにも随分と不義理

なことになりそうで」「いやいや、ラバウルの陸軍さんには本当に済まなく思っ

ております」細萱長官も丁寧に応じた。

 ソビエトが枢軸国に対して宣戦を布告したとき、日本軍は東南アジアの資源地

帯を掌握し、ニューギニア島の北半分に点々と基地を確保しているところであっ

た。中でも、ニューギニア島のすぐ東に浮かぶニューブリテン島のラバウル基地

は、オーストラリアとアメリカの交通を遮断するための基地として重視されてお

り、陸軍が大挙上陸していた。

 ところがソビエトとの戦いが始まってみると、陸軍はどこか戦線を縮小しなけ

れば大陸への増援を捻出できず、ニューギニアでのすべての攻勢作戦を中止して、

有力な部隊を次々に引き抜いていた。しかし今度は、海軍がそのような大規模な

海上輸送に責任が持てず、最前線となったラバウルには船団が近づけない状況に

なっていた。

「弘前兵団は、どちらの戦線におられるのですか」「第8師団、第57師団、いずれ

も満州におります」留守師団長はゆっくりとした口調で答えた。

 樺太では激しい戦闘が生じていたが、大陸ではソビエトは限定的な攻勢を取る

にとどめていた。ソビエトは持てる力のほとんどをドイツに対して投じていたし、

アメリカから援助が実際に届くまでは、日本軍の戦力を殺ぐと言う交渉材料を無

駄にしようとはしなかった。しかしソビエトがこの方面に振り向けている旧式戦

車は、日本軍にとっては十分に脅威であった。

「海軍さんにアメリカとソビエトの連絡を絶って頂きませんと、大陸の陸軍も難

儀いたします。どうぞよろしくお願いいたします」留守師団長は丁寧に頭を下げ

た。「微力を尽す所存です」細萱も応じた。

 ソビエトと戦端を開くことになって、一時は思考を麻痺させた日本海軍だった

が、ここへ来て新たな戦略をまとめつつあった。太平洋での優勢を保ち、満州・

樺太方面の戦況を安定させて、有利な講和の機会を探るというのがそれである。

そこでいったん主力部隊を本土に集結させると共に、有力な艦隊を北方に送って

この方面の(微弱と思われる)アメリカ艦隊を叩き、あわせて樺太周辺の海上優

勢を確立するというのが、今回の第5艦隊の任務であった。すでに軽巡2隻、特設

巡洋艦(武装商船)2隻の支隊が樺太方面に出動し、ソビエト軍の補給妨害と陸上

支援に当たっていた。第5艦隊はアリューシャン諸島方面に敵を求めて出動し、

可能なときはダッチハーバーを空襲することになっていた。

「この戦争、とうとう最後の氏神がおらんようになりましたな」留守師団長はぽ

そりと言った。聞きようによっては不穏な発言である。すぐ下座にいた第5航空

戦隊司令・原少将と第4航空戦隊司令・角田少将が、目を見張ってそちらを見た。

「そのあたりのことは、日吉台(大本営海軍部)の方で考えておるでしょう。ま

ま、閣下も一献」細萱はさすがに長者の風を示して、座をまとめた。留守師団長

もそのあたりを察したのは年功であろう。恭しく杯を受けると、何事もなかった

ように角田や原に酒を勧めた。

 ソビエトに和平の仲介を求めるようになってはおしまいである。細萱も角田も

原もそう思ってはいたが、だからと言って気の利いた終戦構想を持っているわけ

でもなかったし、和平に向けた体系的な努力が為されていると言う話も聞いてい

なかった。近年のめまぐるしい国際情勢の変化を見るにつけ、政治家を無力化し

て軍人だけで戦争を始めたことの愚を薄々感じていた高級軍人も多かったが、今

更それを言い出してどうなるものでもなかった。

 酒宴は1時間ほどでお開きとなった。艦に乗るものも、陸にいるものも、あまり

にも多くの仕事を抱えていたからである。





「大湊航空隊3番機より入電。敵艦見ユ、巡洋艦4、駆逐艦、輸送艦多数。空母ラ

シキモノ1隻伴フ。敵機ノ迎撃受ケツツアリ」通信兵は叫ぶように電文を読み上げ

た。旗艦摩耶の艦橋では、すべての視線が細萱に集まった。

 予想しなかった事態である。戦力の優劣ははっきりしない。

「参謀長は、どう思うか」細萱は慎重に口を開いた。

 参謀長の中沢大佐が口を開こうとしたとき、別の通信兵が艦橋へ駆け込んでき

た。「龍驤より信号。直衛機発進ノ許可ヲ乞フ」

「角田君は、やる気満々だな」細萱が物柔らかく言ったので、中沢も苦笑いする

しかなかった。「許可しましょう。4航戦と5航戦に攻撃隊の編成を命じたいと思

います。護衛隊は瑞鶴から出すことにしましょう」細萱はうなずいた。中沢はて

きぱきと細かい指示の文案を起草し、紙片を持った通信兵が次々に艦橋を下りて

行った。

 北海道の千歳や美幌にいる海軍航空隊は南方に出動していたり、樺太方面の応

援に駆り出されていたりしたので、今回の作戦の先行偵察のために数機の旧式陸

上攻撃機が大湊海軍航空隊から派出され、択捉島から飛び立っていた。それが敵

機を見つけて第5艦隊長官宛に打電してきた内容を、龍驤の角田少将が傍受してい

て、敵空母が近くにいるならすぐに戦闘機で上空を守ろう、と細萱に急っついて

きたのである。ほとんど搭載機のなかった軽空母祥鳳が、わずか5機の直衛機を

上げて南太平洋で作戦中アメリカ機に見つかり、成すすべもなく撃沈された最近

の事件は、航空関係者を神経過敏にしていた。

「こちらからも水偵を出しますか」中沢に問われて、細萱は考え込んだ。敵の見

つかった位置から言って、第5艦隊の重巡群から水上偵察機を飛ばしても、敵影を

捉えられる可能性は大いにある。「艦偵は、積んでおらんのだったな」細萱は

煮え切らない呟きを漏らし、中沢の顔に瞬時怒りの色が浮かんだ。

 こうした戦闘時、いったん水偵を射出すると、波の荒い外洋で機体を回収でき

る見込みは少なかった。かろうじて脱出した乗員は救えるかもしれず、それも救

えないかもしれなかった。細萱はそれを思ったのである。中沢にもそれが分かっ

ていたが、だからと言って艦隊全体を危険にさらしたままで良いわけがなかった。

 数分後から各艦のカタパルト周りが騒がしくなり、相次いで8機の水上偵察機が

艦隊の重巡洋艦群から飛び立って行った。陸攻はどうやら追撃を振り切ったよう

だが、触接を続けることは不可能と打電してきたし、別の陸攻を差し向けるには

距離があり過ぎた。ここからは、第5艦隊が独力で自分の身を守らなければならな

い。





 原は海図に目を落とし、ぼんやりと考え事をしていた。攻撃隊とのブリーフィ

ングが終わり、爆装準備が整うまでのわずかな時間を、原は司令室で過ごしている。

海図には報告されたアメリカ艦隊の位置と、攻撃隊の予定コースがプロットされ

ている。

 原の第5航空戦隊には、翔鶴・瑞鶴の空母2隻が属している。ところが5月の珊瑚

海海戦で翔鶴の飛行甲板が大破して発着艦不能に陥ったため、今回の作戦には瑞鶴

のみが参加していた。瑞鶴も多くの乗員と器材を失っていたため、2月に座礁して

修理中の空母加賀や、完成したばかりの軽空母龍鳳から基幹要員を無理に引き抜

いて、どうにか飛行隊の員数を合わせてきた体たらくであった。

 今回の戦いで、またパイロットが死ぬ。補充されてくるのは、滞空時間の短い

若手である。原はそのことを思っていた。

 パイロットの経験は、滞空時間に比例すると言うのは言い過ぎであるが、かな

り関係があるのも事実である。日本海軍は、ごく少数のパイロットを選抜して、

それに猛訓練を課し、限られた燃料と機材を彼らのために集中させていた。それ

ではパイロットの量が充足できないと言うので、かなりの手直しをしていたのだ

が、開戦以来のパイロットの消耗率はそうした努力を嘲笑うものであった。

 航空主兵は、アメリカに勝つために考え抜いた日本の秘策である。その秘策が、

まさに国力と資源の差を反映するようなものであるとしたら、日本が戦争に勝て

る見込みなど万にひとつもない。

 ドイツ軍は7月に入って、イギリス方面の空軍部隊が東に向けられてから攻勢

を強め、ソビエト軍の大兵団を次々に撃破していると聞く。東京にはそれを単純

に喜んでいる軍人も多くいた。しかし、自分たちが今やろうとしていることは、

何か。アメリカからソビエトへの輸送船団を攻撃する……

 ドイツの、手伝い戦さ。

 そしてそのドイツは、二言目にはイギリスとの和平を口にし、アメリカとの単

独講和すらたびたびラジオ演説で示唆している。

 ドイツから見れば、日本は騙しやすいお人好しに見えるのであろうな、とそこ

まで原が考えたとき、司令室のドアがノックされた。攻撃隊発進準備が完了した

のである。



 艦橋から司令と艦長に見送られ、瑞鶴の搭載機は次々と発進した。

 3空母合わせて100機近い攻撃隊のうちで、戦闘機は約20機に過ぎなかった。ほ

ぼ同数の戦闘機を上空直衛用に残していたせいもあったが、当時は艦上陸上を問

わず、戦闘機と爆撃機・攻撃機の比率は戦闘機が下のことが多かった。戦闘機は

大型目標を破壊することが出来ないので、どちらかと言うと軽視されていたので

ある。日本海軍もこれではいけないと思い始めていたが、機材と乗員の調達が追

いつかないでいた。

 あとは水偵が首尾よく敵艦隊を見つけてくれることを祈るしかなかった。





 水偵からの吉報はなかなか入らなかった。戦後になって分かったことだが、発

見されたことを知ったアメリカ輸送船団は思い切って針路を南に向け、やや離れ

て護衛についていた機動部隊もまた、針路の予想をはずすように輸送船団のやや

東に占位していたのである。

 細萱たちにとっては意外なことに、最も南寄りのコースを取っていた水偵が、

ついにアメリカ輸送船団の姿を捉えた。すでに機動部隊は輸送船団とかなりの距

離を取っていたので、水偵からは見えなかった。

 直ちに各航空戦隊司令を通じて、攻撃隊に進路の変更が命じられた。いったん

触接した空母が見当たらないのは懸念されるが、見間違いと言うこともあるし、

空母が見つかれば見つかったで輸送船団攻撃を大急ぎで終えて、新たに兵装を整

える必要がある。

 それが、悲劇の始まりであった。



 瑞鶴飛行隊の飛行隊長は、艦上攻撃機に乗って部隊の先頭を飛んでいた。単座

の戦闘機では操縦しながらの通信となり、母艦との通信に差し支えるからである。

 後部座席の通信士が、肩を叩いてきた。エンジン音のため声は聞き取りにくい。

「4航戦の連中が、転針しています」

 ぎょっとして飛行隊長は振り向いた。艦上攻撃機の後部視界は良好とは言えな

いが、それでも斜め後ろを別方向に飛び去る日本機群ははっきりと見える。飛行

隊長は母艦に指示を仰ぐよう通信士に命じた。



 摩耶の方は摩耶の方で、瑞鶴隊が追随しないとの龍驤飛行隊長の報告を受けて、

あわてて瑞鶴に命令を再送信するよう細萱が命じたところであった。真相は結局

不明であったが、たまたま瑞鶴隊との通信時の電波状態が悪かったと思われる。

 大戦初期の空母飛行隊は各空母の艦長の指揮下にあって、統一的な指揮がしづ

らかった。角田は龍驤に乗ってはいても、細萱が角田に、さらに角田が龍驤や準

鷹の艦長に命令して、やっと飛行隊へ命令が届く仕組みである。

 ともあれ、このために瑞鶴隊はそれ以外の隊から10分程度遅れてしまった。戦

闘機隊だけ速度を上げれば追いつけるのだが、指揮系統上、瑞鶴隊は龍驤隊や準

鷹隊の指揮官の指示に従うわけにいかない。一方、それぞれの隊が低速な艦上爆

撃機を連れている関係で、隊が丸ごと速度を上げるにも限界がある。

 このような事情で、攻撃隊が輸送船団に殺到し、その上空を守っているアメリ

カ艦上戦闘機と鉢合わせしたとき、日本側の戦闘機は低錬度で少数の準鷹隊機だ

けとなっていたのである。



 戦闘は一方的であった。いろいろな意味で。

 大型輸送船5隻が撃沈され、物資の30%以上が海底に届けられた。3隻が大破して

船団への追従が不可能となり、20%弱の物資と共にダッチ・ハーバーに引き返した。

日本軍は22機の航空機を失い、うち17機は攻撃機と爆撃機であった。アメリカ軍

は戦闘機3機を失ったに過ぎなかった。瑞鶴隊が戦闘に参加したときには、あらか

た機銃弾を撃ち尽くしたアメリカ戦闘機は退避を始めていた。そのアメリカ軍機

を追って空母に殺到することを3人の飛行隊長はみな考えたが、燃料不足が懸念さ

れ、実行に踏み切れなかった。実際、大きなコース変更があったので、誤りなく

日没までに母艦へ飛行隊を導けるか、すでに隊長たちは不安を覚えていたのであ

る。





 ホワイトハウスの一室で、報告を受ける面々は押し並べて沈黙していたが、そ

のニュアンスは様々であった。このことが米ソ関係に及ぼす影響で頭がいっぱい

になっている者もいたし、この作戦を推進した自らの責任を重く受け止めている

者もいた。そして、赫怒を抑え込むのに精一杯の者もいた。

「日本海軍がこの方面に相当程度の戦力を集結していることは、分かっておった

はずです」キング大将・海軍軍令部長は怒りを押し殺そうとしていたが、成功し

ていなかった。「貴重な空母を発見される危険にさらした結果が、これです」

「(空母)ホーネットのパイロットたちは良い仕事をしたではありませんか」ト

ルーマン副大統領はキングをなだめた。「日本空母の搭載機を多数撃墜したと言

うことは、日本軍の攻勢企図を未然にくじいたことになるのではありませんか」

「今度ナクモがインド洋に入ってきたとき、その効果の大きさを測るチャンスが

あるでしょう」キングは意地悪く言った。

 真珠湾攻撃の後、南雲中将率いる第1航空艦隊はインド洋で作戦し、セイロン

島の軍港を奇襲するなど一定の戦果を上げた。そのことが日本にとってどれほど

のメリットをもたらしたかは疑問だが、連合軍の世界戦略から言えば、このこと

は重大な結果をもたらす可能性があった。

 ソビエトに対して西半球から援助物資を届けるルートは、大きく分けて3つある。

ひとつはイギリスから北極海を渡り、ソビエトのムルマンスク港に至るものであ

る。このルートはドイツ軍航空機とUボートの攻撃の可能性に終始さらされており、

現在のイギリスとイギリス海軍の状況を考えると、あまり頼りたくない。

 もうひとつは、イギリスとソビエトが保障占領しているペルシア(イラン)

から鉄道を使ってソビエトに物資を届けるルートである。最も確実だがアメリカ

からは最も遠く、積み下ろしに使われるバスラ港(現在のイラク)の能力や鉄道

輸送能力も拡充する必要があったため、本格的に稼動するには時間がかかる見込

みである。アメリカとイギリスの話し合いで、インド洋はイギリスの作戦地域と

なっていたが、ドイツのイギリス上陸以来イギリス海軍の士気が低下し、日本軍

の本格的な攻勢を耐え抜けるかどうか懸念する向きも出てきていた。キングが腹

立ち紛れにトルーマンを当てこすった裏には、こうした事情があった。

 最後のルートは、アメリカから太平洋を経てウラジオストックに向かうもので

ある。ソビエトの方からドイツに宣戦させる、というヒトラーの戦略は、このルー

トをはからずも閉ざしてしまった。ソビエトの連合軍離脱を防ぐため、アメリカ

政府は陸海軍の反対を押して今回の作戦を発起したのである。

 じっと話を聞いていたルーズベルト大統領が、ぽつりと言った。

「日本を先に倒さないと……ドイツは打倒できないと言うことか」

 誰も口を挟めなかった。このことはルーズベルト政権の重大な方針変更につな

がり、その責任を負える者はルーズベルト以外にいなかったからである。





 第5艦隊の各戦隊旗艦では、通信兵たちが幽鬼のような表情をしていた。ここ1

時間ほど、記録的なペースで発光信号が飛び交っているだけでなく、その通信内

容を伝えたとたんに、艦橋では高級士官の誰かがぎょろりと目をむいて怒るから

である。

 飛行隊は大損害を受けた。アメリカの戦闘艦には損害を与えておらず、空母が

いることはほぼ確実である。第2次攻撃隊を出すか、出さないか。これが発光信号

での押し問答の内容であった。

 敵に接し、飛行隊が帰投して来た以上、こちらの位置は(方向としては)知ら

れていると思わねばならない。攻撃隊を出すならすぐ出さなければならないし、

出さないならすぐ移動すべきである。

 原の座乗する瑞鶴の通信員は、比較的気楽でいられた。出せ出せという角田と、

慎重な細萱の間で主に発光信号が交わされていたからである。しかし瑞鶴にも、

とうとう角田からの発光信号がやってきた。

「龍驤ハ艦隊ヨリ先行シ盾トナラント欲ス 御賛同ヲ乞フ、か」原は角田からの

通信の最後の部分をつぶやくように読んだ。先ほどの戦闘で、瑞鶴隊はほとんど

損害を受けていない。攻撃隊は瑞鶴を中心としたものになるだろう。だから原が

攻撃に賛成する具申をすれば、細萱も心を動かすかもしれない。もしアメリカ軍

の攻撃隊が入れ違うように現れたときは、比較的小型の龍驤がおとりになって敵

の雷爆撃を引き付けようと言うのである。おそらく角田は、もう龍驤の舵輪に自

身をくくりつけたような気になっているのであろう。

 そのことをとやかく言う気はないが、と原は考えた。この戦いの意義を考えれ

ば、帝国軍人にはもっと他にふさわしい死に場所があるはずである。

 原は小さくため息を吐くと、参謀長に黙って右手を差し出した。心得た参謀長

は万年筆と紙片を原に渡し、原はそれに返信をさらさらとしたためた。それを受

け取った参謀長は紙片に目を落とし、口だけでにやりと笑うと、通信兵を呼んだ。

 紙片にはこう書かれていた。

「伊勢海老ヲ以ツテ小鯛ヲ釣ルコトアルヲ虞(おそ)ル 自重サレタシ」

 通信兵が駆け下りて行ったとき、原は細萱長官に早期撤退を具申するよう、参

謀長に命じていた。





 アメリカ海軍は輸送船団を散開させ、残った輸送船はばらばらにウラジオストッ

クを目指した。護衛艦隊が帰ってしまったのである。何隻かは樺太方面の日本軽

巡と特設巡洋艦に捕捉され、ソビエトに無事届いたのは貨物の30%に過ぎなかった。

 第5艦隊に賞罰はなかったが、空母と重巡がすぐに第5艦隊から取り上げられて

しまったことが、大本営海軍部の間接的な評価とも言えた。横須賀に復命した細

萱中将は、本来の旗艦である軽巡多摩に座乗すべく、汽車で大湊に向かわねばな

らなかった。

 細萱も角田も原も考えず、そして連合艦隊や大本営の事後研究でもまったく問

題にされなかった質問が、アメリカ戦史研究所から発せられたのは戦後のことで

ある。「なぜ重巡を分遣し、輸送船団を全滅させなかったか?」



<ヒストリカル・ノート>



 史実における第5艦隊は、開戦時には軽巡洋艦2隻と特設巡洋艦2隻から成ってお

り、のち水雷戦隊(駆逐艦部隊)も配属されましたが、終戦まで辺境防衛艦隊と

言った位置づけでした。

 当時の参謀長である中沢大佐(のち中将)は軍令部第一(作戦)課長を務めた

利け者です。細萱中将は参謀長が交代してから数ヶ月後、アメリカ艦隊との遭遇

戦で部下がミスを連発し、その責を問われて更迭されました。

 加賀が1942年2月にパラオで座礁し、修理して戦線に復帰したことは、あまり知

られていませんが史実通りです。





第23話「西風吹きやまず」



 マイソフは、部隊からすっかり取り残されていることに気がついた。偵察隊に

加わって前進中にドイツ軍の前哨地点にぶつかって、夢中でドイツ軍の掘った塹

壕に走り込んで小銃で殴られ、気絶したままとどめを刺されなかったのである。

 まだ頭がずきずき痛んでいた。

 ドイツ軍もソビエト軍も死体を片づける間も惜しんで移動したらしい。ドイツ

軍の小銃が何丁か残っているが、ソビエト軍の兵士が持っていたはずの短機関銃

(ギャング映画によく出てくる機関銃。拳銃弾を使うので射程は短いが反動が小

さく、薬師丸ひろ子でも立ったまま射つことができる)が見つからない。どうや

ら戦場は最終的にドイツ軍が支配したらしい。マイソフは死んでいるソビエト兵

士の顔を何人か見た。知っている顔であったが、特に親しい兵士はいなかった。

マイソフはその不吉な行動を空しく感じて、ドイツ軍の小銃と弾丸を失敬すると、

塹壕から身を起こした。自分の持っていた短機関銃はなくなっていた。

 マイソフの部隊は、ゆっくりと後退していた。敵との距離が急速に縮むことも、

開くこともなかった。兵士は毎日、着実に減ってきていた。補充も来なかったし、

そのことに関する上官の説明もなかった。ソビエト軍の上層部で思い切った後退

命令が出せないでいる事情は、マイソフには分からなかった。しかしこの戦争が

うまく行っていないことは、マイソフも薄々感じていた。

 マイソフは農道をとぼとぼと東へ歩いて行った。ソビエト軍と合流できれば隊

に戻るしかなかったし、先にドイツ軍と出会ってしまったら、その後起こること

は自分の責任ではないように思えた。





 6月下旬から反撃に転じたドイツ軍は、7月中旬には旧ポーランド国境に達し、

南方では旧ルーマニア領ベッサラビアをほぼ奪回していた。戦線のあちこちで大

規模なソビエト軍部隊が包囲されていた。ワルシャワの東で包囲された部隊が最

も大きく、これらの抵抗を排除して鉄道を復旧し、ブレスト・リトフスク要塞の

攻略にかかったときには、すでに7月下旬になっていた。

 多くの高級士官と同じように、ヒトラーは戦場をソビエト国内に移し、モスク

ワの占領を急ぐべきである、と軍人との会合では発言していた。しかしヒトラー

にとっても将軍たちにとっても、ドイツ軍の進撃速度は予想を下回っていた。

 それは何よりも、ドイツ陸空軍がソビエトの先制攻撃で手ひどい痛手を被って

いたためであった。兵員だけでなく、退却中に重装備と輸送器材の多くを失った

歩兵師団が多く、その一方で入れ替わりに増援された歩兵師団は戦闘経験を欠い

ていて、いずれにしても戦車部隊の進撃に呼応した十分な働きが出来なかった。

空軍も戦闘機部隊があらかじめ拡充されていたにもかかわらず、受け入れがたい

ペースで消耗してきていたため、反撃に移れるだけの戦力がなかなか揃わなかっ

た。イギリス方面への戦闘機部隊もかなり残さねばならず、北アフリカから引き

揚げてきた部隊も量的に当てになるほどではなかったから、ドイツ空軍の手薄な

地域でソビエト空軍に進撃の手鼻をくじかれることがたびたび起こっていた。

 ヒトラーは、冬の防衛線をどこに敷くかを考えなければならなかった。





 自転車に乗った2人組のドイツ憲兵に見とがめられたマイソフは、あっさり降

伏した。ドイツ歩兵がみんな自転車をあてがわれているとしたら、ソビエトが戦

争に負けるのも仕方ないとマイソフは思った。マイソフの限られた知識では、歩

兵は歩くものであった。戦車の上に乗るのは騒音と振動で歩くより消耗が早く、

移動というより戦闘のためであった。

 榴弾砲の砲声は聞こえるが着弾音がしない。ふたりのドイツ兵の表情にもどこ

か緊張感が欠けている。実際、マイソフが半日気絶している間に、戦線は10キロ

近く移動してしまっていた。包囲に耐えてきたソビエト軍が一気に崩壊を始めた

のである。

 マイソフは自転車のドイツ兵に急かされながら、もと来た道を西へ歩いた。さっ

きの塹壕まで来ると、短機関銃を構えたドイツ兵に監視されて、ソビエト軍の捕

虜たちが戦死者を埋めていた。ドイツ兵の短機関銃がソビエト製なのに気がつい

たマイソフは思わずにやりとしたが、自転車のドイツ兵から思い切り背中を蹴ら

れて前につんのめった。

 頭上に聞きなれたエンジン音が響いた。マイソフは手を振ろうとしたが、視界

の隅に自転車を放り出して農道から走り出るドイツ兵が入ってくれたおかげで、

自分が今どこにいるのか気づくことができた。マイソフは道路の脇の木の柵を乗

り越えて、その向こうに転がり落ちた。ソビエト戦闘機の機銃が石を跳ね飛ばし、

それがマイソフの尻に当たった。





「小隊全車、前進、前進」4両の3号戦車が一団となって、ソビエト戦車部隊の側

面に回り込んだ。ソビエト戦車の砲塔が回る。その回る砲塔をめがけて、正面方

向にいる別の小隊が50ミリ砲弾を浴びせ掛ける。2発が砲塔に命中したが装甲を貫

通できない。衝撃と恐ろしい音で砲塔の回転が止まり、その間に側面に占位した

小隊が停車して、4発の50ミリ弾を至近距離から車体側面に浴びせる。ディーゼル

エンジンのソビエト戦車T34は煙も炎も出さず、沈黙した。

 ハッチを開けて中隊長は残った戦車を探した。いる。2両。僚車の運命にかまわ

ず、前進して来る。1両は装甲の薄いBT戦車、もう1両は…奴か!「第3小隊、前進。

第1、第2小隊は左側面へ回れ」中隊長は指示した。

 第3小隊は、長砲身75ミリ砲を備えた4号戦車3両である。それが正面から接近し

て来たので、ソビエト戦車は懸命に砲撃する。4号戦車はそれにかまわず前進を続

ける。

 ほとんど同時に、8発の50ミリ砲弾が2両のソビエト戦車を見舞う。BT戦車はか

く座し爆発する。もう1両は装甲の厚いKV-I重戦車である。4発の命中弾をすべて

弾いてまだ動いている。4号戦車が至近距離から76ミリ砲弾を浴び、それが砲塔を

貫通するが爆発しない。再び8発の50ミリ砲弾が、今度は真後ろから浴びせられ、

ついにKV戦車は止まった。ハッチが開き、中の兵士が出て来ようとしたとき、ハッ

チから炎が噴き上がり、兵士は吹き飛ばされて地面に転がり、そのまま動かなかっ

た。

 中隊長はハッチから出ると、被弾した4号戦車に駆け寄った。ハッチが開いて、

戦車長を抱きかかえた砲手が出てきた。何か言おうとしているが言葉にならない。

それは車内の装填手の運命に関わることであろうと、中隊長は直感した。

 中隊長は言葉もなく立ち尽くしていた。別のハッチが開いて、操縦士と通信士が

もがき出た。彼らは装填手の名前を呼びながら車内を覗き込み、そして無言になっ

た。

 戦車長を横にした砲手は、自分も倒れ込んだ。血まみれなのは装填手の返り血

で、砲手に外傷はないらしい。むしろ砲手の受けた精神的な傷は、深そうであっ

た。中隊長は、断片で出来たらしい戦車長の傷を簡単に止血すると、「歩けそう

か」と尋ねた。戦車長は弱々しくうなずいた。

 中隊長は、ひどく場違いな言葉を口にしたような気がして、戦車を見上げた。

 誘爆するものすらない、車室。

 4号戦車が最後の砲弾を撃ち尽くしてから、もう3日になる。その戦車をそのま

まおとりに使って戦い続けていることを、部下にどう言い訳すればいいか、中隊

長には分からなかった。





 マイソフはレールを足の上に落とし、痛みに飛び上がった。短機関銃を構えた

警備兵がふたりほど、こちらに注目していることに気づいて、マイソフは慌てて

レールを持ち上げ直した。とたんに乾いた音がして、後頭部を誰かに殴られた。

振り向くと丸めた書類を持った鉄道工兵の下士官がいて、ドイツ語で何かマイソ

フにまくしたてて来た。どうせお前の足よりレールの方が大事だとか、そういう

類のことを言っているのであろう。マイソフは申し訳なさそうな卑屈な表情を作っ

て、ぺこぺこと頭を下げて見せた。ひとしきり雷を落とした下士官が行ってしま

うと、レールのもう片方の端を持っていたソビエト軍捕虜が、うんざりした表情

でマイソフをにらみつけ、のろのろと歩き出した。

 ドイツとソビエトでは鉄道の線路の幅が異なっている。ドイツはソビエト軍の

占領地域に入ると、線路の付け替え工事をしなければ鉄道で補給物資を運べなかっ

た。なるべく早く工事を済ませるために、片方のレールと枕木はそのまま使って、

ソビエトのレールの内側にもう1本レールを打ち付けることで広軌を標準規に直す

のである。細かい作業はドイツの鉄道工兵がやったが、手の足りないところは捕

虜や外国人労働者が使われた。

 マイソフはここのところ、ソビエト機を見ていなかった。8月に入って、ようや

くドイツ空軍の優勢がはっきりしてきて、ソビエト空軍はドイツ軍の意図を妨害

するのが精一杯になったのである。

 周囲の農地は麦畑のようだったが、夏小麦を作付することが出来ず、春小麦の

ための鋤き返しもできていないらしい。この分だとソビエトでもドイツでも、ひ

どい飢饉になるのではなかろうか。

 転輪をすっかり抜き取られた戦車の車体をトレーラーに積んで、ドイツ本国方

向へ牽引車が近くの道路を通って行った。戦車の正面には大きな穴が空いていた。





「ワルシャワはいかがでしたの」紅茶を入れながら、エヴァはヒトラーに問うた。

「ひどいものだ」ヒトラーはつぶやくように言った。「街もひどいが、ゲットー

は最悪だ。東ポーランドでどれだけユダヤ人が死んだか、見当もつかない」

 ヒトラーが取り扱いを緩和したとは言え、ユダヤ人たちは強制収容所から出し

てもらったわけではない。ヒトラーはソビエトとの戦争に備え、ポーランドとルー

マニアに多くの抵抗拠点を作る一方で、守り切れないものは放棄して逃げるよう、

大雑把な算段を立てていた。ところが強制収容所から収容者を逃がす手段が、そ

こに含まれていなかったのである。

 現場の決断による幸運な例外がないわけではなかったが、多くの収容所では、

収容された囚人たちを放棄したまま親衛隊が退却した。ソビエト軍は彼らをしぶ

しぶ解放したものの、食料は与えないことが多かったので、ドイツ軍が盛り返す

までの2ヶ月間に従来をはるかに上回る比率で餓死者が出た。どの収容所でも、親

衛隊はソビエト軍の手に渡すべからざる知識人や政治犯を射殺していた。そして、

ソビエト軍が優勢な間に収容所を出た人々を、親衛隊は脱走者として追っていた。

「レコードでもお聞きになる?」問われたヒトラーは首を振った。入れ替わるま

でのヒトラーはかなりのレコードマニアで、深夜のレコード鑑賞に友人たちを連

日お相伴させ、少数のお気に入りのレコードばかり聞かせるのでひどくいやがら

れていたのだが、今のヒトラーにはそういうところがない。

「五木ひろしが聞きたい」

「何、そのイツキヒロシって。日本の歌の名前?」エヴァに問われて、ヒトラー

は思わず口にした日本人歌手の名前に苦笑した。

「あなたの心は、まだ日本にあるの」エヴァはごく自然に、ヒトラーの隣に座っ

て、肩に手をかけている。「そうだな…今朝、アメリカの放送局が、太平洋で日

本の空母4隻を沈めたと発表した」エヴァはきょとんとしている。空母というもの

の持つ意味はドイツ海軍にさえ分からないのだから、エヴァに分かるはずがない。

「私の知っている歴史と同じことが起こったとすれば、日本は最高のパイロット

たちと、海軍最高の兵器を失った。もう攻撃も防御もおぼつかなくなるだろう」

「そんなに簡単に、日本は駄目になってしまうの」エヴァは慰めを言ってくれた

のだが、ヒトラーはむっつりと応じた。「今の日本の国力は、ひどく層が薄いの

だ。懸命に揃えた第一線の装備が失われてしまうと、再生産が間に合わない。特

にアメリカと戦争をしている今はな」

「本当に空母は沈んでしまったの。日本大使は、どうおっしゃってるの」

 ヒトラーは笑った。「いいかねエヴァ。どこの国でも、政府というものがやる

ことは、無名の化粧品会社がやることとたいして変わらないのだ。日本政府はオ

オシマ大使に本当のことを教えるとは限らないし、オオシマは私に知っているこ

とを全部しゃべっているわけではないのだ。私だって、オオシマに君を紹介して

いないだろう」

 エヴァが困惑の表情を示し、ヒトラーはまずいことを言ったことに気づいた。

「ああ、いや、とにかく、日本はやはりうまく行っておらんのだ。私はそれを承

知で、ソビエトとアメリカの間をふさぐ盾として、日本を使っている」

「ひとつ約束して、アディ」エヴァは気を取り直したように言った。「もし、あ

なたが日本に帰るときが来たら、私を連れていって」

 ヒトラーはしばらく沈黙した。

「そうだな、そのときは、飛行機のタラップを、一緒に降りよう」

 今度はエヴァがうつむいて沈黙した。ヒトラーが何事かをすでに決心している

ことを、感じ取ったのである。それは良いことのようだ。そう思わずにはいられ

なかった。





 将軍たちがスターリンに会うことは、以前からそれほど容易ではなかったが、

最近はほとんど不可能になってきていた。もっとも仮に会えたとして、それが楽

しい会合になることは、まず期待できないのである。

「ブレスト=リトフスク(ポーランドの要塞で、ソビエトが占領していた地域の

端にある要衝)は降伏したのか。全滅したわけではないのだな」スターリンにに

らまれて、ジューコフ陸軍参謀総長はひるんだ様子を見せまいと努めた。独裁者

は強い男が嫌いではない−少なくとも殺さずにいてくれる。「ドイツ軍は2個軍団

分の重砲兵を展開して、要塞そのものを破壊しました。全滅に近い状態であった

と思われます。彼らの犠牲によって、ミンスク方面に進出しようとするドイツ軍

は少なからず牽制されました」

「そのミンスクだ。そのミンスクだが」スターリンは声を大きくした。「ミンス

クにまた敗北主義者どもがおるようだな」

「戦車と砲があれば、敗北主義者どもを追い払うことが出来ます、同志」ジュー

コフはなだめるように言った。ジューコフは参謀総長でありながら、兵員や装備

の予備が全体でどれだけあるのか知らされていなかった。それを知っているのは、

スターリンだけなのである。ジューコフはスターリンを説得して、防御と反撃の

ための戦力をもぎ取らなければならなかった。

 エストニア・ラトビア・リトアニアのバルト3国では、ドイツ軍が国境に近づく

に連れ、軍や市民の間に不穏な動きが出てきている。そのためにロシアから治安

部隊を送らねばならない事態になっていて、ミンスクが失陥すれば北部戦線が一

気に崩壊することは目に見えている。

 海外からの援助はほとんど届いておらず、戦時体制への移行もうまく行ってい

ない現在、ソビエトが頼りに出来る最も強力な同盟相手は、冬将軍である。ジュー

コフは当面、全戦線で時間を稼ぐことだけを考えていたが、そのことをスターリ

ンに気取られるわけに行かないのがつらかった。





 ルーマニアの首都ブカレストでは、ドイツから譲渡されたMe109E戦闘機100機を

使って、新たな部隊が編成されることを記念するパーティーが行われていた。明日

の観閲式も含めたドイツからのゲストとして、ウーデット空軍大将が迎えられてい

る。

 ウーデットは、パーティーの人だかりの中にアントネスクがいることに気づく

と、無遠慮だが快活に、自ら握手を求めに行った。簡潔な外交辞令が交わされた

後、ウーデットはすぐに言った。「総統からアントネスク将軍に、特に感謝の意

を伝えるよう、言付かっておりますぞ」周囲がざわめいた。「ルーマニア軍のこ

れまでの敢闘に感謝し、えーと」ウーデットはハンカチで汗を拭いた。「今後の

健闘に期待するとのことであります」周囲の人々の表情は、おおむね明るかった。

ルーマニアは、ソビエトに武力占領されたベッサラビアを奪還した後も、引き続

きソビエト軍と戦って前進するべく、30万人近い兵力を拠出し続けることを決め、

先頃ドイツに伝えたところであった。ヒトラーの挨拶はそれを踏まえてのもので

ある。

 アントネスクは会釈してウーデットの挨拶を受けた後、すぐに尋ねた。「ハン

ガリーはどれだけの兵力を派遣することを決めたか、ご存知ですか」アントネス

クの問いに、人々の表情は強張った。アントネスクは根っからの軍人であって、

外交官ではない。

 外交官でないと言えば、ウーデットもそうである。ところがこの時に限って、

ウーデットはアントネスクの聞きたいことを、勘で探り当てた。「私は空軍の引

退軍人でありますから、正確なことはわかりません。ただ我が総統が感謝の意を

お伝えするよう言付かったのは、ホルティ摂政閣下と我が総統が会見なさった、

すぐ後のことでありました」アントネスクは痛快でたまらぬという、人の悪い笑

みを浮かべると、傍らのボーイが捧げ盛った盆からグラスを取り上げた。「総統

の健康と、我らと共にする勝利に、乾杯」座に明るさが戻った。ウーデットは愉

快そうにグラスを干すと、次のグラスを持ったボーイを探して歩き去った。

 ヒトラーは、ルーマニアが大兵力を拠出するということを、ハンガリーに対す

る要求の梃子として使ったのである。ルーマニアが2個軍を拠出したことによって、

ヒトラーは少なくとも3個軍を使えるようになったであろう。ヒトラーの礼は、

それらすべてに対するものと考えて良い。

 これでドイツに恩を売り、北トランシルバニアの奪回に向けて、大きな点数を

稼いだ。アントネスクの笑みの意味は、そこにあった。

 ルーマニアもハンガリーも、ドイツの指揮下に置くのは、最良の部隊ではない。

互いに最も信頼できる部隊は本国に置いて、互いの侵攻に備えるのである。アン

トネスクはもはやそのことを当然と考えていて、何の感慨も持たなかった。





 白ロシア(ベラルーシ)の首都ミンスクを巡る攻防戦は8月いっぱい続いた。

ソビエト軍はT34を集団で投入するのが効果的なことに気づき、たびたび反撃をか

けてきたが、Me109F、Fw190Aといった新機材で航空優勢を確立したドイツは柔軟

にこれを受け流し、戦車部隊を歩兵部隊と切り離しては、砲兵と戦車が協力して

討ち取った。戦車部隊は相変わらず75ミリ砲弾の不足に悩んでいたが、かえって

88ミリ高射砲をそのまま積んだホルニッセは空軍分の徹甲弾を回してもらい、最

後の切り札として活躍した。自走榴弾砲を数多く揃えてもらった砲兵は元気で、

上方からの榴弾砲の直撃で破壊されるT34が続出した。

 ミンスクがドイツの手に落ちると、ソビエトはスモレンスクを策源地として、

いわゆる大陸橋を死守する構えを見せた。すなわち、バルト3国と白ロシアを放棄

し、ドニエプル川とドビナ川に遮られることのない陸続きの部分をドイツ軍に通

らせまいとしたのである。ここを通せば、もうモスクワは目の前である。

 白ロシアと、南のウクライナとの境界に広がるのは、ブリビャチと呼ばれる沼

沢地帯である。この部隊の移動が困難な地域の南には、広大で肥沃なウクライナ

が広がっている。

 ドイツ軍は、攻勢の重点を南へ移し始めた。目指すは、古都キエフ。





「我々はソビエトの穀倉地帯を掌握しつつあり、アメリカからの援助物資はまだ

ソビエトに十分届いていない」ヒトラーは軍首脳を前に演説した。「牽制作戦を

除き、11月以降陸軍は無理な前進を避けるべきである。ソビエト軍はドイツ軍を

冬の間に打ち破らなければ政治的・経済的困難に直面するが、ドイツの状況は相

対的に切迫していない。ソビエトに仕掛けさせるのだ。陸軍が10月の間にキエフ

を確保し、ドニエプル川とドビナ川に沿って柔軟な防衛線を構築することが、勝

利の鍵となるであろう。ローゼンバーグ」

「はい、総統」ローゼンバーグ東方担当大臣は、ドイツ民族の生活圏を東方に広

げる事業の責任者であるが、そのために必要な権限は軍と親衛隊が握っているた

め、実質的な仕事が出来ずにいる。

「白ロシアおよびウクライナの占領地域の内、軍事的な脅威の薄れた西部の軍政

権を、軍から引き継げ。直ちにドイツに友好的な現地人の政権を樹立し、その名

において統治せよ」「は、しかし総統」「君の心配しているのは、その地域の警

察機構に対する命令権であろう。君に当該地域における一般親衛隊への指揮権を

与える」一般親衛隊とは、治安警察、刑事警察、政治警察、収容所管理部隊など

の総称である。

「総統!」ヒムラーが声を震わせて立ち上がった。ヒトラーはヒムラーの方を向

いたまま、演説を続けた。「白ロシアおよびウクライナの向背は、東部戦線の行

く末を決めることはもちろんであるが、アメリカとイギリスに対しドイツの新し

い姿勢を示す里程標ともなる。アメリカとイギリスが講和に傾いたとき、ソビエ

トは真に崩壊するのだ。親衛隊長官、親衛隊は誰の命令を実行するか」

「総統の命令のみを実行いたします」ヒムラーは即座に甲高く答えた。

「では白ロシアとウクライナにおいて、ローゼンバーグの命令は、すべて我が命

令として実行せよ。よいな」ヒムラーは応じた。「ヒトラー万歳」





「キエフだ」スターリンはジューコフに言った。「キルポノス将軍の南西方面軍

司令部を君が引き継げ。ヒトラーは西ウクライナに白色政権(反共政権)を立て

て、裏切りを奨励しておる。キエフを防衛し、反撃するのだ」「私を送るより、

戦車と砲を送った方が彼らの役に立つのではありませんか」「両方送る」スター

リンは言った。

「約束する。君だけが頼りなのだ、ゲオルギー・コンスタンチノヴィチ」

 ジューコフはもう一度言った。「戦車をお願いします。新式のものを」




Back