第4話 「或る司令の純情」

 初めての方への解説

 ファイバーキッド・難波肇は改造人間である。彼を改造したSEADOは東南アジアの
正義と平和を守る秘密結社である。ファイバーキッドは文殊司令や少年倶楽部のスス
ム君、往年のヒーロー真空管童子、そして新戦力アタッチキッド・朽木益男の力を借
りて、悪の組織ドクロマンサーに敢然と戦いを挑むのだ。


「あのー」
 暑い夏の午前11時。カレーショップに取って、仕込は終わったが客はまだ来ないと
いう時間帯である。やっと煮立ってきたカレーが香気と湯気で店内を満たしている。
女性の何気ない、高い声の呼びかけで、それは始まった。
「アルバイトを募集しているとうかがったんですが」
 肇はパトロールに出かけていて、用もないのに、いや用がないのでと言うべきか、
カレーショップ「るんるん」の店先では益男が新聞を読んでいた。益男は怪訝な顔を
した。
「アルバイト、ですか? 募集?」
「あ、あの、お店の方ですか?」
「まあ、お店の方っつーか・・・そう、そうです。お店の方です」
 若い女性は大きな目を見張って、にっこりと首をかしげた。
「SEADOの者ですけれども。いつもお世話になっております」
 益男は目を見張った。益男に呼ばれたマスターは、右手を胸にやるSEADO風の敬礼
で、新入者を迎えた。すでに話は通っていたらしい。
「文殊司令、トランジスタ仮面です。こちらはアタッチキッド」
「SEADO東部通信隊より参りました、コードネーム春蘭です」
 オペレーター任務で鍛えたのか、高いがソフトでよく通る声である。益男が嬉しそ
うな顔をした。春蘭も嬉しそう・・・いやおかしそうである。視線を受けた司令は、
きょろきょろと我が身を眺めて、あわてた。
 カレー用のおたまを右手に持ったまま、しゃちこばって敬礼していたのである。


「あ、春蘭さん? 肇です」
「お疲れさまですっ。 何かありましたか?」
「いや、別に・・・・」
 最近、肇も益男も、とりたてて報告することもないのにパトロール先から報告電話
を入れてくる。女性と話せると言うだけで仕事もぐぐんと楽しくなっているらしい。
文殊司令は嬉しく思っているが、その嬉しさを表すのにもいろいろ方法はあろうに、
こんな方法で表すのであった。
「はい、差し入れ」
「わあ、かぼちゃのパイとシナモン紅茶ですね。私好きなんです」
 その表情を見て、店の隅でくすくす笑っているススム君に、緊張の極にある司令は
気づきさえしないのであった。


「おや・・・雨だな」
 マスターは白づくめの仕事着で、「るんるん」の玄関口から空を見上げる。梅雨は
明けたはずだが空はどんよりと、見渡す限り暗い。降りそうで降らなかったのだが、
とうとう降ってきた。
「春蘭さん、傘を持って行ったかな」
「ぼくが傘を持って行ってきましょうか」
 ススム君が言う。わざとらしい響きを肇はちゃんと感じとるのだが、気もそぞろの
マスターにはその心の余裕がない。
「ちょっと行ってくる」
「はいはい。留守番してます」
 肇がせいいっぱいのやっかみを込めて答えるが、答えを聞いたときにはマスターは
もう傘を2本持って戸口に立っている。最初から傘を1本だけ持って行って肩を抱い
て帰ってこよう、などとは昭和ヒトケタのマスターは思いつきもしないのであった。
 後ろ姿を見送る肇とススム君は、顔を見合わせて肩をすくめた。他にどうしよう
があろうか。


 地元民と地図屋以外は名も知らぬ小さな川のほとりに、柳の並木が形ばかり、片側
にだけ植えられている。春蘭が全国政令指定都市SEADO通信員合同研修会から帰って
くるはずの道筋であった。
 ほとんど小走りの速度で道を急ぐマスターを、老婆が呼び止めた。
「もしもし、どうしてそう急ぎなさる」
「傘を届けに行くところです」
 妙な質問だと思いながら律儀に答えて、そのまま行きすぎようとするマスターだっ
たが、老婆は話を続けた。
「その傘を届ける人と言うのは・・・」
 振り向くマスター。
「こんな顔だったかえ?」
 老婆の顔だけが、春蘭の顔になっている。マスターは仕事着のまま後転すると身構
えた。
「出たな、ドクロマンサー!」
「覚えておいてもらおう。夏の納涼怪人、バケマンサーだ。ドロドロドロドロ」
「春蘭さんをどこへやった!」
「ドロドロドロドロ。60年代の死にぞこないめ。地獄へ落ちろ」
 バケマンサーは首を振り回すような身ぶりをした。首がぐいと伸びて、頭が飛んで
くる。首は文殊司令の右手にくるくると巻き付き、頭がくわっと大口を開けて咬みつ
こうとする。女性の目がつり上がり、口から長い牙が現れる。
 そのとき、なじみのある声が聞こえた。
「とう!」
 頭を蹴られて、バケマンサーは首ごとするすると後退する。アタッチキッドである。
「すまん!」
「気になって、来てみたんです」
 本当は肇から聞いて、マスターと春蘭さんのデートを覗きに来たのだが、アタッチ
キッドは途中を大幅に略して答えた。
「おのれ! ホンワカ ホッカ ホンワカ ホンワカ・・・」
 バケマンサーが奇怪な呪法を唱えると、あたりの空気が揺らめき、オレンジ色の鬼
火が次々とアタッチキッドを襲う。
「司令、いったん退きます!」
 アタッチキッドは動きの鈍い司令を抱えると、跳躍した。


 その日の夕方、春蘭はひょっこり帰ってきた。久しぶりに会った友人と喫茶店で話
し込んでいて、遅くなったと言う。ドクロマンサーなど影も形も見なかったと言う春
蘭に、一同はほっと胸をなで下ろした。文殊司令は、春蘭捜索のために東京中の班か
ら呼び集めていた752人の少年倶楽部メンバーを間違いなく家に帰すのにおおわらわ
になったが、さっきまでの手の付けられない興奮と焦燥はどこへやら、柔軟で的確な
指示が次々に下されていった。
 にこにことそれを眺める春蘭であったが、その視線がときおり鋭さを帯びるのに気
づいている者は、まだひとりもいなかった。


「肇さん、肇さん」
 ススム君が、小声で店の隅に肇を呼び寄せたのは、それから3日ばかり経ってから
であった。そろそろ店も閉まろうとしていて、他には誰もいない。
「春蘭さんの様子、どうもおかしいよ」
「マスターの様子ならずーっとおかしいけどなあ」
「バケマンサーは春蘭さんの顔を知ってたんだろ。会ってないなんて、おかしいよ。
ここんとこバケマンサーもどこにも出てないしさあ」
「考え過ぎだよ」
 肇は物事を難しく考えないことにしている。実際、春蘭の勤務ぶりは、以前とまっ
たく変わるところがないのだ。
「肇さん、紅茶はいかがですか」
 奥から明るい声がして、湯気の立った紅茶のカップをふたつ盆に乗せて、春蘭が
やってきた。ススム君は口を噤んでしまう。
「まあ、ふたりで何の相談?」
「春蘭さん、ひさしぶりにシナモンティーが飲みたいんだけど」
「え、ああ、そうね。いま用意しますね」
 春蘭はカレーショップの香料庫を兼ねた戸棚を漁って、シナモンの小瓶を取り出
した。背中から肇の声がかかる。
「春蘭さん? あんたいったい何者?」
「え?」
 曖昧な微笑みを浮かべて振り返る春蘭。肇はゆっくり立ち上がろうとしている。
「そういう作り方もあるけどさあ。マスターが買ってきたのは、そういうのじゃない
んだよ。紅茶用のシナモンスティックでね」
 肇の顔には、もうゆるんだ笑みはなかった。
「紅茶の横にあったんだけど、何に使うものか分からなかったんじゃないの?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、肇さん。ススム君も何とか言ってよ」
 後ずさりを始める春蘭。
「正体を現せ、バケマンサー!!」
 肇の大音声とともに室内の照明がふっと明滅し、春蘭の顔の彫りを映し出した。
もはや春蘭の笑みは若い娘の笑みではない。両手を前で交差させた春蘭がその手を
上にすると、その下から現れたのはおぞましいバケマンサーの顔であった。
「あ、やっぱり正体現さないでいい」
「ほざくな!」
 バケマンサーはじりじりと戸口に近づく。そうはさせじと立ちふさがる難波肇。
「いま俺を倒せば、春蘭への手がかりはなくなってしまうのだぞ!」
 肇は顔を歪めて、バケマンサーを通すしかなかった。


「なぜバケマンサーを倒さなかった!」
 激しく言い返そうとした肇は、くしゃくしゃになった司令の顔を見て、何を言っ
て良いのか分からなくなった。益男は無言でふたりのやりとりを見ている。
 司令としてあるまじきことであった。部下への私情で状況判断を誤り、組織の機
密と人員を危険にさらした。バケマンサーが情報収集に時間をかける積もりでなけ
れば、全員に毒を盛る機会はいくらでもあったのだ。
 どんっ。
 店の正面の格子戸に何かが打ちつけられた。益男が確かめると、柳の枝に結び付
けられた手紙であった。春蘭の命が惜しければ、明日正午、南部映像大船撮影所に
ひとりで来い。大船撮影所と言うのは、子供向けのアクション映画の仕事が多く、
火薬を使ったり崖から落ちたりという撮影のための余地が多く残っているので、秘
密組織の決戦場にいかにも適当だろうと思われた。
「肇・・・・・」
 司令はうつむいて、言った。
「この作戦に限って、お前が指揮を取れ」
「春蘭さんのことは・・・」
「任せる」
 司令は悩んではいたが、もう迷ってはいなかった。
「お前なりの正義をもって、戦ってくれ。私は謹慎する」
 肇は無言で、SEADO式に敬礼した。
 他に、どうしようがあろうか。


 総司令部に事態の報告を済ませ、肇の帰りを待つ文殊司令は、孤独であった。
 臨時休業の札は掛けて置いたはずなのに、格子戸をがたがたさせる人間がいる。
そっと近づくと、意外な人物であった。
「観音博士!」
 SEADO主席科学顧問たる観音博士が、生身でアジトにやってくることはほとんどな
い。それだけ貴重な存在だし、自ら設計した投射機のおかげでその必要もないのだ。
文殊司令へのSEADOの処分を伝える使者であろうか。それを恐れ悲しむ気持ちは、い
まの文殊司令には涌いてこなかった。
 招じ入れられた観音博士は蒼白な顔をしていた。文殊司令は、極刑になるのか、と
ぼんやりと思った。次の瞬間に起こった光景は、文殊司令には理解も予想もできない
ものであった。
 観音博士は、深々と頭を下げたのである。声はほとんど涙声であった。
「すまん・・・・・こういうことになるとは、思っても見なかったのだ」


 春蘭を縛り付けた十字架をバックに、バケマンサーと戦闘員たちは今や遅しとファ
イバーキッドの現れるのを待っていた。もちろんアタッチキッドやトランジスタ仮面
でも良い。ひとりずつ片づけて行け、というのが大幹部ハグルマンサーの指示なのだ
から。
 オートバイの音が聞こえる。だんだんと大きくなってくる。
「来たぞ・・・・」
 ぶうん。オートバイは、崖の上から逆落としにバケマンサーたちの頭上に迫って
きた。
「なんだと・・・」
 自動操縦のオートバイは、60度はあろうかと言う急斜面をまっしぐらに下ってくる。
戦闘員がけちらされる。そのまま走り抜けようとするオートバイを、戦闘員が取り押
さえたとき、頭上から声がした。
「男の純情を弄ぶドクロマンサー、天地が許すとも、ファイバーキッドは許さん!」
 ファイバーキッドは跳躍する。2度、3度、4度空転してバケマンサーをキックす
る。かわしたバケマンサーはふわりと空中に浮かぶ。
「バケマンサーの鬼火変化、受けて見よ」
 全身を炎に燃え立たせたバケマンサーがファイバーキッドに迫る。赤い炎、青い炎
がそこかしこに明滅を始める。戦闘員の着物がくたくたと主なく崩れ落ち、青白い影
がファイバーキッドをめがけて集まってくる。
 バケマンサーの熱なき炎を受け流し、やり過ごす間に、ファイバーキッドを囲む輪
が、ゆらゆらと、じりじりと、ふらふらと迫ってくる。
 そのとき、新たな喧噪が、背後から上がった。アタッチキッドが手薄になった十字
架にとりつき、春蘭を取り返すために戦闘員と戦い始めたのだ。
「おのれっ、ひとりで来いと言ったはずだぞ」
「おれは、ひとりで来たぞ」
「おれも、ひとりで来たぞ」
「やあ先輩。先輩も来てたんですか。奇遇ですね」
 怒り狂うバケマンサーに、ふたりはすまし顔であった。
「私なんか、助けてもらうことは、ありませんでしたのに」
 春蘭の口調が、妙に冷たい。冷たい、というより、静かすぎる。アタッチキッドは
いぶかしく思いながら、せっせと春蘭の縄を解きに掛かった。


「口ほどにもない・・・イエスマンサー!」
 モニターに映るバケマンサーの失態を見て、大幹部ハグルマンサーは副官イエスマ
ンサーに、十字架に仕掛けた火薬の点火を命じた。
 ファイバーキッドの前で、十字架が吹っ飛ぶ。
「益男! 春蘭さん!」
「ドロドロドロドロ。なんということだ。ハグルマンサー様は私をお信じになれな
かったと言うのか。あっ、こら、待てえっ」
 囲みをあっさり抜けて十字架に駆けつけようとするファイバーキッドに、バケマン
サーが追いすがる。
 ファイバーキッドは、背中に負っていた布のようなものをバケマンサーに投げかけ
た。布はバケマンサーにかぶさるとぐいぐい締め付けてゆく。この布地には、一面に
般若心経がびっしり書き込まれているのだ。ファイバーキッドは空高くジャンプす
る。
「十人十色キーック!」
 第4話ともなるともう何を強化したんだかよく分からない十人十色キックである。
「うらめしやあぁぁぁぁぁ」
 爆発するバケマンサー、消え薄れて行く妖かしの怨霊百鬼を見届けもせず、ファイ
バーキッドは十字架の後の瓦礫へと走る。
「いててっ」
 瓦礫からもがき出ようとするアタッチキッドの頭をファイバーキッドが踏みつけ
る。
「おお生きてたか。生きてたんなら手伝え」
「俺のことも少しは心配して下さいよ」
 そういうアタッチキッドも文句を言いながら周囲を見回している。アタッチキッド
はGEDOで再改造を受けたさい、ツァイス社やジーメンス社の最高級センサを内蔵して
いるので、ファイバーキッドより目が利く。
 「あっ、あそこだ!」
 ふたりは駆け寄ると、春蘭を覆っている瓦礫を取り除けた。そこに出てきたもの
は・・・
「・・・・こんなことって・・・・」
「なんてこった」
「肇、益男、聞こえるか」
 絶句するふたりに、文殊司令が話しかけた。基地のモニタを通して、文殊司令にも
ふたりを絶句させたものが見えているはずだ。文殊司令の声には、感情を使い果たし
たうつろな響きがあった。
 「私も、いま観音博士から事情を聞いたところだ。」


 カレーショップ「るんるん」の昼下がり。肇と益男は扇風機に当たり、マスターは
洗い場に椅子を持っていって座り込んでいる。臨時休業の札はかけたままである。
マスターは、もはや主を失ったシナモンスティックを指先でもてあそんでいる。
 肇がふと視線をマスターにやると、マスターはシナモンスティックを鉛筆のように
持って、まな板にぼんやりと文字を書いているところであった。マスターは手元を見
せていないつもりだろうが、画数が多いので何を書いているかすぐ分かってしまう。
 マスターが、その2文字目の画数が多い人名を3度ばかり書いたところであった。
「あのー」
 ためらいがちな呼びかけに、司令は完全に凍り付き、肇はぼかんと口を開けた。
益男がやっとの思いで戸口まで歩いて、戸を開けた。
 春蘭である。なおったらしい。
「観音博士がくれぐれも、ブラインド・テストのことは、皆様にお詫びを・・・」
「そのことは、もういい」
 文殊司令が穏やかに遮った。努めて事務的な口調であった。
 しばし、沈黙があった。
「君は、本部に戻るのか?」
「ここに置いては、頂けませんか?」
 春蘭は、悲しげである。
「本部は、どう言っている?」
「観音博士の責任で、あなたがたの希望に沿うようにする、と仰っていました」
 肇と益男が、一斉に司令をふり仰いだ。しかし口ははさまない。これは司令の、
司令だけの重大な責任の遂行なのだ。
「君を助けるために、ふたりのクルーが命を賭けた」
 春蘭は、世にも悲しそうな顔をした。
「したがって、だな。君が何者であろうと、もはや君は、我々の仲間だ」
 文殊司令がきっぱりと言い切ると、一座の緊張が窓を開け放つように一気に解け
た。文殊司令は、まだ火口にかかっていたやかんを取り上げると、紅茶の支度を始
めた。
「春蘭さん、そこの袋から角砂糖を取ってくれないか」
 春蘭が紙袋を開けて、ピンク色をした薔薇型の角砂糖を取り出す。これを司令が
買ってきたのだと考えるとおかしくて、肇と益男は声を上げて笑った。
 SEADO最初の実用アンドロイド、春蘭は、こうしてクルーの一員となったのであっ
た。






 第5話 「湯煙の町」

 初めての方への解説

 ファイバーキッド・難波肇は改造人間である。彼を改造したSEADOは東南アジアの
正義と平和を守る秘密結社である。ファイバーキッドは文殊司令や少年倶楽部のスス
ム君、往年のヒーロー真空管童子、後輩のアタッチキッド・朽木益男、そして美貌
の通信係アンドロイド春蘭の力を借りて、悪の組織ドクロマンサーに敢然と戦いを
挑むのだ。


「肇、温泉に行ってみる気はないか」
 肇は文殊司令を見たまま、あまりの突拍子のなさに返す言葉がなかった。
「費用はSEADOが全額負担してくれるそうだ」
「はあ・・・何か事件ですか」
 やっと肇は、SEADOが自分に温泉旅行をさせる唯一の理由に思い当たった。
「うん・・・まあ、そうかもしれんし、そうでないかもしれん」
 文殊司令はいつになく歯切れが悪い。肇は懸命に限られた情報から演繹を試みる。
「ドクロマンサーが動いている、証拠がないと言うことですか?」
「うん・・・まあそうともいえる。要点はこうだ」
 文殊司令は自分でもじれったくなってきたらしい。いきなり封筒を差し出した。肇
が中を改めると、湯柱温泉の湯柱サンダイバーホテルの宿泊券である。
「3日間、ホテル周辺を見張ってもらいたい。何も起こらなければ、そのまま帰って
きてよろしい」
「いいなあ、休暇まるもうけじゃないですか」
 居合わせた益男がすねる。
「周辺の状況も肇の目で先入観なく探って欲しい。私にはこれ以上の情報は与えられ
ていない。基本的に私の指示ではなく、肇の判断で動いてもらう」
 なにか肝試しのような命令だ、と考えて、肇は思い当たった。本部が肇の能力試験
を企てているのかも知れない。とすれば細部を教えてくれるわけがない。
 結局、肇はわずかな荷物をバッグに詰め込んでバイクに乗るまで、それ以上の情報
はもらえなかったのであった。


 湯柱温泉は南アルプスの温泉郷である。湯柱サンダイバーホテルは高級感のある
しゃれたホテルであった。浴衣に着替えた肇は、フロントから文殊司令に長距離通話
をかけている。いまは70年代でここは田舎なので、各部屋には内線電話しかない。
「湯柱サンダイバーホテルは、設備もいいし、料理も最高です」
「そうか。湯柱サンダイバーホテルは、設備も料理も最高なのだな」
 淡々と電話の向こうの文殊司令が答える。
「参りましたよ。バイクで400キロ走ったのは初めてです」
 任務にバイクが必要だからと言うので、肇はバイクで4時間走り続けて湯柱温泉ま
で泥まみれ汗まみれになってたどりついたのであった。
「たしか肇のバイクは時速500キロで走るんだったな」
「人のいるところで、そんな速度出せませんって」
 ヒーローにふさわしく、肇のバイクは信じられないほどのカタログスペックなのだ
が、それを発揮できる公道は日本にはないのであった。


「フフン〜〜フフゥ〜〜フゥ〜〜ウゥウゥ」
 肇は機嫌良くハミングしながら、手ぬぐいを頭に乗せて、温泉で銚子を傾けてい
た。なにしろ二食つきの宿泊がただなのだから、20年早いこういうぜいたくをしてみ
ようと言う気にもなるではないか。
「よう」
 肇が振り向くと、同じように手ぬぐいを頭に乗せた真空管童子がにこにこしてい
る。
「ご旅行ですか?」
「まあ、なんだ。かみさん孝行というやつよ」
「えっ、結婚してらしたんですか」
「職場結婚というやつでな」
 目の前に前例があるものだから、文殊司令も前話で異常に気合いが入ってしまっ
たらしい。
「ところで、お前さんは、任務か?」
「はい。なんにも聞いてないんですけど、いちおう任務です」
「なにも聞いておらん・・・そうか」
 真空管童子は束の間微笑んだと思うと、いきなり声の調子を変えた。
「ひとつもらって、よろしいかな」
「はい、あの、おちょこがひとつしか・・・」
「いやいや、わしはこれで結構」
 そういうが早いか、真空管童子は銚子を取り上げて、ぐいぐいとあおった。水平に
なった銚子の底は数瞬のちには完全に上を向いてしまった。
「おやかましゅう」
 真空管童子は、空の銚子と、泣きそうな顔の肇を残して、ちゃぽちゃぽと水音をさ
せて遠ざかって行った。


 湯上がりの肇はさすがに、酒だけ食らって何もせずに寝床に入る気にもなれず、辺
りを探ってくることにした。
 冷房の効いたホテルを出ると、むっとする大気が、コールタールの匂いを運んでく
る。どこかからコンプレッサーの回るような音が響いてくる。交通量の少ない夜間に
工事をするのはどこでも同じだが、谷間の温泉町の奥のほうから響いてくるのが気に
かかる。
 近づいてみると、かなり大がかりな工事であった。ただの農道であったものを完全
な2車線に拡幅して、温泉町の道路につなごうとしているらしい。道端に「湯柱観光
スーパーキャッチハイウェイ」の期成推進連絡会議とやらの宣伝看板が二つ折りに
なって落ちている。
 工事現場に近づく肇を認めて、ぱらぱらと警備員が寄ってくる。夜だと言うのに3人
がかりで走ってくる。これがドクロマンサーの陰謀なのか? 肇は無意識のうちに身
構えた。
 「誰ね、おはんは。」
 「通りすがりの、旅の者です。」
 「工事中やで、近づかんでちょ〜でい。」
 いやに言い様が緊迫しているが、ドクロマンサーではない、と肇は見て取った。
それにしても何を警戒しているのだろう。
 「何か事故でもあったんですか?」
 「事故ではなかとです。誰ぞ仕組みよったとです。」
 「黙ってちょ〜よ。」
 何か言い掛けた警備員を、頭だった仲間が制する。気まずい沈黙が、突然に破れた。
 「あ! またあの婆さんやないか。」
 それまで口を噤んでいた3人目の作業員が大声を上げた。肇が振り返ると、老婆が
のそのそと工事現場に近づこうとしている。3人は肇にときおり流し目をくれながら、
老婆のほうに向けて走っていった。
 肇はもときた道をゆっくり歩きながら、常人の及ばざる域まで改造された耳の感度
を上げて、4人の会話を聞き取った。4種類の方言が入り乱れるので聞きづらかった
が、老婆は工事現場を通って「カメガミサマ」に行きたがっていて、3人は口々に工
事現場に入れるわけには行かない、と険悪に詰め寄っているのであった。
 とうとう3人は老婆を抱えんばかりに押し戻してしまった。


「ちょっと、お話してもいいですか」
「買収にはのらん!」
 後を付けながら、頃合を見計らって老婆に話しかけた肇は、これまたつっけんどん
な応対を食らった。どうなっているんだろうこの村は。
「あの、旅の者なんですけど・・・」
 無難な話の継ぎ穂を懸命に探すのだが、老婆はそれきり取り合ってくれない。とう
とう老婆の家まで来ては、肇も引き返すほかなかった。
「これは・・・」
 老婆の家のガラス窓の内側に、何か書いてある。
「観光道路反対」
 よく見ると、周りにはそこここに看板が出ている。賛成派のもの、反対派のもの、
壊れたもの、上から逆の意見のポスターを張ったもの・・・・家の前にも張られてい
る。塀にも張られている。はがした跡の上にまだ張ってある。
 肇は、ホテルのほうを見た。
 観光客相手の旅館やホテルが集まる、谷間のメインストリート。
 そこだけがぼうっと明るく浮かび上がっていた。
 地元民の家が集まる地区には、街灯もないのだ。


 ホテルに帰って間もなく、ドアをノックする音がした。満面に笑みをたたえた初老
の男であった。午後10時にもなると言うのに、七三の髪の分け目にはゆがみひとつな
いし、午後6時の影(朝剃った口髭が半日分伸びた状態)すら感じられない。
「難波肇様でいらっしゃいますか」
 男はあくまでにこやかに名刺を差し出した。
 湯柱サンダイバーホテルの、支配人であった。

「SEADOに事件を依頼いたしましたのは、私どもでございます。お聞き及びと存じま
すが」
「いえ、自分の目で判断するように言われておりますので」
 そう言われて面倒がるそぶりをかけらも見せない支配人もさすがであるが、肇は肇
で、休暇ただ取りの夢が最初から文殊司令の口車であった怒りを押さえているところ
であった。
「じつは・・・・」
「湯柱観光スーパーキャッチハイウェイで事故が起きたので、調査して欲しい。違い
ますか」
 一瞬言葉を失う支配人に、肇はさりげなくつけ加えた。
「私も、プロですから」
 支配人の顔がほころんだ。
「これは、良い人にきていただいた。ありがたいことです」
 その程度で得意になる肇も、とんだプロではある。

「ブルドーザーが、消えた?」
 工事用機材が次々に夜中に謎の消失を起こして、直接的損害の生じているのはもち
ろん、工事が大幅に遅延していると言うのである。
「地元の反対派のみなさんは、神様の祟りだとかおっしゃっているようですが、そん
なことは信じるわけに参りません。」
「ドクロマンサーのお仕業、いや仕業だと仰るのですね。」
 ついつられて敵に敬語を使ってしまった肇である。
「その神様と言うのは、カメガミサマですか?」
 支配人の顔から、初めて微笑みが消えた。
「まったく恐ろしい方だ・・・」
「私も、名前を小耳にはさんだだけなんです」
 道路を直線に近づけるために、小高い丘を削ろうとしているのだが、その頂上近く
に祠があって、亀にゆかりの神が祭られている。道路推進派は何度も移転を図ったの
だが、反対派がいままでのところそれを阻止してきているのであった。


 次の日、肇は支配人の名刺に添え書きをもらって、工事現場を見に行った。拍子抜
けしたことに、機材を実際に使っている昼間は警戒が緩く、まだ工事の進んでいない
奥までほとんどフリーパスで行けるのであった。
 亀神様の祠の前で手を合わせていたのは、昨夜の老婆であった。
「あの・・・」
「買収ならされんぞ」
「俺、観光客です。湯柱サンダイバーホテルに・・・」
 ホテルの名を出したのがいけなかった。
「ふんっ。ばちあたりの拝金亡者のホテルの客に、用はないわいっ」
 どうやらあのホテルは道路推進派のシンボルであるらしい。老婆はすたすたと行っ
てしまった。
「やられましたね」
 肇が振り向くと、リュックサック姿の若い男性であった。ホテルの支配人とは逆
で、今月はまだ一度も髭を当たっていないようである。
「あのおばあさん、たったひとりの息子さんを交通事故でなくしましてね。推進派が
お金で方を付けようとすると、事故の賠償を思い出すらしいです」
 男は野鳥や野生動物を撮る写真家だそうで、余所者ではあるが道路反対派と気脈を
通じているようであった。
「道路1本って思うでしょう。でも道路で自然が分かれただけで、大型の猛禽がひと
まとまりの縄張りを取れなくなって、他へ行ってしまったりするんです」
 自然のことになると、さすがに男は多弁であった。
「道路の脇の林の下生えに日が当たって植生が変わって、道路脇から順々に森が枯れ
てしまったりね」
「ブルドーザーがなくなってしまうのは、亀神様のたたりだと思いますか?」
「さあ。ぼくは亀神様じゃないから」
 男が一瞬見せた屈託を、肇は心にとどめた。


「ブルドーザー2台・・・密告の通りでまんねん」
 夜の工事現場に現れた怪しい影は、ブルドーザーに怪しい赤い光線を浴びせた。光
線を浴びたブルドーザーはみるみる縮んでいく。小さくなったブルドーザーをつかむ
と、怪しい影はひらりと山奥に消えて行った。
 それを追う影ひとつ。そして・・・・・またひとつ。


 地下の洞窟では、工事機材がそこここで忙しく働いている。怪しい影はふたたびブ
ルドーザーに青い光線を浴びせると、ブルドーザーはむくむくともとの大きさになっ
た。
「順調に進んでおるようだな、カメマンサー」
「戦略ミサイル地下基地はもうすぐ完成でまんねん。東京は火の海でまんねん」
 カメマンサーは大幹部ハグルマンサーに報告する。
「この野郎っ、だましたな!」
 罵声に、ふたりは振り向いた。くだんの写真家であった。
「ここの自然を守るっていったじゃないか。ミサイルだなんて」
「見たからには生かしてはおけぬ。始末しろカメマンサー」
「飛んで火にいる夏の虫。もはやお前は用済みでまんねん。モシモシモシモシ」
 カメマンサーはよたよたと写真家に迫った。
「そこまでだ、カメマンサー!」
 ブルドーザーの背後から現れるファイバーキッド。そう。ファイバーキッドはブル
ドーザーに隠れて潜入を図ったのだ。
「ええいっ、またしてもファイバーキッド」
 姿を消すハグルマンサー。戦闘員が作業場からわらわらと現れる。あるいは殴りあ
るいは打ちすえ、ファイバーキッドはカメマンサーに迫る。
「モシモシモシモシ」
 カメマンサーは赤い光線をファイバーキッドめがけて放つ。かわしそこねた戦闘員
が小さく縮む。そして、はずしようもない一撃がファイバーキッドを襲うかに見えた
そのとき・・・・
 ファイバーキッドはベルトの一部をちぎり取ると、叫んだ。
「ファイバー・リバース・ケーブル!」
 たちまちベルトの一部は変形して、極太でU字型の光ファイバーに変形した。光
ファイバーはその断面でカメマンサーの光線を余さず捕らえ、それを送り主に
返す・・・・。
 カメマンサーは10センチばかりの小さな亀に変身してしまった。
「十三駅前キーック!!」
 十人十色キックをさらに強化した十三駅前キックである。といっても実際には、
ファイバーキッドはカメマンサーをぎゅっとふんづけたのであった。
「残念でまんねん〜〜」
 カメマンサーはごろごろ転がると、ぽん!と爆発した。


 秘密の抜け穴からはい出るように出てきたファイバーキッドと写真家を、カメラの
フラッシュが待っていた。
「いやあ、ありがとう、ありがとう! やっぱりこいつが糸を引いていたんですね。
これで工事も進むでしょう。さあ、こっちへ来い。」
 ホテルの支配人を、ファイバーキッドは静かに制した。
「この人は私に協力して、ドクロマンサーのアジトをつきとめてくれたんです。ドク
ロマンサーの野望は潰えました。私の仕事は終わりです」
「そんなあ。ねえ、ここにいる人たちはみんな私たちの味方なんですから、証言して
下さいよ。ホテルの終身無料宿泊券あげますから。」
 肇の証言がなければ、写真家を拘引するいかなる証拠も意味を成さないのであった。
一気にここで反対派全体を犯罪者扱いする腹積もりらしい。
「意見を通すために、誤った手段をとった人たちがいました。過ちは私たちが糾しま
した。しかしどちらの意見が正しいかは私たちには分かりません。それを決めるの
は、ここに住む皆さんです」
「あんた、田舎に住んだことないんだろ」
 ついに、鉄のような支配人の自制が破られるときが来た。
「水道はしょっちゅう枯れる、街灯はない、医者はいない、虫は出る動物は出る、自
然と戦ってるんだよ俺たちは。週末に来て他人に世話させて見る段には自然ってのは
結構なんだろうけどね」
 ファイバーキッドは、歩調を早めもせず緩めもせず、ホテルのほうへ、バイクの
ほうへ歩いて行った。


 帰りつくと、益男はパトロールに出ていた。
「ご苦労だったな」
「あのホテルの支配人、なにか言ってきましたか」
「気にせんでよい。あの紛争に介入しないのは、よい判断だった」
 半年後、肇はホテルの支配人の消息を新聞で読んだ。村議会選挙の大量違反に連座
して逮捕されたのである。観光道路は結局作られたが、途中のロータリーで引き返す
コースとなり、その奥は連続した自然が残された。
「知っていたんなら、なぜ教えてくれなかったんです?」
「一方の意見だけをあてがいぶちに伝えても、どうせもう一方の意見が現地で耳に入
る。そうすると急にそちらが正しく見える。どちらの意見も疑ってかかるには、一か
ら自分で見聞きして考えるのがよいのだ」
「よくうまくいったものですね」
「わしもそう思うよ。お前が考えるほど、簡単な事件ではなかったのだぞ」
 SEADOが要請で動くと言うのはごくまれなケースである。法治国家で武装組織が活
動している以上、政治家や政府関係者との接触や貸し借りが出来るのは避けられない
のだが・・・・。
「帰り道で考えていたんですが、童子様のことです」
「あのお方はいまでもSEADOの動きを良くご存知だからな。お前も見込まれたものだ」
「童子様は、いま司令のおっしゃったことを心配されていたんだと思います。俺が一
方に突っ走るんじゃないかと。でも俺が何も知らされていないとわかると、それっき
り連絡がありませんでした」
 肇はマスターの目を見た。
「本部からの指令は、推進派の味方をしろ、ということじゃなかったんですか? そ
れをマスターが、おれの動き良いように・・・・」


 マスターが急に立ち上がったので、肇は機嫌を損じたかと思った。だがマスター
は私物のキャビネットから見慣れない酒瓶を取り出して、小さなグラスを持って戻っ
てきた。
「ヘネシーのナポレオン、ですか」
 1970年代の輸入ブランデーは想像を絶する高級品である。肇のように名前すら知
らないのは少数派であろうが。
 「マスターがお酒を隠しているとは知りませんでした」
 「未成年とは、酒を飲む気にならんのでな」
 マスターは、香り高いグラスを、肇の前にことりと置いた。

 *文中に登場する温泉・ホテルはまったく架空のものです。






 第6話 「4つの方法」

 初めての方への解説

 ファイバーキッド・難波肇は改造人間である。彼を改造したSEADOは東南アジアの
正義と平和を守る秘密結社である。ファイバーキッドは文殊司令や少年倶楽部のスス
ム君、往年のヒーロー真空管童子、後輩のアタッチキッド・朽木益男、そして美貌
の通信係アンドロイド春蘭の力を借りて、悪の組織ドクロマンサーに敢然と戦いを
挑むのだ。

**********************
  高いところから落ちるシーンがあります。
 高所恐怖症の方と受験生の方はご注意下さい。
**********************


「こっちです、先輩!」
 アタッチキッドが上り階段を指し示す。すでに段を抜かさんばかりの急ぎようで駆
け上がっているアタッチキッドを、男を背負ったファイバーキッドが追う。
 ファイバーキッドに背負われている男は40才くらいであろうか。髪は黒々と長い
が、額と頬に刻んだ細かい皺だけが年齢を感じさせる。表情全体はむしろ幼いと言っ
ても良いかも知れない。
 階段を上りきると、炎こそのぼっていないが、そこかしこから白い煙、黄色い煙が
涌き出し始めているのが感じられる。
「がんばれ、あと15階だ!」
 ファイバーキッドの声に、また階段を上るアタッチキッドが、足を止めずにVサイ
ンで応じる。


 ことの起こりは、東京で行われる世界秘密科学会議であった。世界中から秘密の研
究を抱えた秘密研究者が多数東京にやってくる。まだ1970年代のことであるから、秘
密組織の世界ではこの会議の東京誘致成功は、戦後の終わりをやっと感じさせるよう
な画期的な出来事と考えられていた。
 当然、この会議はありとあらゆる悪の組織の垂涎の的である。警戒は厳重を極め、
会場となった東京秘密センタービルの玄関先には色とりどりの仮面をかぶったヒー
ローたちが三々五々たむろするという状況なのだが・・・・
「互いに面識がないもので、その中に悪の手先が紛れ込んでも、まったく見分けがつ
かないのだ。」
「警備にも何にもなっていないじゃないですか。」
 カレーショップ「るんるん」では、真剣な会議が続けられている。SEADOから参加
する馬頭博士の護衛に、肇と益男が駆り出されることになったのである。
「いちおう科学の粋を集めたIDシステムが採用されているのだが」
 文殊司令は淡々と状況を説明する。
「それを破れないようでは悪の組織とは言えんからな」
「そうですねえ」
 肇も簡単に相づちを打つ。
「発表内容の秘密保持は、警備本部に任せる。君達は馬頭博士の個人的な安全を確保
するのが任務だ」
「はい!」
 肇と益男は声を揃えた。


「君達がFクルーの皆さんですか。ぼく馬頭博士。よろしく」
 初めて会う馬頭博士は、丁寧というより気障と形容したい物腰であった。
「ちょうどいいや。ちょっと、これ持ってて。」
 発表者がてんでに配るハンドアウトがいっぱい入った紙袋である。それを無造作に
益男に手渡すと、博士はすたすたと分科会会場に入って行った。
「あ・の・野・郎」
 益男が激昂する。肇は苦笑しながら、分科会に入ってみた。
 出席者の半分は糊の利いた、夏にはつらそうな制服を着ている。残りの半分は白衣
である。白衣の人物の半分ほどはマッドサイエンティストあがりらしく、ゲタか草履
を履いている。スライド投射機の光を浴びて、黒ぶち眼鏡が一斉にきらきらと光る様
は壮観である。
 発表者が必殺技万能連射装置のスライドを投射し、会場からため息が洩れたそのと
きであった。低い音のブザーが断続的に鳴り始めた。
「敵襲だ!」
「おのれ、シネマトロン帝国の奴ら、早くもここをかぎつけたのか!」
「ワヒョーンだ! ワヒョーンが現れたぞ!」
 口々に聞いたこともない組織の名前を叫びながら、どやどやと正義の科学者たちが
部屋を出てきた。肇と益男は、懸命に馬頭博士を探し出すと、手を引いて脱出を始め
た。


 階段は下へ下への大混雑である。災害時の常識も知らずにエレベータの前で悪態を
ついている学者も10人ばかりいる。警備のヒーロー達の姿はどこにも見えない。下へ
向かう科学者の人波に逆らっては進めないのであろう。
「捜したぞ、馬頭博士!」
 いきなり背後から呼ばわる声がする。振り向くと、外見はトカゲ男のようである。
全身が赤っぽい。
「火龍怪人サラマンサー、見参!」
 くるりと1回転して変身する肇と益男。ジャンプできる空間のないビルの中では、
こうした簡単な変身が出来るふたりの利点は大きい。
「くらえい!」
 サラマンサーの短い右手は、完全に火炎放射器に置き換わっている。その右手から、
糸に火を流すように一直線の炎がファイバーキッドたちを襲った。伏せて避けるファ
イバーキッドたち。
「博士、ここにいては危険です」
「言われなくても、分かってるよ」
「こちらへ!」
 なおも襲い来るサラマンサーのサラマンファイアーをかわして、脇の部屋へ転がり
込む3人。


「おれの炎が引導代わりだ。迷わず地獄に落ちるがいい」
 サラマンサーは勢いよく部屋に飛び込む。そのサラマンサーを頭上から見舞ったの
は、刺激臭のある透明な液体であった。アタッチキッドは部屋に入った直後に垂直
ジャンブして、天井に張り付いていたのだ。
「敗れたり、サラマンサー。」
 アタッチキッドは叫ぶが早いか、部屋の奥へと水平にジャンプする。
「お、おのれ。サラマンファイアー」
 部屋の奥へ右手を向けたサラマンサーは必殺の炎を放つ。しかし。その瞬間炎の
中に自分を見出したのは、サラマンサーであった。
「ぐわああぁぁぁぁ」
 アタッチキッドは、強燃性で揮発性の高いトルエン系接着剤をサラマンサーに吹き
付けたのである。その蒸気に包まれたサラマンサーは、我と我が身に点火する破目に
陥り、30行にも満たない薄幸の戦歴を終えたのであった。
「勝ったと思うな、SEADOの諸君」
 大幹部ハグルマンサーの声が、もう人の気配のあらかた絶えたビルにこだまする。
「逃げ道は封鎖した。おまえたちはサラマンサーの炎の中で死ぬのだ」
「しまった!」
 ファイバーキッドは窓を開け放った。眼下には、30階分の窓が連なっていた。


 60階建ての東京秘密センタービルの屋上に駆け上がってきたときには、さしもの改
造人間たちもへとへとになっていた。ファイバーキッドは司令に通信を送る。
「屋上にいます。ヘリか何かを、回していただけますか」
「残念だが、SEADOにはいまのところヘリがない」
「他の組織に借りて下さいよ。警備に来てるんでしょう」
「他の組織と協力するには、プロデューサーの許可が必要だそうだ。勝手に現場でシ
リーズのヒストリーを交錯させるわけにはいかんのだ。商品展開の都合もあるので
な。」
「ちいっ・・・・」
 ファイバーキッドは、きょろきょろとなにか利用できるものを捜した。アタッチ
キッドはさっき受け取ったハンドアウトの袋をまだ持っている。
「そいつをおまえの接着剤で固めて、グライダーにできないか」
「骨はどうします?」
「骨は、あるさ」
 ファイバーキッドは、腰に挟んでいたひと束のロープをつかみ出すと、弓形に置い
た。
「ファイバー・カーボナイト!」
 ファイバーキッドの額から不思議な光線がわいて出た。ロープの分子構造を組み替
え、強靭で剛性の高い炭素繊維に再構成する霊妙不可思議な科学光線である。
 アタッチキッドはハンドアウトをびりびりと破って、グライダーの骨に張り付けて
は接着剤を吹き付けた。接着後の強度抜群のエポキシ系接着剤である。アタッチキッ
ドは器用に右手からA剤、左手からB剤を吹き付ける。それほど刺激臭はないが、や
はり独特の匂いがファイバーキッドと馬頭博士を襲う。
「きみ、ちゃんと帰れるんだろうね」
「最善を尽くしています。」
 ヒーローらしくはあるがあまり心のこもっていない返答をファイバーキッドは返す
と、エポキシ剤によるコーティングを終えたグライダーを起こそうとした。
「ちっちっちっ」
 舌打ちをしながら、アタッチキッドが人差し指を左右に振る。
「乾くまで、15分待って下さい。」


「いっくぞおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 屋上の端から端までを精一杯助走に使って、ふうわりと即席グライダーは空に浮か
んだ。
「しっかりつかまっていて下さい。放すと死にます」
「見れば分かる」
「あ、下は見ないほうがいいですよ」
「今更何を言うかっ」
 3人がぶら下がった小さなグライダーは見るからに頼りなげである。
「翼面荷重、かなり高いですよ。大丈夫でしょうか」
「うーん、どうだろうなあ」
「飛んでから相談するなあっ」
 馬頭博士はすっかり顔面蒼白である。
「博士、もしかして高所恐怖症ですか?」
「惜しいなあ、こんなに景色がいいのに。あ、下は見ないほうがいいですよ」
 ぺりぺりぺり。不吉な音がする。
「やっぱり、無理でしたね」
「そうらしいね。困ったなあ」
「困るなああっ」
 べきっ。ついに決定的な音がした。

 うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。

 素早く行動したのはファイバーキッドであった。腰から2本目のロープをはずすと
ひゅんとビルの窓に投げる。ロープの先は三つ又の鈎に変化してしっかりと窓に引っ
かかる。急にてこの支点が出来て壁に叩きつけられるところを平気でこらえたのは、
さすがにヒーローたちである。

「よっこらしょ、よっこらしょ。よいしょっと」
 どうにか窓まではい上がった一行は、部屋の中を見渡した。
「ここは、どこだ?」
 アタッチキッドが優れたセンサー能力で、建物を透視する。
「32階ですね。さっきより2階上です。30階と31階はもう火の海ですよ」
「そりゃ運が良かった」
「どうするんだ、君たちぃ」
 もう馬頭博士は半べそである。
「上るんです」
 ファイバーキッドは、力強く言った。


 再び屋上にやってきた3人は、司令と連絡を取った。
「警視庁や消防庁のヘリに助けてもらうことは、出来ないんですか」
「それはできない。東京秘密センタービルは秘密のビルで、それが火事になっている
ことは秘密だからだ」
 そういえばこれだけのビルが火事なのに、地上には消防車が見えない。
「困ったなあ」
「あっ、そうだ」
 アタッチキッドが自分の頭をこつんと叩いた。
「おれ、ドイツで再改造されて、空が飛べるんです。」
 あきれたファイバーキッドが何か言う前に、アタッチキッドは翼を広げた。
「アタッチウイ〜〜ング」
 先端が広がった鼓型の翼だが、各辺がまったくの直線なので、巨大な真紅のリボン
を背中に付けているように見える。
「ぷふっ」
「だから使いたくなくて黙っていたんです」

「アタッチジャアアアアアアアァァァァァァァァァァンプ!」

 屋上の端から端まで助走を付けて、3人が再び大空に舞い上がった。
「これは便利だなあ。今度終電なくなったら、迎えにきてくれよ」
「なにのんきなこと言ってるんです」
 馬頭博士はもうぐちる気力もなく、ただひたすらしがみついている。
「あっ、しまった」
 アタッチキッドが自分の頭をこつんと叩いた。
「今度はどうした」
「おれって、ひとり乗りなんです」
 べきっ、とアタッチキッドの背中で断定的な音がした。



 ぐわっしゃあぁん。
 残っていた羽でどうにか落ちる方向を曲げ、窓に頭から突っ込んで墜落を免れた3
人であった。
「大丈夫ですか馬頭博士。あれ血が出てますよ。気をつけて下さいねガラスは危ない
ですから」
「ここは、どこだ?」
「35階です。32階から34階はもう火の海ですね」
「運が良かったな」
「これっ、これから、げほっっ、どうする」
 馬頭博士の声は弱々しい。ファイバーキッドは馬頭博士の両肩を堅く握り、精いっ
ぱい太い自信満々の声で博士を励ました。
「上るんです」


 屋上にいてももう煙と熱を感じる。
「ねえ、さっき気がついたんですけど。60階から30階まで落ちてなんともないんだっ
たら、最初から30階から降りていれば良かったんじゃないですか。」
「あ、そういう面もあるな」
 馬頭博士はもう言葉も出ず、伸ばした右手の先をひくひくと動かした。その示す先
を見やったファイバーキッドは、いいものを見つけた。
「あ、あれは使えるんじゃないか」
 消火用のホースのリールが備え付けてある。駆け寄って調べてみると、残念なが
ら30階分の長さしかない。それを引き出しながら、ファイバーキッドは言った。
「1メートルしか届かない鉄砲で、10メートル先の雀を射つ3つの方法を知ってるか?」
 1970年代のちょうどこのころ日本はナゾナゾブームであった。
「9メートルの鉄砲、9メートルの弾、9メートルの腕ですね」
「実はもうひとつあるんだ」
 ファイバーキッドは引き出したホースにファイバー・カーボナイト光線を浴びせ、
とてつもなく長い棒を作ろうとしている。だんだん重くなってくる棒を懸命に支えな
がら、ファイバーキッドは言った。
「奥行き18メートルの雀だよ」
 3人は棒にしがみついた。一番上のファイバーキッドが、手刀でホースの付け根を
切り落とす。3人を乗せた80メートルのカーボンロッドはまっしぐらに重力加速度に
身を任せる。

「ちぇすとおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 カーボンロッドの先が地面に達する直前、ファイバーキッドは40階辺りのまだ燃え
ていない壁を蹴飛ばした。カーボンロッドは着地と同時に弓なりにしなりながら、棒
高飛びの要領で3人を道の反対側へはじき飛ばす。
 はじき飛ばされた先には、30階建てのビルがあった。3人はその屋上へ投げ出され
た。
 ぜいぜいと息をするファイバーキッドの耳に、司令からの通信が入ってきた。
「よくやったぞふたりとも」
 さすがにむっとして、何か言ってやろうとしたファイバーキッドだったが、そこへ
妙な通信が割って入った。
「こちらは国際秘密救助隊。ファイバーキッド応答願います。ただいまビルの屋上へ
到着したが誰もいません。どこにいるんですか」
「自力で脱出した。今ごろまで何をしていたんだ」
 国際秘密救助隊の通信は、すまなそうに続いた。
「申し訳ない。地底戦車で地下から60階まで堀り上がって行ったので、今までかかっ
てしまったんです」







 第7話 「はばたけファイバーキッド」

 初めての方への解説

 ファイバーキッド・難波肇は改造人間である。彼を改造したSEADOは東南アジアの
正義と平和を守る秘密結社である。ファイバーキッドは文殊司令や少年倶楽部のスス
ム君、往年のヒーロー真空管童子、後輩のアタッチキッド・朽木益男、そして美貌
の通信係アンドロイド春蘭の力を借りて、悪の組織ドクロマンサーに敢然と戦いを
挑むのだ。


 ぐおーん ぐおーん きゅおーん ぱかぱぱっぱぱかぱぁ ぱかぱぱっぱぱかぱぁ
     とんてんかん とんてんかん とんてんかん とんてんかん
    ばほばふーぱー ばほばふーぱー ばほばふーぱー ばほばほう

「ロータースロットル・オープン」
 左右の主翼に埋め込まれたデュアルローターが重々しく、やがてなめらかに回転を
始める。
「回転数60%、80%、104%。ピッチ修正、プラス15度。エアブレーキオープン」
「エアブレーキオープン。メインエンジン、40%へ減力」
 エアブレーキが立てられ、、行き足が落ち始める。ターボファンエンジンの甲高い
噴射音がほどなく低いローターの羽音の中に消えて行く。

   ばっばほばふーぱー ばほばふーぱー ばほばふーぱー ばほばほう

「スティック・コントロール、ピッチ制御モード」
「スティック・コントロール、ピッチ制御モード」
 行き足が完全に死んだので、いまや機体を支えているのはローターの浮力である。
スティックの動作モードを変更して、ローターの回転面を傾けて制御が出来るように
する。HUD(ヘッドアップディスプレイ)に地上方向のカメラ映像と、電波ビーコ
ンによる着陸位置マーカーが示される。
「メインエンジン、停止しました」
 機体の下で、格納庫のハッチが4方向に開く。山ごと動かす建設予算はなかったと
見えて、緑中心の迷彩を施した金属板である。冬に雪が積もったら出動できないかも
知れない。
 スティックを引き、最後の減速をかける。スロットルをゆっくり下に倒して行く。

 おーほー おーほー きーいいいいいぃぃぃぃ
 おーほー おーほー きーいいいいいぃぃぃぃ

「回転数70・・・60・・・・50%」
 機体はゆっくりと下がり始める。着地直前のふんわりとした浮揚感を残して、固定
式の車輪が着地する。

              ぱらぱらぴろぴろりぃ

 ワーグナーの「ワルキューレの騎行」が途切れ、情けないジングルが取って代わる。
「なあんだ、67点だってえ。」
 益男はうんざりした声を上げた。背後のコパイ・シートの肇は無言で天を仰ぐ。
「まだ燃料の無駄が多いな。それからパイロットはHUDから目がよく離れる」
 横に座っている黒眼鏡の教官が容赦なく講評する。この機の操縦は、右手のがんば
れスティックと左手のまけるなスロットル、そしてそれぞれにじゃらじゃらとついた
ダイヤルやボタンだけでほとんど用が足りるようになっている。タッチタイピングの
ように、目は各種のモニタから離さないことが期待されているのである。
 3人は1時間の訓練セッションを終え、フライト・シミュレータから疲れきって降り
てきた。
「ごくろうさん。どうだ実機は。いつごろ飛べるんだ」
「まだまだですね」
 文殊司令に答えたのはくだんの教官、疾風参謀である。肇と益男は顔を見合わせて
肩をすくめる。
 世界秘密会議事件(第6話「4つの方法」)で航空戦闘/救助能力の欠如が痛感さ
れたため、SEADOは初の航空戦力保有を目指してFクルーの基地をカレーショップご
と奥多摩に移し、シミュレーターによるパイロット訓練に入ったのであった。


 訓練を終えた肇と益男は、航空機常備の非常食料の味見ということで、味気ない
固形食料の昼食を取っている。
「ススム君、どうしてるかな」
「周りが子供ばかりだろ。からかう大人が居なくて退屈してんじゃないのか」
 ススム君の属する正義を愛する少年少女の組織・少年倶楽部は、伊豆諸島方面の
秘密無人島エノコロ島でサバイバル訓練をやっているのである。
「ん? なんだこれは」
 固形カレーと称する棒状ペーストを食べようとした肇は、その端がクリーム色を
しているのに気がついた。先にそちらをかじった益男が、目を細めて情けなく口を
すぼめた。
「固形ラッキョだあ」


「ねえおにいちゃん、露天風呂ないの露天風呂」
「晩ごはんなあに?」
「キャンプっていったら、カレーに決まってるだろ」
「バーベキューのこともあるよなあ」
「ねえったら、露天風呂は?」
 子供達の質問責めにあっているのは、SEADOの訓練主任、天道猛夫である。訓練主
任と言ってもとりたててえらいわけではない。実際、天道猛夫のほとんどの時間は、
ヒーローに身をやつして各地のスーパーや遊園地やデパートの屋上を回りつつ、正義
を愛する子供を少年倶楽部にスカウトすることに費やされている。
 まあそんな仕事をやっているおかげで、折に触れてこういうガキんちょの引率もし
なければならない。ひとりひとりでは素直な良い子も集団となると扱いようもなくな
るのは、大学教師に似た立場かも知れない。
「テントを受け取ったら、班ごとに並びなさあい」
「チュクチュクチュク」
「あーっ、あのいちばん高いところ、板橋2班取りっ!」
「高いとこで女のテント覗くんだろ。うーわわうわわ。ヒーローに言ってやろ」
「チュクチュクチュク。歓迎しようSEADOの子供たちよ」
「並びなさあああいっ」
「どうしよう! 東京に飯盒忘れちゃったあ」
「泳いで取って来いよ」
「チュクチュクチュク。おまえたちを洗脳してやる」
「頼むから並びなさあああいっ!」
「ねえ、露天風呂はあ」
「日焼け止め持ってきた?」
「持ってきてない。持ち込み禁止じゃなかった?」
「だってえ」
「チュクチュクチュク。おまえたちはドクロマンサーの奴隷となるのだ」
「えーい、うるさあああいっ!」


 天道猛夫に思いきり後頭部をどやしつけられてよろめいたドクロマンサー怪人で
あったが、それでやっと全員の視線がそこに集まった。短い嘴。丸い目。小さいがさ
かんに羽ばたく羽根。
「チュクチュクチュク。学校怪人、スズメマンサーだ」
「みんな、に、に、に、逃げるんだっ!」
 猛夫は長年あこがれた台詞に、すこしとちってしまった。蜘蛛の子を散らすように
逃げまどう少年少女。周囲に現れた戦闘員が、子供達を次々に捕まえる。
「放せよう、放せよう」
 型通りの抵抗も空しく、引き据えられていく子供達。天道猛夫はスズメマンサーに
パンチ、キックを浴びせるが、彼は所詮ヒーローではなく、後ろから忍び寄った戦闘
員の棍棒の一撃を食らって昏倒した。一瞬白目をむいて硬直し、くずおれる天道猛
夫。
「チュクチュクチュク」勝鬨を上げるスズメマンサー。


「困ったなあ。どうやってSEADOに連絡を取ったらいいんだろう」
 海岸の洞窟に逃げ延びたススム君達であった。
「私、通信機を持っているわ」
 口を開いたのは小石川志保。第2話「パブロフ・ウェーブ」にも登場した、美少女
子役である。
「志保ちゃん、もしかして改造されてるの?」
「そういえば、先月急にまぶたが二重になったなあ」
「それは整形だろ」
 志保は凡人隊員にかまわず、コンパクトを開いた。さすがに相手の顔は映らない。
「事務所ですか? 小石川志保です。マネージャーの藤堂さんを」


「ばかな。まだテストもしていないんだぞ」
「今すればいいじゃありませんか!」
 新基地「タマベース」の地下作戦室。危急を知らされたFクルーでは、新マシン出
動の是非を問う激論が続いている。
「空中戦になったら、戦えるのか」
 地下作戦室に移された招き猫から投影される観音博士は、あくまで慎重論である。
「覚悟は出来ています」
「マシンの心配をしているのだ」
 観音博士は、正直な性格である。正直すぎることもあるが。
「司令! お願いします! 行かせて下さい!」
 文殊司令は腕組をして歩き回る。やがて決然と顔が上がった。
「いいだろう。フライング・タイガー、発進準備。幸運を祈るぞ」
「了解! 行こう、先輩!」
「マスター、愛してます!」
 肇と益男が駆け出して行く。司令の視野の隅に、腕組をしたまま壁にもたれ掛かる
黒眼鏡の疾風参謀が映る。
 疾風参謀は親指を上に突き出し、司令の頷きに気づいたのか気づかぬのか、格納庫
に悠然と歩を進める。


 SEADOの科学技術の結晶、FSF-101フライング・タイガー。格納庫の床が降りて行く。
地下移送コンベヤチューブに沿って4列に並ぶ黄色のナトリウムランプが、縦様横様
蜘蛛手十文字に走り回るケーブルとパイプ、そして鈍いモーター音とともに移送され
て行く物言わぬ巨鳥を曖昧に照らし出す。
「武装ポッドは標準1番装備。各部確認して下さい」
 冷静な春蘭のオペレーター・コールがかすかな反響を響かせる。コンベヤチューブ
内の短い移送は終わろうとしている。コクピットには変身した益男と肇の姿がある。
「エンジン、CCVシステム、ウェポン・コントロール、オール・グリーン」
「発進位置につきます。メインエンジン立ち上げて下さい」
 春蘭さんの指示の声をヘッドホンに満たして、益男は感動に震えている。ヒーロー
になって良かった。これが生きてるってことだ。肇がにべもなく注意を促す。
「益男、スロットル」
「あ、はい、メインスロットル、オープン。スティック・コントロール・モード確
認。エアブレーキオープン」
 エレベータの上下動がフライング・タイガーに伝わる。新カレーショップ「るんる
ん2」の小さな2階建てビルが静かに競り上がり、フライング・タイガーが初めてそ
の白銀の機体を陽光にさらす。
「メインエンジン出力上昇。離陸可能出力まであと7秒」
「まぼろしエアフィールド、発動します」
 ふもとのカレーショップから小高い丘の頂上に至る杉林が左右にばたばたと倒れて、
全長200メートルのスキージャンプ滑走路が姿を現す。フライング・タイガーは垂直
離陸も可能だが、可能なときは離陸燃料を節約するためにこうした発進方法を取る。
「フライング・タイガー、発進せよ!」
 文殊司令の声か響く。文殊司令の声もうわずっている。
「フライング・タイガー、行きます!」
 アレスタがはずされ、エアブレーキが閉じる。フライング・タイガーはゆっくり、
やがて目に見えて加速してゆく。離陸決心速度を越え、滑走路の終端を迎える。
 飛んだ。とうとう飛んだ。東名高速がアリの行列に見える。
「目標、エノコロ島!」
「了解!」


 そのころ、スズメマンサーの洗脳教育はすでに始まっていた。
「世界を救うドクロマンサー」
「世界を救うドクロマンサー」
「みんなで支えるドクロマンサー」
「みんなで支えるドクロマンサー」
 スズメマンサーの先導に、ためらいがちな唱和が続く。
「声が小さいぞ」
 戦闘員が棍棒を少年少女の目の前に突き出す。おびえる少年倶楽部のメンバー達。
「チュクチュクチュク。次はメロディーをつけて歌うのだ。耳について離れないよう
にしてやる」スズメマンサーは咳払いをして息を吸う。
「地球を救うドクロマンサー〜」
「スズメマンサー様」
「地球を救うドクロマンサー〜」
「いつでもどこでもドクロマンサー〜」
「いつでもどこでもドクロマンサー〜」
「スズメマンサー様」
「この世の華よドクロマンサー〜」
「この世の華よドクロマンサー〜」
「ス、ズ、メ、マンサー様ぁ」
 戦闘員にゆすぶられて、羽根をばたばたさせてよろけるスズメマンサー。
「授業中である!」
「未確認飛行物体、急速接近中です」
「なんだと?」


「お迎えだぜ」「小さいな」
 フライング・タイガーは固定脚VTOL機でありながら、高度1万メートルでマッハ3、
もっと高空ではマッハ5に達する驚異的なカタログスペックを誇っている。それは改造
人間の搭乗を前提として、安全装置やセンサ類の搭載を省略したことによって可能と
なっているのである。ゆえに、接近するスズメマンサーを捕らえたのは、ふたりの
レーダー・アイである。
「タイガー・ミサイル」
 肇はコントロール・スティックのボタンを押す。タイガー・ミサイルはセミアクティ
ブ・レーダー・ホーミング方式で、母機の発するレーダー波の反射を受けて目標の位
置を知る。
「秘技、雀返し!」
 スズメマンサーは羽ばたきと共に羽根を落とす。この羽根の集合体がダミーとなっ
て、タイガー・ミサイルの初弾を外らす。
「俺の尻尾をなめろ!」勝ち誇るスズメマンサー。
 「今度はこっちから行くぞ。スパロー・ミサイル!」
 スズメマンサーの足の爪がフライング・タイガーをめがけて飛んで行く。必中を期
した攻撃であったが・・・
「ひとつ、ふたつ、みっつ・・・もらったぁ」
 機首、尾部、上面の3つの銃座に備えられた機銃が肇の手で瞬時に動かされ、3つの
弾幕が張られる。ガンナー自身がレーダーなのだから対応が速く正確である。やがて
3つの弾幕にそれぞれ光球が生じるが、肇は傲然とそれを無視する。

 すでに両者はすれ違わんばかりの距離である。フライング・タイガーはスズメマン
サーの進行方向に弾幕を張るや、バーティカル・リバースを狙って機首を引き起こす。
失速寸前まで上昇してから、小さな旋回とともに急降下して行き過ぎたスズメマンサー
の後ろにつこうと言うのである。ああしかし、スズメマンサーはハチドリのようなホ
バリングはできぬまでも、急減速などわけもない。
「スズメマンサーはどこだ!」
「主翼に取り付かれた!」
 スズメマンサーは主翼上にいる。こう近いと銃も使えない。益男はとっさにきりも
み急降下をかけ、振り落としを図った。
「自滅するか。それもまたよし」
 スズメマンサーは余裕しゃくしゃくでフライング・タイガーを離れる。タマベース
で息を飲む文殊司令。
「超信地きりもみ!」
 益男は主翼内ローターのピッチを左右逆にかけて、きりもみ運動を相殺したのであ
る。機首を引き起こしつつピッチを戻して、見事にコントロールを回復する。

「命冥加な奴。しかしそこまでだ」
 すっかり高度の下がったフライング・タイガーめがけて降下するスズメマンサー。
そのとき、スズメマンサーは飛行物体が別方向からやってくるのを感じとった。疾風
参謀が小型ヘリコプター、コマンド・タイガーで追いついてきたのである。
「益男、肇、大丈夫か」「はい、教官」「レーザーを怪人に照射する。タイガー・フ
ラッシャーを使え」「はいっ」
 タイガー・フラッシャーはレーザー・セミアクティブ・ホーミング方式のミサイル
である。疾風参謀の浴びせ続けるレーザーの反射を頼りに飛んで行く。
「おのれえっ」
 スズメマンサーは懸命にレーザーをかわそうとする。ようやくかわしたと思うと、
今度はフライング・タイガーからの照射を浴びる。
「チュ〜〜ン!」
 スズメマンサーは、タイガー・フラッシャーとともに火球となって落ちて行った。


「ありがとう、ファイバーキッド、アタッチキッド」
 助け出された天道猛夫は、ヒーローとがっちり握手することが出来て、感無量で
あった。子供達ももとの活気を取り戻している。
「おなかすいたなあ」
「ねえ、露天風呂はぁ」
「それじゃ、我々は基地に戻ります」
「またねえ」
 子供達が手を振る。


「あああああ」
 益男がうめき声を上げる。シミュレーションにはなかった横殴りの強風のために、
機体が揺れ動き、格納庫へぴたりと降りる踏ん切りがつかないのである。
「車庫入れが弱点とはなあ」
 コパイ席で他人ごとのように呟く肇。
「がんばってくださいね」
 春蘭さんが励ます。
「もうすぐ燃料がつきるぞ」
 文殊司令は無愛想に指摘する。
 奥多摩の夕陽が、銀色の機体をいつまでも照らし続けていた。


 参考図書 ジャンボジェット機の飛ばし方(非日常研究会、同文書院)
      図解・現代の航空戦(ビル・ガンストン&マイク・スピック、原書房)
      大図解・最新兵器戦闘マニュアル(坂本明、グリーンアロー出版社)