第8話 「父帰る」
初めての方への解説
ファイバーキッド・難波肇は改造人間である。彼を改造したSEADOは東南アジアの
正義と平和を守る秘密結社である。ファイバーキッドは文殊司令や少年倶楽部のスス
ム君、SEADO主席科学顧問の観音博士、往年のヒーロー真空管童子、後輩のアタッチ
キッド・朽木益男、そして美貌の通信係アンドロイド春蘭の力を借りて、悪の組織
ドクロマンサーに敢然と戦いを挑むのだ。
鍵束は社会的責任のバロメータ、と言われることがある。その尺度で行くと、観
音博士はほとんど社会的に重要な人物とは言えなかった。鍵束についている鍵はたっ
たのふたつ。ひとつは研究室の鍵。そしてもうひとつを、観音博士は3ヶ月ぶりに
使うところだった。
「ただいま」「お帰りなさい」「お帰りなさあい」
静かで暖かい妻の声と、子供達の黄色い声が出迎える。上が小学6年の女の子、下が
小学2年の男の子である。
「ねえお父さん、今度の日曜、サッカーの試合見に来られない?」
「少年団の試合があるんですって。初めて最初から出してもらえるのよね」
息子のほうを見て母親が言い添えるが、観音博士はひとつしかない、何度となく何
度となく繰り返した返答を告げる。
「ごめんね。お父さんは、仕事があるんだよ」
息子はいつものように、泣き顔を作る。母親より前に、姉が制止する。
「ケンイチ!」
観音博士はぼんやりと考える。不在を悲しむ弟、不在をあきらめる姉。親としては
どちらを悲しめば良いのだろう。
無言でお茶を運んでくる妻。完全に平穏な家庭の情景である。
「ありがとう」
次の会話が途切れてしまう。任務の話をすることは許されない。妻は了解してくれ
ていても、大人の態度は、大人の会話の代わりにはならない。
「また、瓶が増えているね」
観音博士の目は、化粧台の香水瓶のあたりをさまよっている。
「お友達がパリへいってらしたの」
観音博士は、友達の名前を尋ねるのをやめた。聞いても、顔も知らない人物に違い
ない。正義の味方の報酬は少なくはないが、それを家族と一緒に使う時間を、正義は
与えてはくれないのだ。
「次は、いつお帰りになるの?」
沈黙にたまりかねたように、妻が口を開く。観音博士は無言で味も分からない茶を
すする。
3ヶ月ぶりに帰宅して、夫婦のたったひとつの話題が、次の帰宅予定とは。
さて、次の日曜である。初秋の空は青く高く、西練馬スパイダース対北池袋ワイル
ドワンズのサッカー試合はいまにも始まろうとしている。
「あれ、テレビ局かな」
仲間が騒ぐのでケンイチ君も客席のほうを向いた。見覚えのある人物が、大きなテ
レビカメラとしか思えないものを構えている。たしかあれは、お父さんを迎えに来た
人だ。とことこ駆けてゆくと、その人物もケンイチ君を覚えているらしかった。
「ケンイチ君だね。お父さんから頼まれたんだ」
「お父さんって、テレビ局の人だったの?」
「そうじゃないけど、試合をテープに取って、お父さんが見るんだ。がんばるんだ
ぞ」
この当時、個人用の録画装置と言えば8ミリカメラが限界である。録音用のマイク
まで突き出した本格的なビデオカメラを個人の用に供するというのは、一般人には想
像を絶することである。この父親は何者だろう。客席のあちらこちらでひそひそ話が
始まる。やはり客席に来ている母親は、照れ笑いとも当惑ともただの礼儀ともとれる
複雑な笑顔をつくる。
しかしケンイチ君はそんなことなど構わず、嬉しそうに仲間の所へ駆けてゆく。そ
れを肇の構えるカメラが早くも追い始める。
試合は、まあ小学2年生のサッカーのことだから大味で、8対6でケンイチ君の西練
馬スパイダースが勝った。ケンイチ君は生まれて初めて試合でシュートを放つ幸運に
恵まれたが、見事にはずした。しかしケンイチ君は満足げに、帰ろうとする肇にまと
わりついた。
「お父さんって、どんなお仕事してるの? ねえ。ねえ」
子供と近所には、観音博士はインドネシアの合弁石油プラントで技術者として働い
ていると説明している。しかしいくら子供でも、石油を掘る会社がテレビ局並の機材
を調達できそうにないことを感づいてもおかしくあるまい。というより理屈はどうあ
れ、家族に隠しごとをしてまで秘密を守るSEADOのやりかたが、若い肇には気に入ら
なかった。
「誰にもいっちゃ、いけないよ」「うん」
「お父さんにも、お母さんにも、いっちゃいけないよ」「うん」
肇は油断なく、母親の注意が近所のおばさんに引きつけられていることを確認し
て、声をひそめた。
「お父さんは、世界を守るお仕事をしてるんだ。秘密だよ」
「ウルトラマンみたいな?」
肇はにっこりうなづくと、胸のつかえを下ろした表情でそそくさと車に乗り込ん
だ。肇はそれっきり、この事件のことをすっかり忘れてしまった。
「ああ、私だ。急だけどね。今週の週末にまた帰れそうだよ。ああケンイチに、
シュートがはずれて残念だったといっといてくれ」
観音博士は家への電話を、それでもいつもの習慣で短く切り上げた。このところア
ンドロイドとか飛行機とか滑走路付き秘密基地とか、値の張るものばかりつくったも
ので、SEADOの科学者は全般に予算不足になっている。そこで余分の休暇をとろうと
思いついた科学者が、観音博士を含めて幾人かいたのであった。
博士が電話を置くのと、デスクの上の赤いランプが灯るのはほとんど同時であっ
た。
「ポークカレーセット480円、500円お預かり20円のお返し、はいカツカレーとホット
コーヒー520円、1000円お預かり450円のお返し、あ間違った480円ですねどうもすみ
ません。どうもありがとうございましたあ」
14人連れ団体は別々の勘定を済ませて、やっと出ていった。食いちらかし派手に食
べ残した皿とコップの山を見て、「るんるん2」のマスターはため息をついた。
「こう客筋が悪くては、どうにもならん」
秘密基地と一緒にカレーショップ「るんるん」も奥多摩に移転したのだが、客とい
えば間欠的にどやどやと襲ってくる観光客くらいしかないのであった。もう店には客
がいないので、ぼやく口調は文殊司令としてのそれである。
店の奥でブザーが鳴る。いかにも飯が炊けた、という調子の愛想のないブザーだが、
その意味するところは地下作戦室への呼集である。マスターはいまいましげに、店先
の「営業中」の札を「準備中」に裏返す。
「我がドクロマンサーは東京上空の静止軌道にスーパードッカン爆弾衛星を周回させ
ているので。我々の要求を呑まなければ東京は火の海となるので」
ドクロマンサー日本支部長の副官であるイエスマンサーが精いっぱいの威儀をつくっ
て、テレビで日本国民に呼びかけている。その映像を消しながら、文殊司令は肇と益
男、そして観音博士に向き直った。
「この放送のどこがもっとも問題か、わかるか」
観音博士の立体映像が3人に尋ねる。
「静止軌道は赤道の上空にしかないんじゃないんですか」
「よくできた」
観音博士の表情は深刻なままである。
「ドクロマンサーは、物理学がわかっていない。そこが問題なのだ」
「適当に衛星を打ち上げたんでしょうか」
「そのようだな」
カタカタと紙テープが不思議な模様を打ち出し始める。文殊司令はそれを無造作に
ちぎりとり、すらすらと読み上げる。
「SEADO中央天文台が衛星の航跡を発見した。高度は3万キロだが急速に降下中で、第
1宇宙速度をすでに下回っている。無理に静止させようとしてロケットを妙な方向に
ふかしたらしい。ついでに回転軸は地球の中心をはずしている」
観音博士は渋い顔をした。あとの二人は何がまずいのかわからず、きょとんとして
いる。
「落ちてくるのか」「そう書いてあるな」
「ルイルイルイルイ。衛星が静止しません。ルイルイルイルイ」
ドクロマンサーの爆弾衛星は有人衛星である。衛星に乗り込んだ怪人ヒマワリマン
サーの報告に、イエスマンサーは冷たい。
「おまえの操縦が下手なので」
「助けて下さい。ルイルイルイ」
「だらしがないぞヒマワリマンサー」
大幹部ハグルマンサーも軌道計算は不得意なのですべてをヒマワリマンサーのせい
にする。ヒマワリマンサーはすっかり泣き顔になっている。
「もうすぐ日本政府が降伏するので。それまでがんばるので」
「がんばったら、帰れますか」
「たぶん帰れるので」
ざっばああああぁぁぁぁぁん。
はるか赤道近くの海面に、SEADOの誇る潜水空母「きくすい」が浮上した。高くそ
そりたつコントロールタワーは15メートルレーダーを冠し、回転式カタパルトがきり
きりと仰角をとる。
「しっかりたのむぞ」
「推力が足りるんですか? こんな小さなロケットで」
コントロールタワーから、宇宙機器担当の帝釈博士が、肇と益男を頼もしく励ます。
「がんばれ」
発射用意のブザーとともに、最終チェックのための要員が爆風を避けて、艦内にぱ
らぱらと戻ってくる。
「射ち方用意。照準儀開け。誤差修正、右一点。ようそろ」
コントロールタワーに緊張が高まる。
「閃光方、衝撃方、備え!」
艦橋では一斉に黒眼鏡を取り出す。とても正義の組織の船とは思えない。
「・・・・てーっ!」
秒読みもなく、18インチ火薬式カタパルトから射出されたロケット「むげん」はむ
くむくと上昇してゆく。コントロールタワーでは歓声が起こり、要員が万感を込めて
帽子を振る。
「ショック・レーザー、照準儀開きます。出力8割、10割、12割」
回転カタパルトの前にある三連レーザーがロケットを追尾する。怪しくメタリック
グレーに輝く超大型レーザー砲。
「風で揺れませんか」
「彼らを、信じましょう」
帝釈博士は簡単に観音博士の心配を打ち消して、レーザーの発射を命じた。
轟音がロケットから起こる。ロケットの尾部に取り付けた化学燃料にレーザーが命
中したのである。ロケットは新たな推力を得てさらに速度を高める。
「首相、あのロケットは、日本のものなんですか」
「あー、関係各機関が誠実に対処しているところでございますから、国民各位にはど
うか冷静に事態の推移を・・」
「首相、あのロケットはなにものですか」
「あー、日本には属さないある機関の誠実なる対処により・・・」
記者団が懸命に首相から情報を引き出そうとしているところを、テレビが延々と
追っている。テレビの前の子どもたちは連続人形劇を見ようとしたらどの局もニュー
スばかりなので不満たらたらなのだが、かといってテレビを見る以外にすることもな
い。
各地の天文台や天文マニアが、日本南方の公海から打ち上げられたロケットらしき
ものを観測した。そこでマスコミはなんらかの爆弾衛星への対抗措置を日本政府が
とったものと考えたのであった。
母親が短い電話から戻ってくる。
「お父さん、急なお仕事で、帰ってこられないって」「えーっ」
声をあげたのは長女であった。いい子にしていたごほうびに、ちょっとしたものを
おねだりしようと楽しみにしていたのである。
いつもならこういうとき姉よりむずかるケンイチだったが、今日はじっと黙ってい
るのに母親は気づいた。しかし当面は夫のことが気がかりで、それきりこのときのこ
とを忘れてしまった。
ケンイチ君は、肇の言葉を思いだしたのである。
お父さんは、世界を守るお仕事を。
世界を守るお仕事を。
ケンイチ君は、お父さんがいま帰ってこられない理由が、このニュースの中にある
ような気がしていた。
発射から17時間42分ほどして、肇と益男はやっとドクロマンサーの爆弾衛星に接近
した。「むげん」を飛び出すふたりを出迎えたのは、命綱を頼りにこわごわ出てくる
戦闘員たちであった。
戦闘員たちはふたりを囲もうとするが、命綱のせいでままならない。
「とう!」「とう!」
どうせ真空で聞こえないのであるが、ともあれふたりは戦闘員にキックを浴びせる。
戦闘員はふっとぶばかりでまったくこたえないのだが、ますます命綱がからまる。
やがてがんじがらめの毛糸玉のようになった戦闘員たちを残して、ふたりは爆弾衛
星に迫る。
「ルイルイルイルイ。やらせんぞファイバーキッド。」
どうせ聞こえないのだが見得を切るヒマワリマンサー。顔の周囲の反射板が一斉に
動く。
「ヒマワリ・ビーム!」
閃光が真空を舞う。飛んで避けようとする益男を、肇が抱え止めつつ、ファイバー
ロープを衛星に延ばす。たまたまそこには取っ手があって、ふたりの体重を受けとめ
て音もなくきしむ、
「むやみに加速度をつけるんじゃない!」
「しかし、あのビームは・・・・」
ちなみに肇と益男は無線で会話できる。
会話の間にもふたりはヨーヨーのように爆弾衛星に巻きとられてゆく。ロープを手
繰り寄せて早く衛星にとりつこうとする肇。
再び襲う閃光。肇は益男を思いきり衛星方向へ蹴飛ばす。反動に耐えた肇は再び
ロープを手繰る。
3度目の閃光。危ないところをかすめる。無理な力をいれてしまったものか、つい
にロープが取っ手を離れる。もう一本のロープを投げつけるがうまく引っかからない。
4発目を避けきれない。
「先輩!」
衛星に取り付いた益男がロープを引いて相対位置を変え、またしても危なくかわす。
身を乗り出した益男が5発目の標的に・・・
突然あたりが暗くなる。
「これは?」
「ルイルイルイルイ。どうしたことだ。太陽は我を見放したか」
「地球の食だ」
衛星が丸ごと地球の影に入って、太陽光が届かなくなったのである。
「いままでのお返しをさせてもらうぞ、ドクロマンサー」
「待て。話せばわかる」
ヒマワリマンサーはうろたえるが、やはりふたりの耳には届かない。
「四十七士キーック!」
十三駅前キックを強化した四十七士キックである。
「もっと太陽を〜〜」
爆発するヒマワリマンサーの光は、世界各地で観測されたという。
「本当に、このへんでいいんですか」
自信なげに益男が尋ねる。
最後に残った燃料で爆弾衛星を地球から離れるコースに向けた肇と益男は、宇宙
空間をたったふたりで漂っている。
「あと47時間32分で「むげん」がそのあたりを通りかかるから、それまでがんばって
くれ」
「本当に、大丈夫なんでしょうね」
「出前は、私と春蘭さんでなんとかやっておく。第9話までに帰ってくればいいか
ら、無理するんじゃないぞ。」
「そういう大丈夫じゃなくてえ」
「あ、ちょっといいかね。SEADOの宇宙機器担当、帝釈博士だ」
肇と益男は、思わず聞き耳をたてたが、博士のメッセージは簡潔だった。
「がんばれ」
宇宙空間は、果てしなく広い。
その後、観音博士は息子の尊敬を享受し続けた。なんでこうなったのだろうと不
思議に思ってはいたが、なにしろ忙しいので理由を詮索することなく、そのつど忘
れてしまった。
関係者がすべてこの件を忘れてしまった結果、重大な誤解が、ついに正されるこ
となく終わった。
ケンイチ君は、父の正体がファイバーキッドだとばかり思っていたのである。
第9話 「マヤの秘宝」
初めての方への解説
ファイバーキッド・難波肇は改造人間である。彼を改造したSEADOは東南アジアの
正義と平和を守る秘密結社である。ファイバーキッドはトランジスタ仮面こと文殊
司令や少年倶楽部のススム君、SEADO主席科学顧問の観音博士、往年のヒーロー真空
管童子、後輩のアタッチキッド・朽木益男、そして美貌の通信係アンドロイド春蘭
の力を借りて、悪の組織ドクロマンサーに敢然と戦いを挑むのだ。
もう海水浴客も疎らになった秋の湘南海岸。岩場に描かれた白い人型はもう消えか
かっているが、そこかしこに青い帽子とツナギの鑑識が立ち働いている。ロープの前
に集まっているのは観光客と近所の人々だが、彼らのいくらかは内心失望を味わって
いた。どうしてテレビ局が来てくれないんだ。新聞だって来やしない。
大きなエンジン音をたてて、2台のバイクがやってきた。降り立ったのは白いヘル
メット、黒い革ジャンバーの若者ふたり。小意気にヘルメットを脇に抱えると、黒い
サングラスのままロープを守る警官に近づく。
「富松刑事に会いたい」
「あんたたちはいったい何者だ」
「ちっちっちっ。名乗るほどのものじゃない」
「馬鹿にするなよ。執行妨害で一緒にきてもらってもいいんだぞ」
「ま、法を超えた存在ってとこかな」
「この野郎!」
「よさないか」
もうひとりの若者が、警官をからかう若者を止める。野次馬たちは期待にざわめく。
しかしいきりたつ警官の肩にも、手がかかった。
「おれが富松だ。署長から話は通ってる。来い」
手入れの悪い背広を着た五十がらみのベテラン刑事は、一歩退く警官を振り向きも
せず、ふたりをロープの内側に招じいれた。野次馬たちのあからさまなため息に送ら
れて、ふたりは刑事と肩を並べる。
「報道関係は、注文通り抑えた。ホトケ見るか」
めんどくさげな短い言葉が並ぶ。
「お願いします」
サングラスをはずして、肇が言った。
プロジェクターから映し出される1枚の地図。
「これが、漂着したドクロマンサー戦闘員が持っていた鞄の中にあったものです」
「いかにもガセネタだな。なんで日本語なんだ」
文殊司令は言う。地図の上にはバツ印がついていて、「マヤの秘宝の在処」と添え
書きがある。
「書いたのが日系人だからでしょう」
予想していたコメントと見えて、分析結果を説明にやってきた日光博士の口調はい
ささかも淀まない。
「終戦直後、南米に移住していた日系人のなかのある成功者が、まとまった物資を日
本に送った形跡があります。ところがまず、この物資の正体が明らかでない」
かさばる荷姿であったと言うだけで、物資の内容も入手経路も不明なまま、チリか
ら日本へ向けて船出した。GHQをどうごまかしたものか、横浜港に荷揚げされたま
では記録があるが、そこから先がわからない。祖国への援助物資であるならまとまっ
た量を誰かが受け取った記録があるはずだし、闇市へ流すとしてもそれだけの量を捌
ける実力者は限られている。
「日本側でそれを売るなりもらうなりした形跡がないのです」
「終戦直後のことだから、記録は残っておらんでしょう」
「そうかもしれません。しかし、そうではないかもしれない」
プロジェクターは、ひとりの中年男の白黒写真を映し出す。意志が強い顔でしょ
う、と言われればああそうですねと言っても良いが、言われなければ平凡な中年男の
写真と見えるであろう。日光博士は続ける。
「この人物はその3年後に破産しています。この破産は当時の人々には不思議がられ
たようです。偽装ではないか、とさえ言われました」
「なにかに大金を散じたからだ、とおっしゃりたいのですね」
文殊司令の合いの手を聞いているのかいないのか、日光博士はもう自分の世界に
入ってしまっている。
「この男の名は、摩耶三吉。そして」
日光博士は、この瞬間のために生きてきたと言った様子で、プロジェクターの画面
を切り替える。
「これが、地図の裏側にあった走り書きです」
紙質の悪いせいもあって、書き殴ったような印象が強い。一代で成り上がっただけ
あって、思いこみの強い強引な人物であったことが感じられる筆跡である。走り書き
にはこうあった。
マヤの秘宝、黄金に似て、黄金にあらず。
時得たるときは、その値、黄金に勝る。
来次の大戦にて、お役に立つべし。
皇紀二六〇七年七月吉日 摩耶三吉しるす
皇紀二六〇七年は昭和22年に当たる。
「これでは・・・中身がわかりませんね」
「濃縮ウランの別名は、ご存知でしょう」
「イエロー・ケーキ・・・・それでは?」
「来次の大戦、と来るとね。考えない訳には行きません。狙っているのがドクロマン
サーとなれば、なおさらです。」
落ち葉が、うず高い。戦後の植林によるものではなく、昔ながらの照葉樹林がよく
残っている。沢に沿った山道を肇、益男と文殊司令が踏み分ける。司令がついてきて
いるのは、例えば旧字体や旧仮名遣いの表示があると、肇と益男だけでは心許ないか
らである。
「カムイ外伝のような風景だな」
「釣りキチ三平みたいな雰囲気ですね」
文殊司令と益男が同時に言い出して、大笑いになった。
「あれだな」
肇が洞窟の入り口を指さす。
じめじめとした洞窟の中は静まり返っている。夜目が利くのはヒーローの基本機能
のようなものだから、この暗さでも懐中電灯などは必要ない。しかし出会いがしらと
いうのは、昼間でも避けようがない。
最初の紐を足に引っかけたのは益男であった。機関銃の音がうなる。三方へ飛び離
れた一行を上から、奥から、物陰から仕掛矢が襲う。照準などははなから考えていな
い乱れた射線である。
「走るな、益男!」
司令の指示に、前方へ駆け抜けようとしたアタッチキッドの足が止まる。
「危ない、危ない」
アタッチキッドのすぐ前で土色の布カバーが落とし穴を覆っていることに、ファイ
バーキッドも気づいたところであった。
「この落とし穴が本命だったようだな」
司令は落ちついたものである。暗視能力がなければ、危ないところであった。ただ
の人間なら間違いなくパニックを起こして走り出していたところだろう。
そのとき、今度はアタッチキッドが入口方向からのかすかな飛翔音を聞きつけた。
「伏せて!」
閃光が走る。ロケット弾か小銃てき弾(小銃で遠くに飛ばす手榴弾)らしい。轟音
とむせるような火薬臭が逃げ場とてない洞窟を満たし、天井の岩がはがれ落ちてくる。
「飛べ!」
ファイバーキッドが思い切りよく布カバーをまるごと飛び越える。ついでアタッチ
キッド、トランジスタ仮面の姿になった司令はいちばん危なかったが、いちばん最後
にようよう飛び越える。
1発だけで、砲撃は止んだ。静寂がその領分を取り戻し始める。
アタッチキッドが無言でトランジスタ仮面の肩を押し止める。壁の上部の指さした
ところには細長い金属が突き出している。銃らしい。ファイバーキッドが床の辺りに
目を凝らして、金属板に覆われた部分を見つける。そこに乗ると引き金が引かれるよ
うになっているに違いない。
アタッチキッドは石を拾ってひょう! と放つ。見事に銃口に命中したそれは、つ
いでに引き金も引いてしまったらしい。しかし2発目を最後に、銃声は途絶える。
「どうしたんです?」
「送弾不良だろう。油切れだな」
「油切れくらいで、止まるものなんですか」
「日本軍の十一年式軽機関銃は油が切れると、すぐ故障するのだ。戦後三十年だから
な。行こうか」
トランジスタ仮面はすたすたと金属板の部分を乗り越えようとする。足がかかる。
「危ない!」
上からなにか来る。とっさに後方展開を2回続けて決めるトランジスタ仮面。音は
わずかだがひどくほこりが舞い上がる。駆け寄ったファイバーキッドは落ちてきたも
のの正体を見る。漁網らしい。
「網とはな。確かに機関銃と組み合わせれば凶器だ」
トランジスタ仮面はぜいぜいと息をつく。やはりこの年で現場はこたえる。
「摩耶三吉、やってくれますね。・・・どうしました、先輩」
「いや・・・なんでもない」
ファイバーキッドは、入口方向に感じられた殺気が消えて行くのを感じていた。
すこし広い空間に出た。ちろちろと水音がするのは地下水脈だろうか。空気の動か
ないはずの洞窟で、わずかな冷風が感じられる。
「あれは?」
「すごい・・・・翡翠だ」
緑色の翡翠で出来た、高さ2メートルばかりのガマガエルの彫像である。その前に
祭壇のようなものがしつらえてあって、モールス信号を打電するタイプの古くさい無
線機が載っている。傍らに墨書した板切れがある。
「聖將二人」
「どうします? 東郷平八郎とでも打つんですか?」
「惜しいが、そうではあるまい。ふたりだからな」
「あとひとりは? 乃木大将ですか」
「山本五十六かもしれないよ」
「モールス信号を覚えるときに使う語呂合わせがあるのだが」
やはりこういうときに頼りになるのは、戦中派のトランジスタ仮面である。若いふ
たりが聞き入る。
「イはトン・ツーだからイトー。ロはトン・ツー・トン・ツーだからロジョーホ
コー。そしてノは・・・」
トランジスタ仮面の右手はすでに無線機に伸びている。
「トン・トン・ツー・ツー、ノギトーゴーだ」
がらがらという歯車の音が響く。ファイバーキッドとアタッチキッドは揃って親指
を上に立てる。
「ビンゴ!」
ガマガエルが横にずれたあとには、細い階段が下へ伸びている。
「ご苦労だったな、SEADOの諸君。」
3人が一斉にもときた道を振り返る。上半身が裸の男がひとり。
「よく罠をすべて弾いてくれた。濃縮ウランは我らが頂く。やれい」
その背後からぱらぱらと現れる戦闘員。
「冥土のみやげに我が名を聞け。我はドラゴン、ドラゴンマンサー!」
男はヌンチャクを八の字に構える。鎖が冷たい音を立てる。
「とう!」「アチョオオォッ!」
気と気がぶつかりあう神秘の世界。そこにはもはや西洋科学の入り込む空間はな
い。翡翠のガマガエルのみが静寂のうちに人と人、魂と魂の死闘を見おろす。
「はあっ!」
左から打ち込んでくる戦闘員の手刀を肘でいなしつつ、左の手甲で顔を打つ。倒れ
る戦闘員への一瞥を惜しんで、左足に掛かった重心を利して右足が円を描く。吹っ飛
ぶふたり目の戦闘員の背後から空転して迫る3人目。その蹴りをかわして前転からそ
のまま起きあがる足元を4人目のヌンチャクが払う。空中でバランスを崩したファイ
バーキッドは倒れざまにごろごろと転がる。頭をかすめて大地を打ちつけるヌンチャ
ク。わが身を犠牲に仇敵の動きを止めんと飛び込む戦闘員。その戦闘員をカニばさみ
にしたまま後転をかけるファイバーキッド。頭をしたたかに大地に打ち付けられて倒
れる戦闘員。さすがに動きの止まったファイバーキッドに振り下ろされるヌンチャク
を両手で拝み取るや戦闘員ごと振り抜く。洞窟の壁にたたきつけられる戦闘員。
ファイバーキッドはヌンチャクを拾い上げるとぶうんと大振りに投げつける。狙い
は過たず、弧を描くヌンチャクは3人の戦闘員を打ち倒す。
「司令!」
トランジスタ仮面はゆったりゆったり大極拳のようにひとりの戦闘員と戦っている。
その戦闘員を後ろから抱え込むと豪快にバックドロップを決める。
「きえええええええぇぇぇっ」
洞窟の壁を利用して三角跳びを試みる戦闘員。
「むんっ」
ファイバーキッド、右腕をぐいっと伸ばした。ウエスタンラリアードだ。戦闘員、
首をしたたかに打たれた。これは立てない。これはちょっと立てない。おおっとトラ
ンジスタ仮面、弱った戦闘員を踏みつける。これはずるい。これは無情。
荒い息のファイバーキッドがアタッチキッドを見ると、さっきからドラゴンマンサー
と向かい合ったまま身じろぎもしていない。なんのことはない。ファイバーキッドは
戦闘員をひとりで全部倒してしまったのである。
「おつかれさんです」
「おまえなあ」
「その意気、良きかな。されど刹那の命を購ったまで」
ドスの利いた低い声で言い放つドラゴンマンサー。その声が突然高くなる。
「アチョオオオオオオォォォォォォッ!」
飛び上がりざま右に、左に、わずかな時間差でキックが繰り出される。吹き飛ばさ
れるファイバーキッドとアタッチキッド。右に、左に、上に繰り出されるヌンチャク
を懸命にかわすアタッチキッド。じりじりと後退してゆくアタッチキッドをファイ
バーキッドは助けようとするが、あまりのスピードに手が出せない。
「勝利は我が定め。死は我が伴侶。」
つぶやくようにドラゴンマンサーは言う。
「我が歌を歌え。悲鳴こそ我が歌。恐怖こそ我が故郷」
「笑止!」
「なに!」
「見切ったぞ、ドラゴンマンサー! MG42フラッシュ!」
1分間に2000発を打つというアタッチキッドの連続パンチである。瞬時に攻守は所
を代える。目にも止まらぬドラゴンマンサーのヌンチャクを、アタッチキッドは全体
として押し返しているのだ。ファイバーキッドが左手の死角から踏み込む。利き腕で
ない左手で操るときはわずかにヌンチャクの速度がかげることを見て取ったのであ
る。たちまち反発を食らって飛びすさるファイバーキッド。アタッチキッドに無防備
の右半身がさらされる。左手から右手へのヌンチャクの持ち替えがわずかに遅れる。
「きえええええぇぇぇぇっ」
つい勢いでいつもは唱えない一喝を発し、アタッチキッドはシアノアクリレート系
瞬間接着剤を浴びせかける。
「ぬ・・・ぬおおおっ」
ヌンチャクの一方は右腕に、もう一方は右肩に固定されてしまった。
「いまだ、先輩!」
「おう!」
二人揃っての三角飛びである。
「五十歩百歩キーック!」
「む・・・無は無にあらず、死は無にいたるぅっ!」
東洋趣味のドラゴンマンサーは最期まで東洋趣味であった。
「さっきからセンサーが働いてるんですが・・・・」
「やっぱり、放射能がないか?」
「ないですね」
階段を降りながら、彼らの関心は、マヤの秘宝の中身に移っている。
そうっと扉を開けてみるが、中には金属の円筒が大量に並んでいる。X線センサー
を持つアタッチキッドが首をかしげる。
「粉みたいなものですね。均質で個体で。・・・司令、どうしました」
トランジスタ仮面には、それが何であるか、わかったらしい。
「時得たるときは、その値、黄金に勝る。確かに、そうだった」
しばし思い出に浸るトランジスタ仮面を、ふたりはぼかんと見つめている。
「終戦直後に、すぐ使ってくれれば、もっとよかったのだが・・・」
トランジスタ仮面はそうつぶやくと、故郷の難儀に身代を傾けてくれた先人の遺産
に、深く一礼した。
米軍の代表的な補給物資、粉末乾燥卵の缶詰の山に。
第10話 「偽予言者」
初めての方への解説
ファイバーキッド・難波肇は改造人間である。彼を改造したSEADOは東南アジアの
正義と平和を守る秘密結社である。ファイバーキッドはトランジスタ仮面こと文殊
司令や少年倶楽部のススム君、SEADO主席科学顧問の観音博士、往年のヒーロー真空
管童子、後輩のアタッチキッド・朽木益男、そして美貌の通信係アンドロイド春蘭
の力を借りて、悪の組織ドクロマンサーに敢然と戦いを挑むのだ。
「肇のにいちゃあん」
カレーショップ「るんるん2」のドアを勢いよく開けたのはススム君である。基地
が奥多摩に移ったので滅多に遊びにこられなくなったが、日曜日なので遊びに来たも
のであろう。きょろきょろと中を見回すと奥にマスターがいる。
「マスター、カレーおごって」
「なんでだ、おい、泥足で入るんじゃない」
「へへん、宗教上の理由で、泥はぬぐえませんっと」
「ススム!」
マスターの掛け値なしの怒声が飛ぶ。文殊司令は司令としては物わかりがよいが、
カレーショップの経営に関してはみじんの妥協もない頑固親父なのだ。ススム君も長
年のつき合いでその辺りの緩急は心得ていて、飛び上がるように外へ出てマットで靴
をぬぐう。例によってカレーショップにたむろしている肇がとりなすように冷やか
す。
「宗教上の理由たあ、言ってくれるじゃないか」
「学校ではやってるんだよ。石鹸が使えませんとか、宿題が出来ませんとか」
「そりゃ、ひどいな」
「ドクロマンサーの陰謀じゃないのかな」
「まさか」
ちょうど店のテレビがニュースの時間になった。黒縁メガネのアナウンサーが淡々
とニュースを読む。
「ニュースをお伝えします。東京都内の小学校で、児童が次々に謎の手洗い拒否を始
めました」
水道を遠巻きにして近づこうとしない子供達に、先生が困り果てている映像にテレ
ビが切り替わる。
「けっこう、おおごとじゃないか」
「ねっ、そうでしょ。信用ないんだなあ」
「ススム君の生きがいはなんだ?」
「大人をからかうことだよ」
「それじゃ、やっぱり信用ないわよ」
いつの間にか春蘭さんがお菓子の鉢を持って側にきている。ススム君はぷうっと頬
を膨らせて、店中が大笑いになった。
1970年代中葉は、建設資材の大幅な値上がりと相まって、住宅地の地価高騰が一時
的に止んだ時期であった。トトロの出るような鎮守の森とは言わぬまでも、草むらの
空き地や建てかけで放棄されたビルといった遊び場に、子供は不自由しなかった。こ
のころはまだ都会の子供であっても、イタドリやスイバを口に入れることをためらわ
なかった。
そうした空き地に、子供が30人ばかり集まっている。その中央にいるのはでっぷり
太った背広にネクタイの中年男。
「宗教上の理由で、横断歩道は渡れません」
中年男の後について、子供達が唱和する。
世上起こっている混乱の大半は、便乗した子供達によるものである。この男はわ
ずかな子供達を操って、種火を付けて回っているのである。
「見つけたぞドクロマンサー!」
中年男が振り返ると、パトロール中の益男である。
「なぜ、なぜばれたのでえっ」
驚きうろたえる中年男。
「やっぱりドクロマンサーだったか」
「当てずっぽうとは、卑怯なのでえ」
「なんでも疑ってかかるのが、俺達ヒーローの宿命だ」
益男はきっぱりと言い放った。
「ええい、やってしまえ子供達。」
子供達がむっくりと立ち上がった。男の子も、女の子もいる。みなどこか鋭い、
それでいて視線の動かない瞳をしている。ドクロマンサーのために、ドクロマン
サーのためにと口々に呟きながら、幽霊のようにふらふら、じりじりと益男に迫
る。
「卑怯だぞドクロマンサー」
「卑怯は悪の宿命なので」
中年男はかぶっていた縁つき帽子を飛ばすと、イエスマンサーに変身した。大幹部
ハグルマンサーの副官としてすでにおなじみである。
ふらふら、じりじり、子供達の輪がせばまって行く。益男は高くジャンプして、子
供達の追求をかわした。
「ええいっ、勝負は預けたぞイエスマンサー、今度こそ必ずお前を倒してやるから
な」
まったく悪の手先のような台詞を残して、益男はオートバイで立ち去って行く。イ
エスマンサーの高笑いが、益男の背中に突き刺さった。
「困ったことになったな」
文殊司令、肇、益男は思い思いの姿勢で、しかし共通して頭を抱えている。洗脳さ
れた子供達にどう対処して良いのか、名案が浮かばないのである。
「洗脳電波か何か出してるんだったら、それを断ち切ればいいですよね」
「どうもそうではないようだな。子供達が自然に持っている、大人を超えたいという
心理をねじ曲げているようだ」
文殊司令は、先ほどまで観音博士とかわしていた長い交信の内容をそう要約した。
「じゃ、子供達は正しいということになるんですか」
益男が口をとがらせる。
「そうなるな。彼らは自分自身の欲望に忠実だということになる。子供だからと言っ
て、その望みを口にして悪いということはあるまい」
「本部は、どう言っているんです?」
「現場の判断に任せるそうだ」
「じゃ、何をやってもいいって言うことですか。責任は本部が取ると」
益男の追求に、文殊司令は押し黙る。それは無言の否定であった。強引な処理でな
にか問題が起きれば、責任は現場で取ることになるのだ。益男は舌打ちに限りなく近
いため息を漏らす。
肇は、終始無言である。その肇が静寂に堪えかねたように立ち上がった。
「ちょっと、考えさせて下さい」
「先輩!」
益男も立ち上がって、後を追う。ひとり残された司令は、つと立って厨房に入っ
た。夕方からの客のために、玉葱を刻み始める。
今日の玉葱は生きがいいらしい。マスターの目には、うっすらと涙が浮かんでい
た。
肇がやってきたのは、ススム君の通う板橋第百小学校である。
「なんだい、にいちゃんたち。なんかおごってくれるの」
ススム君は相変わらず言うことがきつい。女子が3人ばかり、こちらをじろじろ見
ながらくすくすと笑い過ぎて行く。
やっとのことでダブルバーガーとバニラシェイクで折り合いをつけ、肌寒い公園の
ベンチにおさまったのは、午後5時近い頃。
「なあ、最近の子供は、何を考えてるんだ?」
思いきり悠長な肇の質問に、ついて来ていた益男は何か言いたそうにするが、結局
口は出さない。しかし益男が黙っているからと言って、ススム君にすらすらと答えら
れる質問でもない。
「気に入らないことがあったら、周りも見ないで、自分の言い分を通すのか?」
「俺に言わないでよう」
「みんな、ああいう物の言い方をするのか」
今度は益男が尋ねる。虚心に問題の全体を捕まえ直そうとする肇の態度に、益男も
感じるところがあったらしい。言葉は相変わらず分析的だが、物腰はずいぶん柔らか
くなっている。
「みんな、時々はね。でもだいたい決まってるな。普段はあんまりしゃべらない子が
よくやるよ」
「自分の望みを、うまく言えない子供なのかな」
「自分の意見を持つっていうのは、大事なことなんでしょ? 学校で習うよ」
「望みは、誰にでもあるよね。自分の望みをかなえてもらって、他人の望みをかなえ
てあげる。両方一度にはかなわないこともあるよね。」
肇は立ち上がった。冬の日はもうとっぷりと暮れている。
「そこが面倒なんだな。さあもう帰らないと。今日はありがとう」
ススム君を帰したあと、肇は開き直ったように笑う。
「イエスマンサーはなんの武器もなしで、いちばん俺達を痛い目に会わせてるな」
バイクにまたがりながら、ヘルメットを持った益男も応じる。
「毎週毎週キック一発で食わせてもらう訳には、いきませんね」
乾いた北風が、ふたりの乾いた笑いを運んで行く。
また子供たちが集まってくる時間になった。肇と益男が無言でアジトを出ようとす
るのを、文殊司令が呼び止める。
「結論を急いではいかん。いまは耐えるのだ」
「行かせて下さい」
肇も益男も決して言葉は荒くないが、抑えても抑えきれない決意が滲んでいる。
「子供達を敵に回しても、よいのか」
「成長の早い子供達には、一日一日のかけがえがありません。先延ばしするべきでは
ありません。」
「結果だけが千里を走るものだ。二度と子供達の前に姿が見せられなくなっても、よ
いのか」
悲しみに満ちた怒声というものを、肇と益男は初めて聞いた。しかし益男も言い返
す。
「子供達のためにやるんじゃ、ありませんから」
文殊司令が炎を吐くような目つきになった。
「なんだと!」
「俺達がこうあってほしい世の中を作る。それがいちばん大事なんじゃないんです
か。それをみんなが受け入れてくれるかどうかは、その先のことです」
「受け入れてくれなければ、どうなる」
肇が静かに口を開いた。
「そのときは、にっこり笑って、ヒーローをやめます。誰が悪いと言うわけでもない
でしょう。強いて言えば、俺達の非力」
3秒ほどの沈黙が、30分にも感じられた。司令が打って変わった静けさで口を開く。
「ヒーローというものはな。他人の代わりに重荷を背負っているのだ。みんなの感謝
などひと月と続かない。何もしない奴に限って、人に尻を持ってくる」
文殊司令は、もうほとんど微笑んでいる。
「それでも、ヒーローが好きか」
肇と益男は、無言で頷く。
「一言だけ、言っておく」
文殊司令は、二人に背を向けて奥に入って行く。
「わしは、うれしい・・・・行ってこい」
まもなく、真っ赤な目をして「準備中」の札をかけようと表に出てきた文殊司令
は、意外な人物を迎えた。かつての師匠、真空管童子である。招じ入れられ、熱い番
茶を抱えるように持ちながら、真空管童子は想いだしたように切り出す。
「なぜ、若いのと一緒にいかなんだ。」
どうやってさっきの話を聞いていたか、などとは文殊司令は尋ねない。なにしろ昭
和20年代の空想科学では不可能なことはほとんどないからである。
「彼らがかち取った戦場ですから」
「おぬしも司令ともなれば、その真面目すぎるところは直さねばならんぞ」
ずずずずと番茶をすする真空管童子。
「辻褄のあわんところを抱え込んでやるのが、管理職というものであろうが」
「恐れ入ります」
職員室に呼ばれた中学生のように、文殊司令はぺこりと頭を下げる。自分が最高責
任者でなくなるこういったひとときが、この上なく貴重に思えてきた文殊司令であっ
た。
先日の原っぱに、今日も子供が集まっている。やがてイエスマンサーが現れた。子
供達が平伏する。
「子供達よ、風邪を引かなかったか? 宿題をやらなかったか? 歯を磨かなかった
か?」
「ドクロマンサーのために!」
子供達が唱和する。満足げなイエスマンサーは、子供達に告げる。
「さあ今週の目標は、午前1時まで家に帰らないことだ」
「そうはさせんぞドクロマンサー!」
かけ声と共に登場するファイバーキッドとアタッチキッド。
「笑止なので。子供達をいぢめる悪い奴を、やっつけるので」
子供達が寄ろうとする、そのとき。
「がるるるるるるるっ!」
アタッチキッドが奇声を上げて、子供達を突き飛ばしに掛かる。
「イエスマンサー!」
ファイバーキッドはイエスマンサーを指さす。
「俺はお前が嫌いだ。」
ファイバーキッドはそれきり口を閉ざし、子供達を押し退けてぐいぐいイエスマン
サーに近づいていく。そのとき、大幹部ハグルマンサーの声が響きわたった。
「そこまでだファイバーキッド。我々は一部始終を、録画しているぞ。これ以上子供
をいぢめればどうなるか、分かっているだろう」
一瞬顔を見合わせるファイバーキッドとアタッチキッド。しかし二人は見交わし頷
くと、もとの歩調を取り戻す。
「ばうっ、ばうっ、ばうばうっ」
アタッチキッドの野生的な叫びが、突き飛ばされた子供達の泣き声に重なる。
「面白い。この映像をテレビ局に片っ端から送りつけてやる。おまえたちは社会的に
葬られるのだ」
ハグルマンサーの大見得を、甲高いボーイソプラノが遮った。
「みんな、目をさますんだ!」
ススム君が、一団の少年少女の先頭に立って歩いてくる。少年倶楽部のメンバー達
である。口々に、ドクロマンサー側の少年少女に呼びかける。
「だまされてるんだ! 君達は欲しいものを分捕って、友達を全部なくそうとしてる
んだぞ!」
「話し合いましょうよ!」
「子供達よ。欲しいものは取るので。あんな大人の手先は、やっつけるので」
多くの子供達はイエスマンサーに従ったが、ひとりふたりの気の弱い子供が逡巡を
始めた。
「どうしたので。前進するので」
「でもお」
「そのおじさんは悪い人よっ」
たたみかける少年倶楽部の女の子に、ついイエスマンサーは直接飛びかかってし
まった。
「きゃあっ!」
火のついたように泣き出す少女。すべての子供達が、動きを止めた。
子供は、同年輩を見分ける不思議な能力を持っている。小学生には中学生が分かる
し、中学生には小学生が分かるのに、高校生になったとたんに小学生と中学生の見分
けがつかなくなったりする。同年輩の少女が殴られたことで、すべての少年少女がパ
ニックになった。
「助けてえ。おかあさああん」
さっきまであれほど迷惑をかけていた対象の名を呼びつつ、蜘蛛の子を散らしたよ
うに子供達が逃げる。目的を果たした少年倶楽部のメンバーは子供達を誘導しつつ、
と言うか先頭に立って逃げる。
「ま、待つので」
うろたえて追おうとするイエスマンサーに、ファイバーキッドとアタッチキッドが
立ちふさがる。
「イエスマンサー、お前の企みは破れた。いさぎよく爆発しろ」
「ええいっ、戦いはこれからなので」
イエスマンサーが強がったときには、ふたりはすでにタイミングを合わせてジャン
プしている。
「八百八町キーック!」
「のでぇぇ〜〜」
両腕をばたばたさせながら吹き飛ばされたイエスマンサーは、まもなく炎に包ま
れた。
「ススム君、ありがとう」
「よせやい」
ススム君は盛んに照れている。
「ひとりじゃ勝てない敵もあるんだな。君達が来てくれなかったら、どうなっていた
か分からない」
いつになく素直な益男を、文殊司令が嬉しげに眺めている。
「さあ、どんどん食ってくれ」
マスターにもどった文殊司令が腕によりをかけたいつものカレーで、祝勝会が始
まった。店中にカレーの心地よい香りが充満する。
「それにしても、思い切ったことをやってくれたな」
ほめられたススム君は、特別ボーナスのトリプルカツカレーをあぐあぐほうばるの
を中断して、得々と話す。
「黙ってろって言われたんだけどさ。うそつきはドクロマンサーの始まりっていうか
ら。ほんとは妙なじいちゃんがぼくらのところへ来てさあ。にいちゃんたちがピンチ
だから助けてやれって言ったんだよ」
「じいちゃん?」
「昔から、偶然に頼らないお方だったが・・・」
空中の一点をにらむ文殊司令に構わず、勢いに乗ったススム君はぺらぺらとしゃべ
る。
「それでさあ。うまくいったらドーナツ10個おごってくれるってさあ・・・」
「益男」
文殊司令の朗らかな怒声が飛ぶ。
「ススム君のカツ、1枚取んなさい」
「やーだよっ」
ススム君はカツを3枚同時に口の中に放り込み、むせ返った。店内に久々の大笑が
はじけた。
店の外は、うららかな小春日和である。
第11話 「オール怪人総進撃」
初めての方への解説
ファイバーキッド・難波肇は改造人間である。彼を改造したSEADOは東南アジアの
正義と平和を守る秘密結社である。ファイバーキッドはトランジスタ仮面こと文殊
司令や少年倶楽部のススム君、SEADO主席科学顧問の観音博士、往年のヒーロー真空
管童子、後輩のアタッチキッド・朽木益男、そして美貌の通信係アンドロイド春蘭
の力を借りて、悪の組織ドクロマンサーに敢然と戦いを挑むのだ。
震え上がるような冬の朝。午前10時ともなると、道の水たまりに張った氷は通学途
中の学童にすっかり踏み割られ、暖かい日差しと冷たい空気が緊張感のあるコントラ
ストを作り出している。暖かい室内から外へ出るには応分の勇気が必要なはずだが、
「るんるん2」のマスターはさすが昭和ヒトケタの気骨で、寒そうな素振りを表に出
さない。
マスターが玄関先を掃こうと店の戸をがらがらと開けた刹那。
ひゅん!
風を切る音も甲高く、マスターをかすめたその物体は、店の中へと飛び込んでく
る。
「危ないじゃないか!」
マスターの怒鳴り声を後目に、犯人はすでにその姿を隠している。ぷんぷんとマス
ターが店に入ると、肇がくだんの物体を手に取っていた。
「ドクロマンサーの、矢文ですよ」
「親愛なるシャドーの諸君に告げる。あっ、SEADOの綴りが違ってます」
「いいから、ちゃんと読め」
文殊司令は益男を促す。
「我々はフォッサ=マグナを爆破する準備を整えた」
「無茶を言いますね」と肇。
「日本上空に静止衛星を飛ばそうとした連中だからな。勘違いして何をやっているか
分かったものではないぞ」と司令。
「ちゃんと聞いて下さい」
「わかったわかった。すまん」
「えーと、爆破する準備を整えた。阻止したければ我々のドクロマンサー日本支部ま
でお越し願いたい。謹んでシャドーのみなさんをご招待する」
益男はそれ以上続きを読まずに、手紙を示した。赤い×のついた国土地理院の地
図が張り付けてある。1970年代半ばには、まだ乾式コピーの普及度は低い。
「司令、言うのは恥ずかしいんですけど、誰かが言わなければなりません」
肇はもじもじと言った。「これは罠です」
「しかし、やつらの計画は阻止しなければならん」
「わかっています」と肇。
「挑戦を、受ける」思い入れたっぷりの文殊司令。
「かっこいいですねえ。沖田艦長みたいだ」益男がはしゃぐ。
1970年代半ば、ヤマトブームはその頂点に達しており、沖田艦長は地球帰還の途上で
死んだことになっている。
ごつごつした岩肌にはほとんど樹木の姿はなく、そこに備わる鉄扉はいかにも不釣
り合いである。しかし景観と最も不調和なのは、その鉄扉を守って動物園の熊のよう
に狭い空間を行き来する、紫に白いドクロを染め抜いた出で立ちのふたりの戦闘員で
あろう。
寒いながらも長閑な冬の日の任務と思えたのだが、その平和を破ったのはひとつの
石つぶてであった。
「キャーン」眉間を割られてくずおれる戦闘員。
「どうした4126号。しっかりするんだ4126号。傷は浅いぞ4126号」
ひざまずいたもうひとり−ちなみに6809号−の背後から、今度は手刀が振るわれた。
「ただ注意を引けって言ったはずだぞ」
「だって、直接狙うほうが手間が掛からないじゃないですか」
「忍び寄ってるほうにも立場ってもんがあるだろ」
戦闘員の服を着込んでアジトの奥へ潜入しながら、肇と益男はまださっきの石つぶ
てのことで言い合っている。
「だいたいこういう場合は、作法としてだな・・・」
「しっ」
「研究室」と書かれた表札が、何の変哲もない扉に掛かっている。言いつのる肇を
制した益男が感度の高い聴覚センサを働かせる。
「これがフォッサ=マグナ爆弾か。でかしたぞ龍造寺博士」盛んに頷く大幹部ハグル
マンサー。
「とうとう、作ってしまった・・・・」龍造寺博士と呼ばれた、白髪の白衣の男が呟
く。
ふたりの前には、ラグビーボールそっくりの形と大きさの物体が鎮座している。周
囲には白地に紫ドクロの服を着た技術戦闘員が7、8人たむろしている。周囲は機械
や試験器具に取り囲まれ、縦置きのオープンリールテープがせわしなく意味不明の断
続運動を繰り返している。ハグルマンサーは両腕を広げて大げさに振り回しながらの
しのしと歩く。
「これで日本は我々のものだ。この爆弾をアジトの奥のボーリング穴に落とし込めば
いいのだな」
ためらいがちにうなずく龍造寺博士。
「そうはさせん!」
入り口に立つファイバーキッドとアタッチキッド。目の前で五木ひろしのように拳
を震わせるハグルマンサー。
「飛んで火に入る夏の虫。罠と知りつつ、飛び込んで来たな。うおおっ」
両手でハグルマンサーを突き飛ばしたのは龍造寺博士。フォッサ=マグナ爆弾を
つかみあげるとファイバーキッドに放ってよこす。
「たのむ、こいつを・・・」
自分も踏みだそうとする龍造寺博士を捕まえ、胸ぐらをつかむハグルマンサー。
「貴様、裏切ったな!」
「ハグルマンサー、その人を放せ!」
「ええいっ! フライホイール、動力伝導!」
ハグルマンサーの全身から歯車が離れ、風を切って迫ってくる。2本のロープで右
に左に打ち落とすファイバーキッド。正確に歯車の中央を見切って、つまんでは捨て
つまんでは捨て壁に歯車の階段を作るアタッチキッド。ようやく最後の歯車が空しく
壁に突き刺さり、ふたりが部屋の中央に進んでみると、すでにハグルマンサーと博士
の姿はなかった。声だけが無人の部屋に響きわたる。
「龍造寺博士は預かった。助けたければ、爆弾を持ってアジトの奥に来るが良い。懐
かしい友人達と待っているぞ」
それからふたりが19の部屋を探検し、24ヶ所の罠を切り抜け、延べ629人の戦闘員
を倒した顛末は省略したい。ここはドクロマンサーの日本支部であり、ふたりはそ
れにふさわしい歓迎を受けた、とだけ述べておこう。それでも、奥の部屋の扉の前に
立ったとき、ふたりの意気は盛んであった。
もはや言葉は要らない。互いに頷き引き開ける、最後の扉は重かった。暗い室内の
最奥部にはおぼろな照明が洩れ、ハグルマンサーのシルエットを微かに浮かばせてい
る。
「よくぞここまで来た。さすがだぞファイバーキッド」
「ドクロマンサー日本支部は壊滅した。お前の最期だ、ハグルマンサー!」
「ジコジコジコジコ。百里を行く者は九十九里を以てその半ばとする。ここから進め
るかなファイバーキッド」
明かりが、ついた。大きな部屋のそこかしこに、懐かしい顔、顔、顔。ドクロマン
サーの再生怪人たちである。
「イヌマンサーだ、ワンワンワン」
「ゴロゴロゴロゴロ、ネコマンサー推参」
「そこまでにしておけ。全員が挨拶するだけで10行かかってしまう」
「ゲフ〜〜」
不満げなカエルマンサーに目もくれず、ハグルマンサーはにべもない。その傍らに
はくだんの龍造寺博士が縛られている。
「ここまで来いファイバーキッド」マントを払いのけるハグルマンサー。
かたん。フォッサ=マグナ爆弾を縦置きにしてひざまずくファイバーキッド。ア
タッチキッドも同じ姿勢で並ぶ。
「行くぜ、益男」右手で胸を抱えるように、益男が一礼する。「御意のままに」
4本の足が、床を蹴った。
イヌマンサーとネコマンサーが迫る。ファイバーキッドは爆弾を無造作にアタッチ
キッドに放る。イヌマンサーとネコマンサーがアタッチキッドを捕まえたと思った瞬
間、アタッチキッドの体は直上へ飛び、ファイバーキッドのロープがうなりを立てて
怪人たちの体に食い込む。飛んだアタッチキッドは天井に触れるが早いか、落下の勢
いを両足に乗せて怪人たちをキックする。
「とう!」「ゴロワーン」
2体の叫び声がひとつになり、爆発音が動かない地下の空気をつんざく。
こんどはアタッチキッドをサラマンサーの火炎が襲う。
「地獄へ行け、アタッチキッド!」
「危ないじゃないかっ。火炎が爆弾にかかったら共倒れだぞっ」
「あっ。それは気がつかなかった」
「以後気をつけろ」
そのまま歩いて側を通り抜けようとするアタッチキッドに、さすがにサラマンサー
も我に還った。「まっ、待てっ。やらせんっ」
しかしそのとき、ファイバーキッドがすでにサラマンサーの背後に忍び寄ってい
た。ロープの繊維を1本抜き取ると、すいと指でしごく。霊妙不可思議なファイバー
キッドの能力によって、繊維は針のように硬化する。その針を指でくるくると回す
と、ファイバーキッドはそれをぐさりとサラマンサーの背びれに突き立てた。たちま
ち可燃性ガスが充満する。
「ほらよっ」
爆弾を放したアタッチキッドは、両手で小石を拾って、同時にサラマンサーめがけ
て投げつけた。石は空中でぶつかってかちり、と小さな火花が散る。その小さな火花
で、サラマンサーは炎に包まれた。
「もういいぞ肇。爆弾を返してくれ」アタッチキッドが手を出す。ファイバーキッド
は無言で走り寄ると、アタッチキッドにキックを浴びせた。
「な、何をするんだ肇」
よろめくアタッチキッドに、ファイバーキッドは冷たく言い放った。
「益男は先輩の俺を呼び捨てにしないんだよ、バケマンサー」
言葉の末尾は、爆発音にかき消された。
「やらせんでまんねん」
カメマンサーの妨害に遭ったファイバーキッドは、アタッチキッドに爆弾を投げ
た。しかしすこし長めのパスになったのが仇となった。ばたばたばたばた。羽音が
響く。スズメマンサーのパスカットである。
「チュクチュクチュク。爆弾はもらった」
ファイバーキッドの2本のロープが伸びる。今度はあや取りのようにロープとロー
プの間に細い繊維が張り渡されていく。スズメマンサーはそれに頭から突っ込んで失
速した。鈍い音と共に地面に転がってじたばたするスズメマンサー。
「霞網とは卑怯だぞ。チュクチュク」
「いただきっ」アタッチキッドが爆弾をもぎ取る。入れ替わりにファイバーキッドが
キックを浴びせる。
「鳥なのに取られたあ」くだらない断末魔と共に爆発するスズメマンサー。
「ルイルイルイルイ、逃がさんぞ。」ヒマワリマンサーとカメマンサーに囲まれるア
タッチキッド。ヒマワリマンサーは反射板を一杯に広げてパスの道を塞ぐ。動きの取
れないアタッチキッドにドラゴンマンサーが迫る。
「益男、上だ!」わずかに残るのは、怪人たちの上の死角のみ。アタッチキッドも大
声で応じ呼ばわる。
「ゆくぞ、先輩!」爆弾を空中に離すや、後ろ向けに倒れ込むアタッチキッド。その
右足が爆弾を正確に捉える。爆弾はカメマンサーの頭上を越え、ファイバーキッドへ
矢のように渡る。
「おお、オーバーヘッドキックでまんねん」うろたえるカメマンサー。せめてアタッ
チキッドはしとめようと、キックの姿勢に入るドラゴンマンサー。
「先輩!」
「やるのか、益男!」
益男は後ろ向けに座り込んだ姿勢のまま、足の裏をドラゴンマンサーに向ける。そ
のままドラゴンマンサーのキックを足の裏で受け、膝を曲げながら巧みに方向を変
え、渾身の力で真上に押し放つ。合わせてジャンプするファイバーキッドとの呼吸に
は微塵の狂いもない。
「ゴールデン猛烈キーック!」
吹き飛んで爆発するドラゴンマンサー。呆然とするカメマンサーの短い足をアタッ
チキッドがつかんで大きく振り回す。
「堪忍でまんねん〜〜」
哀れな悲鳴を上げるカメマンサー。そのまま投げられたカメマンサーは、ヒマワリ
マンサーを直撃する。ふたたび起こる爆発。
「ぐ・・・ぐうっ」
悔しげに拳を震わせるハグルマンサー。あっという間に、再生怪人はカエルマン
サーとイエスマンサーを残すのみとなってしまった。
「我々に、お任せなので」
「ゲフゲフゲフゲフ。真打ちは残っております」
うつむいて首を振るハグルマンサー。その間にもファイバーキッドとアタッチキッ
ドは迫ってくる。
「ハグルマンサー、覚悟しろ!」「抜かせないので!」2対2で走り寄る両者。
「益男!」「おう!」
突然横飛びするように左右に分かれるファイバーキッドとアタッチキッド。ふたり
の声が合わさる。
「ゴールデン・ボレーキーック!」
かけ声は大げさだが、ふたりの中間に突進してくる怪人たちに、足払いをかけたの
である。とっ、とっ、とっ、とたたらを踏む両怪人。そこを狙って低い姿勢から、身
を翻したキックが繰り出される。
「オーバーヘッド・ダブルキーック!」
「ゲフ〜〜〜」「わっ、わしだけ鳴き声がないのでっ」
吹き飛ばされて爆発する両怪人。
ボーリング穴を守るように、ハグルマンサーと龍造寺博士がいる。
「よく戦ったなSEADOの諸君。だがここまでだ。博士の命が惜しければ、フォッサ=
マグナ爆弾を渡すのだ」
「たっ、たのむっ。爆弾を渡してくれっ」
哀願する博士が、盛んに目配せをしている。ファイバーキッドはためらいながら
も、爆弾を渡すことにした。盛んに頷くハグルマンサー。しかしここで博士が電光石
火の奇行に出た。爆弾をファイバーキッドの手からもぎ取ると、ボーリング穴のパイ
プにすとんと落とし込んだのである。ハグルマンサーも驚いた。
「何をする、龍造寺博士!」
龍造寺博士の驚くほど甲高い哄笑が地下室に響きわたる。
「ハグルマンサー。このボーリング穴は、地下5メートルまでしか掘られていないの
だ。」
「な、なんだとっ」
「地震も起こらない。アジトが吹っ飛ぶだけだ。さあ、逃げるんだファイバーキッド
とやら」自分も走り出す龍造寺博士。
「お、おのれえっ」
しかしそのとき、すでにファイバーキッドとアタッチキッドは天井めがけてジャン
プしていた。
「千客万来キーック!」
「ぬおおおおおおぉぉぉぉぉっ」
地下室にくずおれるハグルマンサー。爆発を後目に、ふたりは博士をかばって出口
へ急ぐ。まもなく鈍い低音が響き、そこここで滑落が始まる。地上への道は長かった
が、ついに3人は走り抜いた。外側の崖も崩落寸前で、ふたりは博士を抱えてジャン
プすると、そのまま走り続けなければならなかった。
ようやく安全な場所まできたとき、ファイバーキッドはさっきからしたくてたまら
なかった質問を発した。
「龍造寺博士、ドクロマンサーに協力していたのは、アジトの破壊を狙ってらしたん
ですか?」
この事件のことで肇が真っ先に思い出すのは、このときの龍造寺博士のきらきらし
た瞳である。
「私はねえ。科学者に生まれたからには、一度ね」博士は、にっこりと微笑んだ。
「爆弾を作ってみたかったんだよ」
「そうか。ハグルマンサーは、失敗したのだな」
その人物は、紅茶のカップをことりと置くと、ロココ調の装飾椅子から立ち上がっ
た。
「すべての支部に訓令せよ。今日から日本地区は、大首領ハウプトマンサーが直轄す
ると」
足元にうずくまる人物は、一礼するとたちまち部屋から消えた。
「久しぶりに、戦場の風の匂いを嗅ぎに行こうか」
白い背広のその人物は、バイオリン演奏をやめるよう楽士に手で合図すると、席を
立った。つと立ち止まると独り言のように指示が発せられる。
「パックマンサー、フラックマンサーを作戦室に」
マホガニーの扉が音もなく左右に分かれ、その人物を飲み込んで閉じた。