第10話「伯爵と7人の小人」



「先日話した、例のアンテナの件は、まだ決着がつかないのかね」「専門家たちの

チームに任せてはみましたが、何らかの電波の方向を感知する機械だというだけで、

具体的な用途は分かっておりません」

 Uボート部隊司令官・デーニッツ少将は総統のお気に入りと目されていたが、そ

れでも総統との単独会見の機会をそうそう得られるわけではなかった。海軍総司令

部は、デーニッツが頭ごしに潜水艦部隊のため(だけ)に交渉することを嫌ってい

る。デーニッツはこの貴重な機会に予算や資材、人手をどうにかして分捕ろうと、

空腹な狼の心境になっていた。

 先頃、国防軍機関誌「ヴェールマハト」の表紙を飾った写真が、アンテナ騒動の

発端であった。イェンセンとかいう記者が哨戒機に乗り込んで撮影したその写真に

は、対空砲火を盛んに撃ち上げるコルベットが写っていた。そのコルベットのマス

トに、従来見られなかった特殊な形のアンテナが写っていたのである。それは籠の

ような形をしていて、受信した電波の方向を知るものらしいのだが、イギリス艦が

新たな電波を発信しているという証拠は挙がっていなかった。

「暗号が解読されている兆候はないかね」「常にその可能性はあります」デーニッ

ツはこの話を切り上げて、鉄鋼の海軍への割当量を増加させる交渉に入りたかった

から、どうも口調がぞんざいになる。「例えば、哨戒線の位置が読まれている兆候

はないかね」総統はしつこい。「専門家によれば、エニグマ暗号機は十分に信頼の

置けるものです」

「例えばだ」相当はなだめるように言った。「開戦以来多くのUボートが行方不明

となっている。そのうち1隻が重要文書の処分に失敗した可能性はないかね。1隻で

十分なことは言うまでもあるまい」そこまで言われると、デーニッツも以前からの

漠然とした不安が頭をもたげてくる。「報告を総合すると、敵が意図的に哨戒線を

避けているとしても、事実とは矛盾しません」

 ヒトラーは獲物を仕留めた猟師の顔になり、デーニッツは複雑な思いであった。

狩られたのは自分なのか? 「ひとつ試してみるか」総統は言った。





 ドイツ北部のキール軍港をあとにしたU1963潜水艦は、最初の潜航に入ろうとして

いた。

「第5バラストタンク、ベント開け」機関長の指示で、発令所では艦首から順に、

4つのバラストタンクに注水する作業が行われていた。同時に、艦首の潜舵と艦尾ス

クリュー後ろの横舵が操作され、艦はゆっくりと深海へと身を沈めて行く。この発

令所というのは、指令塔のすぐ下のやや大きな部屋で、潜水艦の出てくる映画で艦

長が潜望鏡を覗いているところである。

 予定深度に達して艦尾の第1バラストタンクへの注水を終え、ツリムを水平に戻す

と、艦長は各部の点検結果を丁寧に聞き取った。航海準備の不足による不具合が現

れるとしたら、対処が間に合ううちに現れてくれたほうがよほど良い。

 その間も、艦内を音にならないざわめきと興奮が漂っていた。みんなあの封筒の

ことを知っているのだ。艦長はそれに気づいていたが、それについては何も言わな

かった。艦長の個室のドアすら確保できない−厚手のカーテンがあるだけだった−

Uボートで、本当の意味で秘密を守ることなど出来るわけがないのだ。

 副長とふたりの士官が呼ばれた。士官区画に入っていく4人に、艦内のすべての

人間が注意を集中していた。

 艦長は時間と艦の推定位置を確認すると、分厚く封印された封筒と、航海日誌を

差し出した。しかるべき時点まで封筒が封印されていたことを証明する署名を求め

たのである。

 封緘命令であった。

 こうした秘密命令は、Uボート部隊では珍しいものであった。デーニッツは艦長

たちと可能な限り面談の機会を持とうとしていたし、困難な命令を口頭で伝えて、

志願する−あるいは忌避する−機会を作ることもあった。司令官本人が艦長に気軽

に会える関係なのに、封筒で秘密命令を渡すのはなんとも杓子定規である。現にこ

の封筒も、艦長がデーニッツから直接預かったものであった。珍しいことであるだ

けに、艦長以下全員が興奮している。

 封筒を開き、本文に目を走らせる艦長の目の動きを、3人の士官が無意識に追っ

ている様は、もしカメラが回っていれば戯画的な情景であったに違いない。

 艦長の目から、急に光が失せたと思うと、艦長はその命令書を無造作に副長に渡

した。「遠出は無しだ。エルドラドも諜報員も日本遠征もない」艦長は懸命に平静

を取り戻そうとしていた。命令書はすでに副長から航海長に渡っている。

 U001という架空の潜水艦を名乗り、当分の間U1963の実際の位置に近い位置を報告

し続けること。それだけであった。





 冬の荒天が過ぎ、1941年のイギリス海峡には春が訪れていた。ドイツ空軍の爆撃

は間断なく続いていた。

 最近のドイツの夜間爆撃は、鉄道と港湾を主要目標としていた。鉄道は簡単に復

旧できるし、鉄橋は爆弾が命中しにくい。しかし爆撃目標としては都合の良い点も

あった。まず鉄道のどの点を破壊しても同じ効果があるから、防御が集中できず、

爆撃機の損害が少ない。自動車輸送で急場の代替輸送を行うことは出来るが、最も

希少なガソリンを大量に消費させられてしまう。そして爆撃の効果は、短期間とは

いえ広い範囲に及ぶ。

 ニューカッスルとカーライル周辺で、スコットランドとイングランドを結ぶ鉄道

はわずか2本になる。南西イングランドのコーンウォール半島への交通は、エクゼ

ターでほとんどひとつになる。孤立させやすい地帯はイギリスにいくつもあった。

鉄道の復旧にはせいぜい数日しかかからないとしても、その数日の空白が引き起こ

した混乱は、ずっと長い期間残った。イギリスはようやく戦闘機不足の危機を脱し、

大型機生産へ資源を振り向けようとしていたが、全国に散在する部品工場との連携

が絶えず乱され、プロペラとエンジンは不足と過剰を交互に繰り返し、航空機生産

省では担当者が頭をかきむしっていた。

 沿岸航空軍団と爆撃機軍団の間では、ようよう完成した大型機の取り合いがます

ます激化していたが、マルタ島陥落以来戦果を焦る政府は、爆撃機軍団に有利な判

断をしがちであった。イングランド南部の港湾への爆撃は内国水運を妨害し、輸送

船護衛に適した小艦艇の需給に慢性的なダメージを与えた。

 そして昼間と夕刻の爆撃は飛行場とレーダーサイト、それもイングランド南部に

集中し、イギリス空軍を消耗させ続けていた。防空を担当するイギリスの戦闘機軍

団司令官は昨年晩秋にダウディング大将からショルトー・ダグラス中将に代わった

ところだったが、新任司令官は前任者に比べて、多くの戦闘機で編隊を組んでから

迎撃にかかる傾向があった。戦力集中は一般的には戦術の理にかなうが、ドイツが

至近の目標を選んでいるときには、これはまずい対応であった。イギリス戦闘機が

殺到した頃には、ドイツ爆撃機は帰途についており、飛行場からは黒煙が上がって

いた。

 それらの長く深刻な物語は、ここでの主題ではない。ここで問題となるのは、イ

ギリス沿岸航空軍団がひどく手元不如意であったということである。その一方でド

イツの最精強の戦闘機隊は東部戦線に回されずフランスでとぐろを巻いていたし、

イギリスの哨戒機からUボートを守ろうと双発戦闘機がぶんぶん飛び回っていた。

 このために、フランス沿岸のブレスト軍港にドイツの巡洋戦艦2隻が逃げ込んだと

いう絶好の状況であったにもかかわらず、爆撃で致命的な打撃を与えることもでき

ず、港口を爆雷でふさぐだけの大型機も確保できなかったし、イギリスの敷設艦の

活動は双発戦闘機を避けられる深夜に制限されていた。だからドイツが掃海艇を1隻

2隻沈めるつもりで−実際には3隻沈んだ−懸命の掃海作業を行えば、必要とされる

決定的な短期間、イギリスの重圧を撥ね退けることが出来たのである。





 バウンド大将・イギリス海軍軍令部長は、開戦以来の激務と心痛でかなり体調を

崩していた。その彼をうめかせる報告が、またフランスのレジスタンス組織からも

たらされた。

「シャルンホルストとグナイゼナウが出撃しただと」2隻の巡洋戦艦は、再びイギリ

スとアメリカ大陸を結ぶ通商路の妨害に出た公算が高かった。それ以外の戦場では、

彼ら2隻の価値に見合う戦果は挙げられないだろう。

 もっとも、バウンドの心の慰めとなるのは、イギリスの船団は彼らの近くにいな

いし、イギリスにも対応の実績があることだった。最近になってアメリカがアイス

ランドを保障占領して、イギリスは航空機基地を思いがけなく得ることが出来たの

で、船団は従来より北寄りのコースをたどり、イギリスの真北近くまで来て一気に

南下するコースをたどるようになっていた。だからシャルンホルストとグナイゼナ

ウは、まとまった獲物を見つけるまでに長いことかかるはずだった。加えて、イギ

リスは第1次大戦の生き残りの低速戦艦を何隻か持っていた。これらを輸送船団につ

けておけば、ドイツ海軍は危険な戦闘には身を投じようとしないことが、2隻が通商

破壊を続けてブレストへ逃げ込んだときの経験でわかっていた。

 目下のバウンドの心配は別のところにあった。ドイツの暗号解読により、ドイツ

本国方面からも何隻かの水上艦が出撃し、可能ならば洋上で合同するという計画で

あることがわかっていた。そしてこれらの艦は、ドイツの要港を見張るイギリス潜

水艦にもレジスタンスにも、まだ所在を知られずにいたのである。

 戦艦ビスマルク、重巡洋艦プリンツ・オイゲン、そして…





 イギリス沿岸航空軍団に属するサンダーランド飛行艇の機内は、興奮でむせ返る

ようであった。はるか眼下のデンマーク海峡に、白い航跡をはっきりと刻んでいる

のは、ビスマルク級の1隻、おそらくビスマルクである。それをそのままスケール

ダウンしたような艦容のヒッパー級重巡洋艦も見える。イギリス軍はドイツ軍の交

わしている暗号を解読して、ビスマルクと共にヒッパー級3番艦プリンツ・オイゲン

が行動していることを知っていたが、もちろん現場のクルーはそんな事は知らされ

ていない。

 問題は、その後に続く第3の艦であった。

 グラーフ・ツェッペリン(ツェッペリン伯爵)。ドイツ海軍がかねてより建造し

ていた空母であることは間違いなかった。しかし・・・

 飛行甲板が前からおよそ2/3までしか張られていない。そこから後ろは単に鉄板

で覆われ、その中にエレペータ予定地と思われる縦穴がぽっかりと空いている。

鉄板の部分は離発着に使えるかどうか遠目にはよくわからないが、全体の印象とし

ては未完成のように見える。

 なおよく確認しようとしたとき、クルーのひとりが接近してくるドイツの双発戦

闘機を発見した。沿岸の基地から飛び立って、艦隊上空を直衛していたのである。

鈍足な飛行艇は、全速力で逃げるしかなかった。穴だらけで辛くも帰還した飛行艇

のクルーをイギリス軍情報部は質問攻めにしたが、グラーフ・ツェッペリンが離着

陸可能なまでに工事が進んでいるのか、結局クルーの誰も言い切る自信はなかった。





 ビスマルクはじめ3隻は、ドイツ戦闘機の切れ目ない護衛を受けながら、ノル

ウェー沿岸を北上した。逆にドイツ艦の動きは、ドイツ航空基地の一挙一動を読み

取るノルウェーのレジスタンスによって逐一イギリスに通報され、イギリスは虎の子

の陸上雷撃機隊を投入する機を伺っていた。もちろんこれに加えて、トーベイ大将・

イギリス本国艦隊司令長官は旗艦キング・ジョージ5世に司令部を移し、出撃に備え

たのである。

 北海では哨戒機と双発戦闘機がぶつかり合い、散発的な空戦が展開された。戦い

はややイギリスに不利であった。ドイツは戦闘機を繰り出せばよいのに対し、イギ

リスは雷撃機を護衛する双発戦闘機を温存せねばならず、低速の飛行艇や哨戒機を

主力にせざるをえなかったからである。しかしドイツもビスマルクの護衛に戦闘機

の大半を割かねばならなかったから、獲物に対して猟犬の数が少なく、全体として

は小競り合いに過ぎなかった。

 やがて、ビスマルクがノルウェー沿岸を離れるときが来た。メッサーシュミット

Me109戦闘機は翼を振って去り、代わって少数のユンカースJu88C双発戦闘機が小さ

な傘を広げた。

 グラーフ・ツェッペリンがその能力を発揮する状況は、まだ生まれていなかった。





 最近のヒトラーは、個々の作戦の指導に立ち入ることを意識的に避けていた。だ

から今回もOKM(海軍総司令部)に足を運ぶのにちゅうちょもあったのだが、この

大決戦の一部始終を見届ける誘惑には抗すべくもなかった。ただ大きな海域状況図

のある作戦室に居続けることは遠慮して、別室で総統大本営担当のクランケ少将の

説明を聞くことにした。

 シャルンホルストとグナイゼナウはまだ無線封止を守っている。ということはま

だイギリス船に出会っていない。これは良いニュースであった。独航船に出会って

撃沈しても、位置を暴露しては引き合わない。どうせ会うならまとまった船団がよ

かった。

 ビスマルクもイギリス哨戒機の触接を避けて、イギリスをかなり大回りにするコー

スを取っていた。イギリスにしてみれば、合流されると手が付けられない台風となっ

て航路をふさいでしまうから、その前に各個に叩いてしまいたい。だからドイツと

しては会同地点を覚らせないことが重要で、今のところこれには成功していた。

「レーダー提督は今度の作戦に不満なのかね」「いえ、決してそのようなことはあ

りません。洋上での合同は、提督が自ら言い出されたことです」クランケは当たり

障りのない答えをした。

「だが今回の作戦のようではなかった。彼は大型艦による通商破壊に対して積極的

なのだろう?」「それは確かです」「もうひとつ言えば、彼はエニグマをまだ信じ

ている」クランケは答えなかったが苦笑した。



 ドイツ軍のエニグマ暗号機は、アルファベットを機械的なルールで暗号に変換し、

また逆変換する装置である。ディスク状の部品を取り替えることで簡単に暗号コー

ドを変化させることが出来、ディスクを適当な頻度で交換している限り、入手した

暗号文から変換ルールを読み取ることは不可能と思われていた。

 ところがイギリス軍情報部は、エニグマ暗号機の複製、ついで実物を手に入れて

試すべき組み合わせの数を減らす一方、初歩的なコンピュータを開発して試行錯誤

のスピードを飛躍的に高め、このころにはエニグマ暗号を破ることに成功していた。

 もちろんおっちゃんはそれを知っている。しかしエニグマは完璧だと言い張る暗

号の専門家を、どう説得したらいいだろう? エニグマが解読されているのではな

いか、という疑いは当時からささやかれていたが、1970年代になって当時の解読班

長が手記を発表するまで、「解読されていたことを証明」することは誰にもできな

かったのである。それどころか、この時期まで幾つかの国でエニグマ暗号は使われ

続けていたほどである。



 ヒトラーの指示によるこの海空共同作戦は、ビスマルクを餌にした、大規模な実

験でもあった。その結果が出るときは、刻々と近づきつつあった。





 イギリス本国艦隊司令部の一室に集まっているのは、ウルトラ情報(エニグマ暗

号の解読結果)を参照することを許された、一握りの海軍高官たちであった。部屋

の外には海軍少佐がふたり歩哨に立っており、先ほども身分証を忘れた中将がひと

り追い返されたところであった。

 机上には、大西洋から北海にかけての地図が広げられていた。地図に書き込まれ

ているのは、ウルトラ情報から得られた、現在のUボート配置(予定)である。

 一群のUボートが、アイルランド西の海域に集結するよう指示されていた。かつ

てはUボートの豊かな狩猟地であった区域だが、最近はイギリス商船が通ることを

避け、従ってUボートの配置数も減っていた。

 ここはドイツ艦隊の会同予定地点なのか。ドイツ海軍がアメリカの設定した戦闘

禁止境界線ぎりぎりまで進出する野心的な通商破壊作戦を考えているとすれば、そ

の可能性はあった。

 実際には、集結命令を受けているUボートの大半は架空の艦であった。ドイツは

Uボートの総数を隠すため飛び飛びの艦番号をつけていたし、ときには艦番号を変

更することすらあったから、イギリス軍がこれを見破ることはできなかった。

 新たなウルトラ情報がもたらされた。宛先には問題の区域に向かっているすべて

のUボートが挙げられており、解読文が回し読みされるにつれて高官たちがあわた

だしく言葉を交わしはじめた。

 文面にはこうあった。友軍の大型艦艇が近くの海面にいる。味方を撃たないよう

十分に確認してから攻撃すること。

 地図には空白地帯もあった。アイルランドとアイスランドの中間には、いつもな

らUボートがいくらかいるのだが、今日に限って1隻もいなかった。たぶんローテー

ションの谷間で、本国から急派されてくるところなのだろう。何隻かはこの海域に

向かっているように見えたが、まだしばらく到着する位置にはいなかった。





 ぷしゅうっ。短い音と共に、古めかしい複葉機はグラーフ・ツェッペリンの艦首

カタパルトから放たれた。どこかよたよたとした低速のFi167偵察・爆撃機である。

 実のところ、グラーフ・ツェッペリンは未完成であった。飛行甲板は艦尾1/3ほど

が張れておらず、鉄板で仮に覆ってあるが、その部分は飛行機の重みには耐えられ

ない。3基のエレベータのうち完成しているのは艦首方向の第1エレベータだけで、

第2エレベータはふさがれてしまっており、第3エレベータ予定地はぽっかりと空い

ている。

 当面の問題は、飛行甲板が短くなってしまったことであった。これでは予定して

いたMe109T戦闘機は着陸速度が速すぎて危険である。かえって偵察機兼爆撃機兼雷

撃機のFi167は旧式なデザインが幸いして、何の問題もなく離着陸できる。といって

もいったんグラーフ・ツェッペリンが建造を中断したのがたたって、先行生産型12

機しか急場の間に合わなかった。

 ガーランド中佐はグラーフ・ツェッペリンの艦橋で、むっつりとFi167の後ろ姿

を見送った。

 彼はドイツ空軍ではメルダースに次ぐ第2位のエースで、名うての暴れん坊である。

前年の夏、苦しい戦いを続けるドイツ戦闘機隊を督戦に来たゲーリング国家元帥に、

何か欲しいものはないか、と聞かれて「(イギリスの)スピットファイア戦闘機を

1個中隊」と答えたのはあまりにも有名である。ドイツ軍機の被害が多いのを戦闘機

隊の不甲斐なさのせいにするゲーリングにガーランドは腹を立てたのであった。そ

のガーランドもまだ30才前ながら、ドイツ空軍という若い組織ではそろそろ指導者

としての役割を期待されていた。彼は空軍所属のまま、ビスマルク、プリンツ・オ

イゲンとグラーフ・ツェッペリンの航空隊を総合的に指揮することになっていた。

 偵察機は何とでもなる。問題は戦闘機であった。その戦闘機が・・・

 思ってもせん無いことであったが、ガーランドは直衛機の飛ぶ上空を見上げた。

見上げずにはいられなかった。複葉のAr197戦闘機が2機、のほほんと飛んでいる。

現在の主力戦闘機Me109の前の世代の戦闘機を艦載機にしたもので、グラーフ・ツェッ

ペリンが就役するというので急遽尻を叩いて、6機を納入させるのがやっとであった。

この6機が失われれば、その時は…



「U001からU007までいるみたいですね」U1963の通信長は傍受通信の内容を艦長に報

告した。「ご丁寧なことだ」

 通信員が新たな紙片を通信長に渡した。「U001のウルリヒ・ナイジェル少尉の夫

人は、けさ銃剣を携帯した未来の水兵を出産した」この種の情報が本国から、作戦

中の潜水艦の乗組員に送られることはよくあった。通信長はまた、ふふんと笑って

艦長に紙片を渡した。

「おれの従兄弟だ」艦長はうめいた。「実在するんだ、このU001ってやつは」

 イギリス軍のマークを完全に外れたUボートが7隻、大西洋のどこかを遊弋してい

る。その位置こそ、レーダーとデーニッツが設定したイギリスとの決戦場であるは

ずだった。





「多数の友軍機のほかには、何も発見できん」「また被雷輸送船からの漂流ボート

を見つけた。救難飛行艇の出動を要請する…ああ、出動は必要ない。向こうを飛ん

でいるのが見える」「ところでこれは訓練なのか?」「人類の歴史の中で、かくも

狭い海面に、かくも多数の哨戒機が…」

 バウンド大将はむっつりと電文の束を読んでいた。ドイツ艦隊の会同地点と目さ

れた、アイルランド西方海域の哨戒機からの報告である。集中的な捜索にもかかわ

らず、ドイツ艦は影も見えない。優速で出港地点からも近いシャルンホルストとグ

ナイゼナウは、そろそろ見つかってもいいころなのだが。ともあれ、会同前にビス

マルクを各個撃破する必要がある。

 イギリス艦隊は優勢とはいえ、旧式艦は一般に鈍足なため、こうした状況下でド

イツ艦の追跡に使える戦艦は多くはなかった。バウンドはキング・ジョージ5世、

プリンス・オブ・ウェールズ、ロドネイから成る戦艦部隊に空母アーク・ロイヤル

をつけ、スコットランド北方の海域まで進出させ、発見の報に備えさせることにし

た。





 コルペット艦「ラフレシア」は楽しいラム酒配給の時間を迎えていた。規格品の

カップが全員に行き渡る。すぐ飲むものもいるし、先日の借りを返すために他人に

渡すもの、自分のボトルにため込むものもいる。ちなみに「すぐ飲む」以外の処置

は規則違反である。あ、いや、「すぐ飲む」場合も水で割ることになっていたが誰

も守らないので、全員が何らかの規則違反をしている。

 コルベット艦には、戦前からの職業軍人はほとんど乗っていない−海軍にはそん

な人事上の余裕はない。民間から志願して士官としての短期訓練を受けた人々が士

官の多くを占め、水兵はほとんどが応召兵であった。中には海に通じた漁師もいた

が、その人々も武装のことは何一つ知らない。わずかに乗り組んだ職業軍人の若年

兵が、機器操作の要所を固めている。

 だからコルベット艦は他の軍艦に比べて、和気あいあいとしていた。社会人経験

の長い大人が多かったせいもあり、組織が小さかったせいもある。戦闘に直接関係

しない規律も、緩められたり無視されたりしていた。

 しかし最大の理由は、協力と団結が、このちっぽけな艦が大西洋で生き残るため

に不可欠であることを、全員が知っていたことであったろう。ラム酒の配給タイム

は、だから陽気な社交タイムであった。

 皆が陽気になる理由はもうひとつあった。旧式とはいえ、戦艦マラヤが輸送船団

の護衛についてくれている。駆逐艦も数隻伴っていたから対潜防御も普段より格段

に強化されている。何より、戦艦の黒々とした艦橋の盛り上がりが視界にあると、

強大な海軍の一員であるという誇りと自信がわいてくるのであった。

「ドイツ艦が接近している。バトルステーション、バトルステーション(総員戦闘

配置)」真剣だが冷静な艦内放送が、その雰囲気を破った。水兵たちはカップを投

げ捨て、あるいは飲み干し、テーブルを急いで壁に固定した。そして吹きさらしの

舷側通路を通って、艦内の持ち場に散って行った。





 戦艦マラヤには、一種の油断があった。シャルンホルストとグナイゼナウが大西

洋へ出てくるとき、マラヤの護衛する輸送船団と出会ったのだが、このときドイツ

艦は戦闘を避け、船団を見逃している。万一大西洋上で損傷を受ければ、艦の放棄

に至るからである。今度もそうなるだろう、と言う予断があった。マラヤは38セン

チ砲連装4基を持ち、日本の扶桑級や伊勢級と同等の攻撃力を持つ。

 ところが両艦はまっすぐに距離を詰めてくる。マラヤの方が主砲の口径では優っ

ているが、断固として距離を詰められると、その優位は小さくなる。あわててマラ

ヤは船団を離れ反撃のために回頭し、船団は解散して輸送船は逃げ散ったが、この

とき貴重な時間が失われた。

 これで荷が軽くなった、と考えてしまうのは水雷屋の業というものだろう。駆逐

艦は必殺の魚雷を放とうと、ドイツ戦艦に猛進する。シャルンホルストとグナイゼ

ナウの両舷各6門の15センチ副砲は懸命に駆逐艦を狙うが、高速の駆逐艦にはなかな

か命中しない。

 コルベット艦には魚雷発射管はない。魚雷攻撃に参加できるのは、4隻の駆逐艦

だけである。その1隻が艦首に直撃弾を食らい、速度を落とす。追うも煉獄、逃げ

るも地獄。



 シャルンホルストとグナイゼナウは連絡を取り合い交互に斉射を行って、弾着観

測に万全を期している。先に命中弾を出したのは、シャルンホルストであった。舷

側に命中した2発の28センチ砲弾は数基の副砲塔を死の爆炎で包み、残り4発の至近

弾が不吉な水しぶきをマラヤに浴びせる。やがて露になったマラヤの側面には黒々

とした破孔が残るのみである。

 マラヤの主砲も反撃した。シャルンホルストが後部砲塔を使おうと艦首を振った、

その舷側への命中である。ああしかし、最大35センチを誇るシャルンホルストの舷

側装甲は、その衝撃のほとんどを吸収し、いささかの速度も奪われない。破片が飛

び散ったために、いくつかの高角砲砲塔に悲劇が起こったが、まだドイツ水兵たち

は冷静さを失っていない。

 口径では劣っていても、マラヤの前方にある主砲は4門なのに対して、シャルン

ホルストととグナイゼナウはそれぞれ6門の主砲を向けられる。(主砲配置は大和

型と同じで、前に3連装2基、後ろに3連装1基)距離が縮まると共に、マラヤは押さ

れ気味になっていた。

 逃げ去りつつも、コルベット艦の乗組員の心はマラヤにある。立ち去りかねて視

界内にとどまっている艦も多かった。

 距離が縮まった結果、勝敗の行方は、3隻となった駆逐艦の雷撃結果にかかって

きた。



 雷撃は目標のシルエットを最大にする意味で、真横から行うのが理想的である。

その射点を得るべく、3隻のイギリス駆逐艦はドイツ艦を大回りする。それは副砲

や高角砲の斉射を浴びるということでもある。そう。諸事動きの鈍い戦艦の主砲で

は、最大戦速で疾走する駆逐艦への命中弾は望めないのだ。

 まず1隻が射点に達し、魚雷発射管を自分の進行方向とほぼ直角、シャルンホル

ストのほうに向けた。速度を落としたことで俄然至近弾が増えるのを物ともせず、

わずかな間隔で、8本の魚雷が放たれる。シャルンホルストは回避のため大きな白

波を立てて回頭する。マラヤの送り込む弾幕が水柱を立て、敵味方の視界を遮る。

 回避できそうである。しかしこの機動で航路変更の自由を奪われたシャルンホル

ストに残る駆逐艦は肉薄する。そのコースはグナイゼナウとの反航戦のコースでも

ある。90度近く回頭したシャルンホルストの横腹を狙うと、グナイゼナウに正面か

ら突進することになる。

 グナイゼナウはこの鋼鉄のチキンゲームを受けた。わずかにコースを変えて、駆

逐艦と正面衝突も辞さないコースを取る。駆逐艦は36ノット、グナイゼナウは32ノッ

ト。中途半端に離れればグナイゼナウが雷撃される。その必死の射撃に、駆逐艦の

第1砲塔が被弾して炎上する。駆逐艦長は果敢にも雷撃を諦めない。回頭だ! いく

ら近くても相対速度68ノットでは照準はできない。目標はシャルンホルスト。回頭

の瞬間、撃って逃げるしかない。

 発射命令が下ったその瞬間、前部発射管が被弾した。4発の魚雷の誘爆は駆逐艦を

数メートル跳ね上げ、折り取った。艦首部分は高く跳ね上がった挙げ句、逆になっ

て落下した。

 最後の1隻は、理想的な射点にいた。いまや必殺の魚雷がシャルンホルスト目掛

けて放たれようとしている。

 運命は頭上からやってきた。ドイツのJu88爆撃機が、おそろしく巨大な爆弾を抱

えて駆逐艦に襲いかかってきた。斜め上から急降下してきた爆撃機は、爆弾を放っ

た。それは狙い過たず不運にも艦橋に命中し…

 ごろんごろんとうつろな音を立てて、大西洋に滑り落ちていった。

 ドイツ艦の上空直衛についていたJu88C双発戦闘機が、シャルンホルストのピン

チを見かねて、900リットル入りの巨大な増加燃料タンクを使って駆逐艦を妨害し

たのである。この効果はてき面で、シャルンホルストは最も危険な位置から抜け出

してしまっていた。駆逐艦は万一の幸運を願って魚雷を放ったがシャルンホルスト

に回避され、万事は休した。



 マラヤの最後の主砲塔はいま沈黙した。3基の砲塔は不自然に傾ぎ、もう1基は弾

薬庫が誘爆した爆風を下から受けて海中に滑り落ち、ぽっかりと縦穴が残っていた。

ていた。マラヤの艦上は様々な残骸で満たされている。シャルンホルストの主砲塔

がひとつ、ひどく損傷して射撃不能になっているのが、マラヤの最後の一矢の結果

であった。

 マラヤはまだ降伏の意思を示していなかった。戦艦は砲撃だけではなかなか沈ま

ない。沈むまでにはまだ時間があるし、その間に輸送船が逃げることも、主力艦隊

が追いつくことも出来るはずであった。ところがドイツ艦隊は、マラヤをそのまま

にして遠ざかろうとしていた。

 両艦は輸送船を日没まで追い散らすと、海域から姿を消した。イギリスは日没ま

では両艦と触接を保っていたが、この時期にはまだ航空機搭載用の対水上レーダー

を持っていなかったので、逃走を許すことになってしまった。

 この様子を軍令部で見守っていた若い参謀が、首をかしげていた。シャルンホル

ストとグナイゼナウはどうも先を急いでいる。軍令部が想定している会同海域に向

かっているとしたら、被弾のリスクを避けてマラヤを放置してもよかったし、逆に

止めを刺してもよかった。実際、マラヤが撃破されたことだけで、大西洋輸送船団

の士気に与える影響は計り知れなかったが、撃沈となれば事態はさらに深刻で取り

返しのつかないものとなろう。

 参謀に閃くものがあった。もしや?



「ドイツはウルトラ情報に気づいているのです」参謀はバウンド大将に力説した。

「我々が想定している会同地域は、おとりです」参謀は作戦図に書き入れられた、

シャルンホルストとグナイゼナウのコースを指でなぞった。「シャルンホルストと

グナイゼナウはこの海域に向かってもいませんし、この海域から出てきてもいませ

ん。さらに考えなければならないことは、彼らの行動です」参謀はたたみかけた。

「もし彼らが長期的に洋上にとどまるのであれば、マラヤとの交戦を避けるべきで

した。彼らの方が優速だったのですから、彼らはそれを選べました」

「単に優勢を確信したのかもしれん。イギリスの軍艦が同じ状況になれば、戦いを

避けるということはあるまい。以前の場合とは違って、損傷を受けてもすぐ近くの

フランスへ戻ればよいのだからな」バウンドは指摘した。

「優勢と判断しただけであれば、マラヤの撃沈に至るまで戦わなかった理由が分か

りません。シャルンホルストは主砲を損傷するという犠牲を払っています。彼らは

優勢を確信してもいましたが、先を急いでもいたのです」

「話を戻すようだが、先を急ぐのなら、なぜマラヤを回避しない」

「彼らは、より強大な戦力に守ってもらえる見込みがあるからです。シャルンホル

スト級の特長は前方兵装の強力さにあります。前方の敵とのみ戦い、舵や機関を破

壊されることを避ければ、今回の遭遇は彼らにとって良い取引の機会であったわけ

です」参謀は、地図上の北海方面に置かれたままの、ビスマルクのマーカーを手に

取った。

「しかしそれでは、ビスマルクの行動が制約されてしまうではないか」

「我々はビスマルクが通商破壊に出動してくるという前提に立っていました。しか

しそうではないのです」参謀は主張した。「ビスマルクは、シャルンホルストとグ

ナイゼナウを、迎えに来るのです」

 バウンドが口を半開きにしたままこわばった。

「とすれば、会同地点は」参謀は、アイスランドとブリテン島の中間の、例の空白

地域を示した。「ここです・・・これは?」

 イギリス艦船を示すマーカーが、作戦地図のその地域に乗っていた。





 U001の目の前を、旧式戦艦ラミリーズを含む艦隊に厳重に護衛された輸送船団が、

イギリスに向けて通過していった。輸送船も良いが、護衛についている戦艦がこれ

またよだれが出るような獲物である。

 U001には厳密な位置の秘匿が求められていた。無線封止はもちろん、攻撃はある

日時になるか、別の名前のUボートに宛てた長波通信で解禁されるまで禁止されて

いた。

 例外は、戦艦または空母を奇襲するチャンスに恵まれた場合であった。戦艦といっ

ても少々小ぶりだが、艦長は狩りのチャンスを逃す気はなかった。



「発射」



 U001は急速潜航した。聴音係がささやく。「複数の爆発音」乗組員たちは笑顔で

肯きあう。だが歯がゆいことに、U001はこれから生き残ることに専念しなければな

らない。戦果を確認することは出来ないのである。

 U001はこの戦闘を切り抜けたが、戦果を問い合わせる機会はついに得られなかっ

た。この海域を離れたU001はそのまま次の狩猟に参加し、帰らなかったのである。





 イギリス海軍はマラヤを自沈させることに決定した。マラヤはUボートとドイツ

攻撃機の目標になることが明らかであり、限られた戦力をかかりきりにさせるより

も、分散した輸送船の保護を優先することにしたのである。

 ラミリーズは魚雷3発をを受けていたが、皮肉なことに、輸送船と同程度の速度な

ら航行可能であったから、船団にとどまった。

 イギリス艦隊は新たに想定された会同地点に向かっていた。シャルンホルスト・

グナイゼナウとの合流前に、ビスマルクを迎撃するためである。





「ソナー、感。左舷45度」イギリス艦隊の前衛をつとめる駆逐艦長はうんざりと報

告を聞いていた。これで何度目だろうか。「旗艦に報告しろ」短く指示すると、艦

長はまた前方の海を見詰めた。

 艦隊駆逐艦にもソナーはあり、要員も乗り組んでいた。しかし彼らは実戦経験と

いう点ではコルベット艦の同僚たちに及ばなかった。その報告を受ける指揮官も、

情報を評価する訓練を受けていなかった。艦隊駆逐艦は大型艦を雷撃するためにあ

り、そのためにこそ温存されてきていたからである。

 今回は誤報ではなかった。U002は発見され、制圧された。艦隊司令部は防潜態勢

の問題点を良く知っていたから、たまたま負傷が癒えて待命中のコルベット艦長と

技術者を軽巡洋艦に乗り組ませ、防潜指揮艦としていた。ここで情報は評価され、

輪形陣に加わっていない駆逐艦が派遣された。彼らは少なくとも1時間は制圧を続

けるよう命じられた。これは艦隊からの脱落を意味したから、戦力をそがれる水雷

戦隊指揮官は抗議したが、防潜指揮艦は取り合わなかった。今は第1次大戦ではなく、

駆逐艦の任務は多様化しているのだ。

 U002は動きを封じられたが、沈没はしなかった。このころイギリスはUボートの

潜航可能深度を低く見積もっていて、浅い深度で爆発するよう爆雷を調定していた。

U002はしかしこの後幸運に恵まれず、この一連の戦闘の間、有望な目標に巡り合え

なかった。





 大西洋の輸送船団は高速船団と低速船団の2種類に整理されていて、極端に遅い船

は高速船団からは外されていたが、それでも船団が10ノット以上で航行できること

は珍しかった。Uボートは潜航していると7ノット程度しか出せなかったが、夜間に

うまく水上航行で遅れを取り戻せば、しばらく船団を追尾することが出来た。

 U003は戦艦ラミリーズを含む輸送船団を追尾していた。特にU003の艦長に公共心

があるわけではなくて、被雷してから警戒が厳重になって、なかなか有利な発射位

置が得られなかったのである。





 1機のFi167が、イギリス主力艦隊の哨戒線に触れた。先行するコースを取ってい

たハドソン哨戒機と出くわしたのである。その任務上、軽快とは言えないハドソン

哨戒機も攻撃的であった。鈍足な複葉機のFi167は懸命に攻撃をかわす。しかし及ば

ず、艦隊に警報を発すると、白煙を引いて北海に落ちていった。





「来た!」ビスマルクに座乗するドイツ高海艦隊司令長官・リュチェンス中将は、

はるかかなたにイギリス艦隊の艦影を認めた。キングジョージ5世級が2隻、ネルソ

ン級が1隻。グラーフ・ツェッペリンは、ある事情で17ノット以上出せないこともあっ

て、はるか後方を走っている。

「3対1か」もちろんリュチェンスは戦艦以外は数に入れていない。「あとはガーラ

ンドのお手並み拝見だな」

 ちょうどグラーフ・ツェッペリンからの攻撃隊が、頭上を飛び過ぎるところであっ

た。





 ガーランドは一種の賭博に手を染め、成功した。攻撃機隊にイギリス艦隊を探さ

せる代わりに、自分たちの艦隊を追わせたのである。ドイツ艦隊が無事に帰って来

れば、戦果がなくても上上の首尾、という考え方であった。アークロイヤルは今あ

わててエレベータで攻撃機を上げている始末で、航空機による先制権はドイツが握

れたようであった。

 ただその戦力たるや、情けないほどに少なかった。偵察のために4機を使ってしまっ

たために、Fi167攻撃機がわずかに8機である。イギリスに戦闘機がいないのを見て、

4機のAr197戦闘機はビスマルクの頭上にとどまる。

 複葉のFi167は、イギリス対空砲火の良いカモであった。相次いで3機がイギリス

の機銃火を浴びて砕け散る。2機がパニックに陥り、命令を待たずに魚雷を放つ。

しかしこれを回避したロドネイの回頭が、次の魚雷の狙いを容易にした。

 3機が一斉に魚雷を放つ。1発は艦尾方向にそれたが、2発が艦尾近くに命中し、

ロドネイの速度を落とす。



 ドイツの航空機が先制に成功したとしても、イギリスは自分だけの攻撃の手番を

まだ持っていた。水雷戦隊である。

 2隻の軽巡洋艦とともに、復仇の念に燃えた10隻の駆逐艦がエンジン出力を最大に

上げて、ビスマルクに殺到しようとしていた。ビスマルクの副砲とプリンツ・オイ

ゲンの主砲が次々に火を噴くが、とても全部を撃擾することなどできそうにない。

 ビスマルクの上空を警戒していた2機のJu88Cと4機のAr197は、判断良く駆逐艦へ

の妨害攻撃に出た。Ar197は7.7ミリ機銃わずかに2丁の軽装備だからいやがらせ以上

の効果は期待できないが、ビスマルクへの到達を遅らせればそれだけ副砲かプリン

ツオイゲンの砲火に捕捉される確率は高くなる。



 先に砲火を開いたのはイギリスであった。ロドネイの40センチ砲がビスマルクの

行く手に水柱を立てる。ビスマルクも初弾を放つ。近い! 先頭のキングジョージ

5世に水しぶきがかからんばかりである。ビスマルクの乗員の練度はかなり高かった。



 イギリスを飛び立ったボーフォート雷撃機隊が到着して、ますます戦場は混戦の

度を増した。ボーフォートは操縦席から後部銃座までが胴体からそそり立つように

高く、どこかロンドンの二階建てバスを思わせる。しかし昨年来戦闘機の生産を最

優先してきたこともあって、イギリス本土全体での配備機数は40機に満たない。こ

れらの部隊は人知れず、ノルウェーから鉄鉱石を乗せてドイツに向かう輸送船団を

攻撃して、自らも損害を被っていたのである。情けないことに、Ar197はこれらの

雷撃機に追いつけない。Ju88Cがあわてて本来の任務に戻るが、所詮2機では14機の

攻撃隊に対処しきれない。

 片舷8門の105ミリ高射砲と、無数の機銃が雷撃機を迎え撃つ。火を噴くもの、遠

くで魚雷を放してしまうもの。ビスマルクは大きく転舵する。次々に魚雷が放たれ

る。

 ビスマルクは揺れた。ついに魚雷2発を浴びたのだ。しかし次の瞬間、ビスマルク

の斉射はロドネイを押し包む。ロドネイの2番・3番砲塔は直撃を浴びて沈黙する。

1番砲塔の弾薬庫にも火が迫り、要員が脱出する。

 ドイツ機の執拗な妨害に手を焼いていたイギリス水雷戦隊だが、軽巡洋艦バーミ

ンガムとシェフィールドが活路を開いた。これらは日本の最上型に対抗すべく15セ

ンチ砲12門を積んでいるため、20センチ砲8門のプリンツ・オイゲンを圧倒すること

ができた。プリンツ・オイゲン自身の対空砲火を避けるため、ドイツ機は近づけな

かったから、かえって死角になったのである。プリンツ・オイゲンがまず魚雷4本を

至近から受け、機関停止に追い込まれた。イギリス駆逐艦がビスマルクに向け必殺

の魚雷を放つ。懸命の回避にも関わらず、また2本が命中する。

 勝ち誇ったように接近する2隻のイギリス戦艦。ビスマルクは見かけ上は悠然と、

正確な砲撃を浴びせる。至近弾が艦首を挟むように落ち、キングジョージ5世の第1

砲塔を水煙に包む。答えるように放たれた砲弾は、ついにビスマルクの舷側を捉え、

高角砲が基部から折れて横倒しになる。連装副砲塔がひとつ、真上に直撃を浴びて

火柱を上げ、揚弾筒の上部を折り取られて、北海へ落ちて行く。



 グラーフ・ツェッペリンの艦橋で、ガーランドはむっつりと腕を組んでいた。切

り札を投入すべき時期だろうか?



 ガーランドは、リュチェンス中将ら海軍の主な指揮官と共に、今回の作戦前にヒ

トラーから直接指示を受けていた。「水上艦同士の収支は、五分と五分で良い。い

くつかの船団を分散させれば、Uボートと攻撃機が黒字を稼ぐことができる。積極

的に戦闘せよ」海軍総司令官・レーダー元帥の怒りを抑えた表情がガーランドの脳

裏に焼き付いていた。

「想定される戦場では、イギリス軍の航空優勢は動かしがたい。君と空母航空部隊

の任務は」ヒトラーはガーランドに言った。「決定的な損失を避けることである」

「決定的な損失とは、何でありますか」リュチェンス中将は食って掛かった。

「砲塔をすべて失うことになっても、帰ってこい。決定的な損失とは、艦と共に将

兵を失うことである」ヒトラーの静かな口調に、リュチェンスは目を伏せた。



 ガーランドは心を決めた。「私が出る」





 決定的な爆発は、プリンツ・オイゲンが半分ほどの搭載ボートを下ろしたところ

で起こった。全体に姿勢の低い重厚なデザインのプリンツ・オイゲンは、中ほどで

その艦体を折り、急激に傾斜を深めていった。黒煙をぬうようにイギリスのボーフォー

ト雷撃機、そしてドイツのAr197戦闘機が乱舞する。

 すでに至近弾や命中弾を浴びて、小型砲塔のいくつかが沈黙していたが、ビスマ

ルクは後退しようとしない。ヒトラーの命令を守って、プリンツ・オイゲンの脱出

者たちを見捨てずに抵抗しようというのだ。いや、リュチェンスはヒトラーに対し

てやや意地になっていた。ヒトラーはかねてからデーニッツ少将をひいきにして、

水上艦隊に冷たいというのがもっぱらの評判だった。きっと大型艦など沈んでもい

いと思っているのだ。

 やはり大小の手傷を負いながらも、勝ち誇った2隻のイギリス戦艦は、より確実に

致命的な打撃を与えるべく、ビスマルクに接近してくる。防御力では勝るビスマル

クも、砲数2倍とあっては決定的に不利である。

 そのとき、プリンス・オブ・ウェールズの観測員は、左舷からするすると近づい

てくる4本の雷跡を認めた。懸命に舵を切るプリンス・オブ・ウェールズ。しかしそ

のうち2本が、艦尾近くに命中してスクリューを破損させた。折角ビスマルクに迫っ

ていた水雷戦隊は、すっかりおろそかにしていた対潜戦闘のため、慌てて離れてい

く。息を吹き返したビスマルクの副砲はついに軽巡洋艦バーミンガムの中央構造物

を直撃し、戦闘力を奪う。

「急速潜航」U004の艦内では、非番の乗組員がどやどやと前部発射管室に駆け込み、

艦の前傾姿勢をせいいっぱい深める。U004はそのまま、そそくさと待ち伏せ位置を

離れ、爆雷攻撃をかわして逃げおおせた。



 ビスマルクの第1砲塔がついに被弾し、沈黙する。イギリスの圧勝かと思われた、

その時である。

 来た。

 ついに来た。

 シャルンホルストとグナイゼナウがやってきた。

 イギリス軍の不吉な予感を増幅するように、ロドネイは最後の大爆発を起こし、

総員退避が命ぜられた。



 輸送船団では、ラミリーズに随伴してきた駆逐隊をビスマルク追撃に加わらせよ

との命令が下っていた。隊形が組みかえられる短時間の乱れを、U003は突いた。

 雷跡はそこに見える。見えるのだがラミリーズは低速で航行しているために舵の

利きが遅い。

 結局駆逐隊は出発できなかった。沈没したラミリーズの生存者を収容すること

で、戦闘区画まで人があふれてしまったからである。





「まだ砲力は我が方に有利です。迷うことはありません」

「しかし戦艦がこれ以上の損害を受ければ、イギリス本土の防衛は危機に瀕するぞ」

 議論する部下をちらちら見ながら、トーベイ大将は迷っていた。そのとき、ちょ

うど連絡が入ってきた。

「潜望鏡らしきものを駆逐艦が視認しました。いま攻撃に向かっています」

 U005は、イギリス艦隊に苦労して蝕接したとたんに見つかってしまった。このこ

ろになると損失と急拡大により、Uボートは経験の浅い乗組員、特に経験の浅い艦長

を迎え入れるほかなくなっていた。U005はそうした艦長が指揮していたので、戦果

を焦って大胆すぎる行動をとったのである。

 U005はほどなく、その短い哨戒行動を終えた。



「この戦域はUボートでいっぱいだ」トーベイは自分に言い聞かせた。「撤退の許

可を求めよう」艦橋は静まり、砲声がうつろに響く。

 すでにロドネイ、マラヤ、ラミリーズを失い、プリンス・オブ・ウェールズも

数ヶ月のドック入りが必至である。ドイツにはまだ、完成直後で慣熟訓練中とはい

え、ビスマルク級2番艦ティルビッツがいた。ここでキングジョージ5世を雷撃のリ

スクにさらし続けるわけには行かなかった。

「後は…」

 トーベイは空を見上げた。





 シャルンホルストは浸水が始まっていた。マラヤとの砲戦による被弾が、初夏と

は言え極北の海を航行するうちに、艦体に亀裂を生じさせたのである。ビスマルク

の損傷も重い。ノルウェーのナルビクかトロンヘイムを目指し、重苦しい逃避行が

始まった。艦隊の将兵にはまだ勝利感を味わうゆとりはなく、緊張から来る疲労は

つのるばかりだった。もし被弾した2隻のうち1隻が沈没すれば、曲がりなりにもス

コアは3対2の僅差となり、元々の兵力差から言ってイギリスの戦略的勝利とすら言

える。もし両方を喪失するようなことがあれば・・・

 Fi167の特殊な構造によって、グラーフ・ツェッペリンの艦載機はすでに実質的に

3、4機にまで落ち込んでいた。

 Fi167は固定脚であるが、空戦時には脚を落下させられるようになっていた。パイ

ロットは機ごと着水するか空中でパラシュート降下し、機体を捨てる。もちろん敵

を見てから脚を落とすのだが、すでに多くの機体が空戦に及んで着水していた。



 空母アーク・ロイヤルを発進した、ソードフィッシュ雷撃機の群れの接近を観測

員が告げたのは、その時であった。

「ドイツの戦闘機は複葉だそうだ。条件は五分だぞ」ソードフィッシュ隊の無線に、

隊長の励ましとも冗談ともつかない言葉が乗せられる。ソードフィッシュは複葉布

張りという旧式極まりない雷撃機であったが、イギリスはこの機体をうまく使いこ

なしていた。

「隊長、前方に・・・」



 ドイツのMe109T戦闘機は、次々にカタパルトを発進していた。もちろん着艦はで

きない。ドイツ艦隊が危機を脱するまで飛んで、あとは脱出するしかない。

 そして、真打ちが登場する。ガーランドの機体にはキルマークこそ描かれていな

かったが、黄色いノーズコーンはガーランドが愛してやまない第26戦闘航空団の識

別用塗装である。他のパイロットたちもJG26から借り受けてきたものであった。

「久しぶりに、飛ぶ口実ができた」ガーランドはつぶやくと、機上無線のスイッチ

を入れた。

「中佐、カタパルト発進のご経験はおありですか」「これからテストするところだ」

無線機から笑い声が漏れた。「ご幸運を祈ります、中佐」

 エンジンが回転数を上げると、ぶうんと加速度がかかった。



 イギリス側の護衛についているフルマー戦闘機は、武装こそ7.7ミリ機銃8丁と侮

れないが、最高速度はAr197とほぼ同じ時速約400キロで、たちまちMe109に蹴散らさ

れてしまった。Ar197はMe109と交代して着艦し、次の出撃に備えている。

 しかしソードフィッシュは布張りのため、Me109のせっかくの20ミリ砲は布地に大

穴を開けつつ貫通してしまって効果が半減する。意外にソードフィッシュは落ちな

かった。



 最も対空能力の弱くなったシャルンホルストを両脇から抱えるように、グナイゼ

ナウとビスマルクが並走し、脇からの雷撃を警戒している。

 ここまで低速だと対空砲火もよく当たる。魚雷を投弾できるまでに、ガーランド

隊の戦果とあわせ半数の雷撃機が失われていた。ほとんどは遠くで魚雷を放す羽目

になり、命中が得られない。

 しかしついに、1本の魚雷がビスマルクの後部に命中した。

 第3砲塔の弾薬庫が浸水し、撃てなくなった。そのこと自体はこの状況ではたいし

た問題ではないが、艦全体としての注水量はもはや限界に来ていた。上甲板は海面

と擦れ合わんばかりである。かろうじて20ノットにも満たない速力ながら自力航行

できているのが幸運なほどであった。もはや回避行動も困難であろう。

 ほどなく、Me109の1機から敵機の来襲が告げられた。



 40機はいる。ガーランドはぞっとした。ボーフォート雷撃機とボーファイター双

発戦闘機がおおよそ半々か。こちらは敵を選べる立場とは言え、限られた接敵時間

では撃退しきれない。

 ボーファイター双発戦闘機はドイツのMe110と同様に、正面に20ミリ砲4門を持っ

ている。この機体はいわゆる一撃離脱戦法に向いていて、自分より軽快な相手には

分が悪い。

  イギリス戦闘機隊は勇敢に立ち向かってきた。彼らはすでに、ビスマルクを守っ

ているのが彼らの天敵であることを知っていて、それでも雷撃機のために時間を稼

ごうというのである。



 戦闘機と対空砲火でも防ぎきれないと見て、シャルンホルストとグナイゼナウは

最大戦速で走り始めた。自然と、ビスマルクが取り残される。

 ビスマルクの高角砲はもう半分も残っていなかった。それらが懸命に雷撃機を追

い払おうとする。1機が四散し、破片を受けたもう1機がやはり墜落する。

 相前後して、13本の魚雷が3隻に放たれる。各艦は懸命の回避行動に移る。グナイ

ゼナウは軽々と、シャルンホルストはようやく、魚雷の回避に成功する。しかし、

ビスマルクは速度が落ちており、最も多くの魚雷を引き付けてしまっていた。

 3本の命中魚雷を受け、ビスマルクの傾きはさらに大きくなる。ついにリュチェン

ス中将は、艦の放棄を艦長に命じた。

 ビスマルクは、プリンツ・オイゲンの乗員も多く収容している。これだけの人員

を収容できるのはグラーフ・ツェッペリンしかなかった。グラーフ・ツェッペリン

はビスマルクに接近してしばらく停止したあと、他の2艦と共に全速力でノルウェー

を目指すことになっていた。

「リュチェンス中将」ビスマルク艦長のリンデマン大佐は、大きな封筒をリュチェ

ンスに示した。「私は、艦を放棄する場合にのみ開封すべき封緘命令を受けており

ます」リュチェンスの与かり知らぬことであった。「開けたまえ」リュチェンスは

冷ややかに言った。

 中から出てきたのは、1枚のタイプ用紙と、大判の写真であった。「同封の写真を

舵輪に張り付け、司令部および艦の責任者は必ず脱出のこと、とあります。総統が

最高司令官としての資格で発行された命令で、レーダー元帥の副署があります」リ

ンデマンが読み上げた命令を聞いて、リュチェンスは写真を取り上げた。

 手のひらを見せるような独特の敬礼をしている、ヒトラーの肖像写真であった。





 グラーフ・ツェッペリンの艦上ではドイツ国歌が演奏され、集まれる限りの人間

が飛行甲板と格納庫の舷側に集まった。

 涙でくしゃくしゃの顔もあった。消耗し尽くした顔も合った。能面のように無表

情な顔もあった。しかしそれらの顔が見つめているのは−他の頭に邪魔されていな

ければ、だが−同じだった。傾きかかった太陽を浴びて、いまビスマルクの艦橋は

水面下に没しつつあった。

 特等席とは言えなかったが、舷側の窓からはイギリス海軍の捕虜も同じ光景を見

ていた。ビスマルクに肉薄して撃沈された駆逐艦の乗組員で、幸運にも甲板など逃

げやすいところにいた人々である。彼らにとって喜ばしい情景には違いなかったが、

その荘厳さには言葉を奪う何物かがあった。

「状況は見ての通りだ、アベヴィル・キンダー諸君」グラーフ・ツェッペリン艦長・

ケーラー大佐は、直ちに脱出して収容を受けるようパイロットたちに告げた。グラー

フ・ツェッペリンがMe109TとFi167のための収容態勢を取れるのはここが最後になる。

「リュチェンス提督から、直接お話がある」機内無線の声が変わった。「リュチェ

ンスだ。君たちのしてくれたことには感謝の言葉もない。君たちの努力にもかかわ

らずこのような結果を招いてしまったのは、ひとえに私の責任である。いずれゆっ

くりと語り合う機会を持ちたいと願っている。以上だ」

「戦闘機隊を代表して、提督閣下および海軍将兵の」ガーランドたちはもちろん海

軍軍人ではない。「奮闘に敬意を表します。ビスマルクを失った悲しみを、私たち

も等しく共有しております」

「では、気をつけてな」ケーラー大佐が締めくくった。

 ここは北海である。ガーランドはヘルムート・ヴィックの事件を思い起こした。

ヴィックはメルダース、ガーランドに次ぐ第3位のエースだったが、昨年の秋に北海

で撃墜され、脱出したことが確認されたのに、そのまま行方不明になったのである。

北海の水温は、脱出者をそれほど長いこと生かしてくれなかった。

 誰もその事に触れなかったが、脱出の前にパイロットたちと提督が直接言葉を交

わす機会が設けられたのは、脱出の危険さと無関係ではなかった。





 パイロットたちは次々に脱出し、今までのところは全員生きて救助されていた。

残るはガーランドである。

「ガーランド中佐、脱出してください。ご幸運を」まことにそっけない指示が来た。

これが最後に聞く人間の声になったとしたら殺風景な話である。ガーランドは風防

を開けた。

 思い切って飛び出す。このときの思い切りが足りないと垂直尾翼に激突してしま

う。射出座席はこの当時、ようやく実用化に近づいたところであった。

 パラシュートを開くと、ガーランドは眺めを楽しんだ。海というのも悪くない−

時々来るならだが。戦闘機乗りの保養施設はなかなか充実していたが、地中海岸に

もうひとつあってもよい。帰ったら如才ないメルダースに相談してみよう、とガー

ランドは取り止めもなく考えた。

 着水した。全身を震えが走る。寒い。これは寒い。かろうじて肩から上が水面に

出ている状態だから、視界も思ったよりずっと狭い。

 ほんの数分のことだったが、ガーランドは本当に心臓が止まるかと思った。「中

佐!泳いでこられますか」やれやれ、声がする。ガーランドは程なくゴムボートに

引きずり上げられた。

 ゴムボートの行き着いたところは、なんと浮上したUボートであった。特殊装備

を持ったUボートでは決してない。それどころか、これは最新艦をもらった新米艦

長の初航海であった。

「お会いできて光栄です」その新米艦長は握手しながら、ガーランドに毛布を差し

出した。「すぐにグラーフ・ツェッペリンから迎えのボートが来るはずです。あち

らのほうが、その、シャワーなども整っております」すでに救助されたパイロット

たちは、風を避けて艦内に入っているらしく、姿が見えなかった。

 このUボートは、ノルウェーからずっと水上航行でグラーフ・ツェッペリンに並

走してきていた。だからグラーフ・ツェッペリンはその水上最高速度の17ノットし

か出せなかったのである。航空機救難艦として適切な小艦艇は他にいくらでもあっ

たが、どれもこれもアイスランド近辺まで行って帰ってくる航続力がなかったので

あった。

「これからこの艦はどうするんだ」ガーランドは尋ねた。「まっすぐノルウェーま

で帰ります。こちらは全力疾走でしたからね。哨戒に出かける燃料の余裕がないん

です」若い艦長は、屈託なく笑った。





「イギリス戦艦3隻を失わせ、艦隊駆逐艦を多数撃破したのだから、そう悪い取り引

きではなかったろう。ビスマルクとプリンツ・オイゲンの乗組員の大半も救出でき

たし、イギリス側が暗号を解読していることもおおよそ知ることができたのだから」

報告に来たレーダー元帥に対し、ヒトラーは上機嫌で応じた。

「それが何よりの慰めです。実は、総統にお願いがありまして」レーダーは言いに

くそうな顔をした。

「辞職させていただきたいのです」

 ヒトラーが無言なのでレーダーは続けた。

「今回の戦いのような、水上、水中、そして空中を巻き込んだ戦闘がこれからの戦

闘であるとしたら、私にはそれを適切に指揮する自信がありません」

 ヒトラーがやっと口を開いた。「君との間にはいろいろなことがあったが」もち

ろん半分以上はおっちゃんの知らない話であったが。「私は君と君の部下たちに感

謝している。もし私との不和が辞職の主な理由であるなら、もう一度私に話し合い

の機会を欲しい」

「総統からそのようなお言葉を頂けるとは、正直なところ、望外の喜びです。もし

可能なら、戦争が始まる前に、そのようなお言葉を伺いたかった」

「すまん」ヒトラーとしては、それ以外に言いようがない。

「後任者を推薦させていただいてよろしいでしょうか」「聞こう」ヒトラーは悪い

予感がした。

「カールス大将を推薦いたします」やっぱりまた知らない名前が出てきた。レーダー

はヒトラーの表情を見て、かばんからごそごそと封筒を取り出して、中身を差し出

した。カールス大将の履歴書であった。

「第1次大戦ではデーニッツ少将と同様、潜水艦長でした。最近は地域基地部隊の司

令官を歴任しております」日本海軍で言う鎮守府長官いうやっちゃな、とおっちゃ

んは思った。デーニッツは正直なところ、能力は非凡であったが、総司令官として

はまだ若すぎる。検討してみる価値は有りそうだった。

「正直なところ、君は私がイギリス本土上陸をあきらめていないのに、不満なので

はないかね」

「いえ、そのようなことは」そう答えるレーダーは、作り物の表情をしているよう

に思えた。レーダーは、海軍にとってひどくブラッディな本土上陸だけはやらせた

くなかったのである。

「後任問題については、今後継続して協議しよう。その決着がつくまで、君の辞表

は保留する。それでよろしいな」ヒトラーは言った。

「ひとつ、質問してよろしいですか」「何だね」

「あなたは、本当にヒトラー総統でいらっしゃいますか」

「そんなに私らしくないかね」ヒトラーは苦笑した。





 U006について語ることは少ない。U006は指定された位置についていたが、そこは

たまたま主戦場からも、イギリス戦艦のコースからも外れていたので、U006は何も

できなかった。

 これもまた、潜水艦戦のひとつの側面であった。





 U007の艦内は興奮に包まれていた。キングジョージ5世級が、2隻連れ立っている

ところに出くわしたのである。少々護衛は多いが、艦長にいよいよ騎士十字章が授

与されるチャンスとなれば、危険は受け入れねばならない。それが艦の総意であっ

た。

 通算5万トンの商船を沈めると、艦長には騎士十字章が与えられるというのが基準

であった。これに早く達したくて無理な攻撃に踏み切り、艦を危険にさらす艦長は

後を絶たなかったが、U007の艦長は違った。彼は避退にも、もちろん攻撃にも非凡

な腕を持っていたが、どういうわけか5万トンの手前で足踏みをしていた。ただ獲物

に出会わないのではなくて、どうもこの艦長は撃沈船舶のトン数を少な目に見積もっ

ている節がある。乗員たちはこのことを不思議がっていたが、自分たちが無用の危

険にさらされないことに感謝していた。そしていつの日か「親父」に騎士十字章を

取らせてやりたいと、皆が思っていたのである。

 艦長が手に汗をかいているのを、近くにいた乗員は感じた。いま潜望鏡はイギリ

ス戦艦の姿を正しく捉えている。潜望鏡を覗いていなくても、乗員にはそれがわかっ

ていた。

「発射」艦長はボタンを押した。「急速潜航」

 慌ただしく潜航のための作業をしながら、乗員たちは水中音に聞き耳を立ててい

た。10秒、20秒。期待されていた水中音は、ついに聞こえなかった。厳重に物音を

避けるべき場合にもかかわらず、舌打ちや小声のうめき、悪罵が広がるのを、誰に

も止めることができなかった。

 艦長は収納された潜望鏡に寄りかかって、自分が騎士十字章をもらう場面を想像

していた。デーニッツとの握手。そして記念写真。故郷の新聞への記事。記者は艦

長の略歴を記事に加えようと思い付き、そして…

 艦長は汗をぬぐった。

 魚雷が外れて良かった。これでもうしばらく、ドイツは彼の一家をそっとしてお

いてくれるに違いない。

 母親が本当はユダヤ人である、彼の一家を。





<ヒストリカル・ノート>

 この話は、1941年5月に起こったと想定しています。この話の下敷きになっている

史実について解説しておきます。

 前年の秋、ドイツの巡洋戦艦シャルンホルストとグナイゼナウはドイツを出発し

て、イギリスとアメリカの通商を妨害する作戦に出ました。その後1941年初めに、

両艦はフランスの大西洋岸に到着しました。

 1941年5月、戦艦ビスマルクと重巡洋艦プリンツ・オイゲンは、ノルウェーから大

西洋に向けて通商破壊作戦に出動しました。このときシャルンホルスト・グナイゼ

ナウが呼応して再び出撃する案も検討されましたが、放棄されました。理由は2つあ

ります。まず、イギリスは沿岸航空軍団・爆撃機軍団の航空機に加えて、敷設艦に

も協力させ、両艦の泊まっている港の出口を機雷で封鎖していて、すぐには掃海で

きませんでした。そして決定的なことに、イギリス空軍はシャルンホルストとグナ

イゼナウの正確な位置を突き止め、爆撃を加えて、数ヶ月の間ドック入りしなけれ

ばならない損傷を負わせていました。

 ビスマルクはイギリス巡洋戦艦フッドを撃沈するなど追手を撃退しつづけました

が、最終的にフランスまでかなり近づいたところで捕捉され、撃沈されました。ビ

スマルクと途中から別行動をとったプリンツ・オイゲンは無事フランス大西洋岸の

港に逃げ込みました。

 1942年2月、これら3艦は一斉に港を出て、ドーバー海峡を抜けてドイツへ帰還す

るコースを取りました。これはイギリス海軍の意表を突いた上にいくつかの幸運に

恵まれ、3艦とも無事にドイツの港に入港しました。

 もっとも数週間のうちに、グナイゼナウはイギリス空軍の集中的な爆撃を受けて

実質的に廃艦に追い込まれ、プリンツ・オイゲンはあらためてノルウェーに向かう

ところをイギリス潜水艦に雷撃されて大破したので、ドイツは海峡突破の成功をまっ

たく生かすことができませんでした。

 この作品では、ドイツがイギリスに戦争努力を集中させた結果、イギリスの空軍

力が史実よりやや弱体であると想定しています。また、ゲスト・キャラクターとし

て、半完成状態のグラーフ・ツェッペリンとガーランド中佐を出してみました。今

回動員されたその他の戦力は、ドイツがAr197を史実より3機多く持ち、イギリスが

空母アーク・ロイヤルをジブラルタル部隊から本国艦隊に戻していることを除いて、

ほぼ史実通りに仕上げてあります。ジブラルタル部隊はマルタ島への補給を護衛す

るのが重要な任務でしたから、マルタ島失陥後は縮小されるのがむしろ自然でしょ

う。

 実は1941年5月当時、イギリスは空軍のエニグマ暗号を解読していたものの、海

軍のエニグマ暗号はまだ解読していなかったことが、比較的最近出版された回想

録で明らかになりました。ビスマルクに登場した空軍連絡士官に対して、その父

親である空軍高官が空軍のエニグマ暗号で安否を問い合わせたことが、ビスマル

クの位置への手がかりを与えることになったのです。ですからこの点で、この話

は史実と少し離れています。





第11話「隣の芝生は赤い」



 チロル地方を思わせる山並みが描かれた背景の書き割りは、小さな鍛冶屋の店内

を思わせるセットに遮られていた。すぐ横にも商家のセットがしつらえてあるから、

どうやら山間の小都市であるらしい。

 鍛冶屋の店内には、3つの金床があって、その上に乗った鉄片をかわるがわる、

気のない動作で叩いているのは、3人の若い徒弟である。

「なあ、次のクリスマス休暇はいつだい」

「ずっと先だよ。昨日復活祭が終わったばかりじゃないか」

「腹が減ったなあ。クリスマスまで保つかなあ」

 舞台の左手、隣の商家の背後から、初老の男がひょこひょことひょうきんに飛び

出してきた。鍛冶屋の前に来た男は、思い切り胸を反らせて、叫んだ。

「グーテンモ〜〜〜〜ルゲ〜〜〜〜〜〜ン」

 3人がどたりと横向きに倒れる。「そこまで」監督が叫ぶ。「いかがですか、総統」

「この瞬間に、カメラを揺らせることはできないのかね。地面が揺れているような

効果を表現するのだ」ヒトラーは提案した。

「それは、カメラとフィルムに対する悪影響が懸念されます。何分にもカラーフィ

ルムはデリケートですので」カラーフィルムを提供しているアグファ社の技術者が

遠慮がちに反対した。その隣で、真紅の水泳着姿で腕を組んでいるでっぷりとした

男は、次のシーンに登場する役者である。

「レールの上にカメラを載せて、前後に移動させればどうでしょう」「ピントが難

しい」「ならば舞台全体を一枚板の上に載せてですね、油圧ジャッキで上下させれ

ば」「相当な速度で動かさねばならないが、調整できるか」「陸軍兵器局の兵器実

験課なら大規模な油圧ジャッキか、あるいはクレーンを持っているかもしれません」

 おっちゃんはスタッフの熱心な討議を聞きながら、心の中でつぶやいていた。あ

かん。こう時間かけて作ったらあかん。ノリでちゃっちゃとやらんと。

 ヒトラーの肝いりによる総天然色大型娯楽映画「諸処の徒弟たち」の制作は、難

航していた。





 メッサーシュミット戦闘機に乗った新米パイロットたちは、懸命に目を凝らして

「敵機」を探していた。眼下には、春の収穫を待つばかりのルーマニアの小麦畑が

広がっている。ところどころに緑色の区画があるのは、農民が自家用に作っている

トウモロコシである。典型的なルーマニアの農民は不在地主のために小麦を作り、

自分たちはトウモロコシを主食にしている。

「こちらカルニバル2。見つけました!」元気な声が響いた。「4機が10時の方向、

高度3000」その方向には、ビュッカー中等練習機が4機並んで飛んでいる。「よろ

しいが、高度は2000といったところだ」3人の新米パイロットを指揮する隊長機か

ら修正が入る。続いての声は通信で、練習機に乗る補充隊パイロットを率いる隊

長へのものであった。「カルニバル1よりフリードリヒ1へ。発見した。これより占

位訓練に入る」「フリードリヒ1、了解」

 補充隊のパイロットは戦闘機戦技学校を出たばかりの、いわば実習生である。そ

の実習生に飛ばさせた低速の練習機を目標として、新米パイロットたちはかわるが

わる有利な位置−後方斜め上−につく練習をした。それが数順すると、今度は斜め

後ろにつかれた練習機が逃げる練習をした。

「ノヴォトニー、横滑りが早すぎるぞ」練習機の隊長から檄が飛ぶ。「メッサーシュ

ミットはお前が思うほど頑丈じゃない。いまお前がまたがってるアヒルよりずっと

速いんだからな」「バルクホルン、もっと進路をしっかり維持せんか。機首が震え

ているぞ」その上に占位した新米にも注意が入る。

 戦闘機部隊の拡充を急ぐヒトラーは、本国とポーランドやルーマニアに駐屯する

戦闘航空団の補充隊に、中等練習機を数機ずつあてがうことにした。パイロット総

数の増大には時間がかかるから、燃費の良い練習機で新米のレベルアップを図った

のである。

「カルニバル2よりカルニバル1、10時の方向にハインケル爆撃機、高度6000」新米

の指摘を受けてぎょっとした隊長はその方向を見た。いる。確かにいる。国家記章

はあるが部隊識別コードを機体に描いていないようだ。しかもハインケル爆撃機が

やってきた方向は・・・ソビエトとの国境である。

「フリードリヒ1より各機へ。あのハインケルのことは忘れろ」練習機を率いていた

士官がきっぱり言った。そう・・・あれは国防軍情報部に直属する、ブランデンブ

ルグ部隊の偵察機に違いなかった。

 ハインケル爆撃機は、一見平和な東ヨーロッパの空を、悠然と飛び去っていった。





 グーデリアンが発言すると、空間が変質するように感じられた。言葉の剣で、グー

デリアンは周囲の空気をなぎ払い、あたりの列席者に飛沫を跳ね飛ばすのである。

「現在、6つの戦車師団が依然として35型もしくは38型戦車を主力装備としておりま

す。また、ほとんどの自動車化歩兵師団は、約束された戦車大隊を受け取っており

ません。このような状態で、38型戦車の生産を全面的に新型突撃砲に転換すること

には、小官は反対です」

 ヒトラーはしかめ面をして、長くはないが断固としたグーデリアンの反対演説を

聞いていた。

 グーデリアン大将は、ドイツ戦車部隊の用法を体系化し、推進してきた人物であ

る。世界中の陸軍が、戦車をバラバラに投入して歩兵を支援させることばかり考え

ていた時代に、グーデリアンは「戦車はそれ自身を主力部隊と考え、集中投入によっ

て前線を突破するために使うべきだ」と力説し、戦車部隊が必要な組織、器材、予

算を獲得するために全力を尽くしてきた。そのためには上司や同輩に食って掛かり、

強引に言い負かすことを辞さなかったので、古手の将軍たちの間での評判は散々で

ある。

 いま総統会議で問題となっているのは、38型戦車など旧チェコスロバキア製戦車

の生産を終了して、歩兵部隊用突撃砲のために生産ラインを転用する問題であった。



「38型戦車の37ミリ砲は、もはや戦局に適合していないのではないかと言う報告が、

多くの部隊から上がっております」砲兵総監・ブラント大将は、横目でぎろりと

グーデリアンをにらんだ。「グーデリアン将軍もご承知のことと存じますが」

 ブラントは続けた。「75ミリ砲を備える突撃砲は、あらゆる場面で歩兵を有効に

支援することができます」あらゆる場面で、という言葉には、敵に戦車がいない場

合でも、というニュアンスが込められていて、戦車と対戦車兵器に関心が集中する

ことへの砲兵の微妙な感情が表されていた。

 ヒトラーは口を挟むタイミングを測っていた。会議の下準備の様子をヨードルや

ヴァーリモントから聞くにつけ、この問題の複雑さと根深さを思い知らされていた

から、うかつに議論には入って行けなかった。



 ドイツの主力戦車として、グーデリアンも関与して開発されてきた3号戦車と4号

戦車は、1941年になってようやく大量生産体制が安定稼動し始めたところである。

ヒトラーは陸軍の尻を叩いて、この38型戦車の車体に短砲身75ミリ砲を積んだ突撃

砲「ルッチャー」を開発させ、歩兵師団にとりあえず8両ずつ配備しようと提案して

いた。

 突撃砲は普通の戦車と違って、砲が正面を向いて固定してあって、ほとんど上下

にしか動かない。複雑な砲塔を作る必要がないから生産性もいいし、同じ車体に大

き目の砲を積める。敵の戦車と走りながら打ち合うような展開になると不利だが、

歩兵についてゆっくりと前進し、強力な武装で歩兵を支援するには適している。3号

戦車の車体に短砲身75ミリ砲を積んだ3号突撃砲は、すでに実戦に投入されていて、

評判が良かった。

 ここで問題がひとつある。戦車は戦車兵の管轄だが、突撃砲は砲兵の管轄である。

訓練なども砲兵流だから、戦車兵の目から見ると、対戦車戦闘の訓練は不十分であ

る。何より質が悪いのは、貴重な生産能力と予算(ドイツと言えども、命令だけで

兵器ができてくるわけではない)を戦車生産から奪ってしまうことである。

 ブラントとグーデリアンの対立は、だから、戦車兵と砲兵の資源の奪い合いと言

う側面を持っていた。



「戦車師団は近年大拡張をみておりますが、師団あたりの戦車数は減少の一途をた

どっております」「それは今日の会議の議題ではないでしょう」誰かが口を挟んだ

が、グーデリアンは無視した。「このような形で新しい定数の充足も遅れるとすれ

ば、これは由々しき問題であります」

 ポーランド戦のさい6個であった戦車師団は、フランス戦では10個となり、その直

後には20個まで拡張された。そのせいもあって、戦車師団が戦車の編制定数を満た

さないことは常態化していた。

 ヒトラーの傍らに席を占めていたシュペーア軍需大臣が発言を求めた。

「このたびの突撃砲増産計画は、3号戦車の増産計画と表裏を成すものであることを、

ご理解頂きたいと存じます。3号駆逐戦車および3号戦車の増産により、従来型の3号

突撃砲の生産を抑制せざるを得ないことを補償するため、ルッチャーを大規模に量

産することが適切と考えられるのであります」ヒトラーはほっとし、グーデリアン

はむっとした。シュペーアの戦車に対する識見は、大部分ヒトラーが吹き込んだも

のだが、グーデリアンにしてみれば所詮素人の生兵法に見える。

 砲身が長いと弾丸が速く飛び出すので、装甲板のある目標への貫徹力は高くなる。

ヒトラーは、従来の2倍近い長さの砲身を持つ新型の75ミリ砲を、3号突撃砲と4号

戦車に装備し、この新型突撃砲は「3号駆逐戦車」と称して砲兵科の管轄からはずす

ことを提案していた。つまり歩兵支援一般ではなく、もっぱら対戦車戦闘に従事する

車両、と位置づけたのである。

 砲兵にとって、突撃砲は前線で目に見える手柄を立てる貴重な手段だったから、

この措置には代償が必要だった。歩兵師団に分散配置された突撃砲は、歩兵科の指

揮官たちによって便利に使われた挙げ句、集中使用による派手な手柄の機会を逃し

てしまうことが考えられるからである。ヒトラーは、砲兵のための牽引車と自走砲

を豊富に供給することを約束して、どうにか水面下での同意を取り付けたところで

ある。

 グーデリアンにしてみれば、新型突撃砲や戦車増産「計画」と引き換えに、現実

に配備されている兵器をごっそり奪われるのだから、懸念を表明せずにはおれない。

それがこの、分からず屋の軍務官僚たちと文書による戦争を戦い抜いてきた男の、

真骨頂とも言うべきであろう。それはヒトラーにもわかる。わかるのだが、それを

通すわけには、やはり行かないのである。



「グーデリアン将軍、ドイツの守るべき戦線は、いまやはるかに長くなっている。

もはや戦車師団だけが機動的な砲兵を持っていたのでは、それらのごく一部しか有

効に守ることができないのだ」ヒトラーはついに口を開いた。

「君の懸念は私の懸念でもある。しかしだ。ドイツ陸軍の至宝である、経験豊かな

戦車兵たちが、今でも37ミリ砲搭載の戦車に乗って攻撃の中核にならねばならん。

私は常々、そのことを気にかけている」

 居並ぶ将軍たちは、礼儀正しく、しかしどこか救われたように、ヒトラーの演説

を聞いていた。大部分の将軍たちはこの対立の持つ重要さが理解できず、ただ会議

が早く終わりそうな雲行きだけを感じ取って喜んでいた。

「この計画は、シュペーア大臣も述べたように、戦車兵たちに3号戦車を早期に供給

するための、最短の道なのだ。だが将軍の意見にも聞くべきところがある。私は多

少の修正を提案したい」

 ブラントの眉が上がった。

「自動車化戦車師団にまで何らかの戦車が行き渡る、今年の秋まで、既存の38型戦

車の生産ラインの転換は行わないものとする。歩兵師団には、拡張された生産設備

からの生産分だけで当面我慢してもらおう。それで異存はないか」

 グーデリアンは厳しい顔のまま肯いた。ブラントは笑顔で何度も肯いたが、その

意味はグーデリアンには分からなかったろう。じつはヒトラーの提案は、最初から

原案に織り込まれていたが、配布資料ではわざとぼかされていたのである。グーデ

リアンは完全に事前調整から外されていたので、そのことに気づくべくもなかった。

 もっともブラントは、後にこの会議のことを、痛恨の思いで回想することになる。





「今週のドイツ機による領空侵犯は3件です」スターリンは幕僚の報告をぼんやりと

聞いているかに見えたが、突然鋭い質問が飛ぶことがあるので、報告書を読み上げ

る幕僚はぴりぴりしていた。

「まだドイツは我が国の地図を作り終えておらんのか」スターリンの冗談は、遠慮

がちな笑い声に迎えられた。

「ドイツの地上部隊は平静です。増援の兆候はありませんが、頻繁に車両が更新さ

れている模様です。多くの地域で永久陣地の構築が続いていますが、配置されてい

るのは旧式砲や捕獲兵器がほとんどです」

「ドイツは条約を誠実に履行するつもりかもしれんし」スターリンはぎろりと将帥

たちをにらみ回し、その心をすくませた。「そうでないかもしれん。私がある手段

で入手した情報がある。見たまえ」

 移動黒板に貼り付けられた大きなスケッチが会議場に運び込まれた。機関車の絵

である。将帥たちには、その機関車が普通の機関車とどう違うのか言い当てられる

者はいなかった。強いて言えば、後ろについた炭水車の部分が少々長いかもしれな

い。

「この機関車は、ドイツのヘンシェル社が量産準備を進めているものである。見た

目は普通の機関車だが、コンデンス式(復水式)機関車と呼ばれている」記憶力は

独裁者の必須条件である。スターリンの口調にはよどみがない。

「この形式の特徴は、一度蒸気として推進力に使った水分を後部の冷却室に導き、

高温の水として再利用するところにある。このような特殊で高価な形式は、石炭と

水を補給する設備の少ない地域においてのみ意味がある。例えばアフリカの砂漠と

か」スターリンは芝居がかって言葉を切り、ささやいた。「ウクライナ」





 ルーマニアの事実上の指導者、アントネスク大将は、ベルリンにヒトラーを訪ね

ていた。

 盛大な軍事パレードはナチス・ドイツの表芸のようなものだが、それを観閲する

アントネスク元帥の姿勢の正しさと言ったら、ヒトラーがほれぼれするほどであっ

た。時折観閲部隊が腕を上げてナチス式の敬礼をすると、鷹揚に答礼して見せるが、

それ以外には微動だにしない。その厳しい表情すら崩れることがない。

 観閲部隊の動きには、時折ぎこちない点や不揃いな点があって、列席しているカ

イテル元帥は露骨に不快感を見せていた。素人のヒトラーですら気がついたが、そ

の理由をやがて思い出した。今日の観閲部隊は、儀杖兵として鍛え抜かれたグロス

ドイッチュランド連隊ではなく、間もなくルーマニア=ソビエト国境警備のために

進駐する部隊が特に選ばれていたのである。



「我が国の戦車部隊の器材はずいぶん旧式なものとなっております。ドイツの優秀

な戦車を供給して頂ければ、大変助かるのですが」首脳会談に入ると、アントネス

クは率直に切り出した。優秀な、という言葉にはもちろん、旧式器材を押し付けて

くるばかりでは困りますよ、という意味が込められている。

「我が国も戦車生産が計画を下回っておりますが、貴国の友好的な姿勢には適切に

応えたいと考えております」「ハンガリーは、貴国から3号戦車の供給を受けると聞

いておりますが」「なに、わずかなものです」短いが緊迫したやり取りが続いた。

ハンガリーとルーマニアの均衡は、ヒトラーがこの時期、最も気を遣わねばならな

い事項のひとつである。

 いつもの通り、ドイツはわずかを失い、ルーマニアはわずかを得た。ドイツは出

先機関や末端組織の一方的な処置によって、このバランスをすぐに自分に有利なよ

うに戻してしまうであろうが、これもいつものことである。

「ソビエトに関して、総統のご意見をお伺いしたい」気疲れする交渉が一通り終わっ

て、アントネスクがこう切り出したとき、ヒトラーはほとんどくつろいだ気分にな

りかかっていた。この質問は想定問答に入っていたから、ヒトラーはすぐに言った。

「ああ、ヨードル将軍、最近のソビエト国境の状況について全般的な報告を・・・」

「そのことではありません」アントネスクが珍しく、慇懃な口調を振り捨てて尋ね

た。

「総統は、ソビエトを攻撃する計画を、お持ちではなかったのですか」

 もしこれが懇親会の席上であったら、ドイツ側の列席者は全員口からビールを吹

き戻していたかもしれない。タイミングはほんのわずかばらついたが、数秒後には

全員がヒトラーを注視していた。こんな質問に、ヒトラーを差し置いて、答えられ

る将軍は誰もいない。

「今ドイツは、イギリスとの戦争に全力を注いでいることはご存知の通りです。

イギリスとその友好国は、いくつかの大国をこの戦争に参加させようと努力してお

ります。彼らの企ては・・・ああ、いや、将軍の誠意を疑うつもりはいささかもあ

りません」ヒトラーは精一杯の営業スマイルを作った。アントネスクがイギリスを

利する意見を持っている、と取られかねない言い方だったので、アントネスクの表

情がわずかに変化した。それにヒトラーが気づいたのである。

「彼らの企ては、成功する可能性があります。我々は真剣に、東部国境の防衛に取

り組んでいますが、我々の側から武力衝突を早めるような計画はありません」

「我々は、ベッサラビアを奪還する戦いには、いつでも惜しみない努力を傾ける用

意があります」アントネスクの言葉にはドイツへの敵意は感じられず、むしろ熱意

が感じられた。ルーマニア北東部のベッサラビアは、独ソ不可侵条約においてソビ

エトの権益範囲に含められたため、ポーランド戦終了後にソビエト軍によって占領

され、ルーマニアのソビエトへの抗議にドイツは支持を与えなかったのである。

 ヒトラーが黙り込んだので、誰も発言するものがなくなった。やがてヒトラー自

身が、その沈黙を破った。

「あなたのお国が友好の証を立てる機会は、遠からず訪れるでしょう。私に言える

のはそれだけです」

 アントネスクは慌てたように言った。「ああ、ところで、小麦の輸出量の件です

が・・・」

 今日は軍人主体の会談だったので、アントネスクが話題を変えた理由を、ドイツ

側の列席者で理解した者はほとんどいなかった。

 アントネスクが欲しがっている領土はベッサラビアだけではない。ドイツへの貢

献を積み重ねて1940年の裁定を覆させ、北トランシルバニアをハンガリーから奪回

することが、ルーマニアの最終目標だった。ヒトラーの答えは、その狙いを遠回し

に言い当てたものだったので、アントネスクは答えに詰まったのである。





「どこで負傷したのかね」「ノルウェーであります」ヒトラーが軽く兵士の手を握

ると、兵士は精一杯の笑顔で応じた。

 ヒトラーは陸軍病院を慰問に訪れたところであった。北アフリカを除いて、ここ

のところ大きな陸軍の戦いはないから、まだ本国の病院にいるのは重傷者ばかりで

ある。

「この写真は弟さんかな」「はい、総統」枕元に青年の写真が飾ってある。「元気

そうだね」「たぶん元気だと思います・・・その、仮装巡洋艦に乗っておりますも

ので」兵士の苦笑につられて、ヒトラーも苦笑した。商船を装ってイギリスの船舶

に近づき攻撃する仮装巡洋艦の所在は、もちろん軍事機密である。

「総統、自分はきっと軍務に戻るつもりであります」次の患者が自分の順番を待ち

きれない様子で、興奮した口調で割り込んできた。ヒトラーはその兵士を見た。

 右腕が、なかった。

「良いドイツ国民には、どこにいても、重大な任務が見つかるものなのだ」ヒトラー

は兵士の顔を覗き込むようにした。「戦場以外にも英雄は大勢いる。そして君は、

すでに戦場で英雄となったではないか」

 兵士が突然、顔を歪めて泣き顔になった。「手榴弾の操作を誤ったのであります!

訓練中の、事故で・・・」語尾は曖昧な泣き声に変わった。

「君の名前は、何と言うのだ」ヒトラーは穏やかに尋ねた。「ハンス・ホスバッハ

であります」「君の名前は、誰がつけたのだ」

 意外な質問に、ハンスは泣くのを途中で止めた。「父であります」

「戦争に送られた者の息子を、また戦争に送らねばならん。そのことを私が楽しん

でいると思ってくれるな。君の父上は何と言う」「ヤコブであります」

 ヒトラーは兵士の両肩を握った。「元気を出しなさい、ヤコブの息子よ。事情は

どうあれ、君が家庭に帰ると知って、私は心が慰められるのだ」

 緊張の限界を超えたハンスは、放心したように肯いた。背後から妙な音が聞こえ

るのでヒトラーが振り向くと、病室中の兵士たちがすすり泣いていた。



<ヒストリカル・ノート>



 ドイツ空軍のシステムでは、搭乗員候補生はA/B課程と呼ばれる初等練習機・

中等練習機を使った講座を履修します。これを卒業し、良い天候ならば単独で野外

を飛んでもよいレベルになると、戦闘機乗りはすぐ戦技学校へ送られ、爆撃機乗り

はC課程と呼ばれる追加コースで多発機転換訓練や計器飛行訓練(夜間や悪天候時

に計器の表示を頼りに飛ぶ訓練)を受け、それから戦技学校に進みます。その後各

航空団の補充隊に配属されますが、ここても訓練は続き、戦闘機乗りなら空軍入隊

から13ヶ月程度で一人前になります。そして補充隊から航空団本隊へといったん配

属されれば、飛行隊長にでも出世しない限り、他の航空団への転属はありません。

実際にはいくら出世しても、原隊との精神的なつながりは切れないのです。(大戦

初期には訓練専門の航空団、つまり補充隊だけの航空団もありました)



 ブランデンブルグ部隊は基本的に陸戦部隊でしたが、わずかに航空機も持ってい

て、工作員の輸送や非合法な偵察を行っていました。



 ドイツがソビエトとの戦争に入ってから、防御力・攻撃力ともに優れているT34/76

戦車に出会って苦戦し、あわてて戦車の主砲の大口径化・長砲身化が図られたこと

は、ご存知の方も多いでしょう。これらの最初の型(例えば3号突撃砲F型)は、

1942年3月から量産が始まりました。

 実は、これらの戦車が搭載した長砲身(43口径)の75ミリ砲は、ずいぶん前に開

発契約が結ばれていて、試作品は少し前に完成していました。陸軍兵器局は、どう

いうわけかこの75ミリ砲を無視して、改めてほんの少しさらに長砲身の48口径75ミ

リ砲を発注しましたが、開発の早かった43口径砲はすっかり仕上がっていたのに対

し、48口径砲はまだ初期の不具合が取れきっていないことが、実験で明らかになり

ました。3号突撃砲や4号戦車がしばらく43口径砲を使い、数ヶ月後に48口径砲タイ

プに切り替わったのは、こういう事情によるものです。

 この小説では、ヒトラーは43口径砲を使った戦車や突撃砲の開発を、史実より早

くから命じます。43口径砲の開発スケジュールが史実通りだったとすると、半年く

らい新型戦車の登場を早めてもそれほど無理はないと思われます。それ以上早くし

ようとすると、初期に生産された戦車がバグだらけになって、改修しているうちに

数ヶ月が経過してもとの木阿弥になってしまうでしょう。1944年に登場したヘッ

ツァー駆逐戦車の開発経過がまさにそうでした。

 43口径というのは、砲身が口径(この場合75ミリ)の43倍あることを示します。

どこからどこまでを砲身とみなすかは、実は国によって異なっていたようです。

ピストルの口径で22口径とか45口径とか言うのはまた別で、22口径ピストルは口径

0.22インチのピストルです。



 ルッチャーは、大戦末期のドイツが廉価な駆逐戦車のコンセプトを模索していた

ときに使われた、車両名と言うよりは計画名(車両の仕様が頻繁に変わって最後ま

で固まらなかった)です。この作品では、史実でのヘッツァー駆逐戦車の先駆型に

あたる車両の名前として使われています。

 各種の戦車砲の榴弾と徹甲弾の生産数の比率を見てみると、過半数とは言わぬま

でも、非装甲目標に対して使われる榴弾がかなり生産されています。少なくとも大

戦初期のドイツ歩兵にとって、対戦車専門の支援用戦車を持つことは、砲兵科の将

軍たちが強調したように贅沢であったのかもしれない、と筆者は考えています。



 復水式蒸気機関車の訳語、南満州鉄道での試験採用およびいくつかの技術的特徴

については、ニフティサーブ・鉄道フォーラムのSL関係会議室の皆様にご教示頂き

ました。記して感謝します。

 戦時型の復水式蒸気機関車は、1942年になって開発が始まり、1943年に完成した

ころにはウクライナはドイツの手から離れるところでした。復水式蒸気機関車はカ

ラハリ(ナミブ)砂漠を抱える南アフリカ共和国で採用されたことがある他、南満

州鉄道でも「ミカク」という形式名で1両が試験車両として導入されていました。





第12話「さすらいのフロイライン」



 パリとベルリンを訪れると、どことなく街の雰囲気が異なることに気がつく。看

板の文字を視界から消し、パリのビルの窓を覆うフェンスの繊細で複雑な模様を考

えに入れないことにしても、何かが違う。ベルリンのビルの窓はくぼんでいるが、

パリの窓はそうでないことに気づいたとき、あなたは正解に到達できる。

 壁の厚さが違うのである。

 ロシアの冬とは比べられないとしても、ドイツ北東部の冬もまた、厳しい。

 そんなドイツの田舎町を、寒そうにとぼとぼと歩いている若い娘がいる。



「あの・・・給仕急募って、書いてあったんですけど」レストランのドアをくぐっ

た娘は、室内の温かさにも、寒そうな表情を崩さなかった。

「そうだねえ」堂々たる押し出しの女主人は、娘を無遠慮に品定めした。

「最近、年季の入ったウェイターが、ひとり応召しちまってね。もう30だよ30。あ

んな年寄りが兵隊に取られるのかねえ」

「おっ、新しいフロイライン(原義は”お嬢さん”。ドイツでウェイトレスに呼び

かけるときの言葉)かい」奥から出てきたのは、かなり若い男である。白いコック

の服を着ている。「息子のヨハンさ。こいつが結婚ローンなんか申し込むような馬

鹿なことをしなけりゃ、ガートルードを働かせて済んでいたのさ。まったくあたし

の頃は、12や13で働いてないのは、どこかの王女様だけさね」

「母さん、それはもう言わない約束だろ」苦笑したヨハンは、まあ優男と言ってい

いかもしれない。

 結婚ローンと言うのは、ナチス・ドイツが一種の失業率抑制策兼アーリア人増

加策として導入した制度である。ナチス・ドイツの目から見て人種的に望ましい初

婚の男女は、平均的な月収の数倍に当たる額を貸し付けてもらえる。返済は無利子

100ヶ月均等払いだが、返済期間のうちは、妻は夫の収入が極端に落ち込まない限

り、求職も就職もしてはならない。これによって女子の求職者=失業者が減れば、

失業率は好転すると言う寸法であった。好評な政策だったが、失業率への効果のほ

どは定かではない。ちなみに財源捻出のため、独身者には独身税がかけられた。



「ついでに屋根裏部屋に住んでることにしてやろう。いいかい、厄介ごとを持ち込

むんじゃないよ」女主人は、娘の顔を覗き込んだ。「当ててみようか。男がいるん

だろう」

 娘は首をすくめて、脅えた目をした。女主人は、きょとんとしている総領息子を

じれったそうににらんで首を振った。

「この季節に娘がひとりで、こんな格好で職を探しに来て、もう10分も話してるの

に、まだ労働手帳が出てこないってのは、わけありと大文字で書いてあるようなも

んさ。おおかた、フランスの捕虜とでもよろしくやっちまったんだろ」

 フランス軍の捕虜は、この当時もドイツの労働力不足を補うため盛んに労働に駆

り出されていたが、ドイツは人種政策の観点から、ドイツ女性との交際、特に性的

関係については厳罰で臨んだ。例えばラブレターを交わした程度の交際でも、女性

は最低でも6ヶ月、交際の程度が深いときは最高4年もの懲役刑が言い渡された。フ

ランス人捕虜に対しては、もっと刑期は長かった。

「安心おし。誰にも言わないし、雇ってやるよ。あたしはここの党の地区指導者と

知り合いでね。40年前に、さんざ浮き名を流した仲なのさ」母親のお気に入りの

ジョークをまた聞かされて、ヨハンは大げさに眉を動かした。本当は、たまたま店

で若い娘を口説いているのを見つけて、弱みを握っているだけである。

「ただし、給料はポーランド人並みだよ」娘はそれほどいやそうでもなく肯いた。

ドイツは政策的に、多くのポーランド人をドイツ領内で働かせていたが、ポーラン

ド人の給料は同種の労働をするドイツ人より低めに設定するよう指示が出ていた。

ポーランド人を劣等人種とみなす人種政策の一環である。もっともその差額は税金

として吸い上げられるようになっている。

 女主人ベルタはにこにこしていた。その表情はまんざら作り物と言うわけでもな

い。ドイツ語がろくすっぽ話せず、すぐに他に移ってしまうような(ドイツ政府は

少なくとも最初のうちは、ドイツ国内で働いている限り、外国人労働者の転職を規

制しなかった)外国人労働者の代わりに、お買い得のドイツ娘が手に入ったのであ

る。そのことが、珍しくベルタに気前の良い行動をとらせた。

「おいで。教会のバザーに出すつもりだった外套があるから、持ってお行きよ。

今夜の夕食時分から働いてもらうからね」





「おお、マルガリータ、君と会えない時間は、僕には10世紀が経ったように感じら

れたよ」ジャンは秘密の隠れ場所で、マルガリータを強く抱きしめた。マルガリー

タはジャンの口説き文句のすべてを聞き取れるわけではなかったが、十分に幸せだっ

た。聞き取れる口説き文句だけでもずいぶん長かったし。





 新しいフロイラインは、上々の評判だった。地区指導者は早速マルガレーテの尻

を触りにやってきて、ベルタにやんわりかわされ、なんとなく5マルクのチップを弾

まされて、首を振って帰って行った。平均的な労働者の月収が150マルクだった時

代である。

 ジャンとマルガレーテの生活は、貧しいなりに安定した。ジャンはカトリック教

会を見つけ、フランス語を話せる司祭に頼み込んで、どうにか空き家を世話しても

らった。そしてマルガレーテは相当なチップを稼いだし、ヨハンが時々片目をつ

ぶって、店の残り物を持たせてくれた。

 栄養状態は良いとは言えなかったが、マルガレーテはどこかふくよかになったと、

店の客は口を揃えてベルタに言った。うちの料理のせいですよと、ベルタは如才な

く答えた。



 ある日、マルガレーテが出勤すると、休業日ではないのに、休業の札がかかって

いた。

 店に入ると、ベルタがテーブルのひとつに突っ伏していた。背中を丸めたその姿

は、あの活気にあふれたベルタを、ひとりの老婆に見せていた。

「ああ・・・すまないねえ。辞めてもらわなくちゃならないよ」ベルタの声には張

りがなかった。「店を閉めるのさ・・・ヨハンが召集されちまってね」

 マルガレーテはあまりの急転に、呆然としていた。突然、ベルタの表情がくしゃ

くしゃになって、その目から涙が溢れ出してきた。



「人前で泣いたのは、何年ぶりかねえ。ヨハンの親父が、前の大戦で逝っちまった

とき以来だよ」泣いているうちに、ベルタは落ち着きを取り戻してきたようであっ

た。

「あの・・・」マルガレーテが何も言えずにいると、奥からヨハンが出てきて助け

船を出してくれた。「渡すものがあるんだ」

「これ、僕の古いコートなんだけど、当分着ないだろうから」ジャンは男物のコー

トをマルガレーテに手渡した。「大丈夫だよ。僕は戦場でもコックなんだ。炊事兵

の学校でちょっと再教育を受けたら、あとは戦線の後ろで毎日鍋を磨くんだよ」

ジャンは愉快そうに言った。ジャンの父も炊事兵だったが、毒ガスは戦闘要員と後

方要員を区別してくれなかったことを、ジャンは口に出すような人物ではなかった。





「クランベリーケーキと、紅茶をポットで」「はい」マルガレーテは喫茶店で注文

を受けていた。

「それでね。ハンスから手紙が来たのよ。ポーランドにいるらしいんだけど、元気

でやってるって」ふとマルガレーテは、客同士の会話を心に留めた。「まったく、

あの坊やが兵隊になる前に、戦争は終わってると思ったのにねえ」「何、総統は何

でも計算済みさ」男の声がした。「東にいるんなら、家にいるようなもんさ。二正

面作戦なんて、総統がするわけがないよ」

 突然、店先で鋭い音がした。ガラスが割れたのである。悲鳴が上がった。老人が

ひとり、うずくまっていた。ガラス片が刺さったらしく、上着の何個所かが赤くに

じんでいる。

「ユダヤ人め!」店の外から声がした。若い一団の少年が走り去って行くのが見え

た。マルガレーテは思わず老人に走り寄って、ガラス片を払った。胸の黄色いダビ

デの星(ユダヤ人であることを示し、外出時の着用が義務づけられていた)がちら

りと見えた。

「すまんね」老人は落ち着いた声で言った。起き上がろうとするが力が入らないよ

うである。客たちから忍び笑いが聞こえた。よく見ると、左足が義足である。老人

は暖かく笑った。「前の大戦でね」老人のドイツ語はドイツ人と変わらなかった。

「ちょっと、どうしてくれるんだい」喫茶店のおかみがやってきた。「ガラスがめ

ちゃめちゃじゃないか」おかみは老人をしかりつけた。「すまんことをした。だが、

あいにく持ち合わせがないんだ」自分のせいではない、と抗弁しても受け入れられ

ないことを、老人はもちろん知っていた。事実上、ユダヤ人は法の保護を受けてい

ないも同然なのだ。「身ぐるみはいじまえ」客から声がかかった。「血のついたコー

トなんて、もらってもしょうがないよ。とっとと出て行っとくれ」マルガレーテに

よりかかってやっと立った老人に怒声を浴びせて、おかみは押し出すように店から

出した。



 店を閉めてから、おかみはマルガレーテを呼んだ。「さっきは済まなかったね。

あのお年寄りを助け起こしてくれて、ほっとしたよ」おかみは何かをマルガレーテ

に握らせた。見ると、1マルク札であった。

「あの場はああ言うしかなかったんだよ。窓際に座ってたザウケンさんは、去年ゲ

シュタポを辞めたばかりだからね」おかみの口調はどこか独り言のように聞こえた。

実際、懺悔をしている心境なのだろう。「だけどあんたも気をつけるんだよ」おか

みは付け足すように言った。

 ジャンの住む小さな部屋への帰り道、マルガレーテは街灯の明かりで、その1マ

ルク札を見直した。これは紙幣ではなくて、おかみの免罪符であるように、マルガ

レーテには感じられた。

 マルガレーテは、その紙幣ではないものをふわりと投げ捨てると、家路を急いだ。





「あの、家事手伝い急募って、張り紙があったんですけど」マルガレーテは心細げ

に言った。

 空腹感そのものがもう鈍り始めていた。仕事の口はなかなかなかった。労働手帳

がないと、後難を恐れて誰も雇ってくれないのである。どうやら新任の軍需大臣は

女性の労働力活用に熱心なようで、いったん家庭に閉じ込められかかった女性が、

再び労働市場に吐き出されてきていた。マルガレーテの代わりはいくらでもいた。

 断られたら、すぐに移動しなければならなかった。密告されるかもしれないから

である。いつしかジャンとマルガレーテは、北西ドイツのハンブルグ市の郊外まで

来ていた。

「すまないねえ、もう間に合ってしまったんですよ」初老の上品な婦人は言った。

「まあお茶でも上がっていらっしゃい。マグダ! マグダ!」マグダというのが先

に職を決めてしまった娘なんだな、とマルガレーテは思った。きびきびした、とい

うと誉めすぎになりそうな声が台所から返ってきた。

 老婦人はマルガレーテの話を聞きたがった。代用コーヒーとケーキを前に、マル

ガレーテはここしばらくの旅の話をした。老婦人を警戒していろいろな部分をぼか

したが、老婦人は巧みに話題を変えながら会話を続けた。

「マグダ! シュルツさんのお店に行って、白ワインを受け取ってきてくれるかし

ら」老婦人がマグダを使いに出したので、マルガレーテは立ち上がった。危険だっ

た。警察が来るまでの時間稼ぎをしていたのかもしれない。

 老婦人は自分の口に指を当てながら、鋭い目を玄関に走らせた。マグダは既に出

て行っていた。「あなた、追われていらっしゃるのね。そうなんでしょ」



「あの・・・」早く逃げたいんです、と面と向かって言うのも馬鹿げているし、マ

ルガレーテは混乱して言葉が出なかった。

「そう、急いだほうがいいわ。でもその前に・・・」老婦人は戸棚から紙片と万年

筆を取り出すと、名前と住所を走り書きした。「いいこと、これは暗記したら、す

ぐに捨ててしまいなさい。きっとあなたが隠れる手助けをしてくれる人たちよ。こ

の人たちは、花ならラヴェンダーが好きなの。ラヴェンダーよ。わかった?」

「あなたは、何なんですか?」やっと出てきたマルガレーテの言葉は、老婦人をぽ

かんとさせた。やがて老婦人は、くすくすと笑い始めた。「ごめんなさいね・・・

私、あなたを試すことで頭がいっぱいで」ここで初めてマルガレーテは、老婦人が

長い会話でマルガレーテを引き止めていたのではなく、ドイツ政府のスパイかどう

か試していたのだと気がついた。

「あなたは嘘をついている・・・すごく下手な嘘。ごめんなさいね・・・でも、ゲ

シュタポが絶対つかないような嘘よ。私の主人は、アメリカ公使館に勤めているの。

急いだほうがいいわ。マグダがどこへ走ったか、おおよそ想像がつくでしょ」マル

ガレーテは虚を衝かれた。「このご時世ではね。公使館員の家に来てくれる家政婦

さんは、2種類しかいないの。若いゲシュタポのスパイと、若くないゲシュタポの

スパイよ。あらごめんなさい。あなたがそうだというんじゃないのよ」老婦人は若々

しくけらけら笑うと、表情を引き締めた。

「さあ、早く。ここは見張られているのよ」





「ふむ・・・娘さんのフランス語の方は、からきしなんだね?」細縁眼鏡をかけた

職人風の男は、マルガレーテをぎろりと見た。

 老婦人の示した住所は、フランスとの国境近くにあった。その家でいくつかの質

問に答えると、その家の男たちは、ふたりに長い箱に入るように命じた。ふたりは

箱の中でしばらく揺られ続けた。再び箱が開けられたとき、ふたりは国境を越えて、

アルザス地方(フランス東部で、ドイツとの国境地帯)にいた。そしてふたりは、

再び質問を受けているところであった。

「よろしい。君たちは今日から、フォルクスドイッチュ(民族ドイツ人)だ。君た

ちくらいの歳で、ドイツ語のできんフォルクスドイッチュは、ここじゃ珍しくない

からな」男はさらりと言った。

 フォルクスドイッチュとは、ドイツ占領地域に住むドイツ系住民のことである。

彼らはドイツの占領下においては、一般住民と区別されて様々な恩典に与かった。

アルザス地方は17世紀以来ドイツとフランスの間を行ったり来たりしているから、

フォルクスドイッチュも多い。

「明日には身分証が出来上がる。名前の希望があったら、今のうちに言っておくん

だぞ。めったにない改名の機会だからな」男はクックッと笑った。「身分証ができ

たら、ちょっと使いに行ってもらいたい」

 ジャンとマルガレーテは顔を見合わせた。予期していないことではなかった。こ

うなったら運命に我が身を委ねよう、と話し合っていたところであった。ジャンは

言った。「どこへです」

「イギリスだ」男はまたクックッと笑った。





「おや、ごきげんよう、フロイライン(お嬢さん)」身分証を受け取ったドイツ人

の警官がドイツ語で声をかけた。ジャンは曖昧に微笑し、マルガレーテは快活に「こ

んにちは」と応じた。「船旅はいかがでしたか」「最高よ」

 イギリス領チャネル諸島は、英仏海峡のフランス寄りの位置にあり、ドイツが占

領したイギリス本土の唯一の属領である。その中のジャージー島に、いまフランス

本土からの連絡船が着いたところであった。

 ふたりは、この島にドイツ語学校を作る計画を話し合うために、アルザスのドイ

ツ人が経営する学校から派遣されたことになっていた。もっともドイツ人は架空の

人物で、そこへ電話をかけるとマキ(レジスタンス)の電話番が応対する。ふたり

の訪問先は地域の名望家だが、日中は家の中でくつろいで過ごし、日が暮れてから

真の目的地に向かうことになっていた。受入先は用心のために、その目的地につい

て知らされなかった。



 ふたりの真の目的地は、何の変哲もない農家であった。乳牛のジャージー種に島

の名前がついているように、この島では酪農が盛んである。

「ごめんください」「アルザスからの方ですか」「ロッテンマイヤー学校から来ま

した」応対に出た中年男性の表情は、ほとんど変わらなかった。「裏の納屋でお待

ち下さい」どうやら中年男は、家族をレジスタンス運動に巻き込むことを恐れてい

るようであった。ひとりで応対しようと言うのであろう。ふたりは、組織作りのた

めのフランス本土からの援助と、今後の連絡の方法について、この男へのメッセー

ジを言付かって来ていた。

 ふたりは、納屋の干し草の山に腰を下ろした。今までの逃避行とは違った、旅の

開放感が、ふたりを包んでいた。「ああマルガレーテ、君といっしょなら、干し草

も魔法の絨毯に変わるよ」ジャンは早速文学的創作にいそしみ始めた。

「誰?」若い女性の声に、ふたりはすくみ上がった。

 英語とドイツ語とフランス語による不得要領な会話の末に、ふたりは若い女性が

この農家の娘であることをやっと知った。娘は父親の活動について何も知らされて

いなかったが、薄々そういった運動があることは察していて、ふたりの用向きもお

およそ見当をつけたようであった。

 娘は事情を知ると、ひどくおどおどし始めた。自分たちがここにいてはまずいの

か、とジャンが尋ねようとした、その時である。

「ジャン!」マルガレーテが鋭い声を上げた。納屋の入り口から、夜目にも見間違

えようもない、軍服のドイツ兵が覗いている。飛び出して行こうとする家の娘を、

マルガレーテが押え込む。それをかばおうとするジャン。

 ドイツ兵は、下手な英語でささやくように言った。「ケイト! いるんだろうケ

イト!これはどういうことだ」

 最初に事情を飲み込んだのはジャンだった。ジャンがマルガレーテを止めたので、

家の娘は納屋の外に走り出し、ドイツ兵に抱き付いた。「マルガレーテ、ぼくのマ

ルガレーテ、わからないのかい。この人たちは、ぼくらと逆の立場なのさ」

「じゃあ、この娘さんは、ドイツの兵隊さんと・・・」「わかったかい」

「わからん。全然わからんぞ」怒りのこもった男の声が、納屋の外から響いてきた。

 さっきの中年男性、つまりケイトの父であった。呆然と立ち尽くす若いドイツ兵

を見て、ジャンとマルガレーテは笑い声を押し殺すのに苦心していた。



<ヒストリカルノート>

 シュペーアは、ヒトラーと党組織が女性労働力の動員に消極的であったことを、

回想録の中で批判しています。軍での補助任務につくケースや、RAD(帝国労働奉

仕団)への参加など、少なからず女性は戦争参加を強いられていたのですが、様々

な理由によってかなりの女性労働力が(もちろん女性たち自身の希望もあって)家

庭に留まっていました。

 チャネル諸島は1940年から1945年の終戦までドイツ軍の占領下にありました。連

合軍はヨーロッパ再上陸に当たって、この島を無視して通り過ぎたのです。

 チャネル諸島の女性で、戦後になってドイツの元駐留兵と結婚した例は、実際に

あります。





第13話「あらがう人びと」



 ユーゴスラビアの首都、ベオグラードは、ここのところ少々景気が悪い。ユーゴ

スラビアは参戦していないものの、参戦国に囲まれる格好になってしまったために、

貿易が振るわないのである。ドイツとフランスが人手不足で農業生産が振るわない

あおりを受けて、特に農産物の価格上昇が国民生活を直撃していた。

 それでも、街には人の暮らしがあり、音楽があり、喫茶店があった。

「雨は農産物に良いですな」喫茶店の屋外の椅子に腰を下ろした山高帽の紳士が、

何気なく隣の席の髭の紳士に話しかけた。「特にタケノコにはいいでしょう」髭の

紳士は応じた。山高帽の紳士は、重そうなかばんをふたりの中間にそっと動かした。

 ウェイトレスが山高帽の紳士から注文を取って帰ってゆくと、髭の紳士は硬貨を

じゃらりとテーブルに並べ、かばんを持って立ち上がった。「お気をつけて」山高

帽の紳士は言った。「ありがとう」髭の紳士は応じた。

 かばんの底には、ドイツ軍のエニグマ暗号の傍受記録が詰まっていた。ユーゴス

ラビア軍の施設を使って、反ドイツ派のセルビア人将校がひそかに傍受したもので

あった。

 どうやってそれを解読するのかは、イギリス人たちは教えてくれなかった。重要

なことが書いてあればよいのだが、と山高帽の紳士は願って、最近とみに値上がり

したトルコ産コーヒーを口にした。

 山高帽の紳士は、こうしたことにあまり慣れていなかった。もし慣れていたとし

たら、喫茶店の隅で新聞に顔を半分埋めている、赤ら顔の紳士の視線に気がついた

かもしれない。



 エニグマ暗号機は、ドイツ軍が用いている暗号と平文の変換機である。イギリス

はいくつかのルートでエニグマ暗号機の現物を手に入れる一方、コンピュータの導

入で試行速度を引き上げ、世界各国で収集されたエニグマ暗号を片端から解読して

いる。

 エニグマ暗号にはいろいろなタイプのものがあるが、比較的低いレベルの部隊同

士で送られる通信は、アルファベットをモールス信号の形で送るものだったので、

それほど特殊な装置がなくても傍受し記録することができた。解読のための原デー

タは、ドイツ勢力圏の周辺にある英領や中立国から毎日届けられていた。

 短距離用通信機によるエニグマ通信を捕まえようと思えば、近くに受信基地を構

える必要がある。そうした観点からは、マルタ島の失陥は大きな痛手であった。



「ああロージィ、ぼくはもう我慢できないんだ」「何をなさるのウィンストン様。

いけませんわ。あーれー」

 担当者はパンチアウトされた結果を見て、顔をしかめた。まただ。

 イギリスはロンドンの郊外、プレッチリー・パーク。ここは世界最初のコンピュー

タ群を備え、ドイツのエニグマ暗号を解読できる世界唯一の施設である。つい最近

になって、空軍・海軍・情報部の使っているエニグマ暗号の解読に相次いで成功し

た。

 ところが、である。最近、ドイツのいくつかの発信源から、暗号による連載小説

が発信されるようになってきた。内容は、ウィンストンという名前の稀代のプレイ

ボーイが公爵夫人から街の花売り娘まであらゆる女性と遍歴し、最後には日本近海

にあると言う女性だけの島を目指して出港し、南大西洋でUボートに沈められるとい

うものである。ウィンストン・チャーチル首相をからかったものであることは明ら

かであった。





「今日のイギリス向けのエニグマ発信は、どうなっている」「は、ウィンストン物

語5話分を発信いたしました」

 ドイツ国防軍情報部長・カナリス海軍大将は、土曜の夕食前のひとときをヒトラー

と2人だけで過ごしていた。

 最近、ヒトラーはいわゆる総統会議のパターンを一新した。従来、ヒトラーはヨー

ドルなどごく少数の側近との長い打ち合わせに時間を費やし、側近たちの判断をさ

んざん聞いた後で全体会議に臨んでいたので、本当に政治的な調整が必要な事柄

(例えば、陸海空の資材割り当て)に十分な時間が割けなかった。

 ヒトラーは軍や各省庁、そして党組織にそれぞれ持ち時間を割り振って、ヒトラー

と側近たちの前で要求事項についてプレゼンテーションさせることにした。その上

で、カイテル元帥やボルマン官房長に、利害関係を調整して原案を作るようその場

で命じた。元の訴えがヒトラーの耳に届いていたし、関係する部門は自分の持ち時

間を使って反論することもあったから、側近も恣意的な調整はできかねた。そして

1週間経っても調整がつかない場合に限ってヒトラーは直接介入して、調整のための

委員会を作らせたり、総統としての裁定を下したりした。

 これによって、ヒトラーに生の情報が届くようになり、最終決定のための全体会

議の時間は大幅に短縮されたが、ヒトラーは差し引きするとひどく忙しくなった。

そのため、ヒトラーの夕食会はウィークデーに関しては自然消滅してしまった。

 そのかわり、ヒトラーはウィークエンドの夕食にはシュペーアやウーデットなど

の常連に加えて、普段会えないゲストを積極的に招くようになった。まあこれには

実のところ、色々な理由がある。ヒトラーはゲストたちにサインブックに記帳する

よう求めるようになっていて、グーデリアン上級大将が呼ばれたときなどは、ヒト

ラーはサインブックを寝室に持って上がって、枕元に置いて寝た。

 こうしたゲストたちは、早い夕方に夕食の場所−たいていは総統官邸−に来るよ

うに言われていて、夕食前にヒトラーと面談する席が設けられていた。これはまた

とない陳情の機会となっていて、従来ヒトラーとの面会者を決めるのに大きな影響

力を持っていたボルマン官房長は、これを快く思っていなかった。



「ギリシアとユーゴスラビアには、変わった兆候があるかね」「特にございません。

イギリス情報省とイギリス軍の情報部のエージェントが盛んに活動しておりますが、

両国の政府から厳しく監視されている模様です」「くれぐれも武力をちらつかせて

はいかんぞ。あのような山がちの国は、武力で征服できるものではない」ヒトラー

は確信を込めてそう言ったので、カナリスは怪訝な顔をした。もちろんおっちゃん

は、細かい点は覚えていないにしても、チトーに率いられたユーゴスラビアのパル

チザンが非常に強かったことは覚えている。

「戦争を早期に終結させるためには、もはや参戦国はひとつも増えないのが良いの

だ。ユーゴスラビアとギリシアには、適度に友好的で安定した政権があることが望

ましい」

 カナリスは心を決めたように、言いにくいことを口にした。「ギリシアはかねて

より、アルバニアに進出したイタリア軍を脅威と感じております。両国の友好関係

を増進するような行動を起こして頂ければ、ギリシア政府は必ずや感謝することで

しょう」

 ヒトラーとムッソリーニはギリシア侵攻を取りやめたけれども、アルバニアにい

るイタリア軍は増えも減りもしていなかった。有り体に言って、イタリアのギリシ

ア侵攻計画は、現地軍だけでそのまま侵入するという、ギリシア軍をひどく見くびっ

たものだったのである。とはいえ、この部隊はギリシアにとっても、ユーゴスラビ

アにとっても脅威であった。「統領に話してみよう。マルタ島の脅威が取り除かれ

たことでもあるし、アルバニアにおけるイタリア陸軍は縮小の余地があるかも知れ

ん」



 ギリシアが軍事的にドイツの脅威とならないとしても、ギリシアが親独的でない

と困る経済的な理由が、ひとつあった。クロムである。

 クロムは、優秀な鉄鋼を作るための添加物として絶対に必要だったが、クロムの

鉱山はヨーロッパ周辺ではギリシアとトルコ、そしてソビエトに集中していた。ド

イツの国内備蓄も極めて薄かった。

 トルコは今のところ、ルーマニア経由でクロムを輸出してくれていたが、何分に

もドイツと国境を接していないので、いつ連合国に転ぶかわかったものではない。

もしソビエトとの不仲が顕在化したらと思うと、ギリシアにそうそう人の良い顔ば

かりを見せているわけにも行かない。しかしながら、ギリシアはギリシアで周囲の

国がみな親枢軸に傾きつつあり、ドイツを貿易のお得意先として確保しなければ、

経済が立ち行かない弱みがあった。ギリシアがドイツの軍事負担を増やさず、クロ

ムとオリーブ油(ドイツ人は乳製品が不足したため、マーガリンを大量に消費して

いて、植物油脂の安定供給は重要である)を売ってくれるのが、ドイツにとっては

最も良いのである。



 カナリスは第1次大戦ではUボート艦長を務めていた人物で、簡単に迷いを表に出

す性格ではないのだが、このときは迷いが表に出た。「提督は迷っておられるな」

ヒトラーはひとりごとのように言った。「ドイツが最も早く戦争から抜け出すため

に、提督にできることは何か」「総統閣下!」ヒトラーの呟きは、聞きようによっ

ては、逆心をとがめる言葉であった。カナリスは慌てた。

「提督の願いは私の願いでもある」ヒトラーはカナリスと鼻を突きあわせるように

身を乗り出した。「私にできることがあれば、教えてもらいたい」

 カナリスがぼそぼそと話し始めたとき、おっちゃんは、カナリスを獲ったと確信

した。





 それから数日して、総統官邸に1台の軍用乗用車がやって来た。

「元帥をお招きしたのは、3つのお願いがあるからだ」ヒトラーはルントシュテッ

ト元帥が着席すると、単刀直入に切り出した。ルントシュテットは(元帥の席次で

はカイテルに次いでいたが)陸軍の最古参将軍と言っても良かった。

「まず、フリッチュ大将の名誉を回復する件について、相談に乗ってもらいたいこ

とがある」ルントシュテットが目をぎょろりとさせたので、ヒトラーはたじろいだ。

ルントシュテットはどちらかというと痩せ型なので、相対的に目が大きい顔立ちで

ある。

「私は自ら演説を行って、彼に対する処置が不当であったことを確認し、彼の長年

の功績とポーランド作戦における振る舞いに対し、元帥号と騎士十字章を追贈しよ

うと考えている」ヒトラーはそこまで言って、また次の言葉が出てこなくなった。

ヒトラーは、ルントシュテットが笑ったところを初めて見たのである。その笑顔は

すぐに消え、ルントシュテットは言った。「今日は国防軍にとって、誠に良き日で

あります」

 フリッチュ大将は、現任のブラウヒッチュ元帥の前の陸軍総司令官である。ヒト

ラーの英仏に対する戦争計画に反対したため、同性愛者であるとの嫌疑をでっち上

げられて職を解かれた。フリッチュはポーランドとの戦争が始まると、出身砲兵連

隊の名誉連隊長として、最前線へ危険な偵察行に赴き、望み通りの戦死を遂げた。

 フリッチュは陸軍の将校たちに人望があり、彼に対する処置は陸軍とヒトラーの

間のしこりとして残っていた。この点でヒトラーが自らの過ちを認めれば、国防軍

の中での反ヒトラー感情は一気に沈静化する。自ら反ヒトラーの急先鋒であったカ

ナリスは、それをよく知っていたのである。そしておっちゃんはもちろん知らなかっ

たけれども、ルントシュテットはフリッチュの解任当時、激昂して総統官邸に駆け

込み、ヒトラーと直談判したものであった。

「元帥杖と騎士十字章を遺族に伝達するために式典を催しても良いのだが、それよ

りも元帥が国防軍の戦友として遺族を訪問して、親しく手渡して頂くのが良いよう

に思われるのだ」

「わかりました。喜んでそうさせて頂きます、総統」数秒考えて、ルントシュテッ

トは答えた。

 ルントシュテットは職業軍人としての視野の狭さはあったにせよ、明晰な頭脳を

持っていた。実際には、ヒトラーが過ちを認めると言っても、式典まで開くことは

無理であった。総統は無謬でなければならないからである。おそらく総統はラジオ

演説の中でフリッチュを褒め称え、曖昧に責任を認めるのであろうとルントシュテッ

トは思った。

 フリッチュ本人はもはや回復された名誉を堪能できない。だがここまで譲ってお

いて、例えばヒトラーが遺族に会わないことを不誠実とみなす将軍の声が漏れ聞こ

えたり、遺族が元帥杖を受け取らなかったりしたら、ヒトラーとしても立場がない。

そのことを踏まえて、ヒトラーはルントシュテットに、暗に将校団と遺族へのとり

なしを頼んでいる。ルントシュテットは瞬時にそれを理解し、協力を約束した。



「もうひとつの件は、陸軍総司令官の人事についてだ。ブラウヒッチュ元帥の心臓

病が悪化していて、退任の願いが出ている。後任について推薦すべき人物がいれば、

推薦してもらいたい」あらかじめこうした申し出をすること自体、陸軍との関係改

善を目指したヒトラーの配慮であった。

「さあ、私はもう老齢でありますので、もう少し若い将軍たちの意見を聞いて頂け

ればと存じますが」重大事だけに、ルントシュテットはゆっくりと言葉を選びなが

ら答えた。

「ハルダー参謀総長を陸軍総司令官に進めることを考えているのだが、どう思われ

るかな」「誠に適任かと存じます」ルントシュテットは即座に答えた。ハルダー上

級大将は少々保守的な指揮をするきらいがあるが、鍛え抜かれた職業軍人であった。

もう50代も半ばを過ぎているから、若すぎると言うこともない。ルントシュテット

としては、軍事に政治を持ち込みそうな人物が総司令官にさえならなければ、あえ

てヒトラーにたてつくつもりはなかった。ルントシュテットなど多くのドイツ軍人

の感覚では、軍人はあれこれ政治に口を挟まず、黙って最高司令官たるヒトラーに

従うものなのである。ヒトラーは肯いて、この一件を閉じた。



「さて、最後のひとつだが…」ヒトラーは言いにくそうにした。「当面、その…」

ルントシュテットは自ら申し出た。「私からもお願いがあるのですが」「何かね」

「辞職させて頂きたいのです」ヒトラーとルントシュテットは、互いに苦笑いし

た。ヒトラーが言いたかったのもそれなのである。

 日本のシステムでは、「元帥は終身現役」であったとよく言われる。これは、元

帥府と言う一種の軍事顧問委員会の終身メンバーとして扱われ、俸給も出ると言う

ことである。ドイツではこういう制度がないので、元帥でもポストを失うと予備役

に編入されて、恩給がもらえるだけである。実のところ、1875年生まれのルントシュ

テットは大戦前から(フリッチュの一件で嫌気が差したと言うこともあろう)引退

したがっていて、そのたびにヒトラーから慰留されていた。

「実は、防諜上の理由で、偽の作戦をな」ヒトラーは説明した。

 カナリスとヒトラーは相談して、偽作戦をいくつかでっちあげて、それに沿った

命令や問い合わせをエニグマ暗号などで発信していた。そのうちのひとつに、100人

の陸軍軍事顧問団を各種の車両の設計図と共にUボートで日本に送る、と言うものが

あった。ルントシュテットをその団長に擬したいので、しばらく公的な場に出るな、

というのである。ルントシュテットはまったく異存がなかった。去年の秋に、初孫

が生まれたばかりである。かわいい。

「できればこのまま引退してしまいたいものです」ルントシュテットは正直に言っ

た。

「それは予断を許さないな。コートはよく手入れしておいてもらいたい。もし再び

元帥を呼び出さねばならないとしたら」ヒトラーは言った。「任地は寒いぞ」





「もしお知りになりたいのでしたら、総統の評判は上々よ。官邸の中でだけど」エ

ヴァは言った。「どういう点がかね」「このごろボルマン官房長があまり呼ばれな

いからよ」エヴァとヒトラーの仲は、茶飲み友達としてはずいぶん進展しており、

かなりきつい冗談も言い合えるようになっていた。

 ヒトラー政権の高官たちは様々な形でその特権を行使したが、ボルマンは総統の

秘書として働いている若い女性にしばしば手を出した。ボルマンは1900年生まれだ

から40がらみの、ややでっぷりとして頭髪が薄くなりかかった中年男である。現代

日本ならセクハラの4文字で片づけられるこの状況を秘書たちが喜んでいるはずもな

く、エヴァに至っては憤激していた。

「私は時々、自分がドイツ人のように思うようになってきたよ」ヒトラーは言った。

「それは、ドイツ人の話を、自分でよく聞いていらっしゃるからよ。もうあなたは

どこから見てもドイツ人だわ。あなたの代わりに、ボルマンなんか日本に飛んで行っ

ちゃえばいいのに・・・あら、ごめんなさい」エヴァ・ブラウンは明るくなって

きた・・・とおっちゃんは思う。まだ吉本に入れるほどではないが。

「日本とアメリカの関係は、ひどく悪化している。このままだと、もうすぐ戦争が

起きるだろう」「まあ」ぼやくように打ち明けるヒトラーに、エヴァは同情の声を

漏らした。エヴァはそのことがドイツに与える影響までは頭が回らないようだった。

 そのときヒトラーはどうすべきか。いや、その前に、ヒトラーは日本の利害とド

イツの利害のどちらを優先させるべきなのか。

 ヒトラーの悩みは尽きなかった。





「実は最近、党の古い戦友たちから、最近の総統閣下のなされようについて相談を

受けておるのです」親衛隊本部でヒムラー長官と懇談するボルマン官房長は、どこ

か落ち着きがないように見えた。自分の城を離れ、ライバルの牙城に飛び込んだ実

力者は、多かれ少なかれこうなるのかもしれなかった。

 ヒムラーは相づちを打たなかった。今はボルマンのほうが苦しい立場にある。最

終的に同盟を結ぶとしても、自分から言質を与える必要はなかった。



 組織が急激に大きくなるとき、細かい計算と配慮のできる管理者の感覚を持った

人間が求められる。そしてたまたまそうした才能を持った野心家が組織にいると、

権限が集中する結果になる。NSDAP(ナチス党)とボルマンの関係がまさにそれで

あった。単にナチス党経費の出納を一手に引き受けていただけではない。ナチス党

バッジの着用率からジャガイモの闇市場への流出に至るまで、ボルマンはあらゆる

ことに目を配り、党組織を通じて対策を指示した。ゲーリングが1ヶ月狩猟に出て

も誰も気がつかなかったろうが、ボルマンが1日寝込めば数千人の党官僚がそれに

気づいたろう。

 ボルマンとて、すべての事柄に口を挟めたわけではない。党の古参幹部はそれぞ

れ固有の縄張りをもっており、形式上の上下関係よりも、ヒトラーに認められた既

得権が物を言う場合がしばしばあった。例えばゲッベルス宣伝大臣はラジオと映画

については絶対的な権限を持っていたが、新聞は宣伝省新聞局長のディートリヒが

ヒトラーの直接の信任を得た形になっていて、ゲッベルスは新聞とラジオの報道内

容の食い違いに気がついても、自分の言い分を一方的に下僚のディートリヒに押し

付けることはできなかった。

 ヒトラー政権はドイツの地方自治体制を骨抜きにしたので、党の地方組織は事実

上の地方自治体として、地域の利害を中央に反映させ、また地方行政を行う組織と

なっていた。例えば配給切符はこれら党の地方組織によって管理されていた。ボル

マンは党組織を一手に握っていたから、権益範囲は広く薄く全国に広がっていた。

しかしボルマン自身が総統から裁量権を奪われてしまうと、地方の要求とヒトラー

の方針の板挟みにあって悶々とするのも、またボルマンの立場なのであった。



「総統は以前から、古い友人に対して友情を惜しまない方であられたのだが」ボル

マンはいつしか額いっぱいに冷や汗をかいていた。「最近は他のことに心を奪われ

ておいでのように思われる」

 ヒトラーも特に信念があってそうしているわけではない。しかし党の古参闘士が

個人的な思い出話を始めたら、いくらヒトラーがドイツに慣れてきていても、ぼろ

が出ずにはいない。自然とヒトラーは党幹部との面会を避けるようになる。そして

何か問題が起きるたびに、まず現在の担当者の話を虚心に聞いて問題点を探したの

だが、それはまさに従来のヒトラーがまったくやらなかったことなのである。政治

や行政については素人である古参幹部たちにとって、現状はひどく不快なものであっ

た。

「国防軍との関係改善が、急速に進んでいるようですな。陸海空の最高司令官がみ

な入れ替わってしまったが、新しい司令官はどれもみな旧弊な軍人どもです」ヒム

ラーはやっと口を開いた。「そうです。例えば長官どのを陸軍総司令官に任命する

ことは、まことに適切であったと思うのですが」ボルマンは秋波を送った。

 ヒトラーは1940年秋以降、戦車師団や自動車化師団の増設を厳しく制限していた。

20個戦車師団と10個自動車化師団は、(師団あたりの戦車定数が減るのを嫌って)

師団増設に反対していたグーデリアン上級大将にちなんで「グーデリアンの30」と

呼ばれていたが、これ以降の機械化師団増設はすべて却下された。

 ヒムラーは事ある毎にヒトラーに訴え続けて、武装親衛隊からようやく2個戦車師

団(ダスライヒ、トーテンコープ)と1個自動車化師団(ポリツァイ)の創設に漕ぎ

着けたが、ヒトラーのボディーガードをもって長年任じてきたゼップ・ディートリ

ヒが子飼いにしているアドルフ・ヒトラー連隊は、いまだに師団昇格が認められて

いなかった。

 ヒムラーはすでにドイツ全土の警察機構を管轄範囲に収めていたが、いずれ国軍

全体を党の名の下に掌握しようと、機会を狙っていた。ヒトラーが国防軍といい関

係になってしまうと、まことに困る。そうしたヒムラーの懸念を、ボルマンは察し

た。

 この日に交わされた約束は何もない。しかし政治家として、両者が得たものは大

きかった。互いに、相手の利とするところをつかんだからである。



<ヒストリカル・ノート>

 実際には、暗号傍受は1字間違っても作業全体が無駄になるため、イギリス軍が

他国人のデータを使ったかどうかは疑問です。

 陸軍の戦術レベルのエニグマは、一時期を除いて解読できなかったようです。原

理的に解読できないと言うより、使われているキーの種類が多すぎて効率が悪かっ

たのでしょう。1943年春以降、陸軍の上級司令部同士でのみ使われる、専用変換機

を使った暗号が解読され、これがノルマンディー上陸以降の戦局に大きな影響を与

えました。

 イギリス情報省の外国出版局は、中立国で世論をイギリスに有利に導く宣伝活動

を行う公然組織で、そのアタッシェは各国大使館と協力してイギリスの新聞や映画

の普及などに当たりました。大戦勃発後、日本でも歴史家として知られているE.H.

カーが局長に就任しました。





第14話「将軍は走り、兵士は歩く」



「作業にかかるぞ」ドイツ語の号令で、ドイツ人、イタリア人、そしてリビア人の

混成部隊は、テントの影からもぞもぞと這い出してきた。日は沈みかかり、日差し

は幾分和らいでいる。

 サハラ砂漠の奥に入るとまた別だが、北アフリカの海岸地方は砂漠と言うよりも

砂っぽい荒地に近く、乾き切った硬い大地を薄い砂の層が覆っている。作業はその

薄い砂を取り除くことから始まった。硬い大地を掘り下げ、基礎材を埋め込んだら

枕木を置いて固定し、その上にレールを敷いて行く。早朝に作業が済んだ部分は、

すでに砂の薄衣をまとっていた。

 1940年晩秋に工事の始まったベンガジ−トリポリ間軍用軽便鉄道は、1000キロの

距離を克服して、初夏の完成をもう目前にしていた。複線とは言え線路幅75センチ、

最高時速15キロの小型鉄道ではあるが、ベンガジやトブルクの港湾能力のボトルネッ

クを緩和するインフラとして大きな期待がかかっていた。

 ドイツ鉄道工兵隊は、当時8つしかない鉄道工兵建設大隊の半数を派遣して現地の

指揮を執らせ、次々に独立建設中隊を投入して、この国家的プロジェクトに全力を

傾けていた。ヒトラーが大攻勢を見合わせるようマンシュタインに念を押したのは、

この鉄道のための機材運搬が行われる間、大規模な補充物資の輸送はできないから

であった。

 しかしながらもちろん、このような大規模な工事がイギリスに知れないわけがな

い。チャーチルは中東総軍ウェーヴェル司令官に、総攻撃の開始を督促した。そし

てドイツもまた、それを予期していたのである。





「いいかお前たち。明日はイタリアの男っちゅうもんを、ドン・エルヴィーノにお

見せするんだ。恥ずかしいことをする奴がいたら、ふん縛って砂漠に転がしちまう

から、そう思っとけ」

 雄弁を振るっているのは、ロンメルの護衛小隊を束ねるマルコ・ピアッティ曹長

である。彼はロンメルが障害物を登るのを現場で見ていたひとり(第7話参照)で、

以来ロンメルの熱狂的な崇拝者になり、あらゆるコネを使って司令部中隊への配属

を運動して、このポストをせしめたのであった。

 戦車師団の司令部は、部下たちの前進に合わせて敏速に動き回らねばならないか

ら、敵中に露出したときの用心に護衛中隊を持っている。それほどの重火器がある

わけではないが、対空機関銃を持った小隊や、装甲兵員輸送車に乗った普通の歩兵

小隊が含まれる。この歩兵小隊を、ここでは護衛小隊と呼んでおくことにしよう。

ロンメルの場合、本人は自分が死ぬかもしれないなどと考えようとしないので、か

なり危ないところへもろくろく護衛を連れずに進出してしまう。護衛小隊長の役目

は重大であった。

 1941年1月、イギリス軍の総攻撃は、南側(内陸側)を中心に開始された。海岸近

くを東西に通っている街道沿いの正面攻撃を避け、よく整っていない砂漠の裏街道

を通ってドイツ軍の背後に回り込むべく、戦車部隊を動かしたのである。

 これに対しマンシュタイン大将は反撃しつつ後退した。ロンメルのアウグスタ戦

車師団は海岸沿いを守っているイタリア・リビア戦車軍団の中にいたが、アフリカ

の枢軸軍を束ねるグラツィアーニ元帥は、明朝を期してアウグスタ戦車師団に牽制

のための攻撃を命じたところであった。





「シュトラハヴィッツ少佐の部隊に、後方を撹乱させてはいかがでしょう」ドイツ

第3戦車師団のモーデル中将は、協議に訪れたドイツ・アフリカ軍団長、マンシュタ

イン大将に提案した。イギリス軍は後退するドイツ軍を追ってガブル・サレフに迫っ

ている。誘いの隙が本当の隙になるぎりぎりの瀬戸際であった。マンシュタインは

反撃のタイミングを誤らないために、師団司令部まで出てきていた。

「最も注意しなければならんのは、イギリス軍ではなく、ロンメル将軍だよ」マン

シュタインは笑った。「彼はハルファヤ峠への攻撃を許可された。彼はおそらく全

力で攻撃をかけて、ハルファヤ砦に集積された物資を狙うよ」「物資、であります

か」「そうだ。特に燃料だな。彼は少なくともマルサ・マトルーまでは進出できる

と計算しているはずだ」マンシュタインはまだ笑っているようでもあり、険しい顔

をしているようでもあった。おそらくそのどちらでもあったろう。

 ハルファヤ峠は、海岸沿いの街道が通る、リビア・エジプト国境の要衝である。

「だからそれ以上の陽動は無用だと思う」マンシュタインの口調は、断定を避けた

丁寧なものであった。「イギリスの機械化部隊が反転するところを、我々は全力で

叩くのだ。まず君の師団が行きたまえ。リュットヴィッツは戦闘を避けて南に迂回

させておく。私が指示を出したら、彼の第15戦車師団に追撃を委ねて、君の師団は

戦場の掃除にかかってほしい」

 マンシュタインは、イギリスに最大の損害を与えることよりも、兵站上の無理を

最小に止めつつ現状を維持することを考えていた。イギリス軍が退却する際に落伍

した車両を捕獲する算段を、もう立て始めているのである。

 モーデルの参謀長が、兵士に呼び出されて中座したかと思うと、すぐに紙片を持っ

て引き返してきた。「シュトラハヴィッツ少佐より、軍団司令部宛に発信された無

線を傍受しました。薔薇が咲いた、というものです」シュトラハヴィッツの独立偵

察大隊の一部は、ガブル・サレフ付近に伏せられていた。それがイギリス軍先鋒の

来着を知らせたのである。

「よろしい」マンシュタインは腕時計を見た。「準備射撃の後、攻撃に移り給え」

マンシュタインはそう言いながら立ち上がって、もう自分の司令部に帰る支度にか

かっていた。軍団直轄の砲兵は、第3戦車師団の砲兵と共にガブル・サレフ付近に照

準を合わせていたから、軍団長の仕事はしばらくないだろう。

 それを見送りながら、モーデルは遠くを見るようにつぶやいた。「マルサ・マト

ルーか…悪くないな」もしモーデルがロンメルの立場なら、同じ事をするだろう

と、モーデルは考えた。



 榴弾砲の集中射撃は、戦車よりも歩兵や砲兵に対して致命的な効果がある。ドイ

ツ軍はまず、イギリス歩兵・砲兵・戦車部隊の連携を崩すところから始めた。

 イギリスはフランス戦線での苦い戦訓から、戦車は集中使用しなければならない、

ということは十分に学んでいた。砲兵の運用も元々うまかった。しかし戦車と歩兵

の連携については、まだ十分に学んでいるとは言えなかった。戦車部隊は迅速に砲

撃の混乱から立ち直ったが、屋根のない兵員輸送車に載っている歩兵たちは大きな

損害を被って、一時的に戦闘能力を失ってしまった。

 イギリスは3個戦車旅団、およそ200両の戦車をこの方面につぎ込んでいた。戦車

部隊の情勢判断はそれほど暗いものではなかった。イギリス砲兵はモーデル将軍の

砲兵の位置を砲煙などからつかんで、すでにカウンター・バッテリー(先に位置を

知られた長距離砲を長距離砲で狙うこと)の準備に入っていた。一気にドイツの防

備を押しつぶすチャンスは十分にあると思われた。戦車部隊は前進を続けた。

 モーデルの戦車部隊が、程なくイギリス軍の視界に入ってきた。状況に合わせて

融通の利く、Y字型のブライトカイル(逆楔)陣形である。全部で9つの中隊が

その中にあって、それぞれが密集し、敵と蝕接したときは中隊にいる17台の戦車が

一斉に戦闘に参加できるようにしていた。

 陣形の後方にいた中隊がスピードを上げ、イギリス戦車部隊の側面に回り込もう

とする。先鋒の中隊は停車して、イギリス戦車を狙い撃ちにする。ドイツ戦車兵は、

射撃の際は必ず停車するよう訓練されていた。移動しながらの射撃は無駄弾につな

がり、戦闘中の弾切れという最悪の事態を招きかねないからである。



 イギリス戦車部隊は一旦ドイツ戦車部隊とすれ違おうと考えたようであった。ス

ピードを増しながら、停車して射撃中のドイツ戦車に砲弾を浴びせる。互いに何両

かの戦車が炎上したが、技量にまさり、停車して射撃するドイツ戦車のほうが分が

いい。

 ドイツ戦車の後には歩兵が続いていた。イギリスとしては戦車で蹂躪したいとこ

ろだが、いまはドイツ戦車隊を撃破することが最優先である。すぐに反転してドイ

ツ戦車に襲い掛かろうとしたイギリス戦車は、背後から対戦車砲の一斉射撃を浴び

て混乱した。イギリス戦車部隊が前進を止めないという偵察結果が伝えられたため、

砲兵連隊の陣地を守るよう、対戦車砲大隊が砲列を敷いたところだったのである。

 歩兵部隊が追従してきていれば対応のしかたもあるが、ここは逃げる一手である。

装甲の弱い背面に37ミリ砲を食らって、エンジンが止まる戦車が何台か出たが、ほ

どなくイギリス戦車部隊は前進を再開した。

「第1大隊、レーヴェを先頭にカイルに組み替える」「第2大隊、ブライトカイル、

ベルリン、ドレスデン、ハノーヴァー、ケルン。各車トミー(イギリス兵)を狙い

撃て」大隊長の指示が飛ぶ。

 通信傍受に備えて、各中隊にはそれを示す符丁が決められている。上記の意味不

明の通信は、次のような陣形を指示したものであった。(*等幅フォントでない場

合、画像が乱れることがあります)

                      ドイツ戦車部隊

     イギリス軍戦車部隊(進行方向↓)   第1大隊(進行方向↑)

                        第1中隊



                      第2中隊 第3中隊



                        第4中隊

          ドイツ戦車部隊

        第2大隊(↑を向いて停車)    連隊本部小隊および

      第5中隊       第6中隊    第9中隊

            第7中隊



            第8中隊



 大隊長たちが第4中隊と第8中隊を後退させたのは、戦車に対してあまり威力のな

い短砲身75ミリ砲の戦車が、この中隊にまとめられているからである。こうした機

動の速さは訓練で身につけるしかなく、それが当時のドイツ戦車部隊の大きな強み

になっていた。

「側面に回り込め」今度はイギリス軍の指揮官が檄を飛ばす番である。しかしなが

ら、第2大隊にこの好位置を許した時点で、すでにイギリスは敗北していた。

 イギリス戦車は射撃しながら殺到してくる。ところがイギリス戦車の命中弾は、

ドイツの主力戦車の装甲に弾かれてしまう。実はドイツはフランス戦での戦訓から、

厚さ30ミリの表面硬化鋼板を初期型の3号戦車の前面にボルト止めし始めていて、

イギリス軍の40ミリ戦車砲ではほとんどこの装甲を破れなかったのである。神がイ

ギリスに許した平等な条件は、砲声の大きさだけであった。

 砂漠のいたるところにイギリス戦車が残骸をさらし、生き残りも降伏の道を選ば

ざるを得なかった。戦いは一方的となった。イギリス軍は序戦において、戦車戦力

の半数を失った。

半数? そう。ギリシアと枢軸国の関係が小康を保っていることから、イギリス中

東総軍は手厚い予備を擁していたのである。ウェーヴェル将軍は守勢に転じること

を決め、戦車部隊の喪失で前線に空いた穴をふさぐため、残りの戦車部隊を初めと

する増援を送り込んだ。





「さて…」マンシュタイン大将は迷っていた。

 モーデルの師団は終日の戦闘で消耗しきっている。春とはいえ灼熱の砂漠で、よ

んどころなく日中の遭遇戦が継続したのである。リュットヴィッツの師団はそれを

迂回して進み、イギリス軍の段列(補給物資を持っている後方部隊)をいくらか捕

捉したが、まだイギリス軍の増援には遭遇していない。



              地 中 海



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

=========アウグスタ戦車師団▲============街道===

                  |ハルファヤ峠

         アリエテ戦車師団 |    イギリス軍増援?

                  |

                  |(エジプト=リビア国境)

     第3戦車師団(モーデル)  |

                  |第15戦車師団(リュットヴィッツ)





 偵察機は断片的な報告をよこしてくれるが、マンシュタインにはイギリス軍の総

規模が分からない。ロンメルのアウグスタ戦車師団の突破が成功していれば、リュッ

トヴィッツを北上させてロンメルと手を握り、一気にハルファヤ峠を制圧できるだ

ろう。そうなればずっと少ない守備隊で街道沿いの戦線を安定させることができ、

今後の戦略の自由度はぐっと広がる。

 やるとなれば、この夕刻であった。夜の間に、イギリス軍の増援は配置について

しまうだろう。

 ロンメルはどうしているだろう? マンシュタインはロンメルから直接事情が聞

きたかったが、多国籍軍の不自由さゆえそれができなかった。マンシュタインは、

派遣軍全体を束ねるイタリアのグラツィアーニ元帥に、突破の可能性について意見

を具申することにした。





 グラツィアーニはロンメルの司令部に連絡を取り、ロンメルが前線に出ていて朝

から不在であることを知った。司令部の把握するところでは突破はまだ成功してい

ないが、ロンメルは新たなイギリス砲兵陣地が見つかるたびに制圧砲撃を命じてい

て、弾薬の使用量は牽制攻撃で許される水準を超えていた。参謀長はやきもきして

いたが、師団長本人が帰ってこないので途方に暮れていた。

 グラツィアーニは考えた。ロンメルはマンシュタインが示唆する通り、ハルファ

ヤ峠の正面突破を目指しているらしい。もし成功すれば、イタリア軍によるハルファ

ヤ峠奪還が達成されることになり、昨年のグラツィアーニ自身の大敗走で失墜した

イタリア軍の面目をいくぶん取り戻せる。しかしリュットヴィッツの侵入はかなり

危険で、下手をすれば敵中に取り残されて壊滅的な打撃を被る。リュットヴィッツ

の部隊なしでも、ロンメルは峠の一角を食い破り、政治的事件としては十分な戦果

を上げるだろう。

「ロンメルはハルファヤ峠を突破しつつあり。侵入の判断は軍団長に一任する」こ

れがグラツィアーニの返電であった。彼は失敗したときの責任を取りたくなかった

のである。





「201高地の少し南に敵の榴弾砲がいる。砲撃できる部隊はいないか」ロンメルは

砲兵連隊長に無線で掛け合っていた。

 こうした戦いでは、支援砲撃をする砲兵中隊と支援を受ける歩兵大隊・戦車大隊

の対応関係が大体決めてあって、その大隊に砲兵連隊の観測班や連絡士官がついて

行って支援砲撃を行うのが通例であった。ところがロンメルは最前線に陣取って、

天下りに支援砲撃の采配を振るっていた。砲兵連隊長は偉いといっても行政上のこ

とで、こうした現場での砲撃の割り振りをすることは任務のうちにないので、うん

ざりとロンメルの指示に従ってあちこちへ連絡を取っている。連隊本部だけでは何

もできないからである。

 ロンメルはいくつかの観測班よりも突出した位置にいたから、ロンメルからは見

えていてもどの砲兵中隊も射撃不可能な目標すらあった。そのようなときは、ロン

メルは戦車部隊に正面攻撃を命じたり、歩兵部隊に「意外な角度からの奇襲」を命

じたりした。要するに崖を登れ、というのである。断ったら自分で登ると言いかね

ないから、兵も士官も何の登山装備もなく、懸命に登った。誰もが、ロンメルの視

線を背中に感じていた。それを喜んでいる者も、怖れている者もあった。大損害を

出しながら歩兵部隊が制圧した砲座が、いくつかあった。



 イギリスの榴弾砲が発砲した。1キロ近い距離にあった3号戦車は、砲塔の前面装

甲を打ち抜かれ、砲弾の誘爆も加わって天井が高く跳ね上がった。戦車部隊は一斉

に後退を始めた。

 当時のイギリス砲兵部隊の主力であった25ポンド砲は口径87ミリである。これは

当時の師団砲兵の砲としては小さ目であったから、射程で負けないように、砲身が

やや長めになっていた。もし状況が切迫したときは、対戦車砲として使われること

もあったが、こんなときは侮れない威力を発揮した。

 ロンメルがうんざりした表情の通信兵に、戦車連隊長を呼び出すよう言おうとし

たとき、一部の戦車が再び前進を始めた。75ミリ短砲身砲を備えた4号戦車を持つ

第4中隊である。

 まるで分列行進のように、戦車はぎりぎりの車間距離を保ちながら、狭い空間を

高速で突っ切って行く。互いに連携するイギリスの砲座が次々に反撃する。直撃や

至近弾を受けて数両が脱落するが、密集した隊形は崩れない。

 ほんの5分後、中隊は一斉に停車し、砲に仰角をかけた。イギリスの榴弾砲陣地を

直接狙う角度である。轟音一声、榴弾砲陣地は火に包まれ、砲が不快な音を立てて、

高い位置から斜面を滑落した。

「よくやった」ロンメルの声が無線機から響いたので、戦車部隊の兵士たちは驚い

たが、すぐ事情を理解した。ロンメルは戦車連隊長の戦車に飛び乗って、その無線

機を使っているのである。「ドイツにも、君たちのような勇敢な兵士は少ない。あ

と少しで峠が取れる。一層の奮戦を期待する」

 護衛小隊のマルコは涙を流さんばかりに興奮していた。ドン・エルヴィーノは自

分たちをカイロに連れて行ってくれる。マルコはそう確信した。





 マンシュタインは再びモーデルの第3戦車師団司令部まで進出したが、もちろん

モーデルの司令部自体が昨夜より随分前進していた。モーデルの敬礼を受けたマン

シュタインは、状況を尋ねた。

「我が師団はすぐにでも進撃可能です」それがモーデルの第一声だった。「残敵の

掃討は終了しつつあり、戦車部隊は再集結を完了しています。歩兵部隊もトラック

のほとんどを維持しており、迅速な追従が可能です」

「残敵の掃討が未了ということは、各部隊への弾薬の補充が済んでいないというこ

とだろう」マンシュタインの口調には、ごくわずか冷たいものがあって、それがモー

デルを震えさせた。「それに使用可能な車両の回収は、私が特に命じておいたはず

だぞ」

 モーデルは何か言いかけて、やめた。「申し訳ありません」代わりに出てきた言

葉は、これであった。マンシュタインには何もかもお見通しだ。

「だが礼を言うよ、モーデル将軍」マンシュタインは穏やかな口調に戻った。「こ

れで私は、迷っていたことに踏ん切りがついた」マンシュタインは、追撃を懇願す

るモーデルの姿に、ロンメルの心境を重ねあわせたのである。

「ロンメルは万難を排してハルファヤ峠を抜くだろう。リュットヴィッツは北上さ

せる」モーデルは無表情を装う努力をしたが、無駄だった。「モーデル将軍、こう

いうときは、楽しいことを考えるのが一番だぞ。君は今日の功績により、騎士十字

章の授章を推薦される」推薦権のあるのはマンシュタインである。「師団長として、

部下の業績をまとめておいてやったらどうだ」下位の勲章の叙任権の多くは、師団

長に委任されている。

「はい」モーデルの機嫌はいっぺんに直った。騎士十字章は軍司令官級の高官か、

でなければ戦闘機やUボートの大エースがもらうケースが多く、陸軍の中級指揮官に

はなかなかもらうチャンスが(このころは)なかった。

 普通の勲章は胸や袖につけるが、騎士十字章は首につけるので非常に目立つ。ロ

ンメルはフランス戦でこれをもらっていたから、モーデルは非常にうらやましかっ

たのである。





 ロンメルはついに、ハルファヤ峠の丘のひとつを登り切ったが、物資・機材・人

員のいずれの面でも損失は大きかった。170両近くあった戦車のうち、まだ可動状態

なのは100両ほどになっていた。損傷車両の多くは修理すれば前線に戻れる見込みが

あったが、全損車両も少なからず出ていた。峠のような、隠れ場所の多い傾斜地で

の戦闘は戦車には向かないのである。

 上空をドイツ機やイタリア機が行き過ぎる。大型機が大西洋に駆り出されたため

に、この方面にいる枢軸機は小型機か旧式機ばかりであった。補給の困難さから、

枢軸・イギリスのいずれも決定的な航空優勢を取れておらず、空軍は損耗の激しい

対地支援よりも後方の移動妨害や飛行場攻撃に熱心だった。

 ロンメルは、薄れ行く夕日に照らされた、眼下のエジプトの大地をじっと見てい

た。周囲を警戒する手配りをしながら、将軍はカイロを見つめていなさる、とマル

コは思った。

 風を切る小さな不吉な音を聞きつけたのは、やはりロンメルであった。「砲撃だ、

伏せろ」

 当然予想される反撃であった。今も岩陰のあちこちに、無線機を持ったイギリス

軍の小部隊がいくつも潜んでいるに違いなかった。この丘がドイツ軍のものになっ

た時点で、ここは同時にイギリス軍の砲撃目標となった。イギリス軍はドイツ軍の

進撃をここで阻止することはもちろん、ドイツ軍が砲撃観測地点としてここを使う

ことをも妨害するつもりであろう。

「曹長!こっちに来い」伏せていたマルコが恐る恐る顔を上げると、ロンメルが手

招きしていた。何か用事があるのか。考えながら職業軍人として、マルコは命令に

反応していた。ロンメルの隠れている岩の窪みに転がり込むと、至近に着弾があっ

て、土砂の飛沫がマルコの肩にかかった。「私の側がいちばん安全だ」それだけ?

さすがのマルコもロンメルの顔を見返したが、ロンメルはすでにマルコに対する関

心を失っていて、何か考え事をしているようであった。それにしても何という自信

であろうか。

「通信班! 通信班はいるか」ロンメルが怒鳴った。「曹長、峠全体の確保にかか

るぞ。兵士を集めろ」ドイツ人の教官から学校で教わった機動戦の概念とは、ロン

メルの命令はまるで異なっていた。これでは山岳兵の戦い方だ。歩兵を先頭に立て

て、本気で高地伝いの戦闘をしようというのである。

 そのとき、耳が割れるような音と共に、マルコの隠れていた岩が砕けた。





「ロンメル将軍! 閣下!」マルコは周囲を見回したが、煙幕で様子が分からない。

どうやらイギリス軍は砲撃を打ち切るに当たって、煙幕弾を打ち込んできたらしかっ

た。それが着弾の衝撃で、風化した岩を崩したのである。半ば手探りで調べて見る

と、砕けた岩はちょうどロンメルのいたあたりに崩れ落ちていた。

「ああ、明日っからイタリアに太陽は要らねえ、ドン・エルヴィーノを返して下せ

え」マルコは天を仰いで祈りの言葉を叫んだ。叫びの後には涙が続いた。次の弾が

来るかもしれないという恐怖すら、マルコの脳裏から追い出された。マルコは声を

上げて泣いた。

「ここにいたのか曹長」肩を叩かれて振り向いたマルコの顔を見て、さすがのロン

メルも1歩後ずさりしたほどだから、よほどの驚愕の表情だったのであろう。

「通信兵が見当たらないので、探しに行っていたのだ」ロンメルは何事もないとい

う表情で説明した。ほんの数歩の差が、生死を分けたのである。「歩兵連隊と連絡

はついた。明朝の払暁を期して、峠に立てこもるイギリス軍に対して夜襲をかける」

ロンメルの頭の中では、イギリス軍はすでに包囲されてしまっていた。「護衛小隊

は直ちに偵察に出てもらう。すぐに兵を集めたまえ。この一帯の警戒は歩兵連隊か

ら人を出す」

 マルコは事情が飲み込めなかった。ロンメルが生きていたことは納得するとして、

なぜマルコの護衛小隊が偵察に出されるのだろう?

 ロンメルはいらだたしげに言った。「早くしろ。置いて行くぞ」





 リュットヴィッツはロンメルとの合流を果たすべく、ハルファヤ峠を目指し北上

していた。砂漠のことゆえ、普通の意味での包囲は困難である。ハルファヤ峠周辺

のわずかな地域のイギリス軍を2個師団で挟撃して、この要地を確保してしまえば、

それより南に点在する陣地はイギリス軍が黙っていても放棄するだろう。

 第15戦車師団の任務には困難な点があった。西に国境守備隊が残っているという

のに、東からの反撃があるかもしれない。長い側面の両側をイギリス軍にさらしな

がら、ハルファヤ峠の東側を押さえなければならない。リュットヴィッツは結局、

砲兵部隊のほとんどを置いて行くことに決めた。こうした部隊は戦線の数キロ内側

に配置されるべきもので、移動中を狙われればひとたまりもないからである。空軍

から借り受けている8門の88ミリ重対空砲と、マンシュタインから6両だけ預った新

型兵器が頼りである。

 すでに日は暮れ落ちている。前方に小さなライトを点けただけの戦車群は、左右

を警戒しながら相当の速度で進んでいく。夜の間に50キロを移動しなければならな

いが、敵前での移動速度を考えると、かなり野心的な計画であった。つまり時間的

に余裕がないので、途中で戦闘になると、夜が明けたとき敵中に孤立しているる恐

れがあった。

 国境を守るわずかなイギリス軍が、位置を知られる危険を冒して第15戦車師団の

移動を伝えたことが、新たな戦闘の端緒となった。イギリス軍は前日の大損害で消

極的になっており、戦車部隊をすぐに投入しようとはしなかったが、ありったけの

砲兵をリュットヴィッツの移動阻止のために投じてきた。

 片やリュットヴィッツは止まってはならない。砲兵は後方に置いてきている。夜

の間にイギリスの態勢はどんどん整っていく。夜明けになって敵中に孤立していて

は第15戦車師団は集中砲火を浴びるし、ロンメルは兵力不足で峠から追い落とされ

るかもしれない。是が非でもロンメルと合流しなければならないのである。





「グラスヒュプファーは使えないのか」指揮車からリュットヴィッツは独立中隊の

指揮官を呼び出した。「敵の砲の位置は分かるだろう」夜であるから一層、10キロ

向こうの発射炎がよく見える。

「命中は期待しないで下さいよ」指揮官は応じた。「十分な観測機材がありません

ので」「それでいい。戦車部隊が接近する間、敵の砲撃を牽制してくれ」リュット

ヴィッツは簡潔に言った。

 グラスヒュプファーはわずかに6台。それでもこれは、ドイツが手にしたこの種の

兵器のうちで、最初のものだった。



 グラスヒュプファーは次々とその主砲に仰角をかけた。「装薬4」小隊長の指示が

伝達される。「フォイアッ・・・フライ」少数だが危険な光の槍が、夜空を駆け抜

けた。

 グラスヒュプファー(バッタ)は、フランス製のロレーヌ牽引車に、これもフラ

ンスから捕獲した75ミリ旧式野砲(第1次大戦当時の主力兵器)を搭載したもので、

砲兵の運用する自走砲としては3号突撃砲に次ぐものであった。同種の車両である

ヴェスペはまだ実戦部隊に配備されておらず、既存車両に間に合わせの改造を施し

たこの車両が、かえって早く戦場に現れたのである。最新の砲に比べるとやや射程

に難があったが、素早く移動してすぐ射撃態勢に入れる利点を生かせば大きな戦力

になる、と期待されていた。

 グラスヒュプファーは数発撃っては移動することを繰り返した。イギリス軍の砲

兵はこのような武器の投入を予測していなかったから、突如優勢なドイツ砲兵が現

れたと判断して混乱した。従来型の砲ではこんなに迅速に移動して射撃態勢に移れ

ないので、ドイツは夜の間に非常に多くの砲を集めた、と思ってしまったのである。

イギリス砲兵が位置を知られることを警戒して砲撃を鈍らせている間に、決定的な

十数分が経過してしまった。



 その間に、リュットヴィッツの戦車部隊は向きを変え、イギリスの砲兵陣地を目

指して突進した。当然イギリス側では、歩兵が砲兵陣地を守って手前に布陣してい

たから、これがまずドイツ戦車部隊とぶつかった。

 イギリス軍も急な展開なので歩兵陣地が深く掘れていない。その陣地をドイツ戦

車は機銃弾を撒き散らしながら次々に駆け抜けて行く。時折深く掘られた部分にぶ

つかって立ち往生する戦車があると、すぐ近在の戦車が駆けつけて応援する。

 しかしイギリス軍も歩兵がついてきていないことを見て取り、手榴弾で応じる。

エンジングリルの上に手榴弾が乗ったときが最悪である。破壊されたドイツ戦車は

多くはなかったが、たまたま破壊されたものに生存者はほとんどいない。

 戦車部隊の先鋒がイギリス砲兵部隊を射程に収め、射撃を開始したその時、暗闇

の中から別の砲声が轟いた。イギリス軍の新型対戦車砲、6ポンド砲(口径57ミリ)

である。対戦車砲部隊の指揮官が機転を利かせて、独断で夜間の移動を行い、ぎり

ぎりのタイミングで射撃態勢に持っていったのである。このさい、友軍歩兵への誤

射などかまっている余裕はなかった。

 ドイツ軍は損害の増大を避けて、本来の進撃コースに戻って行った。イギリス砲

兵が砲火を開いてから、すでに1時間近くが経過していた。この間にリュットヴィッ

ツの歩兵部隊はトラックを連ねて猛進し、砲兵部隊の射程を逃れてしまったのであ

る。





 夜が白んできた。ハルファヤ峠の陣地の砲は主にリビア側を向いて据え付けられ

ているから、リュットヴィッツがエジプト側から攻撃すれば短時間で制圧できるは

ずであった。第15戦車師団は勇み立って攻撃位置についた。

 ところが、である。峠の尾根を双眼鏡で眺め渡したリュットヴィッツは、まず息

を呑み、次いでため息をついた。

 尾根のそこかしこに、イタリアの三色旗がこれ見よがしに広げられていたので

ある。

 ロンメルの猛襲によって、大損害を出しながら、ハルファヤ峠は夜のうちに完全

に制圧されていたのであった。





<ヒストリカル・ノート>



 ドイツ軍用軽便鉄道の標準的な建設速度は、1日あたり4〜5キロでした。この作

品では、アフリカでは多国籍部隊の統制や物資調達の不自由さが加わって能率が半

分になり、ベンガジとトリポリの両方から作業にかかっても1000キロに200日くら

いかかる、と想定しています。

 1943年以降に装甲兵員輸送車がある程度揃ってくると、戦車部隊に文字通りはさ

まれるように歩兵が進むのが標準的な陣形とされるようになりました。この場合で

も、戦車部隊と共に前進するのは装甲兵員輸送車をあてがわれた一部の歩兵だけで、

それ以外の歩兵は(戦闘地域に入ると)戦車部隊の後を徒歩でついて行くのが普通

であったようです。大戦初期には、歩兵は可能な限り迅速に戦車の後をついて行く

のが精一杯でした。戦車に便乗するのは振動と騒音で歩兵の疲労が激しく、被弾時

の損害も大きかったので、いつも行われたわけではありません。

 この世界でのドイツ戦車師団(とアウグスタ戦車師団)は、戦車連隊に史実には

ない第9中隊を持っています。おっちゃんは戦車師団の数を増やさないように注意し

ながら、それぞれの戦車師団を史実より(平均的に)強力にしようとしています。

 砲兵隊の名誉のために付け加えておくと、文中で観測班と呼んでいるのは、実は

砲兵中隊本部そのものです。砲兵隊のスタッフは決して、安全なところから指揮を

執っていたわけではありません。

 グラスヒュプファーは架空の車両です。史実ではこの車体はもっと砲身の長い75

ミリ対戦車砲を搭載して、1942年以降に自走対戦車砲として使われました。ただ車

体も小さいしエンジンの出力も低いので、少し小さ目の砲を積んだほうが実用的な

ものになったでしょう。75ミリ旧式野砲は、これも1942年以降に対戦車砲として手

直しされて支給されましたが、いくつか技術的に無理な点があって、結局榴弾砲代

わりに使われることが多くなりました。




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