「狐の住む岸辺」 第3部 「暗殺者」
マイソフ
第10章 ライオン使い
6月13日 午後4時 ユタ・ビーチ
便乗した上陸用舟艇から降りてくるパットン中将は、犬の散歩に行くような気軽さ
を装うように努めていたが、それを迎える第1軍司令官・ブラッドレー中将の目には、
彼が雄鶏のようにプライドを膨らませているのがありありとわかった。アメリカは再
び、彼を戦場へ呼んだのだ。
ブラッドレーはごく自然に、パットンより先にジープに乗って、運転手の後ろの席
を占めた。万国共通の上座である。パットンはまったく席次に無関心に見えた。ブラッ
ドレーはイタリア戦線ではパットンの部下であった。
ブラッドレーは同僚の間で、温厚質朴との評価が高い。しかしブラッドレーは我慢
強くはあっても、記憶力は決して悪くはなかった。パットンの短慮と野心によって受
けた過去のとばっちりを、決して忘れたわけではない。いったん人を敵味方に色分け
すると、ブラッドレーは執念深くそのイメージを持ち続けるタイプであった。
「最初に断っておくが、君に預けられる兵力の規模は、君の階級にはやや不足だ」ブ
ラッドレーは努めて冷ややかさを口調から除こうとする。対するパットンは、栄光へ
の機会と引き換えなら、ほとんど誰でもほめそやす用意があった。「かまわんよ。重
大な局面で使ってもらえるだけで光栄だ」
新しく上陸してきたアメリカ第4戦車師団と新米の第83歩兵師団、そして第30歩兵
師団。パットンの第3軍の隷下に入るのは、軍団程度の兵力であった。この兵力でカ
ランタン市を囲み、遠くゴールド・ビーチから押してくるアメリカ軍と手をつなぐ。
あとは切りとり放題、となるかどうかはわからない。しかしパットンは行けるところ
まで行こうとするであろう。ブラッドレーには確信があった。
6月14日
アメリカ第4戦車師団を先鋒とするパットンの第3軍は、第90師団の屈辱の地ポン=
アベ村を通過して、南東へ前進を続けた。狙いは、カランタン市の孤立化である。
カランタン市はふたつの川の合流地点にある。川沿いの低湿地を海とすれば、海に
突き出した岬の先端、といってもよい。岬の基部に見立てられる高台は、カランタン
市の南西方向に伸びている。ゴールド・ビーチに陣借りしたアメリカ軍が海岸沿いに
北東から攻め寄せた場合、川と湿地を外堀とするドイツ軍の防衛線で大きな損害を出
すことが予想された。パットンの任務は、ゴールド・ビーチからのアメリカ第5軍団と
共同して、カランタン市を南西から攻めることである。
もっとも、パットンには他の部隊のために手柄を残して置く気はまったくなかった。
ドイツ軍は、虚をつかれていた。重火器や海軍の傘の下でなければ戦おうとしなかっ
たアメリカ軍が、突然高いリスクを冒して急進撃を始めたのである。途中にある鉄道
橋と道路橋を爆破するための配置と命令は間に合わなかった。マルクス中将が驚愕し
て対応を練り始めたときには、パットンはカランタン市近郊に迫っていたのである。
「ぐずぐずすんな。敵はあわててるんだ。今やらねえと、立ちなおっちまうぞ」
パットンは、前線の中級指揮官を叱咤し続ける。ドイツの砲火を気にしない風で前
線をのこのこ歩き回るパットンは、心行くまで視線を浴びて満足であった。
衣食住への関心がぽっかり欠落したロンメルや、生まれてこのかた禁酒禁煙のモン
トゴメリーとは違って、パットンは贅沢が大好きである。そのパットンが諸事不自由
な最前線に出てくるのは、彼の大好きな栄光がここでしか手に入らないせいであった。
登山家が明日のプランを描きながら寝袋に潜り込むように、パットンはいそいそと伝
説を作りに最前線に現れるのである。
カランタン市を守る第352歩兵師団は、オマハ・ビーチでの勇戦で重装備と補給物資
をかなり失ったまま、補充もままならない。それでもかろうじて、市の東半分を確保
したまま、夕刻を迎えた。
パットンの部下達はさすがにぐったりしていた。急進撃に追いつけず、ようやく介
入の機会を得たアメリカ砲兵部隊が、ドイツ軍を眠らせないため市街地への砲撃を始
めている。パットンが夜襲への警戒を命じて、自分も寝床に入ったそのとき、大きな
振動が彼を襲った。
「何事だ」「ドイツ軍の砲撃です」「水平射撃じゃねえか」さすがに実戦経験豊富な
パットンは、砲弾の飛来音から、弾丸の描く放物線がひどく浅いことに気づいた。
じつは、マイヤーの師団の戦車連隊が日没と共に駆けつけてきて、沼地と川を隔て
た対岸からカランタン市南部を砲撃しているのであった。ふつう戦車と戦車の戦いは
1キロ内外、せいぜい2キロの距離で起こるものなのだが、ドイツ軍の比較的大型のい
くつかの戦車は、3キロ程度は楽に砲弾を届かせることができる。ましてや今日は砲
の仰角を上げて、すこし弓なりに弾丸を打ち込んでいた。陽動である。
第352師団はその間に、東側を指して脱出する。間一髪であった。翌日にはゴール
ド・ビーチからのアメリカ軍が、彼らの退路を閉ざしてしまうところだったのである。
6月15日 午後2時 サン=ロー市(ドイツ第84軍団司令部)
カランタン市の喪失はドイツに取って痛手であった。カランタンを中心とする高台
は、沼地を堀として歩兵が立てこもるのに適した地形である。パットンの打つ手は、
ドイツ軍の展開よりわずかに早かった。
「シェルブール港への通路を守る我が戦線はますます薄く長いものになっています。
このままでは全体が崩壊の危機にさらされます」マルクスは、サン=ロー市まで視察
に出てきたロンメル元帥に説明した。「シェルブール港を孤立するに任せることが避
けられないと思いますが」
「戦闘しつつ撤退させよう」思い切って後退させたほうがしっかりした陣地を作る余
裕も生まれるのだが、ロンメルはヒトラーを正面から刺激することには同意できなかっ
た。ヒトラーがこの方面での死守命令の遵守に関心など持ち始めたら、厄介なことに
なる−とても厄介なことになる。すでにカランタン市が「激戦の末」失陥した報告は
OKWに届いているが、ごまかしきれるかどうか。
マルクスはロンメル元帥の顔を無遠慮にちらと眺めて、黙り込んだ。「総統には私
が話す」ロンメルは呟くように言った。近々、総統が西部戦線を視察することになっ
たのである。
「アメリカ軍は急に積極的になったな」「新しい司令官でしょうか」「かもしれん」
どちらにせよ、予想されたことであった。連合軍が十分な展開地域を得れば、重砲
を中心とする支援機材が次々に揚がってくるのである。
「シェルブールの防衛部隊は、どれとどれにしますか」「なるべく少なくすべきだ」
間髪を入れずロンメルが答えた。「第709師団、第243師団」これらの師団はシェルブー
ル近辺を守っているので致し方あるまい。ロンメルの視線は地図の一点に止まったま
ま動かなくなった。マルクスはロンメルが何を迷っているのか、わかる。
「第6空挺連隊は、シェルブールへ向けて撤退させましょう。残念ですが」残念です
が、の一言に、マルクスはロンメルへの共感を込めた。シェルブールに追いつめられ
れば、時日を置かず連合軍の猛攻にさらされて全滅する。貴重な精兵の第6空挺連隊
は、戦線の東の端、つまりドイツ軍からみて最も戦線の奥の方にいるため、戦術的撤
退にまぎれて迎え入れることが難しいのである。
ロンメルはむっつりと首を縦に振った。連隊長のデア=ハイテ中佐は、北アフリカ
でロンメルのもとで戦ったことがあった。
マルクスがロンメルとふたりだけで、昼食前に司令部の”庭を散歩する”と言い出
したものだから、幕僚たちはくすくすと笑っていた。謹厳なマルクスと無趣味なロン
メルがわざわざ庭を散歩するなどありえない。秘密の相談をしますよ、と高らかに言っ
ているようなものである。
「政治的解決の動きはないのですか」「努力はしているが、難しい。西部戦線が崩壊
すればますます難しくなる。遠ざかりつつあるチャンスを、捕まえなければならない」
マルクスは、一段と声を落とした。「私の元帥に対する忠誠は、国内においても、
前線におけると同様です」「ありがとう。しかし当面の最重要課題は、連合軍を食い
止めることだ。それがすべての基礎となる」
同様の手紙が、一部の師団長から届いていることを、ロンメルは明かさなかった。
6月15日 午後3時 ブッシー・パーク(SHAEF司令部)
「いかん、絶対にいかんぞ」ロンドンに飛んで帰ったモントゴメリーは、強硬に橋の
破壊に反対した。
第7軍管区と第15軍管区を隔てるオルヌ川は、イギリス軍の上陸地点のうち一番東
のソード・ビーチの脇にあたる。というより河口の砂州がソード・ビーチそのものな
のである。モントゴメリーの計画では、その両岸にイギリス第6空挺師団が降下して、
いちばん河口に近い橋を確保したまま、ソード・ビーチからの上陸部隊を待つはずで
あった。それより上流にある橋は、ドイツ軍の増援を遅らせるためにしらみつぶしに
爆撃、破壊する。
ところがオッペルン=ブロニコウスキーらの素早い展開で、ソード・ビーチは失陥、
第6空挺師団はまるごと捕虜になってしまった。計画通りに討ち漏らした橋はドイツ
軍の貴重な補給路となって、夜ともなれば車両が次々にオルヌ川を渡っていく。6月
10日にアミアン市から移動を始めたドイツ第2戦車師団が、14日には車両まで含めて
川の西側に勢ぞろいするという事態に、連合軍上層部は憂慮を深めた。ロンドンはや
はり橋を空爆しようか、という意見に傾いてきている。
モントゴメリーの反対する理由は単純であった。8月以降、イギリス軍がドイツ国
境への長いレースを開始する際、この橋の有無は進撃速度に大きく影響するのである。
1本の橋を巡ってこれだけの高官が口論するのは、珍しい事態であった。
「上陸初日に占領するはずであったカーン市が、まだ攻撃位置にすら進出できないと
言うのが我々の現状です」アイゼンハワーの参謀長スミスが勇を揮って、モントゴメ
リーに反対する。オルヌ川の橋が連合軍にとってプラスに働くのは8月に入ってから
である。今はオルヌ西岸の完全制覇を考えるべきであると。
「ジェントルメン、それぞれの意見はもっともであるが」アイゼンハワーは結論をま
とめた。「橋を破壊すべきだと思う」モントゴメリーは礼儀正しく声を発さず、ただ
視線でのみこの”偏った”決定にコメントした。テッダー大将をはじめ、幾人かのイ
ギリス軍人も、微笑をもってこの決定を迎えた。
6月16日 カランタン市
「橋の一件は、聞いたよ」パットンは愉快そうにブラッドレー中将を迎えた。「モン
ティがぺしゃんこになったそうじゃないか」「そんなことを言い触らさないでくれよ」
ブラッドレーは冷ややかに言い返す。「わかっている。わかっているとも」パットン
がわかっていないのをブラッドレーは確信していた。
アイゼンハワーは天秤を調整したに過ぎない。アメリカ大統領官邸や統合参謀本部
から不満の声が高まるにつれて、アイゼンハワーはそれがイギリス批判につながる前
に、モントゴメリーを批判する必要を感じたのである。ブラッドレーは単にそれを理
解しただけでなく、確かな情報源によってそれを直接確認していた。
アイゼンハワーがイギリス軍に甘すぎると考えていたアメリカ軍人は多い。パット
ンはそのひとりとしてアイゼンハワーの一撃に拍手するだけで、同盟国との関係が依
然最も重要で微妙な問題であることを理解していなかった。
「それで、俺の次の獲物はなんだ? バイユーか? カーンか? いっそパリか」
パットンは上機嫌を崩さない。そのパットンに対してブラッドレーの払った遠慮は、
ため息ひとつの沈黙だけであった。
「6月末ごろまで、君の第3軍にはコタンタン半島の防波堤になってもらう。ちと退屈
だろうがシェルブールを先に片づけてしまいたい」「わかった」視線が、それで、と
言っている。
「ブルターニュ半島を掃討してもらう」パットンの上機嫌が吹っ飛んだ。
フランスをひどく大ざっぱに、北を上にした正方形に例えよう。右の一辺がドイツ
国境、上の辺の右半分がベルギー国境である。連合軍の上陸地点は上の辺の左から1/4
あたりに上向きに突き出したコタンタン半島で、プルターニュ半島は正方形の左上の
角である。
パットンが失望した理由がお分かりいただけようか。ブラッドレーは、ドイツとも
パリとも反対方向にある地域を掃除してこい、と言ったのである。
ブルターニュにはブレスト、ロリアン、サン=ナゼールといった良港がひしめき、
やや遠くはあるが補給上重要である。加えて、これらはUボート基地でもある。もし
基地そのものを占領できれば、Uボート封じに投入されている海空の資源を転用でき
る。パットンの任務は重要で、地味である。
「モントゴメリーの命令か、そいつは」パットンは噴火した。パットンとモントゴメ
リーは、前年のシチリア島上陸作戦のときに猛烈な先陣争いをやっている。島の中心
都市を自分の名前で制圧しようと、モントゴメリーはパットンに遠回りな進撃経路を
指示した。パットンは兵士を叱咤激励し続けて、モントゴメリーをほんのわずかの差
で出し抜いたのである。
「いや、私の命令だ」パットンは驚き、そして思い当たった。「君の上陸と連動して
予定が繰り上がった。私は第1軍をホッジス中将に渡して、第12軍集団の指揮を取る」
つまり、ブラッドレーはモントゴメリーと同格となり、アメリカ軍部隊はモントゴ
メリーの全般的指揮から離れる。そして、ブラッドレーは明確にパットンの上司とな
る。
「おめでとう」パットンは笑顔を見せて握手を求めた。ブラッドレーが悲しげなのを、
パットンは自分への気遣いと取った。しかしブラッドレーは、モントゴメリーとパッ
トンの戦域を隣り合わせにすまい、という配慮を分かってもらえないのが悲しいので
あった。
「ノルマンディーでドイツ軍が負けた理由っていうのは、何だったんですか」教授は
ほとんど目を白黒させた。「戦争は5年前から続いていたんだよ。戦争の行方を決め
た要素が全部ノルマンディーに集まっていたわけがない」回答をもらえずに失望する
風もなく、学生は盛んにメモを取った。どうもそのままレポートに書くつもりらしい。
「ただ、これは勝因敗因と言うより、特徴だが」教授の口調が淀みないところを見る
と、以前から考えてきたことらしい。「ドイツ軍は役所に近かったし、連合軍は企業
に近かった」「なんとなく、わかりますね」学生もにっこりする。
「ドイツ軍も誠実に任務を果たしていたが、二者択一を迫られたときに、どちらを取
るかは特定の人間の判断に委ねられた。多くの関係者が権限を分け持っている場合に、
優先順位に関する合意はごく形式的なものに留まった」「それに権限が縦割りですよ
ね。権限の配分が先で、問題の設定は後、っていうような」教授は微笑んだ。「人事
が減点主義なのも似ているかもしれないね」
「連合軍は問題と優先順位の設定に多くの資源を費やした。いちばん厄介な問題で正
面からぶつかりあったあとで、、明確になった分の結論はみんなで推進した。一部に
不服従や失敗があっても、全体としてはひとつの方向へ資源がつぎ込まれた」「そん
なに普通の企業ってうまくいってるものなんですか」学生の質問に教授は大笑いした。
「中でのギクシャクを外に出さない点では、連合軍は企業と同じだよ」今度は学生が
大笑いした。
6月16日 ゴールド・ビーチ南方
パットンの成功を見て、モントゴメリーは不承不承、イギリス軍にも大規模な攻撃
作戦を認可した。目標はバイユー市とカーン市の中間に進出して、バイユー市を包囲
占領することである。
ドイツ軍は第15軍をまだ2個師団(第2戦車師団と第346歩兵師団)しかノルマン
ディーに動かしておらず、第7軍管区の西半分から増援を送っている。だから最もド
イツ本国に近いはずの戦線の東の端が、いま最も薄い部分なのである。
イギリス軍戦車部隊は、上陸当初の激戦地クルイリー村を抜けて、カーカニー村を
目指していた。ここでカーンとバイユーを結ぶN13国道を遮ろうと言うのである。
道中に点在する村にはたいてい果樹園がついていて、視界が遮られる。絶好の待ち伏
せ場所であった。
戦車が燃え上がる。直ちに支援砲火が要請される。村がまるごと火に包まれる。対
戦車砲も破壊されたことを確信して、戦車が前進を始める。
まだだ! また先頭戦車が燃え上がる。姿勢の低い突撃砲が伏せられていたのであ
る。突撃砲はそれなりの装甲を持っているから、上部装甲に直撃を受けない限り榴弾
では破壊されない。
ようやく戦車が至近距離まで殺到して突撃砲を見つけ、仕留める。損害比はひどく
不利であった。上陸当初のイギリス軍はやや戦車を集中運用し過ぎていて、共に行動
する歩兵が戦車に比べて少なかった。そのため、対戦車兵器の巣に突っ込んでしまう
と、一度に大きな損害を被ることもあったのである。
ドイツ軍が時間を稼ぐ間に、とうとう夜がやってきた。ようやくN13道路にとりつ
いたことに満足して、イギリス軍は野営する。あとでこの戦車部隊指揮官は軍法会議
にかけられた。歩兵部隊が十分広い範囲に警戒線を張っていないのに、最前線のカー
カニー村に戦車を集中させたままにしたからである。
「敵襲!」「戦車に戻れ!」うろたえるイギリス兵。
「教育してやろうじゃないか」救援に駆けつけたビットマンは、配下の中隊に檄を飛
ばす。「夜はまだ、ドイツのものだ」ドイツ軍は4台程度の小隊単位で村の周囲を動
き回り、道路上から村を砲撃した。反撃があると砲火で位置を知り、別の小隊が攻撃
する。少数で動き回るドイツ戦車をイギリス戦車は捕捉できない。
開けた麦畑を海岸へドイツ戦車が逆走する。クルイリー村の北側にある橋を爆破さ
れようものなら、進出したイギリス軍は孤立する。反転するイギリス軍との間で、戦
艦同士が撃ち合うような並行戦になった。イギリス軍は友軍に構わず榴弾砲で阻止砲
撃を開始する。
「後進!」ドイツ戦車は左右のキャタピラを後進させる。自然、イギリス戦車は弱い
背面装甲をドイツ軍にさらす格好になる。あわてて指揮官が旋回を命じるが、混乱し
てもたついた車両は前後の車両と衝突する。ある戦車は僚車の射界に飛び出して後ろ
から砲塔を吹き飛ばされる。1台が燃え上がると、その周囲が照らし出されて砲火が
集中、被害が増大する。
ドイツ戦車はイギリス軍の榴弾砲を避けて、悠然と後退して行った。
6月17日 カーカニー村北方
「なめやがって」兵士が残骸の横腹を蹴飛ばす。
戦車回収班が、道路上に放置されたイギリス戦車の残骸にワイヤーをかけ終わった
ところである。「どれくらいかかる」「30分もあれば」昨夜の悲報を受けて前線に出
てきた戦車旅団長に、修理中隊長は厳しい顔で答える。忙しくなりそうだ。
「爆薬は仕掛けてないな」「はい」「ではやってくれ」中隊長の指示でけたたましく
戦車回収車が動き始める。回収車と言うのは、要するに砲塔のない戦車である。ワイ
ヤーのたわみが消える。「ところで・・・」
轟音。旅団長は台詞を飲み込んだ。爆発物を厳しくチェックしたはずの残骸が四散
したのである。飛び散った鉄片がばらばらと落ちてくる。いくつかの破片は戦車回収
車の薄い上部防弾板を突き破って、凄惨な結果をもたらしている。
ドイツ軍は、重量物に対してだけ反応する対戦車地雷を、残骸のすぐ脇に埋めてい
たのである。イギリス軍は車両のブービー・トラップ(罠)には注意していたが、仕
掛がすべて地中にあったので見落としてしまった。イギリス軍が残骸を回収しようと
して、対戦車地雷の真上に残骸をずらしてしまったのである。
戦車旅団長と修理中隊長には幸いけがはなかった。さらに手に負えない形で広がった
残骸を見ながら、旅団長は尋ねる。「あそこにも残骸が道を塞いでいる。どれくらい
で処理できる」やはり道路上にうずくまるもう1台の残骸を見ながら、修理中隊長は
答えた。
「明日までには、たぶん」
旅団長はしばらく立ち尽くし、やがてうんうんと頷いて、後方へ戻って行った。
第11章 嵐
6月16日 午後8時 ロンドン
再編成のため本土に戻ったホーンブロワー少佐は、1日だけもらった自由行動日の
夜を、野外コンサートで過ごすことにした。今夜のバンドはアメリカの軍楽隊である。
周囲のアメリカ兵のざわめきから、人気のある指揮者であることがわかる。もとは民
間でジャズバンドをやっていたらしい。
いい音色だ。色々な楽器に主旋律を同時に演奏させて、音楽のカクテルを作ってい
る。アメリカ人は酒でも音楽でもカクテルにするのが好きらしい。ホーンブロワーは
カクテルは嫌いだが、この音色は気に入った。音楽は生まれつき得意な方で、代わり
にからきしなのがフランス語であった。このような時勢になって、大いに後悔はして
いるのだが間に合わない。
演奏が佳境に入ったころ、航空機のエンジン音が響いてきた。市民はすっかり慣れ
てしまっていて、振り仰ぐ者すらほとんどいない。ドイツ軍の爆撃機がロンドン上空
に入ってこられなくなってから、ずいぶんになる。ホーンブロワーはふと、そのエン
ジン音が聞き慣れないことに気がついた。軍服の人間が−たぶん空軍の連中だ−何人
か立ち上がって空に目を凝らし、それほど耳の良くない観衆からブーイングを浴びて
いる。
エンジン音が止まり、笛を吹くような音かだんだん大きくなってきた。観客がざわ
めき、立ち上がる。
やがて、遠雷のような爆発音が轟いた。もう1発。続いてもう1発。女性の金切り声
が響く。ひと群れの人間が、防空壕を求めて動き始めた。ドイツ空軍が、なにか新し
いこと−とんでもなく新しいことを考えついたのだ。
待て! ホーンブロワーはステージに目を向けた。ステージへの照明は落とされて
いたが、薄い月明かりがある。指揮者は大きな手振りで演奏を続け、応じたパンドは
精いっぱいの音量で、聴衆へのサービスを続けている。
立ち尽くす聴衆。初めて振り向いた指揮者は、左手の手のひらで大地を示した。座
れ、と。従う聴衆が現れた。観客席の縁には、演奏が続いているのに気がついて戻っ
てきた客が壁のように並んでいる。
ホーンブロワーは腰を下ろした。爆発音はまだ続いているが、防空壕にいても直撃
を受けることがある。防空壕には音楽はない。
1曲が終わった。少数になった聴衆が、熱狂的な拍手を送る。指揮者は深々と一礼
すると、声を張り上げた。
「皆さん、大変恐縮ではありますが、今夜はアンコールにお応え出来ません」客席を
ぐるりと見渡して、指揮者は言った。「夜道は大層危険ですから、お気をつけて」
爆笑と拍手のうちに、グレン・ミラー少佐とそのバンドは、ステージから下りて
行った。
また、遠雷がひとつ落ちた。
ようやくドイツ軍は発射のための機材を輸送し終わり、この日ロンドン周辺には
100発を超えるV1号が落下した。早速対空砲が飛来コースに増設され、最新鋭の高
速戦闘機部隊が迎撃に当てられ、爆撃可能な機体はV1号基地の制圧を命ぜられた。
連合国空軍はさらなる重荷を背負い、前線の兵士はロンドンにいる家族のことを思っ
た。
V1号がロンドンに与えた被害は大きくはなかったが、V1号が連合軍の兵器庫か
ら引き出した資源は、この後ボディーブローのように連合軍を弱らせることになる。
6月17日 ソワソン市
ソワソン市はパリ北東80キロ、イギリス軍の戦線から控えめにみても250キロはあ
る後方である。しかし最近のヒトラーとしては、ここまで戦場に近いところへ出てき
たのは大負けに負けてのことであった。ここは1940年に、イギリス侵攻のためのヒト
ラーの前進大本営という触れ込みで作った陣地である。会見の相手は、ルントシュテッ
トとロンメルの両元帥。
「現在の戦線はおおむね、カーン、バイユー、サン=ロー、そしてクータンスの4都
市を結ぶものです」ルントシュテットに代わって、ブルーメントリット参謀長が現況
を説明する。ロンメルの参謀長シュバイデルは、熱心にメモを取っている。
全般的に、フランス中心部へ向けた突破は撃退され、戦線は安定している。いまの
ところは。
「シェルブールは深刻な状況に陥っています」報告を遮ったのは、ヒトラーであった。
「シェルブールは断固として最後の一兵まで防衛されねばならない。港湾を堅く守っ
ていれば、イギリスは必ず行き詰まって和平を求めてくる」シュパイデルはメモを続
ける。総統の言葉をそのままB軍集団の命令の文案として、送信するつもりである。
シュパイデルは状況が要求するときには、保身の茶番劇を演じきることが出来た。い
まは大事な時期である。
一瞬の沈黙を捉えたのはロンメルである。「ルントシュテット元帥閣下を始め、
私を含め多くの司令官が報告していることですが、連合軍海空軍の圧倒的な優勢下で
は、作戦遂行の基本条件が整いません」
陸上兵力は常に、常に、常に連合軍に対して優勢でありながら、砲爆撃による消耗
を強いられて後退を繰り返している。もしこのままドイツ空軍の支援が得られないな
ら、いま安定している戦線も早晩崩壊の道を辿るであろう。連合軍はほしいままに空
と海から戦力を集中的に上乗せできる。ロンメルは熱情的に、ルントシュテットは重々
しく、空からの圧力について論じたてた。
「現在ジェット戦闘機が配備段階にある」ヒトラーは断定した。「その投入によって
空の状況は一変する」「総統はタイガー戦車を我々に約束され、その約束を果たされ
ました。しかし量的な劣勢を、タイガー戦車が埋めおおせておりますか」
ロンメルは痛いところを突いた。ジェット戦闘機はタイガー戦車にいくつかの点で
似ている。大型で、ある面では高性能で、燃料食いで、生産性が悪い。タイガー戦車
よりも中程度の戦車を量的に充足させよう、という意見は根強い。
「私は断言する。ジェット戦闘機はまったく新しい世代の航空戦闘をもたらすのだ」
ヒトラーは素人としては非常によく軍事や技術を勉強していた。ただ紙の上の知識で
あるためバランスに欠け、スペック信仰に陥る傾向があった。特に航空関係は、さす
がのヒトラーも技術的に手に負えなかったようである。陸軍には新型機関銃の量産計
画にまで口を出したヒトラーが、ゲーリング空軍司令官への信頼を失った時期になっ
ても、空軍の生産計画にはほとんど口出ししなかった。ジェット戦闘機へのこだわり
は、むしろ例外と言って良い。
「この一時的な難局を乗り切れば、輝かしい・・・」ヒトラーが言いつのったその時、
サイレンが鳴った。連合軍の爆撃機が獲物を探して迷い込んできたのである。
一同が一時的な難局を過ごしている防空壕の中でも、会談は続いた。
「空軍の増援がかなわぬと言うなら、政治的な事態の収拾をお考えあるべく」ロンメ
ルの重大発言にさすがにヒトラーも眉を上げた。「将軍は自分の戦線に注意を集める
べきだ。そこでは貴官が必要とされている」
ヒトラーに演説の霊感が走ったらしかった。「いまや我がV1号は本来の目的に投
入されて」ヒトラーはロンメルをちらりと見た。「著効を挙げている。やがてイギリ
スは政治的な解決を求めてくるであろう」
地下壕に衝撃が走った。「何事だ」ヒトラーが怒る。警報は一切なかった。壕に飛
び込んできた士官が青ざめている。「我が・・・V1号です。コースがずれたのです」
ロンドンに向けて発射されたV1号のうち、市街地に被害を与えたのはおよそ1/3で
ある。残りは発射直後に爆発したり、行方不明になったり、迎撃されて無害な海上に
落とされたりした。
「幸い死傷者はなく」「当たり前だ!」ヒトラーが怒鳴る。
将軍たちは天井を見たり壁を見たり用もなくメモを取ったり、ヒトラーと視線を合
わせないようにしている。やり場のない怒りをお手玉したヒトラーは、短く言った。
「帰る」ふたりの元帥はヒトラーを、NSDAP(いわゆるナチス党)式ではなく陸軍式
の敬礼で見送ったが、送られる側にそれをとがめる心の余裕はなさそうだった。
6月19日 オマハ・ビーチ
アメリカ第29歩兵師団師団長補・コータ准将は、折角帰ってきたオマハ・ビーチで、
またしても見たくないものを見ることになった。
連合軍の秘密兵器、オマハ海岸の人工港、秘匿名称マルベリー。これはコンクリー
ト製のケーソン(潜函)を沈めた上に鋼鉄製の仮設道路をつけた桟橋と、それを守る
二重の防波堤から成っている。防波堤としては、フランスから脱出した戦艦を含めて、
大小の老朽船舶が自沈する計画であった。
ところがドイツ軍のために工事が大幅に遅れ、始まったばかりのところへ、天候が
一変したのである。激しい風雨にあって、防波堤を欠いた桟橋は、次々に基部から横
倒しになる。危険を冒して補給物資を運んできた輸送船は、揚陸もままならず、再び
波涛の中へ戻って行く。
もともと予定通りでないところへパットンが湯水のように使ったせいで、弾薬の不
足が目立ち始めていた。遠浅のユタ・ビーチに物資を運べる上陸用舟艇は、メンテナ
ンスの暇もないほど立ち働いていたが、この嵐で不運な位置に乗り上げて座礁する艇
が多い。
コータは師団の前線に戻ることにした。前線に行っても、出来ることは少ない。
シェルブール港が陥落して、補給状態が改善されるまでは。
6月20日 シェルブール市南東15キロ
バートンはいらいらと橋の応急修理作業を見守っていた。ヴァローニュの町を守っ
ていたドイツ第6空挺連隊はようやく撤退したが、シェルブールに通じる橋をひとつ
爆破してしまっていた。川が細いので修理に手間はそれほどかからないが、そのわず
か半日の間に、退却するドイツ軍はシェルブールの外郭陣地に腰を落ちつけて、すべ
ての陣地機能を目覚めさせてしまう。
コタンタン半島の西側を進んでいるアメリカ第9歩兵師団は、彼らほど幸運ではな
かった。南方に退却するドイツ軍が、サン=ソーブール村とその北方でもっと大きな
川の橋を落としてしまったので、ユタ・ビーチからの物資の補給が滞って難儀してい
る。バートンは、彼らの分も前進を急がねばならない。
天候の回復が待ち遠しい。包囲したあと総攻撃までにどれだけ時日が掛かるか、
バートンには見当もつかなかった。
6月21日 シェルブール市
ドイツ第709歩兵師団長・シュリーベン少将は、古式ゆかしく砲弾に詰めて送り込
まれた誘降ビラを、苦笑して眺めた。空中から撒きたいところ、航空機が飛べないた
めであろう。降伏を呼びかけるビラは少なくとも4カ国語で書かれており、半分以上
はシュリーベンの読めない言葉であった。相変わらず、シェルブールには雑多な国籍
の兵士がいる。
アメリカ軍は奇妙にも、シェルブール市近郊に半円形に配置された外郭陣地を遠巻
きにしたまま動こうとしない。どうやら弾薬の補給を待っているらしく思われた。そ
れに、半島の西側からの部隊はひどく遅らされているし、東の端の包囲も完成してい
ない。南方の戦線の様子は分からないが、なにか起こっているのかも知れない。
「最後の弾丸まで抗戦せよ、か」シュリーベンは、マルクス中将の指令を反芻した。
ドイツ軍では聞き慣れない言葉であった。弾が尽きたら好きにしていいよ、と片目を
つぶっているような指令である。片目をつぶったのは、シュリーベンとOKWの間に
挟まる、どの将軍なのだろう。
おそらくその将軍が指令したのであろう。本国との交通路が遮断される前に、かな
りの物資がシェルブールから運び出された。弾薬も、である。
どうせ時間稼ぎの死兵、と腹をくくったシュリーベンは、他の師団長と相談して、
シェルブールへの撤退を早めに行っていた。重火器がもともと少ないのはどうしよう
もないとして、良いコンクリート陣地には十分な歩兵がついているし、主要道路の脇
にはたいてい森林があって、抵抗の排除は容易ではない。
シュリーベンには、7月中旬までは持ちこたえる自信があった。もっともそれ以上を
命令する奴が居たら、この事態を招いた責任の所在について、なにか印象的な悪態を
ついてやりたい心境だったが。
6月21日 カランタン市南方10キロ
「弾幕が、薄くなったな」第12SS戦車師団長・マイヤー准将は、アメリカ軍確保地
域を指して、双眼鏡を目に当てた。陸軍は弾薬不足、海軍はメンテナンス、空軍は悪
天候と悪条件が重なって、連合軍の圧力は弱まっている。冷たい6月の風雨がマイヤー
の頬を打つ。
ドイツ側では歩兵師団や空挺師団が戦線の穴埋めに次々と到着したため、いくつか
の戦車師団は後方に下がって、自由な攻撃配置が出来るようになった。マイヤーの師
団もそのひとつである。Dデイ直前には戦車と突撃砲あわせて170両あったのが、すで
に110両前後に落ち込んでしまっている。ビットマンのいる独立重戦車大隊は37両の
タイガー戦車を持って戦闘に加わったのだから、その相対的な重要度がわかる。
マイヤーの師団と、オルデンドルフの第17SS機械化歩兵師団は、シェルブールの
危機をやわらげる攻撃作戦の準備に入っていた。
目標は、カランタン市。
6月21日 ポーツマス市(SHAEF前進司令部)
「ドイツ軍の攻勢は、第1軍、第3軍の協力により撃退されました」スミスの報告を聞
いても、アイゼンハワーの心は晴れない。
「弾薬を相当使ったのか」「まだ報告がありませんが、おそらく」これでシェルブー
ル方面への弾薬の集積はまた遅れる。空軍が悪天候の間に休息してくれることだけが
好材料である。
「クレアラー大将閣下が、ご都合の良いときにお会いしたい、と申し出ておられます」
「明日の昼食に招待しよう」「手配します」彼は欧州派遣カナダ軍司令官である。モ
ントゴメリーの進撃が進まないので、1個軍相当のカナダ軍が空しくイングランドの
兵舎で時をつぶしている。カナダ独自の軍司令部が置けないことは、カナダ軍の面子
に関わるのであった。用向きは一種の陳情である。
この他にもアイゼンハワーの指揮下には、自由フランス第2戦車師団、ポーランド
空挺旅団と戦車旅団、ベルギーとオランダのそれぞれ歩兵旅団、チェコスロバキア戦
車旅団といった部隊があった。それぞれに過不足ない働き場所を見つけてやることは、
ほとんど不可能事に近い。それをなだめすかすのもアイゼンハワーの役目である。
「モントゴメリーは何をしている」アイゼンハワーはつぶやいた。確かに、モントゴ
メリーがドイツの主力を引きつけている間に、アメリカ軍が西側で戦線を突破すると
言うのが連合軍の計画であった。しかしモントゴメリーの正面にはドイツの戦車師団
は3個しかないのに、アメリカ軍はオルデンドルフの師団も含めれば2個を引き受けて
いる。この程度の差なら、イギリス軍も前進すべきであった。
6月22日 ソード・ビーチ
ドゥーブルの村はほとんど廃虚と化している。守備隊は何度も交代していたが、地
形を一変させるほどの艦砲に、ついに撤退命令が下った。
イギリス軍は海岸に最も近いルートで、再度カーン市占領を狙ってきた。占領地域
は細長くなって守りにくい面があるが、海上からの支援は最も受けやすい。歩兵師団
の抵抗は、激しい海陸の支援砲火で制圧される。
カーン市の町並みが見えてくる。ノルマンディーでは随一の都市である。兵士たち
の顔がほころぶ。ドイツ軍の反撃は散発的だ。もっと早く攻撃すべきだった。
何だ、あの甲高い響きは。
ネーベルベルファーだ! ドイツ軍のロケット砲である。カーン市の市街地に展開
していたのだ。イギリス軍の先鋒が士気をくじけさせる。士官が声を枯らす。道路上
の混乱が特にひどい。散布界に入ってしまった小村がまるごと炎に包まれる。
出てきた! カーン市から戦車が出てきた。算を乱すイギリス軍に近づいてくる。
ようやく異変に応じたイギリス軍の支援砲火が、慈悲深い煙幕を張る。付近の小村に
立てこもるイギリス歩兵。
ドイツ戦車は損害を避けて退却した。重装備の補充は難しく、あってもエリートの
戦車教導師団やSSの戦車師団に回ってしまう。第2戦車師団からの分遣隊は、自分
たちの価値を知っていた。代わって、カーンにいるありったけの榴弾砲が、地図を頼
りに激しく周囲の小村を打ちすえる。観測機も飛べず、敵兵は煙幕の向こうならば、
位置を知られて反撃を食らう心配がない。
雨は連合軍の補給路を細らせたが、ドイツ軍の補給路を太らせた。爆撃がないので
鉄道の補修が進む。昼間もトラックが移動できる。ずっと昔に約束されていた物資が、
思い出したように届き始めている。
届かないのは、航空機だけであった。
第12章 フォニー・ウォー
6月23日 ベルリン
1815年、ワーテルローの戦いでナポレオンを最終的に打ち破ったのは、プロイセン
王国軍の迅速な移動であった。その移動を演出したグナイゼナウ参謀長から数えて4
代。歴史は再びこの血筋に、ドイツの運命を左右させようとしている。
クラウス・シェンク・フォン・シュタウフェンベルク。東部戦線で片目片手を失っ
た彼は、大佐としてドイツ予備軍参謀長の任にある。
「ロンメル元帥は、最終的に計画への協力を約束してくれた」報告するのはホーフアッ
カーという人物。シュタウフェンベルクの従兄弟で、いまは実業家だが予備役中佐で
ある。
「逮捕でなくてもよいと言うのだな」「そうだ。急がなければ、戦線は突破される」
ロンメルはヒトラーを暗殺するのではなく、逮捕するなら協力しても良いと言い続
けてきた。シュタウフェンベルクらは、ヒトラーが生きていた場合、新政権が確立し
ないと見ていた。クーデターの参加者で、現在政治的な実権を握っているといえる人
物は、いないのである。
「近々、チャンスがある」「ベルヒデスガーデンか」「そうだ」
奇妙な沈黙があった。必要以上のことは、信頼する親族にも明かしたくないのであ
る。その強い性格が、計画をここまで引っ張ってきたことをホーフアッカーは知って
いた。
ホーフアッカーは、黙って手を差し出した。
6月23日 ロシュ・ド・ギヨン(ドイツB軍集団司令部)
ロンメル元帥は珍しく司令部にいた。
「シュパイデル、私はヒトラーに似ていると思うか」いきなり切り出されてシュパイ
デルは戸惑った。「私は、似ていると思う」
ロンメルとヒトラーのつながりは深い。ヒトラーの護衛責任者として大戦を迎えた
ロンメルは、希望して戦車師団長に転じた。少将になって1年にも満たないロンメル
が戦車師団を任されるのは、ヒトラーの後押しなしでは有り得なかったであろう。
ロンメルはヒトラーを取り巻く幹部や親衛隊とはよく衝突したが、ヒトラー自身とは
良好な関係を終始保っていた。
「昔は、彼に取って、世界は単純だった。大戦の最初の頃は、彼はもっと危ない前線
へ出たがったものだ」シュパイデルは苦笑するしかなかった。「そこのところは、似
ておいでです」
「あまりにも多くの人間のやったことを、彼は背負いこんでしまった。人ひとりに負
いきれる量を超えてしまって、そして彼は変わった」ロンメルもシュパイデルも、ポー
ランドの強制収容所で、すでに1941年から起こっていたことはおぼろげにしか知らな
かった。それはさておき、ヒトラーが戦況の悪化につれて部下を信じなくなり、ます
ます多くの意志決定をわが身に集中して、強迫観念で自壊する傾向の出てきたことは
事実であった。
「私がドイツを背負い込んだら、私はヒトラーになるかもしれん」シュパイデルは首
を横に振った。ロンメルが先日のホーフアッカーへの言質を気にして、パニックを起
こしているようには見えなかったが、こんなロンメルは珍しい。「だとすれば、私は
元気なヒトラーにならねばならん」
ロンメルは感慨を込めて言った。「私のよく知っているヒトラーは、現在のような
状況を放置したりはしない」シュパイデルは消極的に同意した。人の数だけ、思い出
はあるものだ。
6月23日 ベルリン(SS本部)
ヒムラーSS(親衛隊)長官は不思議な男であった。残酷でありながら愛されるこ
とを望み、動物愛護とユダヤ人大量殺人を同時に推進した。妥協なく非人道的な政策
を進めたかと思うと、個人的に連合国との対話の可能性を探った。そして、常にヒト
ラーには無条件に忠実であって、ヒトラーが彼を信用しても愛してもいないことを知っ
ても、その服従にはいささかの緩みもなかった。
「陸軍に不穏な動きがある?」「英米の高官と連絡をつける手段を探っている様子で
す」ヒムラーは報告を受けて、じっと机を見つめた。
「総統に対する報告書を用意いたしますか」「いや、当面私にだけ報告して欲しい」
ヒムラーは2年前、自らこの種のことを計画してヒトラーに露見し、連絡員を逮捕
して口をぬぐった前歴がある。いや、口をぬぐったと見せて、実は・・・
陸軍はヒトラー台頭前から厳然と存在する精力であり、ヒトラーの政府とは対抗関
係にあって、現在政治権力を持っている人間はいない。とすると、ヒトラーを逮捕ま
たは暗殺する動きが出る恐れがある。
ヒトラーが和平を望まないとき、私はどうすべきだろうか?
いや、総統は私のすべてだ。私は総統を守る。
しかし、総統を軟禁して説得することを、他の誰かが引き受けてくれるなら・・・
ヒムラーははっと目を上げた。さっきの報告者がまだ辛抱強く待っている。「もし
陸軍に反逆の動きがあれば、私に知らせて欲しい。直ちにだ」「承知しました」
報告者が退室したあと、ヒムラーは考えを続けた。もし・・・・
6月28日 午後10時 ラ・ロシュ・ギヨン上空
闇の中を、イギリス軍の輸送機が飛ぶ。月はとうに沈んでいたから、ふたつの落下
傘が開いたところを見ているほど夜目が利く人間はいなかったに違いない。
着地すると、手早くパラシュートが始末される。道路はすぐに見つかった。道標か
ら位置を特定すると、地元民のような自信あふれる足どりで歩き出す。
そのいでたちは軍服ではない。背負っている荷物が少し大きいことを除けば、フラ
ンスの人混みにとけ込めると思われた。
酒場に入ると、カウンターに女がいる。ふたりの男のうち年かさの方が、女に話し
かけた。「ナポレオンの切り札は?」「近衛歩兵隊」
「ジョンに、グレン」「シモーヌ。あちらはアンドレ」レジスタンスの女性は、相棒
を紹介した。すこし離れたテーブルから店内を見張っている。
Dデイ直後に送り込んだ情報要員の通報で、ロンメルの司令部の位置が分かったの
で、イギリスは特殊部隊SASから選抜した暗殺者を送り込んできたのであった。
7月3日 シェルブール市周辺
ついに月が変わってしまった。ドイツ軍の外郭陣地は完成されたものではないが、
ところどころに強力な防塁があって、周囲の簡易な陣地がこれを効果的に支援してい
た。
ようやく外郭陣地が虫食い状態となって、そのすき間をこじ開けたアメリカ軍が市
内の敵と交戦を始めている。急がねばならない。時日を要するほど、ノルマンディー
へのドイツ軍の封鎖体制は完成するのだ。
いまや陸海空の支援砲火はシェルブール市に牙をむいている。ドイツ軍は様々な所
属、様々な国籍のものが一緒になって戦っている。
コリンズ中将は火炎放射戦車が嫌いだったが、この状況ではその威力を認めざるを
得なかった。本来の用途にはとんとお呼びが掛からない自走対空機関砲も、大型の火
砲のいない陣地に対しては猛威を揮っている。活躍する兵器の違いは、そのまま戦闘
の質の違いを反映している。コリンズは戦闘にロマンを求める質ではなかったが、今
の戦闘の名誉なき血腥さには辟易していた。
またシェルブール港で火柱が上がった。ドイツ軍が新しい破壊に成功したのだ。シェ
ルブール港を手にいれても、完全に使えるようになるまでにはしばらく掛かりそうだっ
た。
7月8日 ゴールド・ビーチ
ジョーンズ軍曹の独白
今日はおかしな日だ。ドイツの軍服を着て、ドイツの軍用車に乗って、白旗を立て
てやってきた奴らが、前線に着いたとたんに生粋のスコットランドなまりでイギリス
軍の認識番号を口走ったかと思ったら、いきなりモンティに会わせろときたもんだ。
師団の情報参謀が面談してたが、さっき野戦救急車がやってきて、そいつらを運ん
でいっちまった。陽気のせいだと思ってたら、あとで情報参謀が俺たちまで呼びつけ
て、奴らが何か言ったかとか、他に何か持ってたかとか、細かいことを聞きやがる。
そんな心配する間に、もうちっとましな作戦を立てられないもんかね。俺の中隊長な
んざ3週間で3人代わったんだぜ。2人は死んじまったし、ひとりは・・・帰っちまった。
さあね。今どこだろうね。どこでもいいぜあんな奴。
情報参謀の野郎、見たことは誰にも話さねえように、なんて言っていきやがった。
そういやあ、野戦救急車ってのは窓がねえから、誰かをこっそり運ぶのにはいいかも
しれねえな。
7月8日 ロンドン
「グレート・ブリテンとしては、真剣に検討する価値があると思う」チャーチルは言っ
た。「至急アメリカと協議すべきだ」
ハリファックス外務大臣がなにげなく質問する。「ソビエトとはどうしますか」
「まずアメリカとだな。ロンメルは西部戦線の停戦についてだけ触れている」チャー
チルの真意は理解され、是認された。もしこれを容れれば、ソビエトが単独でドイツ
と戦闘を続けるようなことに成りかねない。ソビエトを入れれば、話が壊れてしまう。
スイスにおける連合軍への接触はSSに気取られただけで何の成果も生まなかった
が、ロンメルとシュパイデルが捕虜のイギリス士官に託した親書は、連合軍を揺るが
していた。
「至急、トルーマン副大統領か、少なくともハル国務長官をロンドンに迎えたい。
ジェントルメンに異存はあるまいな」緊急閣議はチャーチルの発言に同意した。
「ロンメルには生きていてもらわねばならん。参謀本部は必要な処置を取るように」
ブルック陸軍参謀総長が首を縦に振った。暗殺は中止だ。やれやれ。
7月8日 午後10時 ラ・ロシュ・ギヨン近く
「個人的なお便りの時間がやってきました」BBC放送のアナウンサーが、いつもの
ようにフランス語のメッセージを読み上げ始めた。4人の暗殺メンバーは、全身を耳
にして聞き入る。
「ジョセフィーヌ、私が悪かった。帰ってきてくれ − 修道僧が衝立に描いた自画
像はよい出来だ − 2月2日にトムさんは射たれた − ジムの受け取ったフィル
ターは形が違う −」各地のレジスタンスとの間であらかじめ取り決められた暗号が、
淡々と読み上げられる。
「赤ん坊は資料をかじるから注意しろ」
4人は顔を見合わせた。中止指令だ。なんてこった。「至急最寄りのレジスタンス
を通じて、新しい指令を受け取らねばならない。手配してくれるか」ジョンは言った。
「もちろん」アンドレはにこやかに答える。「短い間だったけど、楽しかったわ」
シモーヌがジョンの首に手を回す。
アンドレがグレンに当て身を食らわせた。驚いたジョンの背中に激痛が走る。
「なぜだ・・・」背中にナイフを突き立てたまま、ジョンがうめく。アンドレはすで
に、グレンの首に紐を巻き付けている。
「ロンメルはソビエト抜きで講和をしようとしているの」シモーヌがささやく。その
声はごく日常的な響きしかない。「チャーチルはその話に応じそうよ」「なぜ・・・」
「モスクワはもう知っているわ」フランスのレジスタンスは、反独というたった一点
でつながった組織である。その構成組織の中には、極右もいれば、共産党系もいる。
「中止命令は届かなかったのよ。あなたがたがロンメルを殺したことにすれば、とて
も都合がいいの。あら」
シモーヌは、ジョンがすでに最後の息を吐き出しているのに気づいて、微笑んだ。
第13章 クロス・カウンター
7月11日 午前6時 カランタン市南方
「ずいぶん待たされたが、ま、待ったかいがあったというもんだ」パットンは、白い
星が3つついた中将用のヘルメットをかぶると、さっそうとジープに乗り込んだ。ブ
ラッドレーは以前の命令を取り消して、パットンにパリ方面への進出を命じたのであ
る。連合軍は、ドイツの停戦の意志が本物であるかを試す役目を、パットンに与えた
のであった。
奇妙なことだが、パットンはそのことを知らない。パットンは舌禍事件をたびたび
起こしているので、重大な軍事機密からは遠ざけられているのである。したがって今
日の司令官閣下は、パリのシャンゼリゼ通りを行軍する自分を思い描いてご満悦とい
うわけであった。
7月5日、シェルブール港のドイツ軍は降伏した。空軍は負担が軽くなり、パットン
の戦域後方で猛烈な移動妨害を実施している。パットンに不利な要素がひとつあると
すれば、戦後のフランスの対連合軍感情を考えて、当初予定されていた戦略空軍の
”絨毯爆撃”が中止されたことであろう。南フランスを支配下に置くヴィシー・フラ
ンス政府と連合国の関係にはまだ流動的なものが残っており、フランス人をヴィシー・
フランスのもとに結集させるようなことは、避けなければならないのである。ドイツ
との戦争が終わるとすると、英米軍が南フランスを武力占領する大義名分は見あたら
ない。
パットン親父はアメリカに勝利をくれる。兵士たちは確信していた。ただ補給品で
人命を買い戻そうとするモントゴメリーとは違って、パットンの用兵は信賞必罰のラ
イオン使いに似ていて、その配下になると楽はさせてもらえなかった。
7月11日 午前10時 ロシュ・ド・ギヨン(ドイツB軍集団司令部)
ロンメルは落ちつかなかった。シュタウフェンベルクが今日ヒトラーと会うことは
知らされていたが、それで落ちつかないのではなかった。前線が微妙な段階にあるの
に司令部に縛り付けられているのが苛立たしいのである。シェルブール陥落のあと、
連合国空軍の活動が活発になっていることは、各レベルの将軍たちからの報告で明ら
かになっている。
ロンメルが託した書状は、いわば空手形であった。この時点において、ロンメルの
裁量できる交渉材料は何ひとつない。交渉の意志を表明したに過ぎない。ロンメルが
まもなく国家交渉のための全権を握ることを示唆する文言は、慎重に避けられていた。
ロンメルは、もしシュタウフェンベルクが失敗したときには、独力でヒトラー打倒の
ため西方軍に号令するつもりであった。
この計画は明らかに、ヒトラーへの一般兵士の敬愛を過小評価していたが、反乱メ
ンバーの中でロンメルの断固とした主張を覆せる人物は居なかった。実行力不足と言
うほかはないが、この反乱計画全体に貴族的で文弱な気分が漂っていて、クーデター
としての実戦的な準備があらゆるところで不十分であった。例えばロンメル夫人はド
イツにおり、一人息子のマンフレートは応召していると言うのに、どちらを保護する
準備もないのである。
そしてロンメルは、政治には素人であった。
ノックの音が響く。作戦主任参謀・テンペルホーフ大佐であった。「アメリカ軍が
動き出しました。第272師団の戦区です」最近スペイン国境近くから到着したばかり
の歩兵師団である。重装備はほとんど置き去りにしてきている。本格的な攻勢にはひ
とたまりもあるまい。
「断固撃退せよ。機動防御の機会をつかめ」ロンメルは即座に言い放った。連合軍に
いま戦線を突破されたら、本当に交渉の材料がなくなってしまう。
最寄りの戦車部隊というと、マイヤーの師団のはずであった。
7月11日 午前10時半 ベルヒデスガーデン(ヒトラーの別荘)
「カバンをお預かりしましょうか」「いや、結構」OKWの若い中佐が、来客を出迎
える。
シュタウフェンベルク大佐はソビエト軍の地雷のために、右手をなくしていた。左
手に残った3本の指が、いまドイツの運命をわしづかみにしている。
彼の公職は、予備軍参謀長であった。東部戦線も西部戦線も、国内で訓練中の兵員
を緊急に、大量に必要としていたので、ヒトラーは彼に現況の報告を求めたのである。
「今日の会議には、ヒムラー長官はおいでにならないのですか」「他用がおありで」
シュタウフェンベルクはひそかに失望した。兵権を握っているヒトラー、ゲーリング、
ヒムラーの3人がいるところで、カバンの中の爆弾を使いたかったのである。
しかしロンメルも先走ったことを何かやったらしいし、先に延ばせば露見の恐れが
あった。2人を倒せれば、よしとしなければなるまい。
7月11日 午前11時 マーリニー村(サン=ロー市西10キロ)
マイヤーの隠れ場所からみても、道は壊走する歩兵で一杯であった。その人の群れ
を、イギリスの戦闘機が掃射して行き過ぎる。このあたりは森林と果樹園の多いとこ
ろで、陣地と言うよりマイヤーたちが車両の隠し場所として使っていたのだが、そこ
へ避難民のように歩兵部隊が流れ込んで来ていた。マイヤーの若い部下たちも連戦と
砲撃ノイローゼで幽鬼のようになっており、他人の不行状をとがめる気力は残されて
いない。
アメリカ軍はサン=ロー市の西側を突破して、サン=ローとバイユーを大きく包囲
する計画のようであった。マイヤーの師団の歩兵連隊は見る影もなくやせ衰え、マイ
ヤーの戦車とオルデンドルフの歩兵で合わせて1個師団、というのが実勢であったが、
ここは生け垣、潅木、果樹園の錯綜するノルマンディーである。先に動きさえしなけ
れば、大損害を与えることも出来よう。
「ヴュンシュ、攻撃指揮は任せる」マイヤーは近距離用通信機にささやいた。「了解」
周囲の戦車の砲塔が、一斉にウォームギアをきしませて回転を始めた。
キャタピラの音が、マイヤーの耳にも聞こえてくる。
「ファルコンよりアルハンブラ・リーダー、1級道路の南側を掃討してくれ。そこに
はまだ我々はいない」「アルハンブラ・リーダー、了解」「なにかね、それは」
観測士官は、いきなりパットン中将の来訪を受けてたじろいだ。「空軍の戦闘機と
連絡を取っております」「直接か」「はい」「たまげたな」パットンは心底驚いた。
陸軍用のVHF通信機を戦闘機に詰め込んで安定した運用が出来るのは、この時点でア
メリカだけであった。
笛を吹くような音に続いて、振動がパットンを襲った。「アルハンブラ・リーダー、
南側と言ったろう、南側と」観測士官が怒鳴る。パットンは肩をすくめた。「わしの
ジープを掃射せんでくれと、伝えて置いてくれ」そう言い捨てて、パットンは次の訪
問地に向かって行った。もっと前線に近い方へ。
7月11日 午前11時 ベルヒデスガーデン(ヒトラーの別荘)
シュタウフェンベルクは机の下にカバンを置いて、さりげなく外に出ようとした。
「シュタウフェンベルク!」
彼は鉄の自制心を持っているかどうか自信がなかったが、精いっぱいの力を自分か
ら引き出した。「何でしょう」
「ドアを閉めて行ってくれ」空軍司令官・ゲーリング国家元帥はそれだけ言うと、ま
た興味なげに資料に目を落としているふりをした。
轟音が聞こえたとき、シュタウフェンベルクは、OKW通信部隊のフェルギーベル
司令官と立ち話をしていた。小さく頷きあって、シュタウフェンベルクがベルリンへ
急ごうとしたとき、廊下の向こうから人が来た。
「何事だ!」フェルギーベルがいきなり叫んだ。間の悪いことに、やってきた男は同
志ではないうえ、シュタウフェンベルクを知っていた。「大佐、会議室は無事ですか」
「私は中座していた。すぐもどる」一緒に追いかけようとする男を、フェルギーベル
が呼び止めた。「君は警備隊司令部に行って、状況をつかんで報告してくれ」
シュタウフェンベルクは、副官の待つ車へと、後をも見ずに急いでいた。
7月11日 午前11時 ベルリン(ドイツ陸軍参謀本部)
「成功したのか」「まだ確報はない。しかし・・・」同志たちは迷っていた。シュタ
ウフェンベルクは、成功の情報を−彼自身確認したわけではない−伝えていないので
ある。
「ベルヒデスガーデンとの連絡は途絶している」オルブリヒト大将は、今日何度目に
なるか分からない指摘を行った。「何かが起こったことは確実だ」
「ヒトラーは死んだのか」何度繰り返しても、誰かがそれを口にしたとたん、議論は
振り出しに戻ってしまう。
オルブリヒト、シュタウフェンベルク、そしてその上官のフロム大将は、いずれも
「ワルキューレ」と呼ばれる非常事態プロトコルを発動する権限を持っている。国内
で暴動が起こった場合、非常事態宣言を発すると同時に、各地の予備部隊や兵科学校
部隊を召集して要所を制圧する作戦である。これを利用して、各地のヒトラーに忠実
な部隊、特に親衛隊を押さえてしまおうと言うのである。
しかし老齢の将軍たちには実行の決断がつかない。つかないまま、ずるずるとシュ
ベッペンベルクの帰りを待ちわびている状況であった。
7月11日 午後1時 マーリニー村(サン=ロー市西10キロ)
ドイツ軍がこしらえ上げた幅の広い縦深陣地は、アメリカ軍のかけた圧力にたわん
でいた。パットンは損害に構わず、部下を叱咤して目標へ突進させている。位置をさ
らした対戦車砲は、東部戦線の常識から見れば異常な高率で、すぐ戦闘爆撃機に制圧
された。その秘密がVHF通信機にあるのは言うまでもない。
アメリカの戦車ほどではないが、マイヤーの戦車もずいぶん減っている。草ダルマ
のようにカムフラージュを厚くしても、いちど見つけられてしまえば、最後には爆弾
が降ってくる。アメリカ戦車部隊もまた、多くのことをすでに学んでいた。キャタピ
ラ、砲塔のリング、転輪のすき間といった狙いどころを絞られると、優秀なドイツ戦
車もそのうちには仕留められる。
歩兵たちが対戦車ロケットを握りしめてアメリカ戦車を待っている。マイヤーもそ
の中に混じっていた。師団司令部は後方には下がらない。マイヤーに取って、指揮と
は、部下に背中を見せることである。敗走する歩兵師団の兵士が、偶然マイヤーの肩
章に目を留め、奮起してそのまま陣借りすることもあった。
マイヤーは、上層部で起こりつつあることは知らない。ディートリッヒが最近ロン
メルとよく会っているらしいが、それを政治的な動きに結び付ける感覚は、マイヤー
にはなかった。ここにもまた、政治音痴の仕事屋がいる。
7月11日 午後2時 ベルリン(ドイツ陸軍参謀本部)
「なぜワルキューレを発動しなかったのです」「いや、その・・」「すぐに発動して
下さい」ベルリンに着いて、事態を把握したシュタウフェンベルクはひどく腹を立て
ていた。誰かが状況を整えなければ動き出せない、ひょろ長いエリートたち。
「ヒトラーは死んだのです」シュタウフェンベルクは、自分もその場を確認する余裕
のなかったことを隠した。「放送局の占領はどうなっていますか」「まだだ」「早
く!」
ゲッペルス宣伝大臣は、OKWのヨードル作戦部長から電話を受けると、「どうなっ
ているんだ」と叫んだ。ベルリンには様々な噂が乱れ飛んでいて、ゲッペルスはほと
んどすべての知人から事の成りゆきを尋ねられる有り様であった。
「陸軍のクーデターだ」ヨードルは言った。「予備軍参謀長のシュタウフェンベルク
大佐が、大本営に爆弾を仕掛けた。ゲーリングとカイテルは死んだ」すでに犯人は特
定されていた。大本営から出るときの挙動があまりにも不自然だったからである。カ
イテルはOKW幕僚総監で、ヨードルの上司である。
「総統は」それが問題であった。
「生きておられる」
「声を聞かせてくれ」「それはできない」「なぜだ」「一刻を争うのだ、ゲッペルス
大臣。ラジオで総統の生存を放送してくれ。反乱部隊を寝返らせるのだ」自らが優れ
た扇動家であるゲッペルスは、直観的に状況を見通した。同時に、決定的な一点を再
発見した。「総統はどうした」「生きておられる」ヨードルは引っかからない。
いいだろう。どっちみち、ヒトラー以外の命令を聞くつもりはない。「わかった」
ゲッペルスは、ひとりきりの戦いを開始した。
7月11日 午後2時 ロシュ・ド・ギヨン(ドイツB軍集団司令部)
シュタウフェンベルクからの直接の電話連絡で、パリとブリュッセルは活気づいた。
同志に加わっているそれぞれの軍政長官は、計画の非公然部分にとりかかる。何人か
のSS高官を拘束して、SSやゲシュタポを無力化するのだ。独自の政治的立場を表
明するのは、ヒトラー死亡の第一報がベルリンから発せられてからである。それまで、
西方軍管区とドイツ本国間の通信回線を遮断する措置も取られた。
西方軍とB軍集団では、それぞれの参謀長が中心になって、将軍たちの最終的な引
き入れが行われていた。クーデターへの曖昧な同意を、明確な盟約に変えるのだ。
「第2戦車師団、リュットウィッツ中将、ロンメル元帥を全面的に支持」
「第116戦車師団、シュウェリン中将、パリへの移動準備を下達」
「ザルムート大将より第15軍将兵へ、B軍集団と行動を共にする旨、メッセージ発信」
シュパイデル参謀長の机には、見る見るメモが溜まって行く。
「見事なものだ。元帥のお人柄が偲ばれる」難しい戦局を放り出して、B軍集団司令
部にやってきているのはディートリッヒ大将。西方軍のSS部隊からの支持を徹底さ
せるためである。SSは陸軍に比べればヒトラーの私兵に近かったが、最近の戦争指
導に満足していない将軍たちは多かった。陸軍将校団のように長期にわたる職業軍人
としての訓練を経ていないので、かえって時勢に正直なのである。
「いや、彼らとは絶えず連絡を取っているから」ロンメルはシュパイデルに向かって
苦笑してみせた。普通の軍集団司令官なら、こうはいかないに違いない。
「マイヤーとは、まだ連絡が取れませんか」「残念ですが」「また前方へ出すぎてい
るな」ディートリッヒは難しい顔をした。「指揮官は地位に相応した場所にいなけれ
ばならんのだ。でないと周囲が困るものを・・・いやこれは失礼」失礼と言われたロ
ンメルはすまし顔を作り、シュパイデルがくすくす笑う。
「それにしても、ラジオ放送はまだないのか」ロンメルはつぶやく。
7月11日 午後3時 ベルリン(ドイツ陸軍参謀本部)
「本日、我らが敬愛する総統閣下に危害を加えようとする、一部の敗北主義者たちの
邪悪な企てが行われた。総統閣下は爆弾をもって襲撃され、幾人かの忠実な将軍と閣
僚が貴い犠牲となった。しかし神はゲルマン民族のためにヒトラー総統を守り給い、
総統はほどなく政務に復帰される予定である。総統は憎むべき爆破犯人であるドイツ
予備軍参謀長、クラウス・シェンク・フォン・シュタウフェンベルクの逮捕を命令さ
れた。すべての予備軍は、総統またはOKWのヨードル作戦部長による直接の指示の
ほかは、実行してはならない」
ゲッペルスの放送原稿は、驚くべきことにベルリンのラジオ局からすんなり放送さ
れた。ワルキューレ指令に従って、放送局はすでにある訓練部隊が警備していたのだ
が、この部隊は何を防ぐべきか、具体的な指示を受けていなかったのである。現職の
宣伝大臣の直接命令を阻止することを、反乱グループは想定していなかった。という
より、反乱グループはゲッペルスの身柄を確保すべきであった。
反乱グループにとって最も大きな衝撃は、シュタウフェンベルクを名指しで犯人扱
いされてしまったことであった。証拠を残さない脱出方法を用意していなかったのだ
から当然なのであるが、計画の細部を知らされていない者に取っては、これは重大な
失敗と見えた。厄介なことに、将官クラスの大物ほど、反乱グループから細部を知ら
されていなかったのである。
目に見えて動揺を始めたのは、予備軍司令官のフロム大将である。彼はワルキュー
レ警報に署名していて、言い逃れできなかった。
7月11日 午後4時 ロシュ・ド・ギヨン(ドイツB軍集団司令部)
ラジオを傍受したパリでは混乱が起こった。ヒトラーが生存しているのではないか
と言う疑念がにわかに広まって、反乱の深間にはまりこんでいない部隊が逡巡を始め
たのである。
「至急ロンメル元帥にパリにお出かけ願い、ラジオで将兵に呼びかけて頂きたい」
ブルーメントリット参謀長は、B軍集団司令部に電話で懇請した。
ロンメルは、ディートリッヒを伴って、直ちに出発することにした。最初は護衛な
しで出発し、道半ばでパリから急行したシュツルプナーゲル軍政長官の保安大隊が護
衛につく。シュパイデルは丸腰での出発に反対したが、ロンメルは一笑に付した。
「あれは?」「ロンメルよ」パリへと続く田舎道で、シモーヌは断定した。何の変哲
もない軍用車だが、赤と白の二重縁取りのついたチェッカー柄の旗をつけている。あ
の旗をつけている車は、ドイツ国境のこちら側では2台しかない。軍集団司令官の
乗車を示すのである。
突入計画はおじゃんだ。もしパリに行かれたら、厳重な護衛がつくに違いない。ア
ンドレは一瞬で決断した。「行くぞ」
イギリス製の短機関銃がうなりを立てる。先導するサイドカーの士官が体を折って
ころがり落ちる。ロンメルの乗用車は急停車すると思いきり後進をかける。後衛のサ
イドカーは車載の軽機関銃を射つ余裕があった。2人のレジスタンスが倒れる。しか
しシモーヌの狙撃で、機関銃手とドライバーはあえなく絶命する。主のいないサイド
カーはレジスタンスめがけて突っ込んで行く。
SSの将官は、レジスタンスの標的になりやすい。ディートリッヒは、たった4人で
はあるが護衛の乗った乗用車を連れてきていた。2台のサイドカーは、4人が路肩に伏
せる貴重な時間を稼いでくれた。サイドカーに気を取られた隙に、そのうちのひとり
が手榴弾を投げた。ひとりが吹き飛ぶ。もうひとりは飛び出したところを一斉に射た
れた。
静寂が、戻ってきた。
「女か」ドイツ兵がシモーヌを蹴飛ばす。「見慣れない銃だ」ロンメルがシモーヌの
持っていた短機関銃に手を伸ばしたときであった。
「元帥!」繁みから立ち上がった大男がいる。誰かがロンメルを突き飛ばした。無秩
序な銃声が響いて、やがて消える。
ロンメルは起きあがった。ふたりが新たに倒れている。アンドレと・・・
ディートリッヒ。
「私は、こういう風にして、ヒトラーを何度も守ってきたのですよ」「しゃべっては
いけない」ディートリッヒは短機関銃を腹に数発浴びていた。乗用車に載せて、マン
市の病院に運ばれようとしている。
ディートリッヒは、ヒトラーが一介の遊説家であったころから、ヒトラーの個人的
護衛を務めていた。無頼の親分であっただけに人情に通じている。
「元帥、聞いて下さい」「もう静かにしなさい」「いいや、あなたには政治が分から
ない」ディートリッヒは澄んだ目をしていた。「ラジオでは、ヒトラーを批判しては
いけません。ヒトラーを継ぐと言いなさい。ヒトラーの真の意志はこうだと言うので
す」
ロンメルはもう何も言わず、聞き入っている。
「あなたはこれからヒトラーの罪をすべて負わなければならない。あとひとつくらい
嘘をついても、あまり違いはありませんよ。兵士はまだまだ、ヒトラーを崇拝してい
ます」ディートリッヒは息を継いだ。
「彼を引き回しなさい・・・彼に正義を与えるのです・・・」意識が混濁しているら
しく、主語がはっきりしない。耳を近づけていたロンメルは、やがて顔を上げた。
ディートリッヒの運転手が、目に涙をためている。
ロンメルは無言で、軍帽を脱いだ。
6月の夕陽は、まだまだ高い。
7月11日 午後4時 ベルヒデスガーデン(ヒトラーの別荘)
奇妙なことになったぞ。グーデリアン上級大将はベルヒデスガーデンのOKWには
何度もきていたが、今日ほど椅子をふかふかに感じたことはなかった。柔らかくて、
基礎がない。
グーデリアンはドイツ戦車部隊の創業者的存在であり、ヒトラーと対立して一度は
現役を退いたが、現在は戦車兵総監として戦車生産・要員訓練といったバックアップ
に豪腕を振るっている。
6月30日に、陸軍総司令部(OKH)のツァイスラー参謀総長は東部戦線の指揮を
巡ってヒトラーを怒らせ、無期限病気休職とされてしまった。このOKHは陸軍全般
を指揮するものであるべきところ、既成の陸軍将校団を嫌うヒトラーの思惑で権限を
削られ、その指揮権は東部戦線に限られていた。ともあれ、その後任はいまだに発令
されていない。従って、この重大時に、東部戦線には陸軍司令官がいないのである。
「総統の命により、貴官を陸軍参謀総長事務取扱に任じる」ヨードルは重々しく告げ
た。ツァイスラーは休職なので、後任ではなく事務取扱である。
「承知しました。もしよろしければ、総統閣下に早速ご裁断頂きたいことがあるので
すが」グーデリアンはおよそ政治好きな人物ではない。この場合も、ごく実際的な用
向きがあってのことであった。ソ連軍が大規模な攻勢に出ていて、ドイツ軍は押され
に押されているのである。
「総統閣下は先頃の事件で負傷されている」「では、私は事務取扱としての自由裁量
を与えられているのですね」「そうではない。OKWの一般的指揮に服してもらう」
「その一般的指揮の原則を総統閣下からお示し頂けないなら、私は任務を果たすこと
が出来ません」ヨードルは苦り切った。「よろしい。過去の総統命令に反しない範囲
で、貴官の命令権を自由に行使せよ。それでよいか」「はい」
グーデリアンは早足で歩き去った。ヨードルの気が変わらないうちに、大規模な撤
退命令を出してしまおう。新しい防衛線はポーランド国境か、それとも・・・
待て。なんのことはない。ベルリンのOKHは、いま反乱軍に占領されていると言
うではないか。
グーデリアンは、手遅れにならないうちに、自分の仕事が始められることを願った。
それ以上に重要なことは、グーデリアンには思いつかなかったのである。
7月11日 午後4時 ベルリン(ドイツ陸軍参謀本部)
「シュタウフェンベルク大佐を、引き渡して頂きたい」OKHを包囲する、いくつか
の訓練部隊からの強硬な申し入れは、予備軍司令官・フロム大将を激しく動揺させた。
支持を約束していた古株の高官たちも、模様眺めを決め込んでいる。
もはや、シュタウフェンベルクをこのままにしておいては、ドイツ予備軍はまった
くフロムの統制に服する見込みはなかった。
フロムは心を決めた。シュタウフェンベルクを逮捕して、罪をすべてかぶせてしま
おう。自分は、ベルヒデスガーデンとパリのうち勝ち残った方に、予備軍を売りつけ
るのだ。
オルブリヒト大将は内線電話を取った。「シュタウフェンベルクです」声が上擦っ
ている。「どうした」
「私の金庫に、計画の詳細が入っています。焼却をお願いしたい」「何をするつもり
だ」「計画は危機にあります。ロンメルにはもっと自由な状況が必要です。大将はく
れぐれも慎重に行動して下さい」電話は切れた。
シュタウフェンベルクがフロムの部屋に入ると、そこには数人の士官がいた。いず
れもフロムにつながりの深い人物たちである。
「ちょうどよい。いま君を」フロムは精いっぱいハードボイルドな声を出した。「逮
捕させに行くところだった。無駄な抵抗はしないだろうね」
数秒の後、シュタウフェンベルクはゆっくりと言った。「最後の煙草を吸わせても
らってもいいかね」フロムは許可した。士官のひとりが、右手のないシュタウフェン
ベルクに歩み寄って、煙草を取り出してやる。
「火はないかな?」ライターを取り出した士官が、ふと視線を下にやった。「このカ
バンはなんだ」
「馬鹿め」ちょうど時間がきて、それがシュタウフェンベルクの最後の言葉になった。
ベルヒデスガーデンから持ち帰られた予備の爆弾は、フロムとその一党を道連れに、
シュタウフェンベルクを吹き飛ばした。
7月11日 午後5時半 パリ
「西部戦線の将兵諸君、ヒトラー総統は亡くなられた」ロンメルは、その死因につい
て言及することを慎重に避けた。「OKWの高官と、一部の閣僚は別のことを述べて
いるようだが、耳を貸してはならない。彼らは今までそうやって、総統と国民にゆが
んだ報告をしてきたのだ」
パリの放送局から、ヨーロッパ全域に向けたラジオ放送が、いよいよ始まっていた。
「我々は自分の頭で考えることを、思い出さなければならない。ドイツの現状は、ま
さにそれを必要とする危機にあるからだ。すべての国民と将兵が気づいていることと
思うが、戦況は非常に悪い」
ロンメルは、ディートリッヒの顔を思い浮かべた。
「私がヒトラー総統と6月17日に会談したとき、総統は事態を政治的に収拾する可能性
を真剣に探っておられた。私はこの崇高な努力を引き継ぐことを、国民に約束する。
しかしながら」
慎重に言葉を選ばねばならない。
「過去において、党幹部および高位の軍人の歪んだ報告に惑わされて、総統はいくつ
かの誤った決定をした。非ゲルマン民族に対するドイツ政府の政策は、互いの利益の
ために、協調的なものに改められねばならない。就中、強制収容所のユダヤ人に対し
直接の危害を加えることは、以後あってはならない。過去に起こった事柄については」
ロンメルは息を吸い込んだ。
「対外的には、総統に代わって私が責任を取る用意がある。同時に、わが祖国に不名
誉をもたらした行為については、その個人的責任は追求しなければならない。これは
私の任務であり、国民と将兵に協力を求めたい」
「私はここに、アメリカ、イギリスおよび西部戦線におけるその同盟国に対し、講和
条約の締結を呼びかけるものである。もしドイツ本土への爆撃が中止され、休戦協定
が発効するなら、我々は速やかに1939年のドイツ国境まで撤退する用意がある」
当時、東部戦線における相互不信は、西部戦線・イタリア戦線の比ではなかった。
なんとかアメリカ・イギリスと講和して、しかしソビエトとの戦争は続けたいという
今思えば理不尽な要求は、当時のドイツ高官の多くが胸に持っているものであった。
「連合軍の建設的な決定を促す一方的な措置として、ドイツ標準時7月13日午前0時まで、V1号による一切の攻撃を中止する。また、7月11日午前0時現在の戦線を越えた攻撃
は行わないことを確約する」要するに、V1号を待ってやるから、パットンは攻撃開
始位置まで帰れというのである。
「私はここに、総統の遺志を引き継ぎ、今日の事態に責任のある政治家と高官を正当
な裁判にかけるため、臨時政府を樹立し、一時的にドイツにおける全権を要求する。
西方軍、およびネーデルランド軍管区の将兵は、私の指示に従って整然と行動して欲
しい。他の軍管区の将兵は、速やかに我々の陣列に加わって欲しい。官吏と民間人に
は、日々の義務を果たすことを期待するのみである」
ロンメルは汗をぬぐってスタジオから出てきた。すでにルントシュテット元帥の
短い支持演説が始まっている。
「ベルリンは完全に失敗したのか」「沈黙しています。シュタウフェンベルクが死亡
したことは確実です」「ブルーメントリット、シュパイデルと相談して、ドイツ本国
への退却計画を立ててくれないか」ブルーメントリットは頷いたが、心は別のことで
一杯であった。もしOKWの保持が失敗したとすると、明日から本国からの補給シス
テムが止まってしまうのだ。ロンメルに補給の話をしても怒るだけであろうから、ブ
ルーメントリットは黙っていた。
7月11日 午後6時 マーリニー村(サン=ロー市西10キロ)
「タイガーだ」ビットマンは放棄されたタイガーを見つけた。黒こげになっている。
「使える弾丸はなさそうだな」連戦のために弾薬が心細い。
「左の繁みに人影があります」「友軍だ。射つな」
なんと、マイヤー師団長その人が率いる歩兵の一群である。ビットマンはハッチか
ら身を乗り出した。
急を聞いて、独立重戦車大隊が昼間移動の危険を冒して駆けつけてきたのであった。
「助かるな。全般的状況はどんな具合だ」師団長が尋ねる台詞ではない。「各所に部
隊が孤立しています。「撤退許可は」「ディートリッヒとロンメルが出払っているよ
うです」「あいつら、また前線に出ているな」マイヤーはその場での最高位者の特権
を行使して、自分のことは棚に上げた。ディートリッヒの奇禍はまだ前線に伝わって
いない。
「遺憾だが、戦線を分断されすぎた」空を見上げてマイヤーは言った。「撤退だ」
ようやく、ドイツの長い長い一日が暮れようとしている。
7月11日 午後7時 ベルリン(ゲッペルス私邸)
ゲッペルスは興奮の極にあった。OKHはベルヒデスガーデン派の部隊に占拠され、
ベルリンは平静を取り戻しつつある。ロンメル派の戦闘力は予備部隊の比ではないが、
なんといってもこちらには大義名分がある。ヒトラー総統が生きていれば・・・
生きていれば。
ゲッペルスは、恐ろしい考えを頭から振り払うと、明日の放送原稿作りにとりか
かった。
ドアの方から、家人の悲鳴が聞こえる。ほどなく、書斎のドアが乱暴に開けられた。
「ゲッペルス宣伝大臣、あなたを反国家行為の廉で逮捕します」
ゲッペルスは言葉が出なかった。逮捕されたことではなく、彼を逮捕にやってきた
者の、制服に。
7月11日 午後6時半 ベルヒデスガーデン(ヒトラーの別荘)
ヒトラーは最初から生きてはいなかった。彼はそれを真っ先に知ったが、黙ってい
た。フェルギーベルの通信妨害もすぐに知れたが、知らぬ顔で続けさせた。これから
どうしたらいいか、考える時間が欲しかったからである。
ロンメルの放送は、彼に新しい進路を与えるように思われた。彼は初めてフェルギー
ベルを脅しつけ、遮断されていないパリ向けの回線を教わり、確保した。
ロンメルは電話を受けて仰天したが、その趣旨にふたたび仰天した。彼が協力を申
し出るだと。
「君は、ヒトラー総統の考えを継承すると言った。それに間違いはないな」「ない」
「君の政権で、私に名誉ある地位を用意してくれるかね」
ロンメルは思い当たった。ディートリッヒの最後の言葉。彼を引き回せ。彼に正義
を与えよ。
彼は、他人から断固とした肯定を受けなければ、人格を維持できないのだ。
「与えよう。あなたは正義を行う名誉と責任を得るだろう」個人的責任は休戦協定締
結後に問えば良かろう。
「よろしい。協力する。何をしたらいい」「要人たちを逮捕してくれ。それから」
脇で親子電話を取っているブルーメントリットが、走り書きのメモをよこす。
「ベルリンのOKHを確保して、東部戦線への補給を滞らせないようにしてくれ。
OKWから西部戦線への補給も再開させてくれ。予備軍の指揮権は誰が持っている」
「ヨードルが持っているが、オルブリヒトに委任している。陸軍総務局長官だ」
してみると、シュタウフェンベルクはうまくオルブリヒトと反乱の関係を隠しおお
せたのだ。「彼だけは逮捕するな。彼にはこちらから・・圧力をかける」
「わかった」電話は切れた。
「さて・・・反乱グループの諸君に、プロの手並みを見せてやろう」
ヒムラーSS長官は、SS戦闘部隊とゲシュタポを操る、精緻な同時行動プログラ
ムを組み立て始めた。
結局のところ、ヨードル、ヴァーリモントといったOKWの数人の高官を除いて、
軍部のすべてがロンメル政権を支持した。閣僚級ではシュペーア、デーニッツは拘禁
され、リッペントロップはロンメルを支持し、海軍はカナリスOKW情報部長の統括
するところとなった。空軍はゲーリング司令官とコルテン参謀総長を同時に失ったが、
第3航空艦隊長官・シュペール元帥がロンメルから参謀総長事務取扱に任じられた。
夜半までに、ロンメルに対するすべての組織的抵抗は止んだ。
7月11日 午後6時 マーリニー村(サン=ロー市西10キロ)
ビットマンのタイガーは、最後の僚車の残骸を盾に、そろそろと離脱を図っていた
が、アメリカ軍はそれを許してくれそうになかった。タイガーに対しては数台で散開
して、必ず1台は装甲の薄い側面・背面から攻撃する、という戦術が定着していたの
である。
残弾わずかに2発。それでもビットマンは脱出路を探した。戦車戦の最中に降伏な
ど、実際問題としてできるものではない。「3時、敵戦車」ビットマンは、側面に回っ
たアメリカ戦車を先に射てと命ずる。装填手が懸命にハンドルを回し、煤の混じった
黒い汗が飛び散る。タイガーの巨大な砲塔は、手動のウォームギアで回転するのだ。
だめだ、間に合わない。
聞き慣れた射撃音とともに、側面の戦車が砲塔を吹き飛ばされた。背後から別の
ドイツ戦車が4台、重々しく迫ってくる。アメリカ戦車隊は後退して行った。ビット
マンはハッチを開ける。「助かった。君たちはどこの部隊だ」新来の戦車からも人が
出てきた。「ダス・ライヒ師団です」
第2SS戦車師団”ダス・ライヒ(帝国)”は、ノルマンディー上陸後すぐに増援
として南フランスから移動を開始したのだが、レジスタンスの徹底的な移動妨害のた
めに、7月になってからやっと戦線に到着してきたのである。
「もしや、ビットマン大尉ではありませんか」「そうだ」相手の戦車長の唇がすぼ
まった。戦場の騒音で聞こえなかったが、口笛を吹いたに違いない。後続車両のハッ
チが一斉に開く。みんなビットマンが見たいのだ。
「すまないが後退する。残弾がない」「任せて下さい。お分けできればいいんですが」
タイガー戦車の主砲は、一般のドイツ戦車よりも大口径なので、弾薬の互換性がない。
「我々も夜の間に撤退します。お気を付けて」
ビットマンは、大戦最後の戦闘を終えて、ごろごろと後退して行った。
7月11日 午後8時 ロンドン
「とりあえず停戦命令を出そうではないか。我々がドイツ国境まで無傷で進めば、ド
イツに軍事的圧力をかけられる」「軍事的圧力ですと」アメリカ副大統領・トルーマ
ンは、チャーチルの言葉に驚いた。いまは実際に戦争をしているではないか。
「仮にそれから戦闘が再開したとしても、ロンドンはV1号の恐怖から永久的に救わ
れる。アメリカはこれ以上の損害に耐えられるのか」大量の物資援助のスポンサーに
対して、やや無遠慮すぎる物言いだったが、トルーマンは紳士的にこれを忍んだ。
「これは無条件降伏の原則への例外ではない」チャーチルは言い張った。1943年1月に、
アメリカとイギリスはカサブランカ会談の後の声明で、独伊日に無条件降伏を求めて
いる。これは、ソビエトがドイツと単独講和することを避けるために、自分たちもド
イツと単独講和の条件交渉を行わない、と約束するものであった。「西部戦域のドイ
ツ国外での停戦に過ぎないのだ」
「ロンメルは西方軍を完全に掌握している。もしこのままドイツの国内対立を放置す
れば、ドイツの東部戦線だけが崩壊してしまうぞ」チャーチルの言い分は多分に詭弁
であったが、トルーマンはルーズベルトほどソビエトへの警戒心が薄くなかったから、
この話に強く心を動かされた。
「本国と協議してみましょう」トルーマンはとうとう言った。
7月11日 午後9時 マーリニー村(サン=ロー市西10キロ)
夜になった。パットンはわずかの護衛を連れて、進撃の先頭に立っていた。
全般的には勝っているようだが、局地的にはドイツ戦車に進撃の代償を払わされて
いる。部分的な進撃と退却が数限りなく繰り返されて、戦線は混沌としていた。
明日は新手の1個戦車師団でサン=ロー市を攻略する予定であった。
「いったん戻らねえといけねえな。ここで夜を明かすのは危険すぎる」
パットンが後退を命じたその時であった。同じく後退してきたドイツの歩兵部隊と、
鉢合わせしてしまったのである。すでに日はとっぷりと暮れている。
周囲は甲高い銃声に満たされる。いや、戦闘の大部分はほとんど音を立てずに、銃
剣やスコップや銃の台尻で行われていた。互いに、見通しの聞かない地形で長時間戦っ
て、近距離で猛威を振るう短機関銃が弾切れになっている。
パットンは、誰かに組み付かれるのを感じた。激しい殴りあいになる。パットンは
口では元気なことを言うが、なにしろ59才である。1発殴るあいだに2発殴られ、つい
に組み敷かれてしまった。
首を締められて意識が遠くなる。終わりか。これで終わりか。畜生。パットンは生
涯に習い覚えた悪罵の中から、最も冒涜的なものを並べ立てようとしたが、声を出す
ことが出来なかった。
出し抜けに首が楽になった。ああついに死んじまったのか。「将軍! 将軍!」
さっきまで一緒だった副官が怒鳴る。パットンが目を開けるとそこはまだ現世で、
さっきまでの格闘相手が倒れていた。副官はジープからはずしたらしいスパナを握り
しめている。
「ベルトの下を打ったな」パットンは恐怖を押さえて笑顔を作った。どうやら白兵戦
は全般にアメリカ側有利で、ドイツ側はリングアウトしつつある。
パットンは、自分の対戦相手をしげしげと見た。「なんだ、これは」肩章を覆う
軍服色の共布をはぎとってみると、将官の房飾りがあるではないか。パットンは笑い
だしてしまった。「将軍が将軍と殴りあっただと」
そのドイツの将軍が、小さくうめき声を上げた。「お前さん、名は何という」
「マイヤー。クルト・マイヤーだ」パットンは口笛を吹いた。「お会いできて光栄だ。
パットン。ジョージ・パットン。わかるか」「高名な将軍にお会いできてうれしい」
パットンの差し出す手を、マイヤーは握った。
「将軍!」副官が叫ぶ。「どの将軍だ? ふたりいるんだ」パットンの上機嫌も、こ
こまでであった。
「停戦命令です! ドイツとSHAEFが、和平交渉に入りました」
マイヤーは英語がそれほど得意ではなかったので、パットンの口からあふれ出る
噴流のような言葉をほとんど理解できなかった。やがてパットンは悲しそうに、マイ
ヤーに尋ねた。
「停戦だ。どうやらベルリンには乗合バスで行かなきゃならんらしい」パットンは真
剣にマイヤーの顔をのぞき込んだ。「誰かお前さんの知り合いで、俺と一緒にモスク
ワへ乗り込もうって奴は、いないか。もちろん戦車でだぞ」
マイヤーは笑って、首を横に振った。「戦車はもう・・・ごめんだ」
エピローグ
1944年7月16日、ロンメル政権は無条件降伏し、その施政権を連合国の共同管理に
委ねた。ドイツは英米の占領するところとなり、東プロイセンを除いて1933年の領土
を保全した。ドイツはソビエトが要求する巨額の賠償を払い続けているが、これは仕
方のないところである。
「最後に、個人的な質問で恐縮なんですけど、先生はなぜ軍の仕事におつきにならな
いのですか」教授は微笑んだ。「お嬢さん、大人になると言うことはね」女子学生は
首をかしげる。「自分だけの秘密を持つことなんだよ」
シュパイデルは、すべての秘密を胸に蔵して軍務を去り、母校のチュービンゲン大
学で哲学を教えていた。失敗した陰謀は語れても、成功した陰謀は墓場まで持って行
くしかない。
シュパイデルはそれを、獄中にいるあの人物に約束したのであった。
1958年7月、ロンメルは無期禁固から仮釈放された。極右からはヒトラーの仇として、
極左からは「最後の総統」として、ともに非難される身ではあったが、獄中で書いた
回想録「私は狐」が全世界でベストセラーになったばかりか、1956年度のノーベル文
学賞を授賞して、まあ食うには困らない。ロンメルは67才になっていた。
日向ぼっこをしているロンメルに、ルシー夫人がコーヒーを持ってきた。
「ルシー、私のやってきたことは、正しかったと思うか」
コトリ、とコーヒーカップが音を立てる。
「お仕事のことは、私にはよく分かりませんわ。ただ」
ルシー夫人は、ロンメルのとなりに座った。
「あなたが家にいてくださるなんて、本当に久しぶり」
夏の日差しは、さんさんとテラスに降り注いでいる。
「狐の住む岸辺」 完
<ヒストリカル・ノート>
ロンメルは北アフリカで空挺旅団を放置して撤退しました。おそらく実際には、
ロンメルはデア=ハイテの第6空挺(降下猟兵)連隊の運命に大きな関心は払わな
かったでしょう。
ホーンブロワー少佐とバンドのエピソードは、映画「グレン・ミラー物語」を下
敷きにしています。
イギリスがこの当時、ロンメル暗殺計画を持っていたという話は、信じて良いの
か悪いのか判断がつきません。
パットンはエニグマを解読したいわゆるウルトラ情報を知らされていませんでし
た。本文ではアーヴィングの「将軍たちの戦い」(早川書房)に従って、パットン
は舌禍事件が多かったのでウルトラ情報を知らされていない、と説明しています。
しかしあとでウインターボーサムの「ウルトラ・シークレット」(早川書房)を
読んでみると、どうも実相はそれと違ったのではないかと思われます。イギリス軍
情報部は、誰にどのウルトラ情報を知らせるか、常に自分で判断していました。他
の将軍がそれを判断することはありません。
ウインターボーサムによれば、ウルトラ情報を明かされる人物は、捕虜になりか
ねないような危ないところには行かない、という誓約を要求されました。パットン
はこれを拒んだのではないかと、私は想像しています。
ロンメルが本文のように暗殺計画に深入りしていた可能性は、じつのところ、あ
まり高くないでしょう。暗殺計画そのものに関わるメンバーと、それに事後的な協
力を表明したメンバーは、峻別されていたようです。
7月20日の史実における暗殺未遂事件は、このグループが計画した爆破のうち4回
目のものであったとされています。その前の7月11日の機会に、計画が実行に移され
たと想定しています。このとき、会議はラステンブルクでなくベルヒデスガーデン
で行われました。
フェルギーベルは史実の7月20日にも同様にシュタウフェンベルクを助けましたが、
このために荷担が露見して処刑されました。
ディートリッヒはいくらなんでも、本文ほど聡明な人物ではなかったと思います。
ただああいう役回りの人がいないと、小説の構成上困りますのでご了承ください。
当時は知らなかったのですが、OKHはベルリンから少し離れたツォッセン市にあり
ました。
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