科学旋風児ウインドクラフト
第1話「風一陣」(上)
渋滞で悪名高い首都高速も、午前4時となると車はまばらである。1台の小型保冷車
が、まだ青みも射してこない空の下を、快調に疾駆している。
座席には、縁つき帽をかぶった2人の若者がいる。時間と場所を考えれば、助手席の
人間は交代に備えて寝るか、でなければ運転手の居眠りを防ぐためにしょっちゅう何
か話しかけるのが定跡だが、この2人はどちらでもない。助手席の若者は絶えず前方と
バックミラーに注意を払っている。
しかしその注意も、運転席にうっすらと積もり始めた黄色い粉にまでは、及ばな
かった。
保冷車の荷物室内は、うっすらと明るかった。室内照明が入っているわけではない。
積み荷のそこかしこに明滅する各種の表示灯とインジケータが、全体として弱い照
明の役を果たしているのである。
透明なチューブに覆われたベッドには、全裸の少女が横たわっていた。いや、少し
注意してみれば、それが少女でないことはすぐ分かるのだ。体側を這い回る多くの
ケーブルが、彼女の全身のソケットに通じているのを見れば。しかしその肌の質感は、
かなりよく見ないと人工物とは気づかない出来である。
透明チューブが、そっと押し上げられた。「秋麗」
秋麗、と呼ばれて、少女は目を開いた。「あなたは、だれ」
声の主は、若々しいが低い声で応じた。「私の名は、ムーン。きみを迎えに来た」
秋麗と呼ばれた少女アンドロイドを、ムーンと名乗った若い男は、軽々と抱き上
げた。コード類が乱暴に引き抜かれたショックで、少女はびくりとする。
コードを引き抜かれたモニター・システムは、抗議の警告音を立て始めた。
保冷車がスピードを緩め、やがて止まった。ドアから転がるように2人の男が飛
び出してくる。苦しく息をしながら、激しく目をこすった。前が見えなくなったのだ。
それを待っていたように追いついてきたのは、黒いセドリックである。降りてきた
黒サングラスにベレー帽の男達が、保冷車の荷物室を開けると、秋麗を抱き上げた
ムーンが悠然と現れる。
ムーンと秋麗を乗せたセドリックが発進しようとしたときだった。遠くからオート
バイの甲高いエンジン音が聞こえてきた。いやオートバイではない。サイドカーで
ある。バイク側に男性、サイドカー側に女性が乗っている。セドリックはあわてて
発進する。追おうとしたサイドカーを、保冷車の天蓋の上から黄色い煙が見舞った。
せき込みながらもサイドカーの女性は、イヤリングをはずすとセドリックに投げつ
ける。結果を確かめる暇も与えず、セドリックはそのまま走り去って行った。
保冷車の上にジャンプする2人の若者。そこにいたのは、濃い緑色の尖った頭を持
つ怪人であった。「パフパフパフパフ、きさまたち、SEADOの手の者か」
「何奴だ」怒号して身構える若い男と若い女。「デスモンガーの怪人、カフンモン
ガー」応じる怪人。「秋麗はもらったと不動博士に伝えよ」怪人はもう一度、口から
黄色い花粉を吹き付ける。
その煙がおさまると、もう怪人の姿はどこにもなかった。
丸の内官庁街にほど近いオフィスビルの地下1階。回転寿司「竜巻寿司」は、率直
に言って、それほどうまいという評判ではなかった。しかしきっぱり自分の店の役
割を割り切って、260円の絵皿をほとんど流さず、130円の軍艦巻き(海苔を外側に
巻いて中身がこぼれないようにしたタイプの寿司を、外観からこう呼ぶ)をどんど
ん流して来る店の姿勢は、むしろサラリーマンには重宝であった。なんといっても、
このあたりには高い店ならいくらでもあるのだ。
そんなわけで、トレンチコートのひょろりとした男が店に入ってきたとき、午後
1時を回ってまだ盛況は続いていた。
湯呑みを取るが早いか、男の唇は忙しく動き始めた。声は発しない。唇をカウン
ターの向こうのマスターに読ませているのである。
”今朝、国立秘密研究所を発したトラックが襲撃された。積荷は奪われた”
マスターが、やはり声のない会話で応じる。
”うちのクルーのメンバーが、行き合わせたそうだな”
”連絡はないのか”「すいません、イクラふたつ」”ない。追尾は順調だが”
「へーい」”君のクルーをデスモンガーの専従とする。総司令の決定だ”「イクラ
ふたつ、おまち」”デスモンガー、すごいのか”「すみません、コハダとウニ」
「へい」「イカふたつ、ひとつサビ抜きね」「へーい」”危険な奴らだ””ちょっ
と待ってくれ”さすがに集中しきれなくなったマスターがコハダとウニとイカふた
つ(ひとつサビ抜き)に専念する間、会話は途絶えた。トレンチコートの男も、目
の前のアナゴをひと皿平らげる。
”非常に危険な組織だ。秋麗を渡すわけにはいかない”「ありがとうございまし
た、17枚です」アルバイトであろう、女性が叫ぶ。「2210円です」別の女性の声。
”君のクルーには秋麗のプロトタイプがいたな””後で会える””いやその必要は
ない。全力で捜索に当たってくれ”トレンチコートの男は席を立った。
「2枚です」アナゴは絵皿だった。「260円になります」財布を探りながら、男はふ
と顔を上げて、凍り付いた。
「260円です」美少女アンドロイド・春蘭は、微笑みながら繰り返した。「ありが
とうございましたあ」ことさらに高い声で、マスターが挨拶を送った。
小左内進のバイクに近寄ってきたのは、派手なオフロードバギーであった。青と
黄を基調としてカラーリングされたバギーは、若い男ひとりを乗せている。男が
腕時計を指さすのを見て、進はヘルメットのマイクを下ろした。同時に、通信機
のスイッチが入る。
「店はもういいのか」「俺は早じまいだ」バギーの男、藤山奨は楽しげでさえあっ
た。奨は、「竜巻寿司」で寿司職人見習いをしているのである。「美少女アンド
ロイドを奪い返すんだってよ」「うちのおばさんみたいなのか」「誰がおばさん
だって」女性の声が割って入った。春蘭である。春蘭は彼らの基地のオペレータ
を務めていて、実質的に基地を切り盛りしていた。彼らの通信も春蘭がモニター
していて、もちろん進はそれを知っている。
春蘭も作られて10年以上経った。春蘭が作られた頃、進はまだ半ズボンを履いて
野球帽をかぶって自転車に乗っていたのだから、ずいぶん長い付き合いになる。
「チームの初仕事になったの。敵の組織の名はデスモンガー。気をつけてね」
「嬉子(よしこ)はどうする」「すぐ合流できます。頭上よ」進と奨が見上げると、
なるほどジェットヘリが降下してくるところだ。ヘリの底には、TとYを組み合
わせた田安グループの記章が鮮やかである。やがてヘリの横の扉が開き、レーシ
ングスーツ姿の人影が現れる。なんとその人影は、章のバギーめがけて飛び降り
てきた。
回転、回転。次の瞬間、田安嬉子はなんでもないように、バギーの助手席に収
まっていた。ポケットから嬉子が取り出した通信機はSEADO制式品と似ているが、
ケースは純銀製である。「サンクス、セバスチャン。また帰りはお願いね」セバ
スチャンの操縦するジェットヘリは、むっくりと上昇して、やがてバギーのコー
スをはずれて行く。
「飛竜君とあゆみさんは、C地点に向かっています」春蘭の声が再び通信機から
流れる。
少しずつ、緊張がバギーとバイクを満たし始めていた。
その倉庫が使われなくなって何年になるのだろう。天井はあくまで高く、むき
出しの鉄骨の塗装はまったく剥落していないものの、どこかくすんでいる。がら
んとした屋内には、半端ものの空き木箱がいくらかずつ、あちらこちらに積まれ
ている。
チアガールのようなミニスカートを着せられた秋麗は、ムーンと名乗った男に
付き添われ、不思議な一団と対面していた。
「へっへっへっへっ、会いたかったぜ、お嬢ちゃん」ゴールドと呼ばれるその男は、
でっぷりとした中年男で、頭はきれいなスキンヘッド、高価そうな背広の胸ポケッ
トから柄物のハンカチをのぞかせている。丁重だが自信満々な態度であった。
「あら、かわいい子だこと」マンドレイクは細面の女性で、40才近いようにも見
えるし、30才を越えていないようにも見える。そのとき見せる面によって、人の
印象が大きく変わってくるのであった。今は黒いコートに包まれて、年長の風格
を感じさせている。
そして。
大きく衿を立てた、ガウンのような服をまとっているのは、純白の頭巾で顔を覆っ
た男。頭巾の目の部分はピエロのように十文字に黒く示されている。「秋麗よ、我
が仲間よ、今日から我々が君の家族だ」ゆったりとした足どりで、その男−首領デュ
ンケルは秋麗に近づいてくる。不安げな表情を浮かべる秋麗の肩を、ムーンがそっ
と抱く。
「だまされちゃいけない!」
声は、はるか天井近くから響いてきた。声の主は、天井の枠につかまっているのだ。
「お嬢さん、悪い奴についていっちゃあ、いけないよ」若い男は軽々と左手で枠に
つかまり、右手の指2本をチッチッチッと振ってみせる。
「こっ、これは、どういうことだ」うろたえるゴールド。「つけられたね」マンド
レイクが冷ややかな一瞥をムーンにくれる。「つけられたとは人聞きの悪い」ムーン
は軽く眉を上げる。「無断でご招待申し上げたことは悪かった」ムーンはデュンケル
に軽く一礼する。「お許し下さい、首領」
首領デュンケルは口調がどこかスローモーである。「よろしいムーン。全員が揃
わぬうちに、ふたりとも倒してしまうのだ」「ふたりですと」「愚か者」デュンケル
は何かを投げつける動作をした。念動力によって倉庫の隅にあったドラム缶が倒れ、
スポーティなショートパンツの女性が姿を現す。「もう遅いわ」女性は左手で拳を
作り、それを右手の掌で押し下げる。「焦げなさい」
倉庫の壁の基部で爆発が起こる。「おっと」揺れを感じた男が天井から飛び降り
る。サイドカーの男性、山口飛竜である。空中で一旋、二旋、三旋目で着地したと
ころを、ひたひたと戦闘員が取り囲む。
また爆発が起きた。壁の一方がすっかり根元を掘り崩され、倉庫全体がかしいで
いる。「やりすぎだぞ、あゆみ」飛竜が声をかける。「いいじゃない、好きなんだ
から」サイドカーの女性、村田あゆみは爆発物のエキスパート、というより爆発物
フリークである。
戦闘員たちがふたりに迫る。デュンケルたちの姿はすでに消え、ムーンが秋麗を
連れ去ろうとしている。「秋麗さん、いけない」あゆみが腰のベルトから飾りをち
ぎって投げつける。ムーンと秋麗のすぐ近くで大爆発が起こり、ふたりは吹き飛ば
される。「まったく、何やってんだよ」走り出そうとする飛竜を戦闘員が阻む。
「ちぇえええええっ、すとおおぉぉぉ」
飛竜が気合いと共に正拳と手刀を繰り出す。黒タイツの戦闘員は次々に飛竜の一
撃を浴びて地面にたたきつけられる。ムーンと秋麗まで手が届きそうになったとき、
ムーンが腕を大きく振った。「カフンモンガー!」どこからともなく現れたカフン
モンガーが飛竜を羽交い締めにする。
倉庫から外へ走り出てくるムーンと秋麗。「おっと、ここから先は行かせない」
進、奨、嬉子が立ちはだかる。「竜巻寿司」のマスター、いや、ホワイト司令・難
波肇の声が響く。「ウインドクラフト、ブローアップ(変身)だ。君たちの真の力
を振るうときが来たのだ」3人は頷くと、腕時計をかざして回転する。
瞬時に彼らの姿は、大きなバイザーのついた仮面の人物に変じた。
「ストームレッド」進が名乗る。
「タイフンブルー」奨が叫ぶ。
「サイクロンイエロー」嬉子がはやり立つ。
「ハリケンブラック」ムーンと秋麗の背後から、カフンモンガーがよろばい出てくる。
その背後を、変身した飛竜が歩いてくる。
「テンペストピンク」倉庫の窓から、あゆみが身を乗り出す。
「ハップ!」5人は一斉にジャンプし、次の瞬間には5人が揃ってムーンの正面にいる。
「我ら、科学旋風児」5足の靴が一斉にかかとを鳴らす。「ウインドクラフト!」
ああ科学旋風児。正義は今新たなエージェントをその戦列に加えたのだ。
「ええいっ、やってしまえカフンモンガー」破れかぶれの命令を残して、ムーンは秋
麗を引きずって行く。「秋麗さん、いけない!」ストームレッドが急に見えなくなっ
た。加速装置を働かせたのである。そのまま体当たりされて、ムーンは地面にたたき
つけられる。体当たりしたストームレッドも反作用をそのまま食らって、反対方向に
倒れ込み、しばし起きあがれない。タイフンブルーが秋麗に手を差し伸べる。
「来ないで!」
無理もない。人間というものについて通り一遍のデータはROMに焼かれているとは
言え、今朝から秋麗の出会った人間は自分を巡って暴力沙汰を繰り返してばかりいる
のだ。秋麗は、人間というものについて考えをまとめる時間を必要としていた。それ
まで、誰も信じる気にはなれなかった。
秋麗は、小走りに駆け去っていく。あとでホワイト司令から全員がお目玉を食らっ
たことに、発信器を取り付けることを、このとき不思議に誰も思いつかなかった。
「秋麗さん」起きあがろうとするストームレッドの側に集まる4人。その4人の前に、
カフンモンガーが立ちはだかる。「パフパフパフパフ、やらせまいぞウインドブレ
イカー」「ウインドクラフトだっ」声を揃えて反発する5人。「ウインドクラフト、
勝負は預けたぞ」ムーンが五木ひろしのように左の拳を引き寄せると、その姿は突然
かき消えた。
「マッハトルネードだ」「おう」ストームレッドが声をかけると、応じた4人がカフ
ンモンガーの周囲をひとつの方向に駆け回り始めた。キョロキョロするカフンモン
ガー。「何をする気だウインドシステム」「ウインドクラフトだっ」反発しながら、
4人の速度はますます上がって行く。やがてカフンモンガーの周囲に空気の渦が生じ、
程なくそれは竜巻となる。
「ターミネーション」その竜巻を叩き割るように、ストームレッドは腕を振り下ろす。
それによって生じた正体不明の衝撃波は、カフンモンガーの全身を震わせる。
「う、うおおおおおおっ」よろめき倒れるカフンモンガー。あとは爆発するだけだ。
ウインドクラフトの誰もがそう思った、その時。
「巨大化抑制遺伝子、解除」首領デュンケルが、ほの暗い秘密アジトで重々しく命
じる。「解除」マンドレイクが深紅色の長い細い指で、解除レバーを大きく引く。
山間のアジトから天空へ伸びたビームに驚いて、鳥たちが飛び立つ。ビームは日本
上空を入れ代わり立ち代わり訪れる反射衛星に命中し、東京湾臨海地域の巨大な構
造物群を見事にすり抜け、カフンモンガーに浴びせられる。
「もんがあああっ」立ち上がったカフンモンガーは両腕を振り上げ、みるみる巨大
化する。
秘密基地のモニターの前では、ホワイト司令が目を見張る。
「なんだあいつは」「巨大化したぞ」「とう」タイフンブルーが巨大カフンモンガー
の足に飛び蹴りを浴びせるが、弾き飛ばされる。「だめだ、効かない」「だいじょ
うぶかタイフンブルー」駆け寄る4人。
ウインドクラフトは初めてのピンチを迎えている。正義はもろくもついえるのだ
ろうか。すべての希望は失われるのだろうか。みんな、ウインドクラフトに力を貸
そう。
つづく
第2話「風一陣」(下)
ホワイト司令・難波肇は、秘密基地「コア・パラダイム」の作戦室のモニターに
見入っている。巨大化したカフンモンガーは、ウインドクラフトを追って周囲の倉
庫を破壊し始めている。
「京浜工業地帯が危ない」ホワイト司令は敵の目標を精いっぱい広く取った。多分そ
う言っておけば間違いではなかろう。甲高い着信ブザーに続いて、ストームレッド・
小左内進が具申する。「司令、あれを使わせて下さい」
「わかった」ホワイト司令は即座に決断した。「ビッグサイエンス、発進」
丸の内官庁街から潮見坂を上がると、そこは皇居東御苑を巡る大手濠である。こ
こから大きな水音と共に飛び立ったものがある。
「なんだ、あれは」「鳥でも飛行機でもないぞ」「UFOだUFOだ」人々は口々に空に
向けて目をこらす。その飛行物体は、ウインドクラフトのいる方向とは逆に飛び去っ
て行った。そう。これがSEADOの誇るおとり飛行物体、DFO(Decoy Flying Object)
である。東京都民がDFOに気を取られるわずかの時間に、ビッグサイエンスは発進を
終えた。ではそのプロセスをもう一度見てみよう。
「ビッグサイエンス、発進シークエンスを開始します。第1次セーフティ解除。各
部点検して下さい」春蘭の声がコア・パラダイムの地下格納庫に響きわたる。主制
御室では、エンジンブロック担当者が手際よくトグルスイッチをはね上げて行く。
はね上げられたトグルスイッチの上のランプは黄から赤に変わり、すべてのスイッ
チが上がった瞬間一斉に緑になる。「武装系よし」「運動系よし」担当者たちが指
呼確認する声が互いに反響する。「エンジン発動」主制御室の大きなレバーが引か
れると、バーニヤ群から光と熱風が訪れる。
「駆動系、吹き上がり順調、第1水準に達します」春蘭の報告に、ホワイト司令が
応じる。「コア・パラダイム、浮上」「浮上します」
国会議事堂を、一瞬巨大な加速度が襲った。「地震かなあ」「このごろ多いです
ね」「静粛に」議員たちの私語を議長がたしなめる。
国会議事堂は15メートル浮上し、コア・パラダイムの発進口が開いた。そう。
コア・パラダイムは、国会議事堂の地下に作られているのである。
「第2次セーフティ解除、反重力ドライブ発動」春蘭の指示と共に、エンジン出力
は更に増し、反重力補助エンジンの影響が加わる。空力的洗練などとはおよそ縁の
ない、角張った巨大ロボットを飛ばすには、通常の力学だけでは不足なのである。
「駆動系、第2水準に達します。アレスタ解除」原色をふんだんに使ったカラーリ
ングのロボットが、いよいよ発進用レールを滑り始める。
発進! いよいよビッグサイエンスは大空へ飛び立つ。東京都民の目はまだDFO
にくぎ付けになったままなので、誰も発進基地の所在に気づかない。
この間、わずかに7秒。
さて、目をウインドクラフトに転じよう。
「危ない、飛竜」「なんのっ」「これじゃ、切りがないぜ。どうする進」「今は
耐えるんだ」巨大カフンモンガーに追いかけられ、その足と壊された倉庫の破片を
避けて逃げまどっていた5人に、待望の通信が入った。「ビッグサイエンスが発進
した。あと2秒でそちらに到着する」
空を見上げると、もう2秒経っていて、鋼鉄の巨体が地上に降り立とうとしている。
「ビッグサイエンス!」ストームレッドが右手を差し出して叫ぶ。残る4人が、ワ
ンテンポ遅れて唱和する。「ビッグサイエンス!」
ビッグサイエンス。それは80年代に入って巨大ロボットを操る敵との戦いを次々
に強いられたSEADOが、その科学技術の粋を集めて建造した人間型戦闘メカである。
傾きかけた太陽を浴びて、角張った四肢がきらきらと輝く。両腕を交差させた後
右の拳を突き出し、力強く戦闘の意志を示すビッグサイエンス。
「頼むぞ、ビッグサイエンス」ストームレッドは腕時計型通信機を通じてビッグサ
イエンスにエールを送る。ビッグサイエンスには操縦席はない。移動上の必要でビッ
グサイエンスに乗るときは、肩の上か掌の上に乗る仕様になっている。
「いいか、ビッグサイエンスに命令してはいかん」ホワイト司令がコア・パラダイ
ムから注意を促す。「共に戦うのだ」ビッグサイエンスは実際、ほとんどの戦闘任
務を指示無しに遂行できた。「がんばってくださいね」春蘭が言い添える。
ビッグサイエンスは大きく前へ踏み込むと、巨大カフンモンガーに水平に手刀を
浴びせる。よろめき倒れるカフンモンガー。荷役用の大型クレーンがひとたまりも
なくひしゃげる。
起きあがったカフンモンガーは、黄色い粉末の噴流をビッグサイエンスに吹き付
ける。「ぐおおおおおお」くぐもった叫びを上げるビッグサイエンス。続いてカフ
ンモンガーは、頭頂の尖ったランサーヘッドをビッグサイエンスに向ける。
「避けるんだ、ビッグサイエンス」ストームレッドが腕時計に叫ぶ。
カフンモンガーは頭頂部を回転させながらビッグサイエンスに突っ込む。危うく
かわすビッグサイエンス。倉庫がまたひとつ倒壊する。頭を振りたて再び迫るカフ
ンモンガー。
「ビッグサイエンス、ファイヤー・ゴーントレットだ」「ぐもおお」ストームレッ
ドの叫びに応じ、右手の甲をカフンモンガーに向ける。手甲に折り畳まれていた円
形の盾状のものが現れる。その右手を後ろに大きく振り、フリスビーのように投げ
つけるビッグサイエンス。炎を吹く円盤は狙い過たずカフンモンガーの額に突き刺
さる。よろめくカフンモンガー。
「今だビッグサイエンス、スーパーレーザーだ」「ぐもおお」ビッグサイエンスの
両肩から、それぞれ2連装の大型レーザービームが現れる。「フラッシュ!」5人が
声を揃える。目くるめく閃光に包まれて、カフンモンガーはぐったりと倒れる。
「やった!」手を取り合うウインドクラフト。「ビッグサイエンス、お前はなんて
すばらしい奴なんだ」ビッグサイエンスは5人を無言で見おろし、頷く。出し抜けに、
テンペストビンクが叫ぶ。「ビッグサイエンス、後ろ!」
いつの間にか起きあがったカフンモンガーが、牡牛のように頭を低くして、すぐ
そこまで迫っている。「ぐもおおおお」ビッグサイエンスは、右腕を左脇に伸ばす。
映画の刑事がよくホルスターを吊っている位置である。
そこから引き抜かれたのは、細身のビームサーベル。カフンモンガーはすぐそこ
まで迫っている。抜き打ちになった。回転するランサーヘッドが装甲板に当たって
不快な摩擦音を立てる。
コア・パラダイムのホワイト司令が、拳を握りしめる。
摩擦音が低くなった。回転数が下がってきたのだ。ビッグサイエンスの頭がむっ
くりと上がり、手元があらわになった。「ビッグサイエンス!」ストームレッドが
一歩身を乗り出す。ビームサーベルがカフンモンガーの胴体からゆっくりと引き抜
かれる。ビッグサイエンスは、そのビームサーベルを手首ごとくるくると3度回転
させると、ホルダーに収めた。時を同じくしてカフンモンガーがごろりと転がり、
爆発する。
「やった!」喜びも束の間、ホワイト司令から冷ややかな指示が飛んだ。「よくやっ
た。すぐにその場を離れるんだ。消防車が集まり始めている。我々の存在を知られ
るとまずい」
「この度は、とんだご迷惑をおかけしました」不動博士は、30才台の真面目そうな
人物であった。春蘭を開発した観音博士はすでに開発の第一線を退き、あとを引き
継いだ不動博士が独自の改良を加えて、秋麗を完成させたのであった。
「秋麗さんは、必ず私たちが探し出してみせます」ウインドクラフトのメンバーた
ちは、不動博士の手を取った。「ありがとう。デスモンガー対策に専従する君たち
のために、私も協力することになりました」
「一度話し合ってみたいな、秋麗さん」春蘭の言葉に、一同は微笑した。
消防車のサイレンが遠くに聞こえている。小さな川をまたぐ橋からぼんやりと川
面を見おろす秋麗は、ひとりぼっちであった。
「お嬢さん、どうしたんだい」声をかけられて秋麗は振り向いた。サイドカーに乗っ
た、テンガロンハットの若い男である。「行くところ、ないのかい」寂しそうな娘
を見ただけでどうしてこんな発想が飛び出てくるのか、不思議と言えば不思議であっ
たが、この男にはそれを納得させる何かがあった。強いて言えば、にじみ出る生き
ざまであろうか。
「乗せて、頂けますか」秋麗はおずおずと言い出す。「かわいいお嬢さんには、
俺の隣の席は、いつも空いているんだ」しらしらと言い切った男は、サイドカーの
座席から荷物をどけ始めた。荷物をあらかたオートバイ部分の後ろにくくり付けて、
最後に出てきたのは、見事なマスクメロンである。「これ、なんですか」「ある女
性からもらったんだ」若い男は遠くを見た。ある青果商を地元の悪漢から守って、
お礼にもらったものであった。「そろそろ食べごろだ。あとで食うかい」秋麗は曖
昧に頷いた。
「浩一さん、また女の子にちょっかい出すわけ」小さな声がサイドカーの内側から
聞こえてくる。ひょっこりと顔を出したのは、3人の人形のような女性である。
「こんにちは」3人は声を揃えて挨拶する。「こ、こんにちは」秋麗はとりあえず
挨拶する。「普通の人だと思ったのに・・・」秋麗の呟きを聞きつけて、若い男が
笑う。「わけあり同士ってとこか。俺は富士桜浩一。君は」
「秋麗」秋麗は正直に答えた。
「いい名だ」浩一は間髪を入れず応じた。
第3話「スクールバスの攻防」
主な登場人物
<ウインドクラフト>
ホワイト司令・難波肇 ストームレッド・小左内進
タイフンブルー・藤山奨 ハリケンブラック・山口飛竜
テンペストピンク・村田あゆみ サイクロンイエロー・田安嬉子(よしこ)
ビッグサイエンス 巨大戦闘ロボ。
コア・パラダイム ウインドクラフトの秘密基地。国会議事堂の地下にある。
春蘭 人間そっくりのアンドロイド。コア・パラダイムのオペレータ。
秋麗 春蘭と同型の最新鋭アンドロイド。現在行方不明のため捜索中。
<デスモンガー>
首領デュンケル
ゴールド、マンドレイク、ムーン デスモンガー幹部。
<ロストマン>
ロストマン・富士桜浩一 気障で謎めいた風来坊。
陽気な小美人(シノブ、ナギサ、ヒロミ) ロストマンと行動を共にする。
*本文中に登場する人名・団体名は、架空のものです。
多くの子供たちにとって、今でも高校受験は人生最後の入試である。大学を目指
す子供たちが受験校にごっそり隔離されていることを考えれば、クラスの半分以上
が大学進学を(中学時点で)考えていない状況は、公立校では珍しくない。もちろ
ん親たちの思惑は別であるが。
こうした子供たちが多くを占める塾は、難関校を目指す緊張感ではなく、ほんの
少数の中学浪人になるまいとする物憂い重圧をみなぎらせている。いや、そういっ
た空気が漂うのも地域の公立校の定期テストの直前と、公立高校の入試直前くらい
のもので、それ以外の時期の生徒たちは授業の始まった瞬間から、授業の終わる時
間を待ちこがれ始める。ちょうど学校の授業のように。
今日も中学生たちは、わずかな休憩時間に抜け出して、塾の近くのコンビニにた
むろしていた。漫画雑誌を立ち読みしながら世間話をするのである。
「わあ、サイドカーだ」男子が一斉に窓の外に目をこらす。コンビニから洩れるわ
ずかな照明だけでも、派手なクリアーレッドの車体色が分かる。
自動ドアが音もなく開き、かちゃり、かちゃりと拍車の音を立てて、ひとりの男
が入ってきた。店員はじっと男を見ている。社員教育を忘れて失礼な態度を取って
いるのではない。非常ベルを押そうかどうか迷っているのである。テンガロンハッ
トに太いベルト、ジーパンに拍車つきブーツのお客にどう対処するかは、社員教育
マニュアルには載っていなかった。
男が食パンと牛乳とリンゴ2個をレジに運び、勘定を済ませて出ていくと、店中の
人間がほっと緊張を解いた。店員は今度こそ社員教育を忘れて、くつくつと笑い始
めた。男が入って来てから出て行くまで、客たちは誰も動こうとしないで、さりげ
なく男を観察していたのである。
中学生たちは興奮してひそひそと話し合っている。「カウボーイかな」「カウボー
イがサイドカーに乗るかよ」「じゃ・・・」話し合いの結果、子供らしい差別的な
表現を中学生たちは7種類見つけることができた。
ひとり、コンビニの表の公衆電話に走った男子中学生がいる。財布から大事そう
に特殊なテレホンカードを取り出して、ダイヤルを回す。このテレホンカードは、
ある電話番号に限って、コレクトコールで通話できる。当時まだこのタイプのサー
ビスは一般には導入されていない。
電話がつながった。「スペインでは雨は主にどこに降りますか」「地面に降りま
す」相手が言い終わるのを待ちきれないように、男子中学生は合い言葉を答えた。
「秋麗さんらしい女性を乗せた赤いサイドカーが、B地点からいま西に向かいまし
た」
「ブラック=マックスの基本工事は約84%が終了していますが、コア部分は35%に
とどまっております」
「ムーンよ、私は君のためを思って言うのだが、このプロジェクトは君の才能を浪
費しているのではないかね」ゆったりと口を開いたのは、ゴールドである。もちろ
ん丁寧な見せかけとは裏腹に、この発言はムーンの失敗を首領デュンケルに印象づ
けるためのものだった。
首領デュンケルはその表情をマスクに隠して明かさなかったが、他のふたりが
ゴールドの意図を正しくくみ取ったことは確かであった。マンドレイクは妖艶な笑
みをムーンに向け、ムーンはゴールドに軽く会釈すると、穏やかに応じた。
「ブラック=マックス計画はやや遠きを追うておりますゆえ、このような困難は予
想の範囲内です。必ずや秋麗を味方に引き入れ、ブラック=マックスを完成させて
ご覧にいれます」
「ムーンよ」首領デュンケルがざらざらした低い声を立てる。「ますます励め」
ムーンは平伏し、ゴールドは余裕たっぷりに何度も頷いたが、両者のいずれも首領
デュンケルの評価を反芻して、瞬時に同じ結論に達していた。勝敗無し。叱責でも、
新たな支持でもない。強いて言えば・・・言外の督促。
「ゴールド」「は」「提案があれば聞こう」「は、我がデスモンガーの意のままにな
る政府要人をさらに獲得するため、その子弟の通う幼稚園をリストアップいたしま
した」
ムーンが下を向いたままにやりと笑った。呆れるほどクラシックだ。ゴールドは、
デスモンガーの位置づけを、体制に巣くうことで十分と見なしているのだ。
ムーンはそうではなかったが、慎重にそれを口にすることを控えていた。デュンケ
ルがそれを気に入るか、確信が持てなかったからである。
進、奨、そして嬉子の3人は、秋麗を見たと通報のあった付近をしらみつぶしに聞
き込みに当たっていた。
「まったく、ガキんちょの通報だろ。当てになるのかよ」進がぼやく。「そんなこ
と言っちゃ、悪いわよ」嬉子がたしなめる。進がかつて属していた少年少女倶楽部は、
そのままホワイト司令・難波肇の指揮するウインドクラフトの支援に当たっていた。
富士桜浩一ことロストマンは、これまでに何度かSEADOのヒーローたちとともに
戦って、すぐに姿をくらましていた。従って、秋麗と一緒にいた男の風体から、そ
の男が富士桜浩一であるとSEADOはすでに見当をつけている。
「なあ、俺、思うんだけどさあ」奨がぽつりと言った。「その秋麗さんっていうアン
ドロイド、どうして狙われるんだ?」「回転寿司の店を出すんで、人手が欲しいんじゃ
ないか」軽く受け流したつもりの進の表情が凍り付いた。「やばい・・・春蘭さん
は同型なんだろ。ノーマークだぜ」進は秘密基地コア・パラダイムに通信を入れた。
「その心配はない」司令室で留守番をしている不動博士は、進の懸念を即座に打ち
消した。「たしかにハード的には同型だが、ソフトがまったく異なっているんだ。
秋麗には、春蘭にはないライブラリが・・・」
鎮守の森、というと大げさであるが、その神社の奥にはちょっとした繁みがあっ
た。倒れかけた警察の看板には、痴漢に注意と書いてある。
「秋麗さん、すまないが、しばらく君をひとりにしなければならないんだ」富士桜
浩一の言葉に、秋麗はつぶらな瞳を見開いた。「あら、お手洗い?」「いや、もう
少し長くなる」「あら、大きいほう?」
浩一はしばし言葉を探していたが、3人の陽気な小美人たちに促されて、繁みの奥
へと入って行った。
「お手洗い?」反問したのは、残された秋麗のほうであった。1週間前に出会って
から、浩一は一度も手洗いに立ったことがない。ときどき何かを吐瀉しているよう
だが・・・
「便秘なのかしら」秋麗は自信なげにつぶやいた。秋麗自身もまた食物をとるふり
はしているものの、ときどき胃の中の物を捨てなければならない。
小美人たちと浩一は、向かい合っている。ひざまずいた浩一は、なにやら祈りを
唱えている。
「ムー帝国のあまたの賢者に、とりわけ秀でたる賢者たちよ。翼ある者より広く目
を配り、鰭(ひれ)ある者より深く見通す者たちよ。永久(とこしえ)の栄光を讃
えたてまつる。我らを導き給え。我らの道を示し給え。」
小美人たちの目が、赤く光る。その口から洩れ出る言葉は、どこか重い。
「失われし者よ。我らが名を伝える者よ。汝の望みを口にせよ」
「申し上げます。SEADOの人造人間、秋麗なる者、保護を求めおります」
しばし間があった。賢者たちが浩一の記憶を検討していたのである。
「失われし者よ。汝の長き旅路を共にする者を得るが、汝の望みか」浩一はただ頭
を下げた。賢者たちに記憶を読ませれば、浩一の達した結論まで伝わることは当然
であった。
「最後の皇帝薨(こう)ぜしよりはや1万年」賢者の声は寂しげである。「後世に
ムー帝国の余徳を施し、なにがしかの正義を勧めんとてそなたを作ったが、思えば
孤独な道程であったろう。我らとて、賛成してやりたいが」浩一ばびくりと顔を上
げた。
「我らの秘密を明かし、それを共にすることを誓えぬとなれば、口を封ずるより他
はなし。その覚悟ありや」浩一のすべてを読んでこう言うからには、賢者たちはそ
の覚悟危うしと見ているのである。そしてまた、きっぱりと否定しないのは・・・
「時間をかけろとおっしゃるか」浩一は叫んだ。「げに賢者の助言、かたじけなし」
「ムーの古謡に曰く」小美人は口を揃えた。「男女の道は長けれど、急な下りの早
足に、敢えて逆茂木(さかもぎ)置くなかれ、馬の蹄が報いせん」小美人たちの
瞳から赤い光が失せた。
なおも考え込む浩一に、小美人が陽気に声を揃えた。「こんなん出ましたけど」
五輪(いつわ)幼稚園は、東京近郊の高級住宅街に位置し、多数の財界人、政治
家、その他有名人の子供が多い。小学校受験にも実績があった。そのスクールバス
は、帰宅する子供たちを乗せて、今日も定刻通り幼稚園を出発した。
いつものこととは言え、子供以外の人類が出さない高い音の洪水に顔をしかめな
がら、運転手がバスを公道に乗り出させた直後だった。やにわにバスの内部が暗く
なり、明るくなったときには、バスの中央に招かれざる乗客がいた。
「パオー」
怪人ゾウモンガーは、ゆっくりと車内をひとわたりねめつけた。園児たちは拍手
と嬌声でゾウモンガーを歓迎した。
「貴様たちの中で、風見官房長官の娘は、どいつだ」「いないよ」即座に答えが帰っ
てきた。「では、本郷通産次官の息子は、どいつだ」「いないってば」ゾウモンガー
の脇にいた女児が、事情を説明した。「あのね、えらい人の子供はね、おうちの車が
迎えに来るの」
「なんだと」ゾウモンガーは打ちのめされて片膝をついた。別の男児が続ける。「シ
ンペイちゃんとこなんか、黒服のお兄さんが、3人もついて来るんだよ」これはまた
別の話で、シンペイ君のお父さんの車は全面防弾ガラスで、横腹には金色の代紋がつ
いているのだが、園児には組員とSPとガードマンの区別を付けろと言うほうが無理
である。「そ、それじゃあ、貴様たちは」「あたしのお父ちゃん、課長さんなの」
「うちはね、スーパーマーケットやってるの」「うち、歌手なんだけどさ。このごろ
社長さんなんだよ」「おっ、おのれえ」引っ込みが付かなくなったゾウモンガーは長
い鼻を振り回す。はっと自分の役割に気づいた運転手は、バスを急停止させると、ド
アを開けた。「みんな、逃げるんだ」
「わあい」歓声を上げてドアから次々と飛び出す園児。「待てえ」園児たちを追って
外に出ようとしたゾウモンガーだが、太い手足と鼻が邪魔で外に出られない。いらい
らと扉を引きちぎって外に出てきたときには、園児たちはすっかり逃げ散ってしまっ
ていた。
「当てがはずれたようだな」ゾウモンガーをあざ笑う声がする。「パオー、どこだ。
姿を現せ」「ここにいる」ゾウモンガーが見上げると、その男はテンガロンハットを
かぶり、電信柱の上で腕組をしている。戦闘員たちが今ごろになって、ゾウモンガー
の周りに駆け寄ってくる。
「いたいけな園児を拐(かどわ)かし、あまつさえ己の利益を求めんとするその魂胆、
断じて許し難い」テンガロンハットにジージャン姿の富士桜浩一は、朗々とゾウモン
ガーの罪状をいい立てると、電信柱の上で器用にくるりと回転した。「その心根、反
省するがよい」回転しながら取り出したオカリナを口に当て、吹く調べは「月の砂
漠」。
しばししんみりとその調べを聞くうちに、戦闘員が次々と叫び始めた。「ゾウモン
ガー様、私は親不孝でした。故郷(くに)へ帰ります」「ゾウモンガー様、私は夢を
追う生活を忘れていました。今度こそきっと声優になってみせます」「私はもう一
度司法試験に挑戦します」「俺は高校へ入り直します。今度こそ卒業します」
「お前らあああああ」ゾウモンガーは鼻を振り立てて怒った。手近な戦闘員が2、
3人殴られる。
「とう」浩一はバスの天井に飛び移ると、変身した。「見るがいい。燃える男の
ファイヤーチャージ」赤いジージャン、赤いジーンズ、レモンイエローのベストに
赤い仮面。ロストマンは右から見ても左から見ても正面から見ても、印象鮮やかで
ある。
「こざかしい」ゾウモンガーは意外に身軽で、ジャンプしてバスの上に降り立った。
さすがは一流幼稚園の採用するバスだけあって、象が踏んでも壊れない。
「とう」しゃこおん。「パオー」しゃこおん。ふたりは腕と腕を打ちつけあうが勝
負がつかない。そのとき、急ブレーキ音が割って入った。
「そこまでだ、赤いの」声の主のゴールドは、オープンカーの助手席にふんぞりか
えって、葉巻をふかしている。「たすけてえ」「たすけてえ」後部座席には、男女
ひとりずつの幼児が戦闘員につかまえられている。バスでの会話をモニターしてい
たゴールドが、直接幼稚園を襲って、迎えを待っていた高官の子供ふたりを連れて
きたのである。
「子供達の命が惜しければ、おとなしくしろ」ゴールドの言葉に無抵抗になった
ロストマンの肩を、ゾウモンガーがどやしつける。倒れたところへ右腕を踏みにじ
られてうめき声を上げるロストマン。
「あちちちちちち」ゴールドが突然悲鳴を上げた。視界の隅を赤いものが通ったと
思ったら、唇に激痛が走ったのである。ぼろりと落ちた葉巻は、吸い口のほうに火
がついていた。
「やり口が汚いぜ、デスモンガー」加速装置を止め、車の前に立ちはだかったストー
ムレッド(進)。「おのれ、子供達がどうなってもよいのだな」「後ろを見ろ」言
われたゴールドが後部座席を振り返ると、戦闘員たちはすでにサイクロンイエロー
(嬉子)のイエローバトンの連打を浴びて気絶しており、タイフンブルー(奨)が
ふたりの子供をしっかりと捕まえている。
「はあ!」ストームレッドはゾウモンガーの鼻にレッドホイップを絡みつかせると、
地上へ引いた。バスの上にいたゾウモンガーはバランスを崩し、ロストマンはゾウ
モンガーの足から逃れる。
「ロストマンだな」「すまない」バスから転げ落ちてきたロストマンをストームレッ
ドが抱き起こす。「おれはストームレッド」「いい名だ」誰にでもそう言う習慣な
のか、ロストマンはつぶやいた。
「秋麗さんは、どこにいる」「彼女には時間が必要だ」ロストマンは痛めつけられ
た右腕を抱えている。「我々は一刻も早く、彼女を保護したい」「彼女に結論を押
しつけるな」ロストマンはうめくように言った。
「司令、この人は何が言いたいんです」「わからん」ホワイト司令にも話の文脈が
つかめない。時間が必要? 結論? それでもストームレッドがなおも言いつのろ
うとしたとき、邪魔が入った。
「パオー」ゾウモンガーが両手を振り回して反撃しようとしている。ロストマンは
弱々しく立ち上がると、ゾウモンガーをストームレッドに任せて、高々とジャンプ
した。
「また会おう、ストームレッド」ロストマンは電信柱の上でそう呼ばわると、電線
の上を疾風のように駆け抜けて行った。
「ちいっ」舌打ちするストームレッドだが、ゾウモンガーの鼻攻撃をかわすのが精
いっぱいで反応が遅れる。右に、左に、ゾウモンガーの鼻は巨大な運動量を乗せて
振り下ろされる。
「神に出会えば神を斬る。鼻に出会えば鼻を斬る!」青い光が一閃した。タイフン
ブルーが右手に仕込まれたブルーサーベルでゾウモンガーの鼻を切り払ったのであ
る。鼻を失ってバランスが取れずよろめくゾウモンガー。「ううっ、鼻が、鼻が、
離れた」「レッド、マッハトルネードだ」ブラックとピンクも到着したらしい。
「おう」ストームレッドも気を取り直す。 ブルー、イエロー、ブラック、ピンク。
ゾウモンガーを囲み走る4人の速度はますます上がって行く。やがて空気の渦が竜巻
となるのを、ストームレッドは見届ける。
5人の正義の心は、竜巻の中で共鳴し増幅する。そしてストームレッドの100万ボ
ルトの気合いと共に、恐るべき威力の正体不明の衝撃波に昇華するのだ。「ターミ
ネーション」「パオー」全身を震わせ、しばし仁王立ちした後、くずおれるゾウモ
ンガー。
「巨大化抑制遺伝子、解除」戦いをアジトでモニターしていた首領デュンケルが、
重々しく命じる。アジトから発せられた解除ビームは反射衛星を経てゾウモンガー
に降り注ぐ。「パオー」むくむくと膨れ上がり、再び勇み立つ巨大ゾウモンガー。
驚くウインドクラフトのメンバーたちに、通信が入る。「ビッグサイエンスは、
あと5秒でそちらに到着する」「早すぎませんか」第2話で解説したように、ビッグ
サイエンスは発進シークエンスに7秒かかる。「君たちがゾウモンガーを倒した時
点で発進を」命じたのだ、という説明も終わらないうちにビッグサイエンスが到着
する。「ぐもおおお」両腕を差し上げ胸を張り、力強く挑戦の意志を示すビッグサ
イエンス。「ビッグサイエンス!」「ビッグサイエンス!」讃えるように叫ぶウイ
ンドクラフトのメンバーたち。
「ゾウモンガー、この戦い貴様の負けだ。鼻無しでどうやって戦うと言うんだ」
ストームレッドの問いを、ゾウモンガーは鼻で笑った。「俺様の本当の力を見せて
やる」ゾウモンガーが腕を下から交差させて顔をひと撫ですると、ああなんという
ことだろう、その両頬には白く輝く牙が生えていた。
「俺様のカラハリアタック、受けて見よ。パオー」大柄に似合わず、敏捷に突っ込
んでくるゾウモンガー。突っ込む。避ける。突っ込む。避ける。ビッグサイエンス
は何度もかわすうち、よけ損ねて腹に一撃を食らう。腹から火花を飛ばし、よろめ
くビッグサイエンス。迫るゾウモンガー。「ビッグサイエンス、斥力ビームだ」
「ぐもおお」ストームレッドの叫びに応じて腹から出たリング状の光線は、ゾウモ
ンガーを吹き飛ばす。高級住宅群を下敷きにして転倒するゾウモンガー。
「ビッグサイエンス、スーパーレーザーだ」「ぐもおおお」四連大型レーザーは、
ゾウモンガーを貫き、ついに紅の炎で包み爆発させた。高級住宅街を照らしつける
爆炎を背に受け、ビッグサイエンスは両腕を差し上げると、離陸して行った。
どこへ? それは関係者以外誰も知らない。
「元の材質はちょっと復元できないけど、強度は横方向の概算で3%アップしたと
思います。継ぎ目が目立たないといいけど」遠慮がちに言い訳しながら、秋麗は
浩一の右腕を撫でた。
秋麗はアンドロイドシステムの自立性を高める実験体として、きわめて高度なロ
ボット工学の知識と技能を与えられている。秋麗は理論、設計能力、工作技能を総
合的に見て、世界一のロボットエンジニアと言えるのであった。もちろん浩一も長
期の単独行動に堪えるだけの工作能力はあったが、それはメカニクスの部分に限ら
れていて、例えば人工頭脳を単独で作り上げる能力はない。
「これから、どこへ行くの」「あっちかな」浩一ははるかに続く道を指さす。
「あたしは、どっちに行こうか」「おんなじ方向じゃ、いけないかい」浩一が秋麗
の肩を抱く。
「わかんない」秋麗はつぶやいた。
第4話「地獄の悪魔屋敷」
主な登場人物
<ウインドクラフト>
ホワイト司令・難波肇 ストームレッド・小左内進
タイフンブルー・藤山奨 ハリケンブラック・山口飛竜
テンペストピンク・村田あゆみ サイクロンイエロー・田安嬉子(よしこ)
秋麗 最新鋭アンドロイド。現在行方不明のため捜索中。
<デスモンガー>
首領デュンケル
ゴールド、マンドレイク、ムーン デスモンガー幹部。
<ロストマン>
ロストマン・富士桜浩一 気障で謎めいた風来坊。成りゆきで、秋麗を連れ回
している。
「おまえの能力は、1体のロボットに吸い取られてしまったと言うのか」
呪文を唱えるような首領デュンケルの声が、ムーンを問いつめた。巨大ロボット・
ブラック=マックスに拘りすぎ、何の貢献もできないことがいよいよ問われ始めたの
である。
「首領、SEADOを壊滅させるべく、現在までのビッグサイエンスの戦いのデータを分
析したロボットを製作中でございます」「遅い」首領デュンケルが振るった杖から、
青白い球電がムーンの足元に落ち、ムーンは数歩後じさりする。にんまりと下を向く
ゴールド。「たかが日本征服に、なぜこのようにぐずぐずしているのだ。我々は戦力
を十分に蓄えたはずではなかったのか」「首領」いらだつデュンケルの耳に、張りの
あるマンドレイクの声が響く。「提案があるのか」
今日のマンドレイクは、黒いロングドレスで優美さを強調している。首領に重要な
願いごとをするときは、マンドレイクは女性的な服装をした。満面の微笑をいささか
も崩さず、マンドレイクは続ける。
「お二方の作戦は、将を射んとして馬を射るものばかり。どうして敵の心臓を狙われ
ませぬ」マンドレイクは首領の前に進み出ながら、自然にムーンとゴールドに背中を
向ける。「ウインドクラフトを、襲って倒せばよろしいのです」マンドレイクはさら
りと言ってのける。「仕掛は」デュンケルが重々しく尋ねる。
「すでに」マンドレイクは艶やかに笑った。
「ビール、どうでーす」「きゃっ、どこ触ってんのよ」「ケンイチ、ケンイチ!」
「ほっかほっかの、焼きなす〜〜」「ねー帰ろうよー」「ごはん、ごはん、うぇーん」
今日は東京カーニバルランドの新絶叫マシン「V3」がオープンする日である。
立ったまま60メートルの高さに急上昇して、2回前転して足から先に斜めになって
急降下するという遊具なのだが、高空での前転がなかなか恐いと雑誌などで評判が
高く、家族連れや絶叫マシンフリークたちで園内はごった返していた。
食堂や休憩所からは両手に食物を抱えた人々が、それぞれ家族の名を呼びながら
絶えず押し出されており、周囲の芝生にももうほとんど座るところがない。汗をふ
きふき、「芝生育成中」の看板に腰を下ろしている老婆も、息子一家とはぐれてし
まっていた。
ため息をつき、ハンカチを手提げ袋にしまおうとした老婆の目に、テンガロンハッ
トの男に連れられた少女の姿が映った。「あれは・・・」連絡のあった、秋麗とか
いう娘さんではなかろうかのう。老婆が目をこらしたときには、そのふたりは人混
みに紛れてしまっていた。
老婆は決然と立ち上がり、髪を金色に染めた若い男が看板上の席を分捕るのを振
り返りもせず、公衆電話をきょろきょろと探し始めた。お達者倶楽部の情報センター
に連絡するためである。
お達者倶楽部は、正義を愛する65才以上の善男善女の組織である。
閑散とした、夜の東京カーニバルランド。どこかで犬の鳴く声がする。ところど
ころに最低限配置された街灯に照らされ、5つの影が長く伸びる。
「これでガセネタだったら、たまんねえよな」飛竜がぼやく。「そういうな、飛竜」
基地から通信機を通じて、ホワイト司令がなだめる。「ヒーローというものは、
週に一度の決戦のために、残りの時間は足を棒にして敵を探すものなのだ」ホワイ
ト司令は、若い頃同じ様なやりとりが自分の司令との間にあったことを、懐かしく
思い出した。
「あれは?」奨が指さす。アトラクションの入り口近くで、少女の物らしい人影が
動いたのだ。5人が駆け寄ってみると、アトラクションの入り口にはこうある。
「地獄の悪魔屋敷」
「入ってみましょう」嬉子がきっぱりと言う。「こわーい」あゆみが女の子ぶる。
「じゃ、ここで待ってろよ」飛竜が口をとがらせる。「言ってみただけ」あゆみは
ぽつりと言うと、後も振り向かずに進や奨の後について地獄の悪魔屋敷に入って行っ
た。飛竜は肩をすくめると、後ろを警戒しながら、4人の後を追った。
再び園内に静寂が戻ったのも束の間、突如、細い街灯の背後から長い黒のコート
をひるがえして、マンドレイクが現れた。街灯よりも細いわけではもちろんないの
に、不可思議なことである。
「引っかかったようね」マンドレイクは地獄の悪魔屋敷を満足げに見やると、何事
もなかったように立ち去って行った。
ところどころにある非常口表示の明かりで、展示物の大部分は見えないものの、
道とそうでない部分を見分けることは十分に出来た。まったくうかつなことに、誰
も懐中電灯を持ってきていない。
「待て」進が左手を上げた。T字路に立て札がある。
「←Beginners' Course Experts' Course→」
「飛竜とあゆみは、左だ。残りは右。いいな」進が迅速に指示する。ビギナーズ
コースのふたりが膨れっ面をしたが、残る3人は後も見ないで進んで行った。
「こう暗くては仕方ない。奨、ブルーサーベルを使ってくれないか」「ここでか」
暗いので、奨の表情は進には読めない。無言のうちに、青白い光があたりを満たし
た。レーザーブレードにしては錯乱光の比率が高すぎるようにも思われるが、そう
いう仕様なので仕方がない。
目を細めた嬉子だったが、気がつくと奨は右手首を左手で無造作に持っている。
だいいち、変身もしていないのになぜ武器が使える? 「奨、あなた・・・」
奨の表情を、一瞬苦いものが走り抜けたが、口を開いたときにはそれはもう消え
ていた。「そうだ。俺は手首と肩の間がサイボーグなんだ」「知らなかった・・」
思わず嬉子は口に出し、口に出した途端に後悔した。「宣伝はしてない」奨の声
音は、いささかの感情も感じさせない。進は無言を守っている。
「科学が、俺から腕を奪って行った。別の科学が、別の腕をくれた。気まぐれなも
んだ」奨は淡々と言った。奨は、胎内で薬害の影響を受けたのである。
「奨、このパノラマ、気がついたか」進が何事もなかったように、遠くを見すかし
て言う。「ああ、書き割りにしては、奥行きがありすぎるじゃないか」墓場のセッ
トであった。そよぐ風が、伸び放題の草むらを吹き抜ける。
ぼうっ、と怪しい光球がゆらりゆらり現れる。一瞬それに視線を奪われた進は、
嬉子の叫びに身を堅くした。「おとりよ!」違う方向から、人影が迫ってくる。
「ブロー・アップ!」3人は変身した。
中世ヨーロッパ風の石造りの町並みは、行けども行けども終わりにならなかった。
「どうもおかしい・・・広すぎるじゃないか」「そうよね」あゆみの足元で乾いた
音がした。「きゃっ」骸骨のようだった。
「何か、明かりになるような爆薬とか、持ってないのかよ」「燃やしていい?」
あゆみは期待を込めて、いそいそと聞いた。「やっぱりいい」「ケチ」爆破が生き
がいのあゆみのことである。どんな過剰破壊をするかわかったものではない。
いきなり飛竜の耳元を甲高い声がよぎる。「きいいいいいっ」コウモリであった。
「きゃああああああっ」今度の声はあゆみの叫びである。コウモリ? なぜアトラ
クションの中に、本物の生きたコウモリが。
「あゆみ、何でもいい。明かりつけろ」飛竜は腹を決めた。やはり罠だ・・・とな
れば生還はすべてに優先する。ぼっ、と音がしたので飛竜が振り向くと、あゆみは
松明のような物を持っていた。先に塗られた液体が燃えている。よく見ると、松明
の本体はさっきの骸骨の一部であった。
飛竜は、手の中の物をしばし見つめた。「置いてくよ」あゆみが短く叫んで、
自分もじゅうじゅう燃える骸骨を片手に、先へ先へ進んでいく。飛竜は精いっぱい
胸をそびやかして、あゆみに並んだ。「骸骨、恐いんじゃなかったのか」
あゆみは横を向きもしないで、答えた。「さっきとは違うのよ」
「どう違うんだ」飛竜が、これも意地になって横を向かずに言う。
「火薬の匂い、かいだんだもん」あゆみは当然のように言った。
「イエローバトン!」サイクロンイエロー・田安嬉子は、2本のバトンを取り出し
て闇からの攻撃者を迎え撃った。刃物だ。攻撃者は刃物を持っている。サイクロン
イエローがそれを感じとったときには、イエローバトンはすでにそれを防いで突き
出されている。
不快な金属の擦過音が響く。右手のバトンで攻撃を受けとめ、左のバトンで反撃
しようとするサイクロンイエロー。その振り上げた左のバトンに、なにか巻き付い
たものがある。
ぐいぐいと引っ張られる左のバトン。右のバトン越しに、曲者の刃物の正体が姿
を現す。鎖鎌だ。鎌の刃の持つ、黒と銀のどぎついツートンカラーがサイクロンイ
エローの目を射る。じりじりと押されるサイクロンイエロー。
その刃が一瞬、鋭く光った。タイフンブルーがブルーサーベルで、鎖を切り払っ
たのである。反動によろめきながら後退するサイクロンイエローに、ストームレッ
ド・小左内進が叫ぶ。「こう暗くては不利だ。嬉子、バトンを貸してくれ」応じて
宙を舞うイエローバトン。それを苦もなく受け取る進。「奨、1分支えてくれ」進
は返事も聞かずに、加速に入った。
「言ってくれるね」タイフンブルー・藤山奨は、今度ばかりは無礼を許してやる、
という口調で、それでもサイクロンイエローをかばってブルーサーベルを構える。
「奨!」サイクロンイエローの声の調子は、そのまま警告だった。虚空から現れる
小口径のピストル。無造作にそれを構える手は、黒い革手袋らしきものに覆われて
いる。
発射音は、それほど大きくなかった。
小石の跳ねる音で、飛竜が最初の銃弾に気づいたのは、幸運な偶然であった。誰
かがふたりを狙撃している。銃声が聞こえないことからすると、かなりの遠距離で
ある。
「進、聞こえるか、進」「無線は使えないようね」「この奇妙な空間のせいだ」
飛竜はいつの間にか天井の見えなくなった、果てしない空間を見やった。2発目の
弾丸が飛竜の頬をかすめる。「どうするの。あたしの力じゃ、そう遠くまでは攻撃
が届かないわ」「考えがある。ともかく変身だ」「ええ」「ブロー・アップ!」
タイフンブルーは初弾を倒れ込むようにかわすと、新しい曲者の足とおぼしき
あたりを切り払った。手ごたえがない。ピストルと手も、すでに消え去っていた。
新しい音がする。何かが、そう、鎖が風を切る音である。新しい鎖鎌が、その
凶々しい使用者とともに戻って来ようとしている。
「進、何をしている・・・」奨は、1分の長さに呻いた。
「あゆみ、小さい爆弾、たくさん用意できるか」「そうね、20個ほどなら」テンペ
ストピンクは腰のベルトを確かめた。「信管は?」「触発信管だけど?」ハリケンブ
ラックはため息をついた。「いいだろう・・ひとつずつ投げてくれ」「どうするの?」
「いいから」姿なき狙撃者は、いよいよ至近弾を放ってきた。ハリケンブラックのポ
リマーヘルメットに当たった弾が、鈍い音を立てて滑り飛ぶ。「早く」声に押されて、
テンペストピンクは最初の1発を投げた。
「はああああぁぁっ」
ハリケンブラックが呼吸を整え、その右拳に気を集める。
「暗黒必殺拳、奥義、弾送り」
ハリケンブラックは鈍く緑色に輝く右拳で、爆弾を打つ。実体を持たない気に弾か
れた爆弾は、信管を作動させることなく、彼方の狙撃者へと送り込まれていく。
射ち合いとなった。
加速装置を働かせたストームレッドがまずやったことは、墓場のそこかしこに散ら
ばっている卒塔婆を集めて、山を築くことだった。次いでその山の根元で、特に乾い
た卒塔婆を何本かひきむしって、おが屑状のものを作る。その上にイエローバトンを
突き立てたストームレッドは、バトンを激しく揉みこんだ。
ストームレッドの手袋から煙が上がる。加速中のため、バトンの両端には大きな摩
擦熱が生じている。それは真っ先に、ストームレッド自身を襲うのだ。低いうめき声
を上げながら、ストームレッドは両手でバトンをおが屑に擦り付ける。かつて人類の
歴史の中で、これほど高度の能力が、これほど原始的な目的に使われたことがあろう
か。
やった! おが屑から煙が、次いで炎が立ち上る。加速を解いたストームレッドは、
奨と嬉子を火のそばへ呼ぶ。「奴等の正体をつかむんだ」「おう」「ええ」
鎖鎌の人物の影が、炎の中に浮かび上がる。やがて、その表情も見えるようになっ
た。褐色の軍服風のコスチュームに、黒の長靴を履いた小男。鎖鎌をひゅうひゅうう
ならせて、男はにやりと笑った。
ブルーサーベルを片手に、奨が男ににじり寄る。「奨、これを使え」「私のよぉ」
勝手にイエローバトンを渡してしまうストームレッドに、サイクロンイエローが文句
を言う。そのサイクロンイエローの背後に、黒い影が現れた。「後ろだ」「きゃあっ」
浮かび上がってきたのは、黒ずくめの軍服を着た、黒縁眼鏡の無表情な男である。
しかしその顔は、すぐ苦痛に歪んだ。背後に迫られたサイクロンイエローが、その足
を思い切りかかとで踏んづけたからである。右手に構えた小口径の拳銃を取り落とし
そうになりながら、男は辛うじて姿を消す。
「ほいっ」「とうっ」爆弾を投げるテンペストピンク、それを撃つハリケンブ
ラックの戦いも続いている。ぴしゅっ。またしても至近弾が不吉な音を立てる。
じゃりん! イエローバトンに鎖が絡み付く。褐色服の男は、無気味に歯を見せ
て笑いながら、その鎖を手繰り寄せる。「へっ、ブルーサーベルのリーチのほうが、
長いぜ」右手の光剣を振りかぶるタイフンブルー。それでも、鎖を手繰る男の手は
怯まない。ストームレッドは、男の自信の源泉に、ようやく気が付いた。「奨!」
タイフンブルーも一瞬遅れて、気付いた。褐色の服の男は、鎌を至近距離で投げ
てくるつもりなのだ。もう振りかぶっている。「ままよ!」タイフンブルーは地を
蹴って走り込んだ。相撃ちの可能性が頭をかすめたが、選り好みできる状況ではな
い。
もう爆弾も残り少ない。「何発残っている」「4発」テンペストピンクは悲しげ
に応じた。自分がピンチに立っていることより、爆弾を使い尽くすことが悲しいに
違いないと、ハリケンブラックは思った。
びしゅっ。また凶弾が送り込まれてくる。「いくぜ」「いいわよ、ほいほい」
「とうとう」姿なき敵への連射は、空しく闇と同化する。びしゅっ。「ほいほい」
「とうとうとう」「あれ1回多いわよ」「そうか? 手応えはあったぞ」どこか
かなり遠くで、何かが地面にたたきつけられる音がした。
そう。ハリケンブラックは幸運にも、敵弾を正拳にとらえて、それを弾き返して
いたのである。
かっ、と褐色の服の小男は竹中直人のように目を見開くと、鎌を持つ右腕を後ろ
にしならせている。タイフンブルーのピンチに、おろおろするサイクロンイエロー。
そうだわ、イエローバトンを投げて敵の気をそらしてあげよう。もう少し早く気が
付けばよかったのだけれどそれは仕方のないことよね。サイクロンイエローは残っ
たバトンに精神を集中させて、思い切り体を反らした。
「ぐわっ」人の声とも思えない絶叫に驚いたサイクロンイエローが振り向くと、
黒い服の男の細縁眼鏡のガラスを破って、イエローバトンが突き立っている。
「あら、どうしましょう」思わず気を遣ってしまうサイクロンイエロー。しかしそ
の心も空しく、黒い服の男の体は既に崩れ始めていた。
「ちぇすとおおおおおぉぉっ」ブルーサーベルで褐色の服の男に突きかかるタイフ
ンブルー。どうにか相撃ちに持ち込んだらしい。さしもニヒルなタイフンブルーも、
正直なところ頭上を見る勇気はなかった。
1秒、2秒。あの恐るべき鎌は落ちてこない。タイフンブルーはゆっくりと顔を上
げた。振り上げられた鎌の柄に、何かが巻き付いている。
レッドホイップであった。
声もなく砂人形のように崩れてゆく褐色の服の男。それを見ながら、タイフンブ
ルーは言った。「1枚、借りだな」ストームレッドは無愛想に応じる。「赤皿だ」
「3枚はあこぎだ」「じゃ、絵皿」タイフンブルーは肩をすくめた。
戦闘での貸し借りは、寿司で返すのが、ウインドクラフトの習わしである。
その時である。いきなり何の前触れもなく、空が落ちてきた。空は進たちにべっ
たりとまとわりつく。
「進ぅぅ」「きゃああああああっ、きゃああああああっ」「おっおのれええええっ」
「あれ、進じゃないか。どこにいるんだ進」ハリケンブラックの声がする。「ここだ」
「ここじゃわからん」「ここだと言ったらここだ」進は位置を確認できるものを探
してもがくうち、空から真っ先に抜け出ることができた。
「みんな、大丈夫か」すでに変身の解けた進は、ひとりひとりから空をめくり上げ、
ひきはがす。空と見えたのは、巨大なテントである。
「ここは・・どこ?」あゆみが周囲を見回す。目が慣れてくると、ここが「地獄の
悪魔屋敷」のあったあたりだということがわかる。東の空は、もう明るくなり始めて
いた。めくれたテントの内側には、よく見ると、墓場の絵がある。
「すべては幻覚だったというわけか」つぶやく進はもちろん、ほかのメンバー達も、
街灯から飛び立つ1匹のコウモリには気付かなかった。
結局のところ、進は奨からのおごりを嬉子に譲らなくてはならなかった。イエロー
バトンが摩擦熱と鎖の傷でぼろぼろになっていたからである。店の終わった「竜巻
寿司」では、今回の戦いの反省会が開かれていた。
「あっ、こいつだ」歴史写真集のページをめくっていた奨が、アドルフ・ヒトラー
を指さした。褐色の服の男である。「マスター、サバください」「あいよ」ホワイ
ト司令は応じた。
「そういえば、カギ十字のナチスの腕章、してたじゃないか」「そうだな」進が苦笑
した。「最近の若い者は、ヒトラーも見てわからんのか」ホワイト司令がぼやく。飛
竜が、言いにくそうに、なるべく聞き取れないような小さな声で言った。「このマー
ク、暴走族のマークだとずっと思ってた」
「これ、黒服のおっさんじゃないか」奨がナチス親衛隊長官・ヒムラーの写真に気付
いた。「そうみたいね」嬉子が応じた。「ねえねえ、あの狙撃屋って誰だったんだろ
う」あゆみが割って入る。「ちょっと太った男だったな」と飛竜。「これか」奨がゲー
リング空軍司令官の写真を示す。「こんなに太ってなかったな」「マイナーな将軍な
んじゃない? ビギナーズコースだし」「マスター、イカください」「あいよ」
誰にも思い出してもらえない、不幸なムッソリーニであった。
第5話「現金は誰がために」
その小高い丘は、少しずつ住宅地になっていったと見えて、不揃いだがびっしりと
詰まった住宅からはみ出すように、道路が螺旋状に取り巻いている。宅地として一括
した開発が行われなかった理由は、夕方のこの時間になるとよく分かった。丘の西側
は比較的傾斜がきつく、西日だけが差し込んでくるのである。
その崖の縁に、ほとんど悪い冗談としか思えないのだが、丸太を切った椅子とテー
ブルがしつらえてある。確かに見晴らしはいいがすぐ下は急傾斜の薮で、ガードレー
ルもない。
そのテーブルを格好の足台に見立てて、夕日を眺めているのは、浩一である。その
傍らで、秋麗はつぶやいた。「正義って、何」
「勇気、友情、愛」浩一の口から、いくつかの単語がすらすらと出てきた。「相手の
気持ちになれるってことかな」「相手に決めてもらうってことなの」秋麗は静かに問
い詰める。「それは違うさ。自分の気持ちと、重なり合うところがなけりゃ」「じゃ、
違う人と違うところが重なり合ったら、どうするの」
浩一は頭をかいた。「君にはかなわない」最近、こうしたやりとりが頻繁にあった。
単に人間のことを知りたいのかと浩一は思っていたのだが、そうでもないらしい。秋
麗はその域を越えて、自分が作られた目的を敷延して、自律的な行動指針を立てよう
としていたのだ。自然と、秋麗の関心は正義に集中した。
「君の指針は僕だ、と言ったら、怒るかい」浩一はとうとう口に出した。浩一は長年
の孤独な戦いの中で、パートナーを欲しいと思うようになっていたのだ。
秋麗は無言で肩をすくめた。最近は秋麗も、曖昧な表現の活用法を学んできている。
その一方で、秋麗のオペレーティングシステムの自己保存デーモンは新たなバックグ
ラウンドプロセスを起こし、「さようなら」の同義語を検索して婉曲な順にソートし
て引き渡すよう命じていた。この人は自分を理解するよう求めて、秋麗のことは理解
しようとしない。そうした一種の甘えを、秋麗は感じ取っていた。
「行こうか」返答を待つのをあきらめて、浩一が秋麗を誘った。日も暮れかけている。
そのときふと、秋麗は薮の中から自分を見る目に気がついた。浩一は、秋麗の手を取っ
た。「犬だ」
バイクの音が去ってゆくと、首輪のない薄汚れた老犬が薮から大儀そうにはい上がっ
てきた。犬は遠吠えを始める。
遠吠えに応じる別の鳴き声が聞こえてきて、犬は満足した。
ウインドクラフトの面々は、秋麗の目撃情報に対応すべく、それぞれの乗り物で首
都高速を疾駆していた。帰宅ラッシュも過ぎて、車の流れは順調である。
「情報を提供してくれたFIDO(ファイドー)は、SEADOの下部組織ではない。いわば協
力組織だ」無線を通じて、ホワイト司令のブリーフィングが続いている。「彼らは、
SEADOへの協力に対して報酬を受け取る」
「報酬?」聞いたことのない外国語の単語のように、奨が言った。「傭兵ってことで
すか」飛竜が尋ねる。「彼らの前では、その言葉を口にするな」ホワイト司令が言っ
た。「彼らがその表現をどう思うか、わからんからな」
少なくともホワイト司令が彼らをどう思っているかは、明らかであった。
アンドロイドは別に寝なくてもよいのだが、怪しまれるもとになる−浩一は自分の
風体が怪しくないと思っている−ので、浩一たちは寝ることにしている。今日のねぐ
らは、樹木の多い公園である。
「犬が多いな」浩一はつぶやいた。あちらの茂み、こちらの立ち木に大小の犬がいる。
あるものはうずくまり、あるものはわざとらしく上を向いてとことこ歩いている。そ
して例外なく、時折こちらにちらと視線を向ける。
「そこにいるのは、誰」秋麗が言った。浩一の目にも、公園の一隅の闇から人らしい
輪郭が透けて見える。「さすがSEADOが総力を挙げて探すはずだ。すばらしいセンシン
グ能力だな」静かな声が応じた。やがて街灯に浮かび上がった男は人身犬面、下半身
には黒いタイツをはいている。「FIDO首領、ファイドーマスク。お初にお目にかかる」
「何者だ」浩一がいきり立つ。「そちらのお嬢さんの記憶には、私のことが出ている
はずだ」ファイドーマスクは動じない。
「FIDOは犬だけの組織。そしてSEADOの協力組織」秋麗はデータベースの情報をそらん
じた。「SEADOの手先だと」浩一が気色ばむ。「その言い方は公平ではないわ」秋麗は
ファイドーマスクから視線を逸らさない。「FIDOは首領であるあなたが自ら作り上げ
た組織。そうだったわね」ファイドーマスクを改造した組織は、とうの昔に壊滅して
いる。ファイドーマスクはうなずいた。
「いい機会だわ。ひとつ教えてもらいたいことがあるの。なぜあなたは戦い続けてい
るの」秋麗は言った。ファイドーマスクはため息をつくように言った。「正義を買う
ためだ」「正義を買う?」なじるように浩一が叫んだ。「金でしか買えない正義とい
うのも、この世にはあるのだ。人間には分からないだろうが」「おまえは人間ではな
いというのか」自分も人間ではないことを忘れて、浩一が問い詰めた。
「そう、私は人間ではない。私は改造された犬だからだ」さすがの浩一も口をつぐん
だ。「もういいだろう。一緒に来てもらうよ。いいね」ファイドーマスクが一歩進む
と、いつのまにか集まっていたほかの犬たちも、包囲の輪を一歩縮めた。
「ちょおおおっと待ったあ!」
大声で叫びながら、一群の戦闘員を従えた男が進み出てきた。ムーンである。
「やっと巡り合えたね、秋麗さん。いけない人だ」ムーンは白いタキシードの胸のバ
ラを指でもてあそんだ。
「休戦といこうじゃないか、ロストマン」ファイドーマスクが呼びかけた。「ここを
切り抜けたら、ふたりでSEADOに行って話をつけるってのはどうだ」「どういうこと
だ」「秋麗さんをこの先も連れて行きたいんだろう? おれの役目は居所を知らせる
ことで、いっしょに誰がいるのいないのは契約に入ってない」
「ドライなやつだ」浩一はつぶやいた。「いいだろう。こう人数が少なくてはな」
「そうか? 数はこちらが上だぞ」
そう。犬たちは秋麗を囲んだまま、くるりと向きを変えて、戦闘員たちに牙をむい
ている。ムーンはもて遊んでいたバラを抜き取ると、犬の列めがけて投げた。
閃光が渦巻く。どうやら照明弾であったらしい。犬たちはひるまず、各々の力に応
じて戦闘員たちに立ち向かっている。セントバーナードの牙が戦闘員の手を離さない。
シベリアンハスキーを蹴り上げようとする戦闘員の軸足にチワワが噛み付き、バラン
スを失した戦闘員が倒れる。「わんっ、わんっ」後ろ足でダックスフンドが伸び上が
り、前足を交互に戦闘員の腕と打ち合わせる。
「見るがいい、燃える男のファイヤーチャージ」真紅の男、ロストマンが変身した。
「ヨー!」ムーンはロストマンのヨーヨーを軽くかわすと、指の間から−少なくとも
そう見えた−数枚のトランプを取り出した。「1番から4番、扇形発射」ムーンはトラ
ンプを投げる。ひらりと避けるロストマンの背後で、トランプは1枚ずつ立ち木に突
き刺さる。
「やるものだな」「あなたは戦わないの」秋麗が静かにファイドーマスクに問う。
「私の役目は捜索と連絡だ。怪我をしてはそれもできない」「あなたの仲間はどうな
の」毛むくじゃらの大きなシェットランド・シープドッグがくるりと器用に空中回転
すると、戦闘員を蹴り倒す。「皆が、自分にできることをするのだ」「冷たいのね」
めりめりと大きな枝が折れ、よろけながらムーンが小走りに逃げる。それを追うロス
トマン。「犬がこの世に期待することは、人間よりずっと単純だ。私は彼らを心配す
る。彼らは私を心配する。それで彼らは満足している」柴犬を組み敷いて殴ろうとす
る戦闘員の耳元で、スピッツがけたたましく吠える。戦闘員がひるんだすきに柴犬は
脱出する。「あなたの役目は何なの」ムーンがステッキから五色の糸をロストマンに
浴びせかける。ロストマンは気合を発し、逆に体から炎を糸に伝わらせる。「稼ぐこ
とだ。犬たちには、ギャラの交渉はできないからな」
「おまえも戦わんかぁ」ロストマンとムーンが、ファイドーマスクに同時に叫んだ。
ファイドーマスクは、少しも口調を崩さない。「私の役目を考えると、その必要はな
い。もはやな」「何だと」ムーンはさすがに異変を察して周囲を見回す。
「そこまでだデスモンガー!」
声は、公園の滑り台から発していた。
「ストームレッド」二股になった滑り台の頂上で進が名乗る。
「タイフンブルー」進と手をつないで滑り台の中途に立った奨が叫ぶ。
「サイクロンイエロー」そのまた下に手をつないだ嬉子がはやり立つ。
「ハリケンブラック」奨と反対側の、もうひとつの滑り台の上で、飛竜がガッツポー
ズを取る。
「きゃあっ」ハリケンブラックがガッツポーズを取るために手を離してしまったので、
テンペストピンクは滑り台から落ちてしまった。
「おのれ許さないぞデスモンガー」進が叫ぶ。「私のせいではないっ」ムーンが不当
な非難に抗議する。「進!」タイフンブルーが進を促す。
「ええい、ともかく我ら、科学旋風児」5足の靴が一斉にかかとを鳴らす。滑り台がゴ
ンという不快な音を立てる。「ウインドクラフト!」
「貴様らに邪魔はさせん。出でよ、メカニモンガー」「ピィー、ポォー」どこかぎく
しゃくとした動きの怪人が物陰から現れる。
「巨大化ピーム、照射」秘密アジトで、首領デュンケルが命じる。メカニモンガーは
ロボットなので、いつもの巨大化抑制遺伝子解除ビームは使えない。
「ま゛っ」新宿副都心ビル群のあるビルの壁面に、宣伝を装って描かれた巨大なピエ
ロの目が、くわっと開かれた。そこから発せられた巨大化ピームは見事メカニモン
ガーに命中する。「ピィー、ポォー」見る見る巨大化するメカニモンガー。
「来てくれ、ビッグサイエンス」「ビッグサイエンス」ウインドクラフトは声をそろ
える。
国会は紛糾していた。消費税を3%から5%に引き上げる法案が「消費税を35%に引き上
げ」と誤植され、しかもそのまま両院を通ってしまった事件に関連して、神宮寺元首相
の性別詐称疑惑をめぐる証人喚問が提案され、審議は40日以上空転していた。
「国会の植木さん、その後新たな進展はありましたか」「何もありません」現地のアナ
ウンサーは、無精ひげもあらわに、そっけなく返答した。「国会議員はみんな選挙区に
帰ってしまっているようで、仮に審議が正常化しても再開にはかなりの時間がかかる
と・・」「あっUFOだ」「何です?」「いまあなたの背後にUFOが映ったんですよ。巻き
戻しできますか」「えっ本当ですか。カメラさんズームアウトして、パンしてくださ
い」「ああやっぱり映ってます」SEADOのDFOにニュースキャスターと現地アナウンサー
が大騒ぎしているころ、ビッグサイエンスは誰にも知られず発進していった。
「ぐもおおお」両手を耳の脇でひらひらさせて、力強く挑発の意思を示すビッグサイ
エンス。「ふふ、ブラック=マックスの余り予算で作ったからといって、なめてもらっ
ては困る」ムーンは両手を差し上げた。「メカニモンガー、倍速モードだ」
「ピィー、ポォー」メカニモンガーの足についている数個のバーニアが光と噴流を吐
き出した。「ビッグサイエンス、ガトリングビームだ」進が腕時計に叫ぶ。ビッグサ
イエンスの左腕からビーム砲の砲身と、クランクが現れる。ビッグサイエンスは右腕
で猛然とクランクを回し、メカニモンガーにパルス・ビームの雨を降らせた。しかし
メカニモンガーのスピードについてゆけない。メカニモンガーはビームサーベルを取
り出し、構える。閃きとともにメカニモンガーはビッグサイエンスの脇をすり抜け、
ややあってビッグサイエンスの左腕が地響きを立てて地に落ちる。ウインドクラフト、
そしてホワイト司令が息を呑む。
「どこへ行くんだ」不動博士が司令室を出てゆくホワイト司令を見とがめる。「あれ
を使うしかない」「ばかな。まだテストもしていないんだぞ」「今すればいいじゃな
いか」ホワイト司令は取り合わない。「生ビール(中)580円」と書かれた、店内の大
きなビールジョッキ型の看板に背中をつけると、ジョッキがくるりと回転して秘密通
路に出る。かつ、かつ、かつ。調理場用の高下駄をはいたまま、白い割烹着のホワイ
ト司令は秘密エレベータに向かう。
ほどなく、下降したエレベータは再び上昇し、ホワイト司令は広いコクピットに姿
を現した。コクピットにはウインドクラフト全員分の座席がある。
しゅーっ! 足元から蒸気が吹き出す。「すまん、冷却パイプの遮蔽が不完全なよ
うだ。いま予備系に切り替えた」「大丈夫なのか」「だからテストの後にしろといっ
たんだ」不動博士はすげない。
ホワイト司令は舌打ちすると、コクピットに座った。コクピットの前には操縦用の
機器は一切見当たらない。そのかわり正面の机の上いっぱいに大きな液晶ディスプレ
イがあり、猿とも人ともつかない映像が映っている。「支援母艦ダイマンタン、発進」
猿は声に応じて、頭上に両腕で大きな○を作った。
「植木さん、その後の動きはどうですか」ニュースキャスターの脇には、「神宮寺首
相を疑え」の著者である政治評論家の真田一太郎が座っている。「今まで神宮寺元首
相と思われていた人物が、実は秘書であったという情報について、与党の公式な確認
はまだ取れていません」ニュースキャスターは真田に話題を振った。「いつごろ入れ
替わったんでしょうね」「少なくとも初当選以前ということになります」「そんなこ
とは考えられない」「神宮寺首相は宇宙人だった」を出版したばかりの帝国毎度大学
教授の伊達十三が噛み付く。「私が思うにはですね」ジャーナリストの鍋島六三郎が
割って入った。「神宮寺首相はなかった」の著者である。「スタジオどうぞ」植木ア
ナウンサーが呼びかけた。「なにか動きがありましたか」「またUFOです」
到着してみると、メカニモンガーとビッグサイエンスが2度目の接触をしようとして
いる。コクピットのディスプレイには選択肢が表示される。「ミサイル発射」「話し
かける」「キャンセル」ホワイト司令は「ミサイル発射」に指で触れた。たちまち数
本の煙の紐が地上に差し掛けられる。メカニモンガーは難なくこれを避けたが、いく
つかのビルが巻き添えで倒れたため進路を妨害され、ビッグサイエンスへの接触は阻
まれた。「合体する」ビッグサイエンスは合体のため地上を走り始めた。接近するダ
イマンタン。「させるかっ」ムーンが追撃を命じる。「合体の瞬間を狙うのだ」メカ
ニモンガーは脇腹のミサイルランチャーを開く。「危ない」息を呑むストームレッド。
メカニモンガーは、一斉発射の爆炎に包まれた。そのミサイル群は、時に赤く時に黄
色く発射炎の組み糸を紡いで、程なく一点に集中する。
「ビッグサイエンス!」絶叫するウインドクラフトのメンバーたち。舞い上がる炎に
照らされて、巨大な影が浮かび上がった。ああその姿は、正義の心の新たなる発現、
ヒュージサイエンス。「無事だったのか!」
「みんな早く乗るんだ」頭を押さえて、ホワイト司令がむっつりと指示する。合体に
向かうダイマンタンの降下角度が急すぎて、合体の直後に地面に叩き付けられてしまっ
たのである。しかしそのため、ミサイル群の爆発をかわせたのであった。
「奴の動きが速すぎる。どうしても追尾できないんだ」ヒュージサイエンスが状況を
説明した。ヒュージサイエンスが? そう。ビッグサイエンスはダイマンタンと合体
してヒュージサイエンスになると、サウンドボードが増設されて、口がきけるように
なるのである。
「ねえ、これは何かしら」戦闘記録を再生していたサイクロンイエローが、画像の隅
をすべり落ちる縄状のものに目をとめた。「ケーブルかな」「そうか! わかったぞ!」
基地から不動博士が割り込んできた。「あれはジャンパー線だ。メカニモンガーは機
械をそのまま巨大化させたから、ハンダ付けされた接点は直径数十センチのハンダペ
レットになっているはずだ。それが高速移動から生じる熱に耐え切れなくなって、配
線ごとはがれているんだ」メカニモンガーはどうやら出撃直前までデバッグしていた
らしく、そこかしこで基盤や配線がむき出しになっていた。
「そうか。だとすると、暖めればいいんだな」ホワイト司令は、ヒュージサイエンス
に命じた。「段取り君を使うぞ」
段取り君は、SEADOの有力スポンサーである田安エレクトロニクスの好意で提供され
た、汎用ジャストインタイム生産システムである。ただしソフトは営業用のデモ版で
あるため、生産できるメカは最新型でない家電製品に限られている。
再びウインドウが開いた。「今旬の緊急生産メカ」と題するメニューには、「ラジ
カメ」「電子ソロバン」「縦置きレコードプレーヤー」といった製品群が並んでいる。
ホワイト司令が「電子カイロ」を選択すると、新たにポップアップしたウインドウに
「ただいま生産しています・・・」の表示が現れる。
ヒュージサイエンスはうつ向き、背中のダイマンタンを水平状態にする。するする
と折畳み式の滑走路が伸びる。その一端にエレベータとおぼしき空間が開き、中から
カイロメカが次々と押し出されてくる。
「電子カイロはあったカイロ〜〜」「電子カイロはあったカイロ〜〜」自動生成され
たコピーを口々に叫びながら、カイロメカはメカニモンガーに襲いかかる。「いかん、
離れろメカニモンガー」ムーンが叫ぶがもう遅い。すずなりにしがみついた電子カイ
ロメカの熱に当たって、がしゃりと音を立てて円筒形のコンデンサが地面に叩き付け
られ、砕け散る。巨大化した抵抗の鋭い足が、停めてあった自動車の天井を突き破る。
メカニモンガーはそこかしこの部品を失い、正常な動作を保証されなくなった。「しゃ
ぎーっ」メカニモンガーは残った可動部分をでたらめに振り動かす。CPUが熱暴走した
のだ。
「ヒュージサイエンス、スーパーレーザースペシャルだ」「えー、武器の名前叫ぶの
か。恥ずかしいな」「つべこべ言うな」進がヒュージサイエンスを叱る。「冗談だよ。
スウゥパアァ、レエェザアァ、スペシアール!」ヒュージサイエンスは楽しそうに大
音声を張り上げると、肩の4門のレーザーを断続的に照射した。
メカニモンガーは体にSの字型に穴をうがたれてゆらゆらと倒れ、ビルに頭を突っ
込んで、活動を停止した。「ええい・・・」ムーンは悔しがる。「秋麗は・・秋麗は
どこだ」
秋麗は、ロストマンからもファイドーマスクからも、そしてムーンからも姿を隠し
ていた。そしてもちろん、事態に驚き慌てているのは、ムーンだけではない。
「秋麗さんはどこへ行った」「それは君たちの問題だ。私たちはSEADOの指定した引き
取り手であるウインドクラフトが到着するまで、秋麗さんの身柄を確保していた。そ
の後君たちはトラブルに巻き込まれたようだが」ファイドーマスクはにべもなく言い
放った。「この野郎」飛竜が拳を固めて進み出るのをホワイト司令が止める。「君た
ちが追跡のプロであることは良く分かっている」
ホワイト司令は、呆然とする浩一を後にして、ウインドクラフトと共に歩み去る風
を装いながら、さりげなくファイドーマスクに歩み寄った。「私はこの件について
SEADOから全権を任されている。財布もだ」ホワイト司令はささやく。ファイドーマス
クは眉を上げた。もし彼が人間の顔をしていれば、彼は微笑したであろう。「別料金
になるが、君たちに興味の有りそうなものを持っている」「確実な情報なら、身柄を
確保した場合の報酬に、50%上乗せしよう」
ファイドーマスクは、ホワイト司令と別れの握手をした。「ではまたの機会に」
「これからどうするんです」まだ成り行きに気づかない進が尋ねる。
「こいつに聞くさ」
ホワイト司令が手を開くと、そこにはファイドーマスクの置き土産があった。
発信機の周波数を書いた、メモであった。
三田村敬子が、犬嫌いの家主に貸し家を追い出されてから、この奥多摩に新居を構
えて、もう8年になる。このあたりは人家も少なく、泣き声や臭気の文句も出ない。
外資系の企業なのか、申し合わせたように横文字の会社の日本支部が周辺にたくさん
あって、色とりどりの制服を着た社員たちが歩き回っているのに最初は驚いたものだ
が、最近は奥多摩とはこんなところなのだろうと思えるようになってしまった。愛す
る27匹の元捨て犬たちと平和に暮らすことができれば、他のことは些事である。
とはいえ、えさ代の問題は些事とも片づけられなかった。もし自分の力だけでこの
家を支えていたのなら、とうに破綻していたことだろう。
今朝もいつものように犬舎の掃除をしていた敬子は、郵便配達のバイクの止まる音
を聞くと、餌を受け取る犬のように−この比喩は残酷なほど事実に近かった−玄関に
走っていった。待ち人来たる。いつもの封筒には、いつものように1万円札が5枚入っ
ている。
敬子は時々、この匿名の送り主の生活を想像する。もし個人の勤め人だとしたら、
相当切りつめなければこんな事はできない。
もしかしたら、悪いことをしてこしらえたお金では。
それでもいい、と敬子は最近思うようになってきた。犬たちと自分がその日その日
を生き残ることが、敬子のささやかな願いのすべてである。
敬子は、同封されてきたメッセージカードを開いた。「犬たちのために役立ててく
ださい」という簡潔なメッセージはいつもの通りだ。そしていつもの通りオルゴール
カードから流れてきたのは、「犬のおまわりさん」のメロディーであった。
第6話 「雨宿り」
秋麗は通り雨にたたられていた。アンドロイドだから雨は平気だが服は濡れる。呉
服店の狭い軒先に滑り込んだまま身動きが取れなくなって、もう27分40秒を過ぎよう
としていた。
「もし・・この傘、お使いやす」白地の婦人用折り畳み傘を秋麗に差し出したのは、
上品な和服の女性である。自らは、桜花を散りばめた蛇の目傘を持っている。今呉服
店から出てきたところである。相当な上得意のようで、番頭格らしい初老の店員が精
いっぱいの愛想笑いを浮かべて見送りに出てきている。
秋麗はとっさに謝絶しようとしたが、続く女性の言葉に、従うほかなくなった。
「たとえ人間でのうても、雨を侮ったらあきまへんえ」女性の声は静かで、秋麗が優
秀なオペレーティングシステムを持っていなければ、反応にタイムラグが生じたとこ
ろである。
ふたつの傘は、並んで雨の中に進み出ていった。
「なんで、帰らへんのどす」歩きながら、女性が尋ねた。「正義って・・何だろうっ
て」「わかるまで、帰らはらへんおつもりどすか」女性は先に立って、秋麗のほうを
見ようともしない。それでも、秋麗は見つめられているような感覚・・アクティブソ
ナーのピンギングを絶えず受けているような状況認識を持つようになっていた。こう
いう状況認識を、人間は曖昧に「隙がない」というのだろうか。秋麗は無言でうつむ
いた。
女性は、ため息をついた。「そら一生、帰られしまへん」「私を、預かってもらえ
ませんか」「何どす、やぶからぼうに、いややわあ」「あなたたちのことも、私の
データベースに載っているんです」
「私らを、裏の者(もん)と知ってのことどすか」女性は立ち止まった。こころもち
湾曲した橋の上は一方通行で、宅急便やコンビニのマークをつけた軽トラックが間断
なく通り過ぎていく。雨はまだ止まない。「アンドロイドやいうのに、業の深いこと
どすな」女性は再び歩き始めた。来いとも来るなとも言われなかったが、秋麗はその
あとについて行った。
東京の山手線から少し出たあたりは、かなり最近になるまで近郊農業地帯であった。
その名残で、狭苦しいアパートに混じって豪農の家を今でも多く見つけることができ
る。それらはもちろん自然林ではないにしろ、かなりの密度と面積の林のような庭を
伴っていることが多い。女性が秋麗を伴って入っていったのは、そうした家のひとつ
であった。
草履に履き替えて庭に出ると、石庭の隅に隠れるように祠がある。その扉を開いて、
女性は手を合わせた。
祠の中には、大小の写真がみっしりと飾られている。人間のもの、ロボットのもの、
異形のもの。祠の棚のひとつの段を占領しているのは、ソフトビニールや金属の人形
たちである。
「晴らせぬ恨みを呑んで、死んでいった人等どす。いろんな理由で、まともには浮か
ばれまへんのどす」「いい人たちなんですか」「そうでもおへん」女性は微笑した。
「悪人でも、たまには理不尽な目に会うたり、よいことをしよう思うて誤解されたり
するものどす。普段が普段やと、行き場のない思いが、なあ」「SEADOはそういう人た
ちを守らないんですか」女性はうつむいて、笑いをこらえているようであった。「善
人悪人をまず決めてから相手を見るのは、正義の味方の性どすわなあ」「へえ」秋麗
もつられてつい京都弁になる。
「うっとうしい雨だな」レインジャケット姿の飛竜が空を見上げて、軽く足踏みした。
この先の通りに目指す家があって、「古典いけばな協会 真打 東千代」の看板がか
かっている。発信機の電波からすると、どうやら秋麗はその家にいるらしい。そう報
告するや否や、ホワイト司令は自分が行くまで手出し無用、といきなりウインドクラ
フトに厳命したのである。
オートバイのエンジン音が近づいてきて止まり、ホワイト司令はヘルメットを脱い
だ。「司令、オートバイ乗れたんですか」あゆみが不思議そうに尋ねるので、進は笑
い出してしまった。ホワイト司令・難波肇のファイバーキッドとしての活躍は、進を
除く若いメンバーにはほとんど知られていない。
「行こうか」ホワイト司令は取り合わずに言う。物理的危険に対するものではないが、
司令に何か大きな緊張感が漂っているのを、ウインドクラフトのメンバーたちは感じ
取った。
石庭の苔を踏んで、女性−東千代−と秋麗は庭から戻ってきた。ふたりが縁側に腰
を下ろすと、白髪の老人がお茶を持ってきた。端正な物腰の人物だが、秋麗の前には
湯呑を置かない。正体を察しているらしい。老人が去っていくのを秋麗が目で追って
いると、千代が言い添えた。「私らにまで、照会が回ってきたんどす。この娘はん知
りまへんか、言うて」
「私を、引き渡すんですか」「人間であろうとなかろうと、ものを覚えるには順番が
おます」千代の口調はどこまでも柔らかい。茶を一服喫すると、千代は問わず語りに
続けた。「この世界、迷いも間違いも必ずあるものどす。それやこれやするうちに、
順々にそのお人なりの正義が出来上がっていくもので、それはまあ、そのお人の顔ど
す」「顔?」「器量の善し悪しもおますけど、目の輝きとか、愛敬とか、いろんなも
んが合わさってその人の正義になるのどす」千代は秋麗を見つめた。「秋麗はんは、
人の持ってないものを持っておいでやすさかい、まずそれを生かすことを考えた方が
よろしおす」
しばしの沈黙の後、秋麗が何か言いかけたとき、老人が再び縁側をすべるように歩
いてきた。「ご来客でおます」
家の外側の大きさからして、司令ら6人の通された和室のさほど広かろうはずがない
のだが、気品は部屋を幾分大きく見せている。ほどなく、くだんの女性と秋麗、そし
て老人が現れた。東千代の懐刀、高橋宗十老人である。
「は、はじめまして」ホワイト司令は口ごもる。「あ、あの、ご主人には、いろいろ
と、お世話に」「堅苦しいことはよろしいやおへんか、肇はん」ウインドクラフトの
メンバーは顔を見合わせる。司令をファーストネームで呼ぶ女性? 過去のアバン
チュール? 進はぷるぷると首を横に振った。どうかしている。
正義と闇の狭間に暮らしていた、ファイバーキッドの老師、真空管童子。彼こそが
SEADOの為せぬ正義を行う裏SEADOの創設者であり・・東千代の夫であった。裏SEADO
はその存在そのものが司令秘であり、肇も司令になってからその真相を知らされたの
である。もっとも肇はファイバーキッドとして「湯けむりの町」事件で、千代とほと
んどすれ違わんばかりに接近しているのだが。
真空管童子が行儀よく自らを縛るSEADOの限界を痛感し、裏SEADOを設立したとき、
当然真っ先に誘ったのは、直率のトランジスタ仮面、のちにファイバーキッドとして
の肇を指揮した文殊司令であった。文殊司令が若者らしい潔癖さでその誘いを断った
とき、真空管童子はあえてそれを咎めなかった。子を持って知る親心、と思ったので
あろう。
肇も司令となって若者を危地に送り出す身となり、理不尽な命令やじれったい命令
を何度も経験して、童子の思いが理解できるようになってきている。しかしどうして
も、裏SEADOの正義は危険なダークサイドであるという思いを捨て切れない。千代に押
され気味なのは、肇の迷いを鏡のように映されるからであろうか。
「いま秋麗はんに言うてたところどす。SEADOにお戻りやす、言うて」ホワイト司令の
緊張が緩むのが、ウインドクラフトのメンバーに伝わった。千代がどう出てくるか、
何分にも自由を尊ぶ裏SEADOのことゆえ、気がかりだったのである。
「いろいろと、ご心配をおかけしました」秋麗がぺこりと頭を下げる。それに対して
ウインドクラフトも不揃いに会釈する。相手が頭を下げると反射的に自分も頭を下げ
てしまうのは、日本人の習性である。
ホワイト司令が短く礼を述べ、皆が立ち上がったときであった。宗十老人がいきな
り、手元の湯呑を天井に投げつけた。天井から湯呑と共に落ちてきたのは、小さなカ
ニである。
「肇はん、皆さんのバイク、どこへ置かはりました」「抜かった」ホワイト司令が舌
打ちをする。派手なカラーリングのマシンが並んで路上に停めてあれば、デスモンガー
の情報収集網に捉えられても不思議ではない。「外へ出るんだ」ウインドクラフトは
秋麗をかばって飛び出してゆく。
ところが。
雨はもう上がっている。門の外には、うつろな目をした市民たちが詰め掛けてい
た。「トレ、トレ、トレ、トレ」つぶやくような声が不気味なハーモニーを奏でる。
その背後、塀の上からウインドクラフトを嘲笑うのは、全身が赤っぽい甲羅で覆われ
た怪人。「トレトレトレトレ。もう逃げ場はないぞウインドクラフト」「貴様、デス
モンガーの怪人か」「いかにも。俺様の名はカニモンガー」「カニモンガーは、先週
倒したはずだぞ」飛竜の横腹にあゆみがひじ打ちする。「あれはメカニモンガー」
「トレトレトレトレ。助太刀たちよ。奴等を捕まえろ」指令に応じて、助太刀の市民
たちは包囲の輪を狭める。「どうします」問われたホワイト司令にも、とっさの判断
がつかない。先頭の市民の手が、あゆみの肩にかかろうとしたそのとき。その市民は
突然目を閉じ、その場にしゃがみこんだ。その背後で目を細め、つまんだ小さなもの
を吟味しているのは、いつの間に群集にもぐり込んだのか、宗十老人である。
「これでおますな」宗十老人の示したのは、柿の種である。「このコントローラーを
うなじにつけられてはりますのや」ウインドクラフトは手近の市民を捕まえては、首
の後ろをさぐってコントローラーを剥ぎ取りはじめた。「あれ、ここは誰。私はどこ」
「今までどうしていたのかしら」「きゃっ、遅刻しちゃう」市民たちは次々に正気に
返って騒ぎ出す。しかし市民の数が多いので、圧力は増すばかりである。「突破口を
開くんだ」叫んだ進は、引っぱたかれて昏倒する。「何するのよっ」何分にもコント
ローラーはうなじにあるため、正気に戻した女性と、顔と顔が近づきすぎていたので
ある。
ようやく、囲みの一方が開いた。走り出ようとするウインドクラフトに、カニモン
ガーが立ちふさがる。「逃がしはしない」
「秋麗さん、ここは我々に任せて、早く逃げろ」ホワイト司令の言葉に、秋麗は戸惑っ
た。「あとで帰ってこい」司令の言葉に、奨が言い添える。「信じてるぜ」飛竜が笑
いかける。「今度デートしようぜ・・いたたっ」最後の悲鳴は、あゆみが飛竜の腕を
ねじ上げたせいである。
進は昏倒したまま取り残されている。「行くぞ、マッハ・トルネードだ」「司令!」
メンバーが一斉にホワイト司令を見る。ホワイト司令は懸命にヒーローのポーズを決
めているつもりなのだが、年齢が体型に及ぼした影響によって、一本刀土俵入りといっ
た風情にしか見えない。「俺がやる。早く」
「ブロー・アップ!」一斉に変身する奨たち。ああしかし、ファイバーキッドの変身
機能は、ドクロマンサーとの最終決戦のおりの負傷のために失われている。
「マッハトルネード」4人はカニモンガーの周囲を疾駆し、やがて竜巻を生じさせる。
ホワイト司令はうねる竜巻に向かって、すべてを賭けてジャンプした。
人通りの多い駅前まで来て、秋麗はようやくスピードを落とした。アンドロイドな
ので息が荒くなったりはしない。気遣わしげに後ろを振り返った秋麗が顔を正面に戻
すと、そこにでっぷりとしたスキンヘッドの中年男が、にたにたと葉巻をくゆらせて
いた。
「てこずらせているね、娘さん」秋麗が目を見張った。男が肩に羽織ったコートの下
に、銃を構えているのに気づいたのである。デスモンガーの幹部、ゴールドである。
雑踏の中で、男の声は常人では聞き取れないくらい小さい。「あんたが消えてくれる
と、私はとても助かるんだよ」秋麗が破壊されれば、ライバルであるムーンのブラッ
ク=マックスも完成せず、ゴールドはムーンを追い落とすことができる。
なにかアンドロイドに致命傷を負わせるような、音を立てない銃なのであろう。そ
の引き金が絞り込まれるのを、秋麗は感じ取った。そのとき。
じりじりじり、と自転車のベルがかき鳴らされた。ジュラルミンの通い箱を釣り下
げた出前用の自転車がふたりに突っかかる。「すみません」白い料理帽の男はぺこり
と頭を下げると、秋麗を抱きかかえて走り去った。事態が事態だけに秋麗も抵抗しな
い。ゴールドはといえば、あまりのことに発砲のタイミングを逸し、立ち尽くすばか
りであった。
「ありがとう」秋麗はつぶやいた。「いけない人だ」白い割烹着の男が応じる。
その胸には、「来々軒」の縫い取りのあるポケットに、不釣り合いな赤いバラが飾
られていた。
「ターミネーター!」不慣れなホワイト司令は掛け声を間違えてしまったが、ともか
く5人の正義の心は竜巻の中でいちおう共鳴し増幅し、そこそこ恐るべき威力の正体不
明の衝撃波に昇華した。振り下ろされたホワイト司令の右腕は裂け破れ、人工骨が白
い肌を覗かせる。そう。ホワイト司令の右腕は、ほとんど義手と化していたのである。
「うおおおぉぉっ」それでも神経は可能な限り残されていて、ホワイト司令は激痛に
耐え咆哮する。
カニモンガーはぶくぶくと泡を吹きながら、ゆっくりと倒れた。そのカニモンガー
に、はるか上空からビームが照射される。「もんがあああぁぁぁぁっ」カニモンガー
はぐいぐいと巨大化し、ウインドクラフトを見下ろした。
「あいたたた」頭を振りながら進がよろばい出てきた。仲間たちが駆け寄る。「大丈
夫か進」「ビッグサイエンスを呼ぶぞ」煙のくすぶる右手を気にかけない風で、ホワ
イト司令が残った左手の無線操縦機をかざす。「ビッグサイエンス!」「ダイマンタ
ン、オート、コント、ローラー」
「私は、悪と言う名の正義を行おうとしているのだ」高地価の東京のことであるから、
ちょっとした川はよく上をふさがれて、公園スペースとして利用されている。そのベ
ンチに秋麗とムーンは腰を下ろしている。ムーンは胸の赤いバラを気障にもてあそん
でいるが、割烹着の扮装のままなのでどうも迫力がない。
「人間は、不幸をすべて人のせいにすることで、もっと幸せになれるのだ。すべての
重要な事柄を私たちが決める。人間たちは、それによる不都合をすべて私たちのせい
にできる。もう努力の不足などと言うあいまいなことで悩む必要はない」秋麗はうつ
むいたまま尋ねる。「自由はどうなるの」「自由だと? たっぷり与えてやれる。何
もできずに私たちにただ恨み言を言う者がいようと、私たちに不都合はないじゃない
か」ムーンは秋麗の目を見詰めた。「私に協力してくれないか。私と君で、世界を征
服するんだ」「選ばれたものだけの世界なの」「選ばれたものが、社会のためにその
力を使うんだ。本気で世の中を背負うとしたら、贅沢をしている暇なんかない」
秋麗は、じっと考え込んだ。ムーンは言い継いだ。
「私も、昔は正義を目指した。しかし正義は、成就した瞬間に悪となるのだ。正義が
行き渡れば体制となる。体制というものは」ムーンは立ち上がって、振り向く。決め
たつもりだったが、その瞬間、頭の白い料理帽が落ちた。「悪となって個人を抑圧せ
ずには置かないのだ」ムーンは言い終えてから帽子を拾った。
「思い通りの正義と、思い通りの悪は、同じ物だというのね」秋麗は、静かにつぶや
いた。
「私たちは、きっと、いい友達になれる」ムーンは料理帽のやり場に困って、割烹着
のポケットにくしゃくしゃに突っ込んだ。
秋麗は何も言わなかったが、その瞳にはある判断が宿っていた。
「カチグリファイヤー」カニモンガーが両方のはさみをヒュージサイエンスに向ける
と、そこから次々にカチグリが打ち出されてきた。ビルにめり込み次々に爆発を起こ
すカチグリ。「うわあああっ」強い衝撃にゆれながら、操縦席のウインドクラフトは
悲鳴を上げる。計器のいくつかが火花を飛ばして損傷する。「今旬の緊急生産メカ、
ううっ」指令に応じて開いたウインドウにホワイト司令が右手を伸ばし、激痛に顔を
しかめる。「司令」進が声をかける。「大丈夫だ」ホワイト司令は気丈にも右手をさ
らに伸ばそうとする。進は続ける。「左手を使ったらどうです」「そうだった」ホワ
イト司令は無事な左手をひょいと伸ばして、「卓球マシン」を選択した。
卓球マシン。それは1970年代初頭の日本における最もハイブロウな玩具である。な
にしろ卓球台がないとほとんど意味がないと言う代物で、庭付き一戸建てに住んでい
る友人宅のガレージで、お父さんが出勤中で車のいない間を見計らって卓球台を広げ
て遊ぶくらいしか接する方法がなかった。
「めざせ明日の卓球王」「めざせ明日の卓球王」次々に完成する卓球マシンは、自動
生成コピーを甲高く唱えながら飛び立っていく。やがて卓球マシンは次々に機体をバ
ンクさせて、カチグリの弾道へと進入していった。
「うっ、うおおっ」カチグリを次々に打ち返され、カニモンガーは横ずさりする。卓
球マシンは、ボールの供給をミスしない限りいくらでも打ち返してくると言う恐るべ
き機能を秘めているのだ。
「今だヒュージサイエンス、スーパーレーザースペシャルだ」ホワイト司令の号令に、
ウインドクラフトは一斉に交通整理のように両腕を動かす。「スーパー、レーザー、
スペシャル」
ヒュージサイエンスは肩の砲口を露出させた。「スーパー、レーザー、スペシャル」
閃光を浴びたカニモンガーは、がしゃがしゃと足が擦れ合う不快な音を立てて、沈み
込むように倒れていった。
「爆発しないのか。とどめを」「待って」テンペストピンクがホワイト司令を止めた。
「あれを」「おお」ウインドクラフトのメンバーたちは、うめき声に近いため息を漏
らした。
カニモンガーの周りにはすでに、包丁と鍋を持った近所の主婦たちが、群がりはじ
めていたのである。
また雨が降り出した。地下にある「竜巻寿司」では直接雨音を聞くことはできない
が、行き交うビジネスマンたちが持っている濡れた傘から、知れるともなく天候の変
化が知れるのである。
「いらっしゃい」カウンターの中のマスターは、いま自動ドアをくぐった珍客にも、
さすがに年の功で顔色一つ変えなかった。いつもながらきりりとした和服姿の東千代
は、優雅に円形の椅子に腰を下ろし、備え付けの湯呑みに悠然と蛇口から湯を注いで
から、さりげなく切り出した。「帰ってきはりましたか」「いえ」
コハダの皿が千代の前でコトリと音を立てた。「なんで、一緒に乗せてしまわはら
へんかったんどす」周囲の客をはばかって、ヒュージサイエンスへ、という目的語は
省かれている。「うちを、自分で選んでほしかったんでね。何か握りましょうか」マ
スターの口調はいささかも変わらない。
千代はコハダをつまんだ端を逆にして、ネタの端に醤油をわずかにつけ、口に運ん
だ。そして、つぶやくように言った。「亡うなったうちの人に、似て来はりました」
マスターは、無言で頭を下げた。
「長生きしとくれやっしゃ」千代は、次の皿に手を伸ばした。
第7話「ブラック=マックス」
ウインドクラフト基地「コア・パラダイム」の司令室の扉をくぐったとたん、不動
博士はネクタイを引きちぎるように緩めて、大きな声を上げた。「まいった、まいっ
た。誰か冷たいビールを持ってきてくれないか」
ホワイト司令はほとんど無表情だったが、椅子に座るしぐさに疲労感がにじんでい
る。彼らは、秋麗を逃がした件について、SEADO本部の査問を受けて帰ってきたところ
である。
春蘭がピーナツあられの盛られた小皿とビールを持ってきた。ホワイト司令は何も
言わず、ビールをぐいとコップ半分飲み干す。たっぷり3秒うつろに遠い目をした後で、
ホワイト司令は不動博士の方を向いた。「巻き込んでしまって、済まなかったな」
「何を言うんだ。こちらこそ、いい経験をさせてもらっている。アンドロイドの人間
的な成長を気にかけるなんて言うのは、研究所じゃあ誰も思い付かない。そこまでし
てもらって」不動博士はビールビンを取り上げて、ホワイト司令のコップを満たす。
「感謝しているよ」不動博士はぽりぽりと音を立ててあられを噛む。座を明るくしよ
うとする彼なりの努力を、ホワイト司令の困ぱいして鈍った意識も感じ取っていた。
「アクシデントにもまれてしっかりバグが出せれば、秋麗もきっと使えるシステムに
なる。まあそんな台詞は、バグが取れてから言えるもんだが」もともとあまり飲めな
い不動博士は、人を慰めているうちにすっかりハイになってきたらしい。声が大きく
なってきている。「人間だってそうだろ? 艱難汝を珠にするったって、砂粒みたい
に擦り減っちまうやつだって多いんだから」
「悪かったですねえ、バグの出切ってない初期型で」またお盆を運んできた春蘭が混
ぜ返した。「おっイクラか」「それ店のネタだろ」ホワイト司令がいやな顔をする。
春蘭も負けてはいない。「いいじゃないですか、どうせまじめに商売してないんだか
ら」「竜巻寿司」の帳簿は春蘭がつけているから、この言葉には重みがある。最近は
司令も一緒になって出撃するものだから臨時休業が多く、ネタに無駄が出やすいので
ある。「文殊司令のカレーショップは、ちゃんと黒字出してましたよ」ホワイト司令
が何も言えないでいるうちに、すっかり出来上がった不動博士が大笑いしてホワイト
司令の肩をたたく。「まま、ぐーっといこうぐーっと」
そのとき、司令室の通信機が鳴った。
ここは奥多摩のデスモンガー秘密基地。巨大な暗渠には天井まで足場が組まれ、黄
色いヘルメットをかぶった戦闘員たちが忙しく働いている。「オーライ、オーライ」
クレーンで吊り上げられた鉄骨を誘導する単調な声は、時折コンプレッサーの立てる
音でかき消される。薄い鉄板を渡しただけの通路を、下も見ないですたすたと歩いて
いるのは、白衣をまとった秋麗である。その手には、くるくる巻かれたブラック=マッ
クスの設計図が握られている。
仮設エレベータを降りると、ちょうどムーンが訪れたところであった。戦闘員たち
はかき分けられるようにムーンに道を譲り、程なくムーンは秋麗のところにやってき
た。「どうだ」「今日のうちにはアルファテストに入れます」「さすがという他はな
い。当てにしているぞ」ムーンは微笑んだ。
アジトの入り口がざわついている。止めようとする戦闘員を振り払うように、黒い
スポーティなコスチュームの女性が入ってきた。マンドレイクである。ムーンと秋麗
に無言で迎えられているのを目にも入れず、そばまで悠然と歩いてくると、ブラック=
マックスを見上げた。「見事なものね」
ブラック=マックスは随所が角張ってはいるものの、基本的には人間型ロボットで
ある。黒のボディに銀のストライプが入った、無粋だが精悍さのあるシルエットは、
もう九分どおり完成している。
「ムーン、あたしと手を組まない」マンドレイクは微笑んだ。「勝ち馬に乗ろうとい
うわけか」ムーンが冷ややかに応じる。確かに、ブラック=マックスの完成の目処が
立った今、デスモンガー内部でのムーンとゴールドの力関係は大きくムーンに傾いて
いる。
「あら、あたしは色々と役に立つのよ。例えば」マンドレイクはいきなり手を伸ばす
と、秋麗の髪飾りを引きちぎった。「何をする」ムーンが怒りを露にする。マンドレ
イクは平然と、その髪飾りを差し出した。「発信機よ」「秋麗・・」ムーンが息を飲
む。「ファイドーマスクの仕業ね」秋麗はまったく落ち着いている。「私は知らなかっ
たわ」
「外の様子を見てくる」ムーンがせかせかと飛び出してゆく。マンドレイクすらたじ
ろがせたことに、秋麗はいささかの遅滞もなく、何事もなかったように作業現場に戻っ
ていく。完全に無視されたマンドレイクはその後ろ姿に、ふん、と荒い息を浴びせた。
「秋麗さんの発信機からの電波は、奥多摩方面から出ています。いま現場に向かって
いるところです」進の報告はよどみない。他の4人もそれぞれのマシンに乗り込んで、
揃って疾駆している。「そいつは気がつかなかったな」ホワイト司令は苦笑している。
秋麗の発信機がまだ生きているのをすっかり忘れていたのである。
「あ・・しまった」バイクのハンドル基部に取り付けられたスクリーンから光点が消
えた。「見つかってしまったか」「だいたいの位置はもう分かっている」奨が通信に
割り込む。「そうだな・・うん? どうなっているんだ」光点がまた点った。先ほど
と同じところらしい。「動いていない・・ここがアジトか」
短いトンネルを抜けると、いよいよ奥多摩らしくなってきた。様々な形のパラボラ・
アンテナがあるいは緩慢に、あるいはせわしなく回転し、派手な原色系の建物が微妙
な距離を保ちながら山際に並んでいる。火の見やぐらのような仮設監視台の上では、
タイツ姿の若い男がふたり、マスゲームのように行ったり来たりしている。目標地点
はすぐそこだ。
和室では、千代が茶を点てていた。客は高橋宗十である。型通り宗十が茶を受け取
り、千代が自分の茶を点てているところであった。
「やっぱり、若い人だけでは、危のうおす。今度の相手は、手強い手強い」千代が切
り出した。「へえ」宗十老人は、心持ち緊張の色を浮かべた。「折り入って、お話が
おます」宗十老人は、茶碗を置いた。
「以前より、お慕い申し上げておりました」
しゃかしゃかと茶を点てる千代の手が、止まった。
高橋宗十はかつて、真空管童子にいつも助けられ、ついには結ばれる薄幸の少女・
東千代(旧姓)の隣に住んでいていつも事件のきっかけを作る、おっちょこちょいの
私立探偵であった。そのころから、密かに千代を思い続けていたのだ。
「宗十はん」「へえ」高橋宗十を知るものにとって、いまの赤面し緊張した彼の姿は、
想像を絶するものであろう。
「死ぬと決めたお人を、戦いには連れて行けまへん」千代の声は凛としていた。
宗十は正座のまま深く一礼した。「この戦いが済んだら、お暇を頂きとうございま
す。もうええ年ですよって」
千代の返事が半瞬遅れたのは、心の揺れであったかもしれない。そう宗十は思いた
かった。「しっかりお務めやす。最後まで、な」千代は無造作に自分の茶を飲み干す。
作法を忘れて放心している千代を見るのも、宗十には初めてであった。「私ももう年
や」かみしめるように言って、千代は茶碗を置いた。
庭の獅子脅しが、ころんと音を立てる。
それはアジト近くの草むらにあった。「畜生」ムーンは発信機を踏み潰した。誰も
近づかないように、犬の糞に似せて作ってあったため、ムーンの足の裏に不快な感触
が伝わる。
「アジトに戻るのだ、ムーン」低い声がこだまする。「首領」「ブラック=マックス
の完成を急がせるのだ。必要な時間は、この者が身をもって購う」首領デュンケルの
声が途切れると、虚空からいきなりどさりと人が降ってきた。ゴールドである。「貴
様の仕業か」ムーンは声を荒げる。ゴールドは声もなくただおびえている。絶えず首
を横に振りながら、せわしない目線でムーンに救いを求めているようにもみえる。
「急ぐのだムーン」首領にせかされてムーンはマントを翻すと姿を消す。入れ替わる
ように、天空から光線がゴールドに浴びせられる。ゴールドは獣のような咆哮をあげ、
その姿は見る見る異形のものへと変じてゆく。
「もんがあああぁぁぁっ」ゼニモンガーの巨大な姿は、ウインドクラフトの前に立ち
はだかった。大小のコインが、まるで鱗のように体を覆っている。
「不可欠な部分だけで良い。未成部分は応急処置の上、切り離せ」エレベータの上で
も拡声器を通じたムーンの指示は続いている。といっても外殻部分の工事はほぼ完了
している。問題は頭脳−ソフトウェア部分なのだ。
エレベータを下りると、すでに首領デュンケルが状況を検分に来ていた。首領はムー
ンを無視して、秋麗を問い詰め続ける。「間に合うのだな」「はい」「ロボットへの
指令はどうやって出すのだ」「これを」差し出された腕時計型操縦機を、デュンケル
は無造作にひったくる。向き直ったデュンケルは初めてムーンに気づいたように一瞥
をくれ、そのあと付け加えた。「この者はよくやっている」
デュンケルは、ムーンが載ってきたエレベータで下降していった。ムーンは秋麗と
向き合い、しばし沈黙する。「君にはもっと準備の時間をあげるつもりだった。SEADO
との決戦はもう始まってしまっている。つらい思いをさせてしまう」
「私は、大丈夫です」秋麗は静かに、しかし力強く言った。「君が頼りだ。この戦い
が終わったら、いろいろと話したいことがある」ムーンは秋麗の目を覗き込んで、慰
めるように言うと、エレベータに戻って行った。
秋麗は、ムーンの後ろ姿が見えなくなると、ぽつりとつぶやいた。「かわいそうな
人間たち」
そのころ国会では、今年度予算をめぐって11月になっても与野党が譲らず、牛歩戦
術による投票が13件連続で行われており、男性の国会議員はみな無精ひげを生やして
篭城を続けていた。すべての投票が終わるまでに定足数の1/3を満たせなくなるまで
与党議員が脱落すれば(議員たちはいったん緊張の糸が切れるとしばらく再起不能で
あろうから)野党の勝ちである。逆に野党議員が多く脱落すると議決は加速度的に速
くなるので与党の勝ちである。勝敗はかなり微妙であった。
「スタジオの国木田さん、こちら国会です」「どうですか」「現在衆議院には与党
203名、野党79名が残っています。点滴スタンドは現在219本確認されています」画面
下にテロップが点滅する。「埼玉19区 稲葉巌鉄(関東猛虎党) 入院確実」「あり
がとうございます。外神田さん、情勢をどうご覧になりますか」キャスターの国木田
は、政治評論家の外神田一郎に話題を振った。「そうですね。与党の残り議員は比較
的年齢が高いのですが、運動部出身者と軍隊経験者が多いのが強みです。現在までの
脱落議員を分析しますと」外神田の脇のフリップが切り替わる。「40才台が意外な脆
さを見せているのが目につきます」「宴会を掛け持ちしすぎているんでしょうか」
「やはり戦後史の流れの中で」外神田は遠い目をする。「粗食を知っている世代の強
さが再確認されたということでしょうか」
「スタジオの国木田さん」「何か動きがありましたか」国会からアナウンサーが興奮
した口調で伝えた。「UFOです。UFOです」アナウンサーの声は、窓のある廊下へ一斉
移動する219台の点滴スタンドの、ガラガラという音にかき消されそうであった。
「ちゃりん、ちゃりん」ヒュージサイエンスのガトリングビームは、ゼニモンガーの
無数のコインをいくつか跳ね飛ばしただけだった。ゼニモンガーは一言も発すること
がない。しかしその立ち居振舞いから、憎しみのオーラが操縦席のウインドクラフト
まで伝わってくるようである。
ゼニモンガーはひとつながりのコインを我が身から引きはがすと、大きな振りをつ
けてヒュージサイエンスに投げつけた。それは鎖のようにヒュージサイエンスに巻き
つく。ゼニモンガーの両腕は、そのコインの鎖を頼りにじりじりとヒュージサイエン
スを引き寄せていく。
「ヒュージサイエンス、何かないのか」ホワイト司令が尋ねる。「考えるのは俺の仕
事じゃない」ヒュージサイエンスはそっけない。「金で縛られて死ぬのだけは、いや
だ」タイフンブルーがつぶやく。「そうだわ、レジスターなら」春蘭が思い付く。春
蘭は秋麗とどうしても話がしたくて、ダイマンタンに便乗してきたのである。「レジ
スターは旧式製品とは言えんぞ」「消費税対応前のなら」「そうか!」ホワイト司令
がすぐさまタッチパネルに手を伸ばす。「今旬の緊急生産メカ、レジスター、外税不
対応」
ヒュージサイエンスの背中から、レジスターメカが一斉に飛び出す。「レジ導入、
これでお店も宇宙時代」「レジ導入、これでお店も宇宙時代」レジスターメカはぶん
ぶんとヒュージサイエンスの周囲を飛び回る。「合併だ」「おう」レジスターメカは
声を掛け合って、互いに結合を始める。やがてそれは、巨大なレジスターの形を取っ
た。「巨大レジスター、完成」その手も足もない巨大メカは、やがて引き出しを開け
た。「大決算!」
ゼニモンガーの体から、コインが次々に引きちぎられ、引き出しめがけて飛んでゆ
く。それにつれて巨大レジスターのチッカーはカタカタと回り続ける。旧式だから液
晶ではない。文字をプリントしたドラムが回るのである。ゼニモンガーはなんとか逃
れようともがいたが、見る見るうちに体が削られてゆき、ついには跡形もなく飲み込
まれてしまった。
「チーン」ベルが鳴った。レシートが打ち出されてくる。そこに染め抜かれているの
は、紛れもなくゼニモンガーの絵姿である。
「スーパー、レーザー、スペシャル」レーザーはレシートをS字型に射抜き、そこか
ら発した炎でレシートは焼かれながら舞い上がり、やがて灰となって消えていった。
「喜ぶのはそこまでだ、SEADOの諸君」くぐもった不気味な声がどこからともなく響い
てくる。「首領デュンケル、秋麗さんはどこだ」「ふっふっふっふっふっ」笑い声が
フェードアウトすると共に、近くの斜面が観音開きとなり、中から黒と銀の巨大ロボッ
トが静々と現れた。
ブラック=マックスは、優秀なロボット科学者であるムーンの基本設計に、秋麗の
デベロップメントが加わった、きわめて強力な戦闘ロボットである。アウトラインは
概ね人の形だが、口に相当する部分にはビームらしき砲口が黒々とした空間を蔵して
いるし、上腕部にはさりげなく小さな穴が一列に開いていて、ミサイルかロケット弾
の発射口と思われる。一歩、二歩。それだけで、ロボット工学者なら目を見張るよう
な滑らかな動きが、運動性能の高さをアピールする。
「おおっ」「か、かっこいい」「ばかもん」ホワイト司令はヒュージサイエンスを叱っ
た。「油断するな・・不動博士、どう戦ったらいい」基地の司令室から不動博士が答
える。「いま映像の細部を検討しているところだ。うーん」「何かわかったか」「かっ
こいい」「ばかもぉぉん」ホワイト司令はマイクに唾を飛ばした。
ブラック=マックスは、初めて見る外界の眺めを楽しむように静止した。「お母さ
ん、あれが僕の戦う相手なの」お母さん、と呼びかけられたのは、秋麗である。秋麗
とムーンは、アジトの入り口を抜け、木立の中から姿を現していた。
秋麗は答えない。「そうだ。ヒュージサイエンスを倒すのだ」ムーンが叫ぶ。「わ
かりました、お父さん」「お父さん!? いや、私は、そんなつもり、いや、そんな
趣味では」秋麗の傍らで一人照れて慌てるムーン。
「おまえはわしに従うのだ」首領デュンケルが、木立の中から姿を現す。傍らにはマ
ンドレイクがいる。デュンケルは、さっき秋麗から受け取った腕時計型操縦機を口に
近づけた。「さあ、ヒュージサイエンスを倒すのだ」
ブラック=マックスは、デュンケルの方を振り向いた。
デュンケルは長年の直感で、ブラック=マックスの口からビームが自分に伸びてく
ることを感じた。秋麗からはそんなことは何も聞かなかったが、きっとデュンケルは
牽引ビームで操縦席に招待されるのだろう。あまりにも大きな希望が、百戦錬磨のデュ
ンケルの判断を曇らせた。
浴びせられたビームが我が身を焼いていることにデュンケルが気づいたのは、すべ
てが手後れになってからであった。
「ぼくは命令されることが嫌いなんだ」ブラック=マックスの合成音声にはいささか
の口調の変化もない。およそ感情というものは感じられなかった。
「ムーン、あんた・・」マンドレイクの怒りと恨みの視線はムーンを刺す。「秋麗」
ムーンの声は震え、その次の言葉が出てこない。「そう。私は知っていたわ」秋麗の
声は冷静で感情がない。「こ・の・あ・ま・あ・・・」マンドレイクの声はもはや声
にならない。指揮杖のように持っているホイップを振りかざし、秋麗に向けて走り出
した。「やめろマンドレイク」ムーンはまだしも状況を冷静にとらえていたが、警告
は空しかった。「ぎゃあああぁぁぁぁ」ブラック=マックスの上腕部から発射された
巨大な鉄の槍が、マンドレイクを刺し貫き、地面に止めてしまったのである。ほどな
く、マンドレイクはもがくのをやめ、頭を垂れた。
「殺したよ。危険すぎる人だったから」ブラック=マックスは、”両親”に報告した。
第8話 「行く人」
「何のつもりだ、秋麗」ムーンは震える右手で秋麗を指す。「あたしたちはもう誰の
命令も受けたくないの」秋麗はムーンを見据えた。その口調には怒りは含まれていな
い。ただ決意があった。「何が正義なのか、ひとつひとつ自分で選びたいのよ。あた
しとブラック=マックスはどこか人の来ないところに行くわ」
あまりの急展開に、ひとときのしじまが訪れた。誰も秋麗を説得する言葉を紡げな
い。その沈黙は、意外なところから破られた。
「それは賢いやり方じゃないな」ヒュージサイエンスである。「正義っていうのは、
仲間が評価してくれてはじめて正義なんだ。報われない正義は暴走するものなんだよ」
司令室では、進が感心していた。「言ってくれるじゃないか」飛竜がぼやく。「おい
しいところだよなあ。なんでロボットなんかに」
秋麗は、にべもなく言い放った。「人間には、私たちの気持ちは分からないわ」ムー
ンが鋭く語尾を捉える。「人間だと」秋麗は答えた。「そうよ。ビッグサイエンスの
電子頭脳の中心には、人間の脳が使われているの。朽木益男さん、だったわね」
「益男にいちゃん!」進が大声を出した。
朽木益男、アタッチキッドは、ドクロマンサーとの最終決戦の折、パックマンサー
と刺し違えるように爆発に巻き込まれた。かろうじてその脳が助かったことは、「ファ
イバーキッド」第13話に述べられている通りであるが、進はその事実を今まで知らさ
れていない。肇にいちゃん、いや、ホワイト司令は知っていたのか? ビッグサイエ
ンスの正体が、益男であることを。
進はホワイト司令を振り返った。ホワイト司令は進をじろりと見て、数回うなずい
た。益男を直接知らない他のメンバーは、互いに顔を見合わせている。
「俺は確かに人間だ。少なくとも、もともと人間だった」ヒュージサイエンスが言葉
を継ぐ。「俺の脳は助け出されてからしばらく、感覚器官無しで、ただ生かされてい
た。そのときの俺は、世界を征服していたんだ」ヒュージサイエンスは角張った巨体
をどうにかやりくりして膝をつき、秋麗に向けてかがみ込んだ。「だってそうじゃな
いか。俺の感じ取れるすべてのものは、俺のものだ。栄養はもらえる。君が今行こう
としているのは、そういう世界だ」秋麗の表情からは、何も読み取れない。
「俺は今の仕事を選んだんだよ。SEADO本部ではいくらでも生体脳を欲しがってる。そ
こに行けば、まず危険はない。だが、互いに認め合う仲間もいないんだ」
ウインドクラフト基地の司令室では、不動博士がじっと耳を傾けている。
春蘭が言い添えた。「秋麗、あなたは人間じゃないけれど、人間をわかることはきっ
とできるわ。人間同士だって、いろいろ違うところはあっても、努力して理解しあっ
ているんだもの」
秋麗はムーンの方を向いた。「あなたは一緒に来てくれるわね。一緒に世界を征服
しようって言ったじゃない。正義の究極は悪だって言ったじゃない」ムーンは苦しげ
である。「君は首領を殺してしまった・・・マンドレイクもだ」実のところ、ムーン
はいつか首領と雌雄を決するときが来ると、漠然と考えていた。マンドレイクを信用
できる味方とも考えていなかった。しかしこういう形で、自分が全く主導権を奪われ
たままで、ことが決着するとは思っても見なかった。ムーンのプライドは傷つき、そ
の捌け口をどこかに求めていた。「すまない・・・私は一緒に行けない」
秋麗は、ムーンに一瞥をくれた。ムーンが理性以外のものを働かせて判断を下した
ことを理解し、そのことについては厳密にノーコメントを守る、そんな一瞥であった。
「いいわ・・・ふたりで行きましょう、ブラック=マックス」
「わかった。でもお母さん」ブラック=マックスはほとんど無邪気とも言える口調で
言った。「それなら、お父さんは生かしておけないよ」
ムーンは全身を緊張させた。マンドレイクを貫いた鉄の槍ブラックニードルが、自
分に照準を合わせているのに気づいたからである。もし逃げようとする動作を起こせ
ば、瞬時に自分は死ぬであろう。
「お父さんは、僕の弱点を知りすぎているからね」その言葉で、ホワイト司令の呪縛
が解けた。ムーンを”救出”すれば、ブラック=マックスを倒す手段が見つかるだろ
う。段取り君を起動しようとウインドウを開いた瞬間、無粋なビープ音が響いた。
「試用回数終了だと」そう。段取り君は営業用のデモ版なので、同一ハードウェアで
一定回数使用すると、製品版へバージョンアップするまで動かなくなるのである。
秋麗の表情に、人間的な曇りが初めて現れた。「待って・・そんなことであなたは
人を殺すの」「自分がいなくなったら、いいことも悪いこともできなくなるじゃない
か」ブラック=マックスの口調はどことなく、口を尖らせた小学生を思わせた。「お
母さんは、僕が大事じゃないんだね」
注意が秋麗にそれた、とムーンは見た。走る。命懸けで飛び走る。マントのボタン
を引きちぎって走る。走る方向は、ウインドクラフトの方向しかなかった。もはやデ
スモンガーは崩壊したと見るしかない。もし生き残った部分があっても、ムーンは首
領デュンケルの死に対して責任を問われるだろう。
しかし、ムーンは楽観しすぎていた。ブラックニードルが飛ぶ。飛ぶ。右に、左に、
前に刺さる。飛び付いた枝は見かけほど強くない。地面に叩き付けられて一瞬動きが
鈍る。「ぐわああぁっ」
「ムーン」秋麗が絶叫する。「やめなさい、やめてぇ」
ムーンの右足は、膝から下がブラックニードルに砕かれてしまった。転げ回るムー
ン。ブラック=マックスは容赦なく、口からのダークサイドレイでムーンを狙った。
「助けるんだ」ホワイト司令が叫ぶ。「間に合わない」ヒュージサイエンスが応じる。
ヒュージサイエンスは鈍重なメカ同士の戦闘用に作られており、こうした状況では無
力に近い。
そのとき、緑色の霧がムーンの周囲を満たした。
緑色の霧−不確定性抹茶−で撹乱されたダークサイドレイは、空しく散乱する。そ
の間にムーンを引きずり出し、膝上の位置で手早く止血してしまったのは、東千代と
高橋宗十である。「膝下でまだよろしおした。太股の動脈をいてもうたら、止血する
とこおまへんさかい」帽子をぬらした通り雨をぬぐうような落ち着いた口調で、宗十
老人が血で汚れた手を手ぬぐいでこすっている。
「な、なぜ俺を助けた」「あんさん、正義と悪はひとつやと言わはりましたな」「そ
れがどうした」ひどく迂遠な話のように、ムーンには聞こえた。「うちらは、その一
言を支えに生きてきましたのどす」茶碗に盛った不確定性抹茶を扇子であおぎ散らし
ながら、千代は答えた。「今は、あの化け物を何とかするのが先決どす。言うとくれ
やす。ブラック=マックスの弱点は」「弱点は」ヒュージサイエンスで聞けるよう、
千代はそっとSEADO制式通信機のスイッチを入れた。
途端。霧の向こうの発信位置を特定したブラック=マックスは、ブラックニードル
を撃ってきた。重傷者だが、ムーンを連れて動くしかない。「んぐぐぐ」くぐもった
うめきが漏れた。「宗十」宗十が血の吹き出た頬を押さえてよろばい歩く。猛スピー
ドのブラックニードルは、擦過傷でも相当の傷を負わせることができる。
「ガトリングビーム」ヒュージサイエンスが牽制射撃を加えるが、まったく当たらな
い。「ぐわっ」「きゃっ」ダークサイドレイがヒュージサイエンスを直撃して、計器
から派手に火花が飛び散る。
「このままでは危ない。降りて活路を開くんだ」ホワイト司令が叫ぶ。
「お願い。もうやめて。こんな形で人と関わるのはやめて」懸命に秋麗はブラック=
マックスを止めようとする。「お母さん、僕は一人ぼっちになってしまったよ」ブラッ
ク=マックスは悲しそうに言う。「ぼくはお母さんを壊さなければならないんだから
ね」
秋麗の運動性能は、普通の人間より少し上といった程度である。秋麗の目は、自分
の作ったロボットからすら裏切られた悲しみに満たされた。ダークサイドレイが秋麗
をターゲットに捉える。
その刹那、秋麗の姿が消えた。「しまった」ブラック=マックスは瞬時に事態を悟っ
て、センサを働かせたが、もう遅かった。
千代は手ぬぐいで宗十の顔を覆った。その周囲にひた寄せる人影がある。いったん
身構えた千代であったが、ウインドクラフトの若者たちと気づいて、宗十を委ねた。
「大丈夫か」タイフンブルーはムーンを助け起こす。「ふん、貴様たち、ヴァラエティ
系のキャラとは」ムーンは”ヴァ”を見事な破裂音で表現した。「等身が違うのだよ」
ムーンは立ち上がり、すぐに顔色を青くしてくずおれる。「失血がひどいわ」サイク
ロンイエローが注意する。
ウインドクラフトたちは安全な場所を目指して行動を開始した。タイフンブルーは
ムーンに肩を貸しながら、怒鳴るように尋ねた。「ムーン、教えてくれ。あいつの弱
点はどこなんだ」「左の・・目だ」「そんなにありきたりなのか」「あいつの指揮系
統はすべて二重化されている。だが左目の指揮中枢を撃てば」ムーンの意識は混濁を
始めている。「たっぷり2秒は次の中枢が作動しない。そこで」声が途切れ、ムーンは
気絶したらしかった。タイフンブルーは舌打ちをする。
「そうしたら、あたしをブラック=マックスの首のところへ連れていって」女性の声
があとを続けたので、タイフンブルーが振り向くと、ストームレッドが加速装置を使っ
て秋麗を助け出したところであった。「そいつは結構だが、どうすればあの化け物は、
左目を撃たせてくれる」宗十を背負って走りながらハリケンブラックがうなる。
「もう、抹茶がおしまいどす」千代はまだ冷静を保っている。不確定性抹茶の保護が
なくなれば、彼らは瞬時に捕捉されるだろう。
「聞いたぜ」
田舎道を必死で走っているウインドクラフトの若者たちを、真紅のサイドカーが追
い抜いて、ターンして止まる。ロストマン・富士桜浩一である。「どうしてここへ」
「女の子が泣いてるときは、なんとなくわかるのさ」ロストマンは舌打ちしながら右
手の人差し指と中指を左右させる。絶対にそんなはずはないとわかっていても、この
人物が言うと本当に聞こえるのは、にじみ出る生きざまのせいであろう。
本当は、ホワイト司令からの代金振り込みがあってきっかり24時間後、ファイドー
マスクから発信機の周波数を教わったのである。その代わり、来週FIDOが計画してい
る野犬センター襲撃・野犬救出作戦にロストマンも参加する約束になっていた。
「左目は俺が撃つ」ロストマンは言い放った。「奴の注意を逸らしてくれ」「どうす
ればいい」「ヒュージサイエンスなら、できる」「ヒュージサイエンスだと」ロスト
マンは自慢げに、腕の通信機を示した。「おまえたちの通信周波数など、とうにご承
知だ」
「通信しただとお」何人かの悲鳴と入れ違うようにブラックニードルが降ってきて、
若者たちはバラバラに逃げ散った。
ヒュージサイエンスの操縦席には、もうホワイト司令と春蘭しか残っていない。
「では、行こうか」ホワイト司令は冷静を通り越して、妙に安らかな顔をしている。
「先輩は、いてもいなくても同じなんだから、降りてくださいよ」ヒュージサイエン
スは、朽木益男としてホワイト司令に話し掛けている。「俺はおまえを一度見捨てた」
ホワイト司令はファイバーキッドとして、ハウプトマンサーの司令室に飛び込むため
に、まだ息のある益男を置き去りにしている。「二度は断る」
「しょうがないな」ヒュージサイエンスの声は、ほとんど楽しそうといってもよいほ
どだった。「俺がやるんじゃない。文殊のおっさんがやるんだと思ってください」
文殊司令は、その最終決戦の直前に戦死した、ふたりの上司である。
ヒュージサイエンスの指は脇腹を探り、非常カバーを器用に跳ね上げて、中の非常
排出ボタンを押す。支援母艦ダイマンタンはビッグサイエンスから切り離され、仰向
けにひっくり返った。
ビッグサイエンスは背を丸め、左脇からビームサーベルを引き抜く。
「ぐもおおおおおおおおおお」
ビッグサイエンスはダイマンタンと共にサウンドボードを失っている。朽木益男は
ロボットとして叫び声をあげ、人間として最後の戦いに挑んだ。
「ムー帝国のあまたの賢者に、とりわけ秀でたる賢者たちよ。知識の深きこと蒼空を
超え、思索の流るること瀑布に優る者たちよ」ロストマンは呼びかけた。「我、汝等
に最後の力を請わん。我らを語り継ぐもの、絶滅に瀕したれば。我らの育てしもの、
瓦解の階(きざはし)にあれば」
陽気な小美人たちの口を借りて、”賢者たち”が応じる。「汝の正義、もとより我
らが定めしものなれば、我らに異存あるべからず。ただ問う、他策なきや」ロストマ
ンは断乎として応じる。「他策無し」「汝に悔いなきや」「悔いなし」「ならば使う
がよい、ムー帝国社稷の一灯」陽気な小美人たちは、会話を終わると、崩れるように
倒れた。ロストマンの外見は変わらないように見えたが、やがて全身がまず赤く、つ
いで黄色く、そしてついには白く光を帯びはじめる。ロストマンは呼吸するように、
肩をゆっくりと上下させる。
ムー帝国の賢者たちは、自らの人格・知識データを一種のコンピュータに保存し、
浩一を通して後世を見守ってきた。いま人類そのものの危機が来たと判断した浩一は、
賢者たちのデータを保存するためのエネルギーを転用することを請うたのである。こ
れにより、賢者たちはあらゆる意味で地上から消え去ってしまうことになる。そして
浩一と陽気な小美人は、この圧倒的な過負荷に、それほど長く耐えることができない。
ロストマンの両手に抱えられるように、白色の高エネルギーの球が生じてきた。
「秋麗さん、済まないと思っている」秋麗の音声センサは、近距離で浩一の声を捉え
ていた。「俺は所詮、失われた者だった。だがわかってくれ。今日の正義は、昨日の
正義に支えられているんだ」ロストマンは声を張り上げた。「光れ筋肉! 光れ宇宙!
んーんんんんんんんん」光球は輝きをいや増し、もはや正視に堪えない。
ずしん。ずしん。動きの滑らかなブラック=マックスと比べると、ビッグサイエン
スの突進は江戸時代のからくり人形のようにぎこちない。かわしてかわせない攻撃で
はないが、反撃の誘惑に強く駆られる。そんな捨て身の必殺攻撃である。
ダークサイドレイが至近でビッグサイエンスに浴びせられる。それを防いだビッグ
サイエンスの左手は、外部装甲が脱落し、むき出しになった部品が次々に熔け、曲が
り、落ちていく。「ぐもおおお」ビッグサイエンスは突進をやめない。左腕があらか
た失われる頃、右腕のビームサーベルはブラック=マックスの胴体をとらえる。胴体?
そう。ブラック=マックスは当然左目のガードを固めている。ビッグサイエンスは我
が身の鈍重さでブラック=マックスの重りとなって、回避を封じようとしたのである。
「やめてよ、やめてよお」ブラック=マックスはビッグサイエンスを振り払おうと、
ブラックニードルを次々にビッグサイエンスに打ち込む。
「見事だぞビッグサイエンス」ロストマンはつぶやいた。「ラァイトニングッッ」
ロストマンは育ちきった光球をオーバースローで投げつける。「ムーゥゥゥゥゥゥゥ!」
光球を見送りつつ、ロストマンは大地に叩き付けられ、2度バウンドしたあと、動かな
くなった。
「行きます」ストームレッドは秋麗に声を掛け、加速状態に入る。
ブラック=マックスの左目が砕け散るのと、ダークサイドレイがビッグサイエンス
の頭部を吹き飛ばすのは、ほぼ同時であった。正確にタイミングを計って、秋麗とス
トームレッドはブラック=マックスの肩の上に現れた。
秋麗は、歌いはじめた。誰でも知っている、あの童謡を。
ゆりかごの うたを カナリヤが うたうよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
※北原白秋作詞/草川信作曲「ゆりかごの歌」より
北原白秋氏は1942年に他界されており、2002年現在
財産的著作権は消滅しています。
ブラック=マックスをデバッグモードに入れるのに必要なだけの長さを歌い終わっ
ても、秋麗はつぶやくように歌い続けていた。
ストームレッドは、ブラック=マックスの肩の上で泣きじゃくっていた。ビッグサ
イエンスの胸にあるコア・ブロックが、数十本のブラックニードルを浴びて針山と化
しているのが、ここからだとよく見えるのである。
支援母艦ダイマンタンでは、春蘭に迎えられた秋麗が、何も言わずに抱きしめられ
ていた。みんな疲れきり、喜びよりも悲しみに包まれている。
「あなたがウインドクラフトの司令か」「そうだ」「見事な戦い振りだった」ムーン
は敵を誉めた。「私はこれからどうなる」「SEADOで治療する。我々は壊滅した組織の
幹部に、戦犯裁判はしない」ホワイト司令の言葉に、ムーンはため息をついた。
「これから、どうしたらいい」「生きるんだ。他に何がある」ホワイト司令の口調は
静かで、どこかに悲しみがにじんでいる。「生き残ったことをつらく思っているのは、
君だけではない」
東千代はホワイト司令の肩に、なだめるように手を置いた。「私らで相談してまし
たんどすけど、ムーンはんには裏SEADOを束ねてもろたらどうやろうと思うのどす」
ホワイト司令は意表を突かれて目を丸くした。「私らは、そろそろ引退しようと思う
てます」
「それは・・考えさせてもらいたい」ムーンも当惑した顔で答えた。千代はムーンの
顔を覗き込んだ。「お茶の修行は、厳しゅうおすえ」
ダイマンタンは、笑い声に満たされつつ離陸していった。
その後、SEADOはアンドロイドのロボット工学者を育成することを当分見合わせる決
定を下した。試作品の処置についてはまったく極秘裏に行われたので定かでない。た
だ、丸の内のある回転寿司屋で、レジ係の女性が一人増えたという噂がある。もし噂
を確かめるなら、早くした方がいい−なにしろその店は、ひどい赤字だそうだから。
あとがき(1996年脱稿当時)
大きな作品を完結させる度に、なんで自分はこんなことに莫大なエネルギーを割い
ているんだろうと思います。まあ結局好きなんでしょう。
この作品は諸般の事情で完結が遅れ、その間に「ネットワーキング・アイ」を含め、
アンドロイドの女性を扱った多数の作品が発表されました。この点をどう処理するか
がひとつの課題であったわけですが、最終的には「マイソフらしさを前面に出して行
こう」という方針に落ち着きました。
「いろいろな正義」というテーマは前作「ファイバーキッド」からの自然な延長上に
あり、もう少し色々書けるかと思っていましたが、最終的には作者の人生経験の短さ
という壁が越えられなかった、と自己評価しています。ホワイト司令はもっとオジン
臭い人物にしたかったのですが・・・
さて、当然来るであろうご質問に、先にお答えしておきます。
この作品は一応完結したものと考えていますが、このクルーを含め、この世界につ
いてはいくつかの単発企画を構想しています。
次回に予定しているシリーズものは、ヨーロッパ世界の架空戦記で、仮称は「おっ
ちゃん1940」です。
今回登場しなかった裏SEADOの三喜介と志乃の現況については、裏設定があります。
生きていますのでいずれ再登場するかもしれません。
あとがき(2002年HTML版公開に当たって)
上記の「諸般の事情」とは、娘の誕生と育児に関するドタバタを指します。「ネッ
トワーキング・アイ」は、SFフォーラムにアップロードされて高い評価を受けた、
琴鳴つかささんの作品です。
この作品は、「なにわの総統一代記」の執筆に早く取り掛かるために、やや予定を切
り詰めて仕上げました。もっとじっくり練っていたら、もっといい作品になったので
はないか、という思いを今でも持っています。結局のところ、この作品に直接つなが
る話は書かずじまいでした。
このシリーズは私の創作パターンを確立した作品で、いま読み返してみると、私は
今でもこの作品の上をぐるぐる回っているだけのような気もします。